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多発性骨髄腫で労災請求 −原子力発電所での被曝が原因 富岡労基署(福島県)

(「関西労災職業病」2003年6月号より)

長尾光明氏長尾光明氏(大阪市在住)は、1977年10月から1982年1月にかけての原子力発電所の定検工事に従事し放射線に被曝した。定年退職から8年後の1994年頃から首の痛みがはじまり、98年には第3頸椎病的骨折のために手術を受け「多発性骨髄腫」診断された。以後現在まで療養を続けている。2002年11月8日、原因は放射線被曝だとして福島県・富岡労基署に労災請求を行った。
「多発性骨髄腫」は白血病と同様に放射線と関連のある疾患とされ、白血病に類似した骨髄の癌。長尾さんの場合、白血病の労災認定基準と比較すると3倍以上の被曝をしていることや福島第1原発でα核種(ウラン、プルトニウムなど)による激しい汚染があった時期に作業をしていることなどから被曝労働との関連は明かとみられ速やかな救済が求められる。
すでに労基署は2度の長尾氏からの聞き取り調査、長尾さんがかかっている3つの医療機関からの意見書収集を行っている。この中には医学的因果関係などを詳細に述べた村田三郎医師(阪南中央病院)の意見書(「村田意見書」。以下の『  』は村田意見書からの引用)も含まれている。会社側からの聴取、資料収集も一定行ったとのことである。
その上で労基署は「認定基準上には明記されていない疾患」として厚生労働省本省に調査資料を送り(りん伺)、現在、本省サイドで業務上外判断のための調査に入っている模様。
安全センターとしては、すでに協力を開始している市民団体、労組、各地域安全センターとともに長尾さんの労災請求を積極的に支援し、原子力被曝被災労働者の救済と安全衛生対策、労災隠し対策の徹底を政府、企業に対して要求する取り組みを進めていきたいと考えている。(写真は長尾光明氏/東京電力福島第一原子力発電所2号機格納容器内にて・1981年12月)

4年3ヶ月で総線量70ミリシーベルト

長尾氏は、配管工事の技術者として定年退職まで各種のプラント工事に従事した。1973年に石川島プラント建設(IPC)(石川島播磨重工業(IHI)100%出資)に入社しているが、前年からIPC関係の仕事に従事している。中部電力浜岡原発建設、住友化学新居浜工場、三井石油大竹工場、昭和電工大分工場、東亜燃料川崎工場など多数の現場で建設、補修工事に従事した後、1977年10月から東京電力福島第一原発に入った。以後、長尾さんはベテランの配管技術者として3つの原発定期補修工事に従事、その4年3ヶ月間のうちの原発内作業歴と被曝線量は表1の通り。労災請求の事業主証明は、最終放射線職場の福島第一原発2号機定検工事の元請会社である東芝が行った。

表1 長尾光明さんの原発内作業歴と被曝線量

期 間
被曝線量
原発名
1977年10月〜
1978年1月
1670mrem(ミリレム)=
16.7mSv(ミリシーベルト)
福島第一原発2号機(東京電力)
1979年1月〜9月
2240mrem
福島第一原発2、3号機
1979年12月
100mrem
福島第一原発3号機
1980年2月〜4月
30mrem
新型転換炉「ふげん」(動燃)
1981年1月〜6月
1010mrem
浜岡原発1,2号機(中部電力)
1981年9月〜
1982年1月
1950mrem
福島第一原発2号機
※歴年月数:4年3ヶ月  集積線量:7000mrem(70mSv)



その4年3ヶ月のうち表1に記載された期間以外は原発以外の現場で働いているが、この歴年4年3ヶ月の間に7000mrem(ミリレム)=70mSv(ミリシーベルト)被曝したことが放射線管理手帳に記録されている。
特に、最後の福島第一原発2号機の工事では汚染のはげしい原子炉格納容器内で全面マスクをつけて作業している。一方、長尾氏によればこれ以外の時、場所では、いずれもマスク無しか簡易マスクだけの作業だったとのことで、あとで述べるようにこのことが「記録されない重大な被曝」の原因の一つになった可能性がある。

他の労働者に比較しても大量被曝

長尾氏の被曝線量の程度は次のようなものであった。
『長尾氏の年間被曝線量は、当時長尾氏が放射線作業に従事した原発における労働者の被曝線量データと対比すると最低1.5倍から最大3.5倍多かったことが明らかになった。(表2参照)

