高齋正さんのエッセイ 2


外国車のカタカナ表記


 暮の新聞に自動車雑誌『エンジン』の広告が載っていた。1面の下にある3段8割りのものである。そこに、マセラティのことを日本総代理店のコーンズの表記と異なる表記で書いていた。『自動車工学』誌(2001年4月号)に、『「The Longest Day 」の邦題は「史上最大の作戦」である』というタイトルの文を載せていただいた。これを再録する。

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「The Longest Day 」の邦題は「史上最大の作戦」である

 自動車雑誌にふさわしい映画のタイトルの方がよければ、『The Devil'sHairpin 』の邦題は『悪魔のヘアピンカーブ』ではなく『地球で一番早い男』である、としようか。

 ここにあげた洋画の邦題は、原語のタイトルと大きく違ったケースである。なぜこういう例をあげたかというと、『The Longest Day 』という映画の日本でのタイトルは『史上最大の作戦』が正しくて、『最も長い日』とやったら間違いだという好例だからである。

 映画配給会社は洋画を輸入すると、日本語の題名をつける。映画の内容をよく表しており、観にいこうという気にさせるような邦題を選ぶわけである。

 映画配給会社は洋画を買いつけるのにお金を投資し、日本語に字幕をいれたり、日本語に吹き替えをしたり、ポスターを作ったり、数多くの映画館で上映できるようにコピーを製作したりで、その面でも投資している。

 映画館にたくさんの観客が入れば投資した資金を回収したうえで利益がでるが、客の入りが悪ければ赤字になる。

 お金を投資してリスクを負っている映画配給会社が決めた邦題が、その映画の日本における正しいタイトルであり、それ以外の邦題は間違いである。

 さて、外国製の自動車の表記である。

 外国製の自動車を日本で販売する場合は、外国の自動車メーカーが100%出資して日本に会社を設立し、そこが自動車を輸入するケースと、日本の会社が輸入総代理店として自動車を輸入するケースがある。

 いずれにせよ、輸入を担当する会社を維持するためには、本社機能をもつ部屋あるいは建物を購入するか賃借するかで費用がかかるし、人件費もかかる。さらに、補修部品のストックが必要であるし、輸入手続きの業務をおこなったり、販売網を整備したり、宣伝したり、さまざまな費用がかかる。

 こういう会社はお金を投資して活動をおこなっているのである。

 日本に輸入したクルマがたくさん売れれば利益がでて、投資したお金を少しずつ回収し、長期的にみて黒字になる。しかし、売れるクルマの台数が少なければ、投資したお金を回収することさえできず、赤字決算の連続となる。赤字が続いている会社でも輸入業務を続けているのは、そのうち黒字になるという期待をもってのことである。

 資本を投下し、そういうリスクを負っている企業が、日本における輸入車のカタカナ表記を決めるのである。輸入総代理店が決めたカタカナ表記がそのクルマの正しい表記であり、それと異なる表記は間違いである。

 外国から自動車を輸入する会社が自動車のカタカナ表記を決める時には、その時代の人たちの文化的なレベルを考慮する。いくら元の発音に忠実なカタカナ表記であっても、日本人に読みにくい表記ではクルマが売りにくい。

 その意味で、ヤナセがフォルクスワーゲンと表記し、シボレーと表記したのは、よい選択であったと思う。

 原音にちかいフォルクスヴァーゲンとしていたら、1950年代の日本人には発音しにくかったと思うし、フォルクスバーゲンとしたら、現在ではバーゲンセールのイメージがついてしまったと思う。その頃はバーゲンといわずに大売出しといっていたが……。

 シボレーという表記も簡単明瞭でわかりやすい。Vの発音はむずかしいが、もともとフランス語圏のルイ・シボレーがアメリカに移住して作ったクルマであり、アメリカ人に Chevroletの発音を尋ねると十人十色の答が返ってくると、アメリカ車に詳しい自動社史研究家の故・五十嵐平達さんが教えてくださった。

 キャデラックは何年か前までキヤデラックと表記されていたが、現在はキャデラックという表記になっている。けっしてキャディラックではない。

 私の自動車レース歴史小説の中では、これまでパナールと表記されてきたクルマを、パンアールと表記している。フランスに長いあいだ住んで、フランス人にフランス語を教える資格をもつ友人の日本人から、フランス人がパンアールと呼んでいると聞いて、パンアールという表記にしたものである。すでに市場から消えたクルマであるので、フランス人と話をするときに相手に理解されやすいように、という配慮である。

