機関誌「関西労災職業病」

◆2003年9月号 NO.331

●長尾原発労災「内部被爆」に関する意見書提出 東芝などに団体交渉要求

●はつり労働者の実態調査の早期実施を! 職業病実態が患者調査で明らかに

●注目すべき最高裁判決 労働福祉事業も行政処分、不服審査、裁判の対象

●トヨタ過労自殺事件、高裁で遺族が勝訴

●労災保険Q&A その17 労基法は適用されない「モーニング娘。」

●前線から

元はつり労働者のじん肺労災認定 沖縄

労災認定はされたけれど… 東大阪


長尾原発労災「内部被爆」に関する意見書提出

東芝などに団体交渉要求

総被曝量は記録値の倍以上か

本誌6、7月号でも報告した長尾原発労災に関して、労災請求中の長尾光明氏がもっとも長く作業し放射線被曝した東京電力福島第1原発において、放射線管理手帳に記載されている外部被曝線量70mSvのほかに、相当量の内部被曝を被っていた可能性が極めて高く、その内部被曝線量は100mSvを上回ると推定されるとする意見書が厚生労働省に提出された。つまり、全体では、記録された70mSvの2倍以上の被曝を受けていた可能性が高いというのだ。その原因は、プルトニウムなどのα核種汚染である。
意見書を作成した小山英之氏は元大阪府立大学工学部助手で、現在、「美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会」(以下、美浜の会)の代表として活動している。α核種汚染を内部告発する資料が美浜の会に送られてきたことから、他の団体とともに東京電力や原子力安全・保安院に対する取り組みをつづけていた。ある日、内部告発を報じた新聞記事を見た長尾氏が美浜の会に連絡してきたことから長尾氏の問題を知ることになった。
長尾氏が作業した当時、α核種(主としてプルトニウム)汚染が存在していたことが内部告発で明るみに出た。原因は、福島第1原発の燃料破損が原因と考えられている。告発内容自体は長尾さんが作業した2,3号機ではなく、1号機の件であったが、その資料には、2号機でも同様な事態が起こっていたことを示す一次冷却水のα核種汚染が存在していたことが記載されていた。
実際に2号機の方も1号機と同じ欠陥をもつ燃料集合体が使用されていたこと、破損が原因とみられる放射能漏れが1977年3月の定検時に発見されたことが公表されていることが、有力な状況証拠としてあがっている。ところが、東京電力はこの2号機の燃料破損に関する資料開示を拒否しているのである。
当時の現場には「α核種汚染の事実」はいっさい伏せられいた。長尾氏にとっても聞いたことのない話だった。プルトニウムを含む微粒子が空気中を浮遊している現場で、防護マスクもつけずに作業させられていたわけで、こうした状況が明らかになったのは日本の原子力発電史上でも前代未聞のことだ。
プルトニウムを吸い込めば骨に蓄積し、内部被曝を生じる。当時の現場には長尾さんもいた。そして、十数年後、多発性骨髄腫という白血病類似の骨髄のガンを発症した。
原因にプルトニウムによる内部被曝が関与してはいないのか、関与したとするとどのくらいの被曝線量をもたらしたと考えられるのか。この点を、数値的に評価したのが今回の意見書だ。意見書は、長尾さんを襲った多発性骨髄腫を単なる偶然だとすることは決してできないことを示している。
「それ、ちょっと待てよ?」
そう、長尾氏だけのことではないのである。
長尾氏の件は、現在、厚生労働省本省での検討が進められている。長尾氏の被曝線量は白血病の労災認定基準の3倍に達していること、多発性骨髄腫が白血病類似の疾患であることを踏まえて速やかに労災認定されるべきなのは言うまでもない。今回の意見書は、その根拠を強化するとともに、長尾氏の件が当時の福島第1原発で就労した労働者一般に関わる問題であることを明らかにしており、福島第1原発のα核種汚染問題の全容解明と情報開示を強く迫るものといえる。