表2 長尾氏と他の労働者の被曝線量の比較

年度
長尾氏の被曝線量(mSv)
主たる作業原発
年間平均被曝線量(mSv)
社員
その他
1977
16.70
福島第一原発
3.6
4.7
1978
10.70
福島第一原発
3.7
7.4
1979
13.00
福島第一原発
3.2
5.8
1980
5.60
ふげん(敦賀)
1.1
2.2
浜岡原発
2.7
2.2
1981
24.00
浜岡、福島第一原発
3.0
6.6

以上に表示したように、長尾氏の年間被曝線量は、正社員の被曝線量と比較すると毎年最低3倍、最高で8倍も多い事が分かる。また正社員以外の臨時・下請け労働者は一般に被曝線量が高い区域での労働を余儀なくされているが、その下請け労働者と比較しても長尾氏の被曝線量は最低1.5倍、最高では3.5倍の高さになっていることが明白である。(原子力市民年鑑2000,原子力資料情報室編−七つ森書館)』

従事中も被曝の影響が・・

長尾氏が発症した「多発性骨髄腫」はいわゆる癌であり、被曝後潜伏期間を経て発症する晩発性の障害である。ところが、作業従事期間中にあっても被曝の影響がみられた形跡が健診記録に残されていた。
『長尾氏は前述のように、1977年から1982年1月まで放射線作業従事者として、放射線下の作業に付いている。長尾氏が1977年から1982年1月まで放射線作業従事者として被曝した集積線量は、合計70mSv(7レム)であった。
そして、長尾氏の年間被曝線量(外部線量)と、当時の検査結果(白血球数)は(表3参照)入域前検診では、健康であったにもかかわらず、白血球数は作業従事期間中に徐々に増加傾向にあることがわかり、被曝により反応性に増加していたと考えることが可能である。当時の白血球分類や血清免疫グロブリン量やZTT(膠質反応)は不明である。この頃から血中IgG値を測定しておれば、放射線被曝と以後の多発性骨髄腫発生経過が綿密に捉えられていたと考えられる。』

表3 長尾氏の年間被曝線量と白血球数

年度
年間被曝線量(mSv)
白血球数(個/μl)
1977
16.70
6800
1978
10.70
6700−6800
1979
13.00
7500−10300−8200
1980
5.60
8900−8600−9000
1981
24.00
8600

多発性骨髄腫

多発性骨髄腫は、骨髄の細胞の一種が腫瘍化する悪性の疾患だ。
『好発年齢は高齢者であり、慢性に経過するものから腎不全によって急速に死に至る症例まであり、臨床経過が症例ごとに多彩である。』とされる。
『骨髄腫細胞はMタンパク(単一の免疫グロブリンまたはその軽鎖であるBence- Jonesタンパク)を産生して種々の臓器に障害をもたらす。特に骨では腫瘍細胞から遊離される物質(破骨細胞刺激因子 )が破骨細胞を活性化することによって全身的な骨の融解が起こる。その結果、初発症状として最も多いのは貧血による全身倦怠感と骨病変による疼痛が主要な症状となる。骨粗鬆症による病的骨折が特徴的であって突然の骨折をきたし、その原因検索の過程で初めて多発性骨髄腫と診断されることも多い。長尾氏の場合も全く同様の経過をとっている。』
長尾氏は、86年1月に定年退職し92年まで体調に問題はなかったが、93年から血圧の変動があり近所の総合病院に通院しはじめた。94年から首の痛みがはじまり、自宅で温熱療法などを行いながらずっと通院していたが、98年2月に前歯が折れ、同月に第3頸椎を圧迫骨折し入院、4月に大学病院で第3頸椎病的骨折で手術を受け7月まで入院した。その後、左鎖骨病的骨折手術、放射線治療、抗ガン剤投与を経て、現在は、安定した状態を保っているものの、『厳重な医学的監視の元に経過観察が必要であることは疑いようのない事実である』状況だ。