 しかし、現在も生産・販売を続けているクルマについては、私は輸入元が決めた表記を使うことにしている。

 自動車でなくモーターサイクルであるが、私が翻訳した『ハーレーダビッドソン80年史』は、現在も生産・販売活動をおこなっているモーターサイクルなので、日本で売っている表記に合わせている。これをハーレーダヴィッドソンと表記するバイク雑誌もあるが、「うちの雑誌は通なんですよ」という匂いが感じられる。アメリカに行ってハーレーの話をする時に、ハーレーダヴィッドソンでは通じず、ハーリーデービスンというと通じやすい。

 マセラテイがフェラーリの傘下になったので、日本での輸入販売業務が伊太利屋からコーンズに移った。この時、コーンズに電話してカタカナ表記を教えていただいたが、その時は全部大きな文字のカタカナといことで、マセラテイと判断した。現在はマセラティと最後の『ィ』の文字が小さくなっている感じもするが、微妙な大きさである。

 ま、こういうのは、キャノンと発音しているメーカーの正式な表記がキヤノンであるようなものだと思っている。

 わからないのが、ランボルギーニのモデル名である。ハラマ Jarama はスペイン・グランプリもおこなわれたハラマ・サーキットからとってものであろうし、ホータJota はスペインの踊りのリズムだったと記憶している。ただ、クルマを生産したイタリアでは、ハヒフヘホの音を使わず、Jを英語のYのように発音して、ヤラマ、ヨータと発音する。

 ランボルギーニの Countach の日本でのカタカナ表記は、イタリア人と話をしても通じない表記がまだ残っている。

 ボディーを製作した場所がトリノであり、あのあたりはフランスと近いので、フランス語の影響が大きい。その地方の方言で Countach は君太氏(くんたし)と発音する。このモデルは発表された時にマスコミが英語読みの表記で報道したので、それがまだ残っている。

 このモデルをカウンタックと発音すると、イタリア人と話をしても通じない恐れがある。

 ダイムラー・クライスラーが生産・販売しているクルマのメルセデス・ベンツのメルセデスはスペイン名前である。20世紀の初めにダイムラー車をフランスで販売していたエミール・イェリネックが36台を委託販売でなく買い切ることを条件に、クルマの名前としてダイムラーという名前でなく、自分の娘の名前を付けるように要求した、普仏戦争の余韻が残っている時代であり、ドイツ的な雰囲気を消すためというのが、最大の理由である。

 イェリネックはスペインに凝っており、娘にスペイン名前をつけていた。メルセデスちゃんである。したがってドイツ車でありながら、メルセデスと呼ぶのが正しい。日本でメルセデス・ベンツとして販売されているのは、そういう歴史を踏まえたカタカナ表記なのである。

 ジャガー・ジャパンが販売しているクルマはけっしてジャギュアーでもなければジャグワーでもない。

 資金を投入しリスクを負っている輸入元が決めたカタカナ表記を使わないで、それと異なる表記を使っているのを見ると、ものを知らない人を相手に、自分を“通”に見せようとする心根が感じられる。

 なんのリスクも負わないジャーナリストが、正しいカタカナ表記を使わずに、意図的にそれと異なった表記を使うのはおこがましい。そういう表記は誤りである。

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 以上が『自動車工学』誌に書いた文である。

 私の著書『ここまで堕ちた 自動車業界』の中で、朝日新聞社が1年間で刊行をやめた『AVANT』という自動車雑誌のことに触れたが、そこで名前をださずに『同じコンセプトの自動車雑誌』として書いたのが『エンジン』のことである。

 ずっと昔のことであるが、帝人ボルボが日本総代理店だった頃のことだと思うが、ボルボのことをヴォルヴォと表記する自動車雑誌に、「うちのクルマはボルボなんですが」とお願いしたという話を聞いたことがある。お願いするのが間違いである。「うちがボルボと表記すると決めたのですから、それ以外のカタカナ表記は誤りです。ヴォルヴォと書いたら間違いです」と言うべきであった。

 自動車ジャーナリズムが自動車の名前を正しく表記できないということは、基本的なところが間違っているということである。自動車ジャーナリストでない林望さんがジャグァーと書いても、私は問題にしない。しかし、自動車ジャーナリストがジャグァーと書いたらその人は自動車ジャーナリストとしての基本ができていない人である。

  ジャガーをば ジャグァーと書けば 文化人
  シボレーを シヴォレーと書けば 文化人
  メルセデス 通ぶり書けば メルツェデス

 面倒なことに、4輪駆動のアウディはアウディ・クワトロであり、4枚ドアのマセラティはクアトロ・ポルテである。4をクワトロと読むかクアトロと読むかの違いである。


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2005.01.06