〔長尾原発労災インターネット情報〕
http://www.jca.apc.org/mihama/News/news74/news74nagao.htm
http://www.jttk.zaq.ne.jp/hibaku-hantai/nagao-siryo.htm

全造船神奈川地域分会、要求書提出

長尾氏は全造船神奈川地域分会(よこはまシティユニオン)に加入した。ユニオンは9月18日付けで直接の雇用者である石川島プラント建設、その親会社の石川島播磨重工業、元請会社の東芝に対して、以下の内容で長尾氏の労組加入を通知するとともに団体交渉を要求した。

2003年9月18日


株式会社東芝横浜事業所原子力フィールド技術部
取締役社長 岡村 正 殿

石川島播磨重工株式会社
代表取締役社長 伊藤 源嗣 殿

石川島プラント建設株式会社
代表取締役 上原 彰彦 殿

                             
全造船神奈川地域分会(よこはまシティユニオン)
執行委員長 村野 元清

 

長尾光明の労働組合加入通知及び団体交渉要求書

石川島プラント建設株式会社の元従業員であり、東京電力福島第一原子力発電所などで働いた長尾光明(以下「組合員長尾」という。)が、2003年8月11日付けで、全造船神奈川地域分会(よこはまシティユニオン、以下「当労組」という)に加入したことを通知する。
すでに貴社らもご存知の通り、組合員長尾は、福島第一原子力発電所などでの放射線被曝によって、「多発性骨髄腫」(以下「本件原発労災」という)を発症し、現在富岡労働基準監督署に休業補償請求している。本件原発労災の業務との因果関係については、厚生労働省が調査中であるが、当時の職場における放射線等のデータ、実態については、貴社らおよび東京電力が当然把握・記録すべきものであり、それらを請求人が属する当労組に資料提供するなどして、早期業務上認定に協力すべきであると考える。
ついては以下の通り要求する。



1、 貴社らが、組合員長尾が就労した当時の福島第一原発における放射線被曝の実態がわかるデータ、資料等を当労組に資料提供すること。
2、 貴社らが把握していない当時の実態については、東京電力に対して資料提供を求めること。
3、 組合員長尾と同様に当時福島第一原発で就労した労働者の情報を当労組に情報提供すると共に、当該労働者に対しては、当時の職場実態や関連する情報を積極的に提供するように要請すること。
4、本件原発労災に関する団体交渉を2003年10月16日までに開催すること。
5、上記4項目に対する貴社らの見解を団体交渉当日までに文書で回答すること。

 

なお第1回団交を大阪で開催するよう強く求めている。
ユニオンでは今後、団交などを通し、長尾氏の労災に対する事実解明を進め、責任を明らかにさせていきたいとしており、すでに長尾氏支援に結集している団体もこれに協力していくことになっている。


はつり労働者の実態調査の早期実施を! −職業病実態が患者調査で明らかに

杭頭はつり作業

建築・解体現場における「はつり(斫り)作業」に長年従事し、現在、じん肺や振動障害で労災認定されている患者を対象にして、じん肺、振動障害、難聴に関するり患状況、職歴について面接調査、検査を行い、その結果と考察、それを踏まえた提言をまとめた報告書「はつり労働者の健康調査−52事例の解析−」ができあがった。調査にあたったのは、建設じん肺研究会【車谷典男(奈良医大・衛生学)、松浦良和(南労会松浦診療所)、熊谷信二(大阪府立公衆衛生研究所)、中村猛・山根孝(全港湾労組建設支部)、林繁行(全港湾労組大阪支部)、片岡明彦(関西労働者安全センター)】。面接調査には医大生、各労組、安全センター事務局も協力した。
調査は、2002年1月現在、松浦診療所に通院中のはつり作業歴のあるじん肺・振動障害患者全員56名に協力をよびかけ、うち52名がこれに応じて行われた。ここには本誌でこれまで紹介してきた人も含まれている
(左:抗頭はつり作業 )

 

はつり作業に長期間従事

チッパー

ブレーカー

 