放射線被曝と多発性骨髄腫

放射線被曝が癌・白血病の原因となることは明らかで、多発性骨髄腫についても同様だと考えれる。国内の放射線作業従事者、広島・長崎の被爆者、米国の核関連施設労働者の疫学調査などが多発性骨髄腫の多発を示している。
財団法人放射線影響協会が国内の放射線作業従事者の放射線管理手帳データを元に疫学調査を行っており、第T期(1995年3月、1990〜1994年度集計)、第U期(2000年12月、1995〜1999年度集計)報告書を出している。被曝線量の大きい下請け労働者のデータが相対的に欠落傾向があるなど、その調査内容の問題点が指摘されており、報告書自体、多発性骨髄腫を含めこの集団における癌・白血病と放射線被曝の関連性を認めていない。しかし、その内容をみると関連性を一定示すものになっている。
第U期報告は多発性骨髄腫に関して「多発性骨髄腫は、住所地を調整した解析で有意な傾向性を認めたが、症例数が極めて少ないので放射線との関係を論ずる段階にはない」としているのだが、これを英文で雑誌に最近報告したものでは「白血病を含む多くの癌では集積線量と死亡率の間に量反応関係は認めなかった。但し、食道・胃・直腸・多発性骨髄腫では正の相関関係があった」と多発性骨髄腫の関連性を認める内容が記述されているというから不思議だ。具体的な数字では、被曝線量10mSv未満群と比較して、50-100mSv群で3.63倍、100mSv以上群で7.22倍のリスクが算出されているので英文報告の通りなのだ。
『現時点では原子力労働者に関する唯一の「公的な」疫学調査結果からみても、多発性骨髄腫は、放射線被曝線量と死亡率の間に相関関係がある悪性新生物であるということは明白』といえる。
広島・長崎の原爆被爆者の各種調査が、多発性骨髄腫が多発していることを報告している。
『被爆者の癌・白血病を始めとする健康影響を広範囲に記述している成書である「原爆放射線の人体影響1992」には、「高齢化社会に入りつつある現在では本症は増加傾向にある造血器腫瘍の一つであり注目されている」と記載され、「骨髄形質細胞への放射線障害による腫瘍発生は、病変の場が同じ骨髄である白血病が被爆者に多発したことを考え合わせると放射線による晩発障害の一つとして念頭におくべきである」と総説している。また、原爆被爆者の「寿命調査:第10報、広島・長崎の原爆被爆者における癌死亡、1950−82年」では、白血病を始めとする多くの癌とともに多発性骨髄腫について、罹患率と死亡率のいずれも有意な線量反応が見られたとしている。その後の追跡調査による解析では、「多発性骨髄腫について過剰リスクがあるとする証拠は認められない」という見解もでているが、今後被爆者の高齢化がさらに進み、観察期間が長くなるにつれて明確な相関関係がでてくると考えられる。それを示唆するものとして、長崎原爆病院では、多発性骨髄腫の新発生が急速に増加しているという事実がある(1999年度原爆被爆者診療概況)。さらに、京都原爆症訴訟公判で明らかになった「厚生省原爆医療審議会による認定基準(内規)平成6年9月19日」によれば、「原爆放射線起因性のあるとみなせるもの」として、胃癌、結腸癌、卵巣癌につづいて多発性骨髄腫が記載されている。このように、放射線被曝集団としては最も多数で、長期的に疫学調査がなされている原爆被爆者において、多発性骨髄腫が多発し、これを放射線に起因する血液疾患としてみなしていることは明らかである。』。
長尾氏労災請求後、当安全センターが厚生労働省に問い合わせたところ、原爆症認定において多発性骨髄腫の認定事例は1993〜2002年度で17件あった。
米国エネルギー省関連施設労働者の疫学調査において『ハンフォード原子力施設労働者の集計では、膵臓癌と多発性骨髄腫については線量と死亡率の間に統計学的に有意な相関がみられたと記載されている。』。オークリッジ国立研究所の労働者の調査では『低レベルのイオン化(電離)放射線の外部被曝を受けることと、癌死亡率の増加の間には相関関係があることを示唆し、高齢(45歳以後)になって被曝すると、電離放射線被曝の癌原性効果に対して、より高い感受性を示す可能性がある』と報告されている。米国ロス・アラモス国立研究所などの調査では『ノースカロライナ大学のウィングらは、累積被曝線量が 50mSv を超すと多発性骨髄腫の発生率が高まることを報告した。その内容は、ロス・アラモス国立研究所、サバンナ・リバー研究所などの原子力関連4施設で1979年以前に雇用された約11万人の名簿から、血液のがんの一種である多発性骨髄腫で死亡した98人を割り出し、同施設の他の労働者391人と比較した。喫煙や医療被曝の影響を考慮したうえで、累積線量が50mSvを超える者と10mSv以下の者では、多発性骨髄腫による死亡率に約3.5倍の開きがあった。累積被曝線量が同じでも、高年齢になって被曝線量が増えた労働者は、若い時期に被曝線量が多かった労働者に比べ、発生率が高い傾向があったとした。ウィング医師はこの結果をもとに、「米国の原子力施設の労働者を対象とした調査では、最も規模が大きい」とデータの信頼性を強調し、「被曝と他の癌との因果関係も検討する必要がある」と考察している。』
このように米国の報告では『アメリカの原子力施設労働者のなかでも多発性骨髄腫は、労働者の線量限度とされている年間50mSvという比較的低線量の集積線量でも、被曝線量の低い労働者と比べて、発生率が高いことが示されており、特に比較的高齢(45歳以上)から被曝労働に従事した場合に、放射線に高い感受性を示すことが示されている。』