はつり作業ではチッパー、ブレーカー、削岩機などの手持ち動力工具を主に使用する。かつては「手ばつり」が行われた。解体などで重機を使用することもある。
はつり作業は、たとえば、コンクリートの型枠を解体した後の余分な部分の削り取り、道路補修工事のための路盤面の削り取り、配管のためのコンクリートの溝切りといったぐあいに様々な場面で行われる。屋外での作業はもとより、地下室、共同溝といった閉鎖空間での作業も多い。作業の特性上、著しい粉じん、振動、騒音が発生する。
52人の調査時点の平均年齢は61.1才、平均就労終了年は1999年、平均従事年数は約36年、平均就労先会社数は4.6社で、ほとんどがはつり専業でやってきた人たちだった。
(上:チッパー/東空販売(株)パンフレットより 右上:ブレーカー
 左下:削岩機 中下:バックホー に取り付けらられた油圧クラッシャー 右下:手ばつり)

削岩機

バックホーに取り付けられた油圧クラッシャー手ばつり

 

 


CT写真

重複する健康障害

じん肺やその合併症で認定を受けている人が49人(その内訳は、管理4−4人、管理3ロ−22人、管理3イ−15人、管理2−8人)、振動障害で労災認定されている人が3人。レントゲン写真やCT写真の検討によって、アスベスト曝露によるとみられる不整形陰影や胸膜肥厚斑が高率にみられることがわかった。
振動障害については、52人のうちまったく振動障害関連症状をもたない人は10人に過ぎず、逆に、振動障害の典型症状である寒冷時に指が白くなる「レイノー現象」が陽性とされたのは17人だった。
聴力障害については、51人が聴力検査を受けた結果、「聴力損失はみられるが労災保険の障害等級外であるか、明かな業務外の原因がある」人が19人で、残りは労災等級14級相当−7人、11級相当−16人、10級相当−7人、9級相当−2人だった。
このように、じん肺の上にさらに、振動障害、聴力障害をもった人がかなりの数にのぼっていることが改めて浮き彫りになった。
(左:あるじん肺患者のCT写真)

3項目の提言

報告書では面接調査における聞き取り内容を踏まえて、現行の粉じん防止・じん肺対策の法的規制について分析している。そして、まとめの形で、はつり労働者の健康障害防止と患者の保護と救済のために3項目の提言を以下のとおり行っている。
建設じん肺研究会では今回の報告書を踏まえながら、建設職場、はつり職場の安全衛生対策の向上などについてさらに検討、調査を行っていく予定だ。

提 言 (「はつり労働者の健康調査−52事例の解析−」より)

今回の面接調査によれば、改正じん肺法(1978年)、粉じん則(1979年)の施行の頃から、呼吸用保護具の着用等がきびしく指導されるようになり、健康診断の実施状況がやや改善されたようである。逆に言えば、施行以前は、そうした対策がとられていないか、不徹底であったと考えられ、施行以降も不十分な状況が継続していることをうかがわせる。本調査対象者は、ここ3、4年の間にじん肺管理区分決定や労災認定を受けた人たちである。相談機関、医療機関の受け入れ体制がはつり労働者の間に知られるようになったことで相談に訪れ、受診し、救済された人たちである。一方、救済されることなく亡くなったはつり労働者はこれまで多くいたと調査対象者は異口同音に語っている。
本調査の結果を踏まえて、はつり労働者のじん肺等健康障害の予防と権利保護のために、以下の提言を行う。


1)実態調査の早期実施
まず、はつり労働者、はつり業者についての広範な実態調査を早急に実施する必要がある。はつり労働者とはつり業者のおかれている現状、健康被害の実態の全体像等を明らかにして、対策のための基礎資料を得るためである。本調査の実施対象者はほとんどが大阪府在住である。同様な実態は全国各地に存在していると考えられるが、これまで、本報告のような調査は行われていない。したがって、この実態調査は全国的に実施される必要がある。調査は、労働行政当局、事業者団体、災害防止団体によって行われることが望ましい。この際、業界外部の研究者、NGOの協力のもと、はつり労働者と患者の権利を尊重し、被害救済に十分配慮することが重要である。同時にこれらの調査を通して、はつり事業者に対する啓発や指導と、はつり労働者への教育が行なわれるべきであろう。
また、将来的には調査は定期的に行われる必要がある。現在、労災認定を受けている患者は、保護具着用等が比較的徹底していなかった時期に主たる職歴を持つ者がほとんである。したがって、着用状況の改善等が効果を上げるのかどうかも、定期的な実態調査によってはじめて検証可能であろう。


2)ゼネコンの責任に基づく事業者側の共同補償制度と雇用・生活保障制度の確立
大多数が零細であるというはつり業者の実態と、建設業におけるゼネコンの責任と権限の大きさを踏まえ、健康被害を受けたはつり労働者に対する共同責任に基づく災害補償制度と雇用・生活保障制度を確立するべきであると考える。たとえば、進行したじん肺患者に対するじん肺法上の作業転換等を末端一はつり業者のみで行うことは事実上不可能であり、業界として対処するほかない。また、一定しない現場に従事してきたはつり労働者に対する法定外補償についても同様である。


3)労働行政による法的措置の改善と財政的支援等の実施
上記1)2)における労働行政が果たすべき責任と役割が大きいことは論を待たない。はつり業者に対する啓発・指導をより効果的に行うためには、ゼネコン、事業者団体を通じたものだけではなく、はつり業者への直接的な集団・個別指導が行われるべきである。
さらに行政的には、はつり労働者の健康障害を防止するための法的措置を改善する必要がある。たとえば、粉じん則の規定を見直し、すべてのはつり作業における保護具着用とはつり労働者への特別教育を事業者に義務づけるべきである。作業環境測定ないし個人曝露量測定も義務づけ、作業者と周辺作業者への曝露のより一層の低減を図っていくことも重要である。零細なはつり事業者が職場改善対策を行うための財政支援措置の実施も望まれる。離職者の健康管理対策の一環として、じん肺管理区分管理2以上のじん肺有所見者には本人の申請に基づき健康管理手帳が交付されることになっている。この制度は有意義であるにもかかわらず、はつり業者、はつり労働者のほとんどが認識していない。したがって、労働行政として、健康管理手帳の宣伝、交付申請の勧奨をさらに徹底して行い、交付率を大幅に向上させることが必要である。


注目すべき最高裁判決 労働福祉事業も行政処分、不服審査、裁判の対象

労災保険法による給付には、療養補償給付などの給付と、労働福祉事業による援護などがあるが、従来、労働福祉事業による援護は一方的な行政サービスであって、権利ではないから、不服審査の対象にもならないとされ、被災労働者側が労基署の不支給決定を不服として不服審査請求を申し立てても、「棄却」ではなく「却下」とされてきた。
ところが、労働福祉事業の一つである「就学援護費」の不支給決定取消を求めた裁判で、最高裁判所はその扱いは誤りであると判断、「抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」として1,2審の門前払い判決を破棄、地裁に差し戻す判決を言い渡した(最高裁判所 平成11年(行ヒ)第99号 平成15年09月04日 第一小法廷判決 判決文は、最高裁判所のホームページhttp://www.courts.go.jp/の判例情報に掲載されている)。この結果、あらためて不支給決定処分の是非が裁判で争われることになった。