労災認定基準と多発性骨髄腫

多発性骨髄腫は現在の労災認定基準(「電離放射線に係る疾病の業務上外認定基準について」基発第810号1976年11月8日)においては、具体的な基準が定められておらず、労災請求を受理した所轄労基署から調査資料を添えて本省へ「りん伺」することとされている。
ところで、多発性骨髄腫は『白血病と同様に骨髄の癌(血液の悪性疾患)として考えられるべき悪性疾患である』。そして、上述したように放射線被曝との関連が明らかであるから、労災認定基準で規定されている白血病の認定基準が準用されても何らおかしくはない。
白血病の認定基準は次の通り。
(1)相当量(0.5レム×電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)の電離放射線に被ばくした事実があること。
(2)被曝開始後少なくとも1年を超える期間を経た後に発生した疾病であること。
(3)骨髄性白血病又はリンパ性白血病であること。
※0.5レムは500mrem(ミリレム)すなわち5mSv(ミリシーベルト)
この白血病の労災認定基準を念頭に長尾氏の場合をみると、
(1)1977年から1981年までに放射線管理手帳の記録上で70mSv被曝している。これは年平均16.47mSvに相当し、白血病の認定対象の被曝線量基準(年5mSv)の3倍を超えており、かつ、同時期の他の労働者に比較しても相当多く被曝している(正社員の3〜8倍、下請け労働者の1.5倍〜3.5倍)。
(2)被曝開始後少なくとも21年して発症している。
つまり、長尾氏の被曝線量は白血病の労災認定基準は大幅に超えているのである。
これまでの白血病による労災認定事例の概要を表4に示す。長尾氏がこれらの人たちと変わらないか、場合によっては多い被曝を受けていることがわかる。

表4 過去の白血病で労災認定された事例の概要

病 名
集積線量(mSv)
作業期間
年平均線量(mSv)
慢性骨髄性白血病 40 11ヶ月 44
慢性骨髄性白血病 50.63 8年10ヶ月 5.6
C
急性リンパ性白血病 129.8 約12年 10.08
D
急性単球性白血病 74.9 11年 6.8
E
急性骨髄性白血病 不明 5年5ヶ月 不明

記録にされない重大な被曝が・・

以上のように長尾氏の労災請求は、
1)発症した多発性骨髄腫は白血病と同様に、放射線被曝との関連のある骨髄の癌(血液の悪性疾患)と考えられ、国内外の疫学調査が多発性骨髄腫と放射線被曝との間に因果関係があることを示していること。
2)被曝線量は、白血病の労災認定基準を大幅に超えており、かつ、同時期の他の労働者と比較しても相当大きいこと。
から早急に業務上疾病として認定されなければならない。(労災請求時には発病からすでに4年以上が経過していた。そのため労災保険法上、療養補償と休業補償の請求権の半分以上がすでに時効で消滅していた。そうした事情も踏まえて早期救済がおこなわれるべきである。)
ところが、こうした既存の情報に加えて見過ごすせない問題がわかってきた。
それは、長尾氏が作業に従事した当時、福島第一原子力発電所1号機にα(アルファ)核種(放射線の中でもアルファ腺を出す放射性物質)の激しい汚染にさらされていたという事実である。この事件は内部告発によって明らかになったもので、今も、市民団体による追及が続けられている。原因となったと考えられる燃料棒の破損状況、汚染状況の全貌など、核心部は未だ闇の中である。α核種汚染は労働者に内部被曝をもたらすが放射線被曝管理記録に残されない可能性が大きく、そこで働いていた労働者にとっても重大な問題なのである。
長尾氏が作業したのは2号機、3号機であって1号機ではないが、2号機と1号機は隣接していることなどから影響があった可能性が考えられる。IPC、東芝、東京電力に対しては、全面的な情報公開を求めていかなければならないと考えている。
5月17日、福島県富岡町で、現地で長年原発反対運動に取り組んでいる双葉地方原発反対同盟(代表:石丸小四郎氏)などの主催による支援集会が行われた。集会では、村田三郎氏とα核種汚染問題に取り組んでいる美浜の会代表の小山英之氏が講演し、長尾氏からのビデオメッセージも上映され、参加者の理解と協力を呼びかけた。その前日には、同盟と安全センター連名による富岡労基署に対する申し入れを行った。今後も福島現地の人たちや関係市民団体とよく連携して取り組みを進め、長尾氏の早期労災認定を実現していきたい。


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