海外留学で援護費不支給に

具体的には、フィリピン人の夫を1988年に過労死(労災認定)で亡くした東京都世田谷区の女性Aさんは、遺族補償給付とともに二女の就学援護費(労働福祉事業)を受けた。ところが、96年にその二女がフィリピンの大学に進学したところ「学校教育法の定める学校でなければ支給できない」という理由で就学援護費が打ち切られた。Aさんは、不支給決定の取消を求めて、不服審査請求、行政訴訟を提起してきたが、高等裁判所にいたるまで、すべて、訴えそのものが不適法と却下(門前払い)されてきたのだった。
ところが、最高裁は「労働基準監督署長の行う労災就学援護費の支給又は不支給の決定は,法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり,被災労働者又はその遺族の上記権利に直接影響を及ぼす法的効果を有するものであるから,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当である。(上告の)論旨は理由がある。以上と異なる見解の下に,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。」と判断し、第1審に差し戻した。裁判官5名全員一致の意見だった。
労働福祉事業の中には、アフターケアが海外では一方的に受けられなくなる、など同種の問題点が指摘されていたが「文句はいえない」ものだとされてきた。今回の判決はこの点を正したといえるだろう。今後、就学援護費問題など労働福祉事業の明かな制度的不備が是正されていく契機になると思われる。


トヨタ過労自殺事件、高裁で遺族が勝訴 −業務起因性を認める判決

7月8日名古屋高裁にて、トヨタ自動車の係長が過労でうつ病を発症して自殺した事件の労災認定を争う訴訟が約15年を経て解決した。判決は、労働基準監督署側の控訴を棄却し、業務起因性を認めた。
トヨタの係長であったAさんは、35歳であった昭和63年、飛び降り自殺を図って亡くなった。その少し前から仕事が多忙なことなどの愚痴を聞いていた妻は、当然ながら労災保険を請求したわけだが、豊田労働基準監督署はうつ病発症と業務との因果関係を認めずに不支給処分を決定し、審査請求後裁判が提訴された。
この訴訟の第一審判決については、平成13年6月18日に妻である原告が勝訴し、労災認定の判断基準について画期的な内容でもあり注目された。相当因果関係の判断基準で、心身的負荷の強度を判断するに当たって、判断指針では同種の労働者を基準に、被災者の脆弱性を判断するものとなっているが、判決では、「同種労働者の中で、その性格が通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格傾向がもっとも脆弱である者を基準とするのが相当である」とし、精神障害の判断指針の見解を採用することができないとした。
「同種労働者を基準とする」のは、なにも精神障害の判断のみではなく、非災害性で発症した腰痛や、頸肩腕障害などでも同じであり、そのために、同僚が他に誰も発症していないということを理由に労災認定が阻まれてきた。この「同種労働者」というのも、実際には、職場の様々な労働者の中で、年齢、身体的特徴、仕事内容、量など被災者と全く同じ条件というのはありえないことだ。その判断基準に対して、その考えを採用できないとした上で、「同種労働者の中で、その性格が通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格傾向がもっとも脆弱である者を基準とするのが相当である」との判断は、まさにそれら被災者を救済する画期的なものであった。
労働基準監督署は控訴し、Aさんのうつ病発症は、業務のためではなく本人の脆弱性によるものとの主張を行なった。二審では、判断指針の見解を採用できないとした点について、これは、「判断指針が想定する同種の労働者の具体的な内容が、性格やストレス反応性につき多様な状況にある多くの人々についてどの程度の脆弱性を基準としているのかが明らかではないことから生じた誤解」とし、同種労働者の中でもっとも脆弱な者を基準にするというのは、判断指針の見解と大差ないとした。そのうえで、業務上の心身的負荷を認め、業務起因性が認められると結論づけた。
もっとも脆弱な者を基準とする判断に注目が集まっていただけに、二審判決はなんだかごまかされたような感じである。この判決をもって、指針の運用にどれだけの影響が与えられるかは疑問である。
労働基準監督署側は、上告を断念、判決が確定したわけだが、ともかく認定を勝ち取ることができて遺族の方々にはよかった。しかし、明らかに仕事に疲れていた夫が飛び降り自殺したことは、仕事のために違いないのに、その認定を受けるために裁判までやって15年もかかるとは、耐え難い状況であったと思う。労災保険は支給されるが、その間の苦痛に対して行政は何の償いもしてはくれない。


労災保険Q&A 

その17 労基法は適用されない「モーニング娘。」

Q:このあいだ週刊誌をなにげなく見ていたら、劇団四季の人が労働基準法の不当な規制に怒ってるっていう記事が出てたんですよ。何に怒ってるかというと、ミュージカルのキャストで子役が必要なんだけど、開演時間が午後7時で終わるのが午後9時、10時なんていうことになると、年少者の深夜業禁止のために、午後8時からあとは出演できないっていうんですよ。
A:そらそうだわね。中学3年生までの子どもを使用するには、行政官庁の許可が必要だし(労基法第56条)、それでも午後8時より後については特別な場合を除いて禁止されている(同第61条)もんね。
Q:だから、子役を使っても出番は、始めのうちだけで、午後8時にはもう劇場を出ていなければならないから、最後のカーテンコールには応えられないって。結局、小柄な大人が子役をせざるを得ないというんですよ。
A:なるほど、劇団としては困ったことということになるかもね。
Q:ところがですよ、この記事でもっと怒っているのは、「モーニング娘。」はなんで許されるんだというんですよ。
A:オーッ、なるほどそらそうだわ。加護ちゃんや辻ちゃん、それに新しいメンバーなんかみんな中学生以下だもんね。
Q:えらい、よう知ってますね。まあいいけど…、要するにモーニング娘のメンバーには労働基準法が適用されないということなんですね。
A:労働者ではないからね。労働基準法にいう労働者とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(労働基準法第9条)ということだから、加護ちゃんは使用者の指揮命令のもとで働いて、賃金を受取っているというわけではないんだろ。
Q:しかしですね、ダンスや歌の練習を重ねて、プロダクションとかで決めたスケジュールに従ってテレビに出たりコンサートに出たりして、プロダクションからその分の報酬を受けるんだから、指揮命令のもと働いて賃金を受けているということになりませんかね。
A:いやいや、加護ちゃんは加護ちゃんであることによってファンがいて報酬を受けるんだからねェ。
Q:あんまり理論的答えではないような…。

本人の意向、報酬の労働対償性
芸能関係者の労働者性判断基準

A:こういう話については、厚生労働省で参考となる基準が出てるんだ。1996年3月25日にまとめられた労働基準法研究会労働契約等法制部会労働者性検討専門部会の「建設業手間請け従事者及び芸能関係者に関する労働基準法の『労働者』の判断基準について」という報告だよ。この中にでてくる「俳優B」の労働者性判断というのが、いまの話だと参考になるだろう。この俳優は、映画の主役になる人で、労働者判断のまとめは次のようになっている。
(1)使用従属性について
@業務従事の指示に対する諾否の自由があること、A演技方法等について本人の意向が相当反映されること、B撮影時間の決定にあたって本人の都合が優先的に考慮されること、から使用従属性はないものと考えられる。また、報酬の額が撮影日数に対応しておらず、その額が他の俳優に比べて著しく高いことは、当該判断を補強する要素である。
(2)労働者性の判断を補強する要素について
高価な衣装を自ら負担していること、社会保険の加入、税金の面で労働者として取り扱われていないことは、「労働者性」を弱める要素である。
(3)結論
本事例の俳優Bは、労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。
Q:なるほど、この俳優Bなんかは確かに労働者として権利が保護されるというようなもんではないでしょうね。モーニング娘の場合は、プロダクションとテレビ局の関係ということでいえばこれと同じでしょうけど、プロダクションとメンバーの関係ということを考えれば、労働者性は少しあやしくないですかね。
A:たしかにそういう面はあるかもしれないね。しかし、報酬の額やその決定方法とかの面から見たら、やはり労働者とは言い難いんではないの。
Q:まあそうですね。しかし、だとするともっと売れていないタレントさんなんかはどうなるんでしょうね。
A:この研究会報告では、それが「俳優A」になっていて、映画で喫茶店のウェイトレス役で、台詞は一つだけ、出演料のランクは最低という場合。判断のまとめはこうなっている。
(1)使用従属性について
@撮影期間が延長される場合であっても拒否することはできないこと、A演技方法等があらかじめ特定され、本人に裁量の余地はほとんどないこと、B具体的な撮影時間等の割り振りが一方的に決定され、これに従わざるを得ないこと、から使用従属性があるものと考えられる。また、当初の役以外の役を演ずることを拒否できないことは、当該判断を補強する要素である。
(2)労働者性の判断を補強する要素について
税金の面で労働者として取り扱われていることは、労働者性を補強する要素となる。
(3)本事例の俳優Aは、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
Q:なるほど、ケースバイケースということになるんですね。
A:労働関係というのは、ちゃんと規制をしないと弱い立場が損をするということになるから労働基準関係法令というのがあるのであって、その規制で護らなければならない範囲というのは、形式上で判断できないというのは当然のことであって、芸能関係者の場合もそうだったということだよね。
Q:この研究会報告がでるくらい、芸能関係者の労働者性で問題がいろいろ起こっていたということなんでしょうか。
A:まさにそのとおりで、かつて映画の撮影現場で脇役の役者さんが、間違って振り回された日本刀に切られて亡くなったという事件があって、そういう俳優さんや、撮影助手、補助カメラマンなどの労働者性判断をちゃんとやってもらいたいという声が芸能関係団体から上がっていたという背景があったんだね。
Q:話はもとに戻って、劇団四季の子役はやはり労働者になるんでしょうかね。
A:一定の時間を劇団が拘束し、ミュージカルに出演するというのだから、やはり労働者ということなのだろうね。労働者でない場合があるとしたら、有名子役やタレントが特別な契約にもとづいて出演するというような場合は労働者ではないことになるだろうね。

様々な職種で問題になる労働者性
多様化する労働形態で要注意

Q:タレントさんの話ばかりになったけれど、もっと身近な話にこれはつながるんでしょうね。
A:そうだね。建設現場で働く大工、左官などの仕事を請け負いでやる人、バイクや自動車で一つ配達していくらと報酬を決めているというような場合も問題になるよね。
Q:先日の名古屋で起きた立てこもり放火事件の犯人は、労働基準法上の労働者ではないことになっていたんですよね。
A:新聞でも報道されていたけれど、あれなんかは実際には労働者に当たると考えていいだろうね。運送関係でああいう配送者との契約関係が問題ないとなると、道路貨物運送業の公正競争の観点からも問題になるだろうしね。
Q:そうなんですよね。運送業に限らず、たとえば介護労働者だとか色々な職種で、権利を保護すべき対象としての労働者の枠をしっかりしておかないと、形式による言い逃れが横行して、結局、仕事をするということ自体に歪みができて全体がおかしくなるというか。
A:これは案外と重要な問題で、まだまだ「そういう手があったか」という契約方法が出てきたりするから要注意だろうね。


前線から

元はつり労働者のじん肺労災認定 沖縄

本誌2003年2月号で報告したじん肺・肺結核・続発性気管支拡張症で沖縄県豊見城市の病院に入院中の男性Aさん(72才、那覇市在住)に対して、9月に沖縄労基署は業務上疾病と認める決定を行った。
Aさんは、20代後半から、建設・解体の現場ではつり作業に就いた。一時、大阪で働いたが、主に沖縄ではつり作業に従事した。Aさんによれば、最終粉じん作業は、恩納村(おんなそん)にあるホテル「ラマダ・ルネッサンス・リゾート・オキナワ」建設工事で1987年前後とみられたため、所轄の沖縄労基署に昨年労災請求、約10ヶ月を経て支給決定となった。
じん肺肺がんで労災請求中の1件をはじめ、今後も沖縄のはつり労働者の問題に取り組んでいくことにしており、近日中に、沖縄での調査、相談活動を行う予定になっている。
ところで、Aさんの場合、結核と診断され、治療を受けた医療機関が、いずれも県立病院、国立病院であったにもかかわらず、労災補償の道をつけてもらえていなかった。ここにじん肺患者のおかれた難しい状況が象徴されている。労災請求への協力を求めて面談した国立病院の主治医に「この写真のどこにじん肺があるのかわからない」と言われたときは少しショックだった。「都会はじん肺砂漠だ」という人もいるくらいで、医療機関の無理解がじん肺患者の救済を阻む要因になっている。それは全国共通の問題であって、今回の経験が特に沖縄的なわけではないにしても、じん肺患者を取り巻く不十分な状況があることが数字からもうかがえる。
沖縄県における過去10年の「じん肺及びその合併症での新規労災認定件数」は次のようになっている。
2001年度−0件(建設業−0件)、00年度−1件、99年度−2件、98年度−1件、97年度−5件、96年度−1件、95年度−2件、94年度−1件、93年度−0件、92年度−2件。
県の人口が133万人であるとしても、全国的に見るとかなり少ない。
2002年の沖縄県のじん肺管理区分決定状況をみると、全体で3件(すべてセメント製造業で管理2)。はつり作業者が該当する「ずい道工事以外の建設業」では0件。
管理区分申請はじん肺健診で有所見とされた者について行われる。そこで、2002年のじん肺健診実施状況を調べてみると、はつり業者が該当する「建築工事」では5業者がじん肺健診を実施していたが、沖縄労働局によると、「その中にはつり業者は含まれていない」とのことだ。
つまり、はつり業者がほとんどじん肺健診を実施していない可能性が高く、建設業の中で、粉じんに高度に曝露しているはつり労働者の健康管理が全く行われていないのではないかと考えられる。健康障害が当たり前であるほど、露見することを嫌って健康管理を怠りがちになるというのが一般的だろう。上記の新規労災認定件数が少ないことは、こうしたことにも起因しているかもしれない。
いずれにせよ、沖縄のはつり労働者の健康管理については抜本的な対策が必要で、このことは、他の地方も同様と思われる。

 

労災認定はされたけれど… 東大阪

頸椎椎間板ヘルニアで療養中のBさんの労災支給決定が下りた。発症から7ヶ月であった。Bさんの職場は、人工大理石の台所、洗面所などを製造しており、Bさんの仕事は人工大理石の加工・組み立てだった。Bさんは、今回の労災の3ヶ月前に、労災で右手小指の先を切断し、その治療は終わっていたが指先に疼痛が残っていた。そのために右手をかばい、主に左手で作業を行なっていた。10キロほどの人工大理石のパーツを担上げようとして手が滑り、あわてて頭と左肩でパーツを支えたときに、左肩に激痛がおこった。しかし、仕事が忙しかったためにBさんは片手で仕事を続け、2週間ほどたってから痛みが耐え難いものとなり、病院で頸椎の椎間板ヘルニアが分かった。痛みがひどかったために1ヶ月入院治療したほどだった。しかし、指の事故では会社は労災保険の手続きを速やかに行なったにもかかわらず、今回は会社の態度がはっきりせず、病院のソーシャルワーカーの紹介で安全センターを訪れた。
事業主と話し合うために訪れた東大阪市の町工場は、加工機械がたくさん並べられているために通路が狭く、そのために重い大理石を頭の上に持ち上げて手運びをしなければならない状態だった。事業主はすんなり労災請求には同意したが、話し合いの場を仕切ったのは社会保険労務士で、なぜか社労士のほうが、被災労働者に「すっかり治って元の仕事ができる状態になってから、仕事に復帰するように」言いわたした。いつ労働災害が起こってもおかしくない劣悪な職場環境で重労働を強いておいて、労災で休業すれば厄介者扱いというあまりな態度であったが、速やかに労災請求を行なうため穏便に話し合いを終えた。
中小企業が経済的な問題のために職場環境には無頓着で、それどころかめいっぱい労働者を働かしてなんとか会社を維持している現状を目の当たりにしたが、そういう事業主と結託して労働者の権利を無視する社労士がいることにも怒りを覚えた。Bさんの労災が認定されてほっとしたが、治療を終えても職場復帰できるかどうか、まだまだ問題は残っている。