Counter 愛車単独3000キロ韓国周遊の旅

 

愛車単独3000キロ韓国周遊の旅

 English Version
Non Governmetel Organization - East Asia Friendly Charity Wark Research Society

東亜友誼慈業研究会(とうあゆうぎじぎょうけんきゅうかい)のNGO活動

二度と愛車で、走れないであろう韓国国内ドライブ37歳達成!!。★
또 다시 애차 사용하여서 갈 수 없는 한국 국내 드라이브 37세 달성. ! !

勿論、3000キロは、大阪往復&フェリー航路を含みません。
(DMZ는 38 도선 나의 나이는 한국에서는 38세 38 도선에 가고 싶어서?!)
ソウルの恋人 서울 애인
彼女は正に、京畿道の代名詞<鏡中美人/경중 미인>
『三千里錦繍江山の八道』
平安道<猛虎出林>・咸鏡道<泥田闘狗>
黄海道<石田耕牛>・江原道<岩下老仏>
慶尚道<泰山嶠嶽>・全羅道<風前細柳
忠清道<清風名月>・京畿道<鏡中美人>


《미애 의미≫
마음씨가 이뻐야 되고 남을 사랑할줄 알야 된다.



     * 画像左は、86.12.31 車の下回り点検と雪道で汚れたボディーをスチーム洗車。(右が愛車の後部)
       隣のオレンジ車は、ポニーのタクシー。(韓国では、営業車は白色ナンバー)

     * 画像中は、87.01.04 古田博司先生に教えて貰った、ソウルの仏教料理店「山村」の二階で、三人と食事後、
      ソウルの恋人崔美恵氏と共に、右が持ち込んだ愛車セドリック430SGLセダンの前部です。
       <山村・산촌>に付いては、「第13回韓国語能力試験」と”인사동 옛찻집 を御覧下さい。
       ソウルの恋人崔美恵氏との其の後は、韓国ドラマ「ごめん、愛してる。」と私の「미안하다, 사랑한다.」 を御覧下さい。
     * 画像右は、87.01.05 水原市の韓国民俗村/한국민속촌の両班屋敷甕置き場にて。
       (此処で、モデルと新郎新婦の写真を撮ったのだが、帰りに受け取るのを忘れ、
      92.04.28 六名引率して行った際に聞いたのですが、既に廃棄されて居ました。)


[三千里錦繍江山]を走る 【この事業開始迄の経緯】


   、遠い昔先祖が渡って来た路と二千年前韓国から来た私達のルーツを訪ねたいと思っていた事。
姓氏(苗字)で判る私達のルーツも御覧下さい。


   、何度も韓国に旅行して、未だ、地下鉄が十分に発達していない時代、
     タクシーは、初めの客を、助手席に乗せると云う、違法な合乗り/합승で、
     中々、目的地方面に行くタクシーが来ない状態で、
     此れなら、自分の車を持ち込んで走るのが、「良いだろうなぁ」と思っていた事。

   、86.05.10 中島代議士に呼ばれて、
     上京の際、京橋に有った韓国専門書店[三中堂]に寄り、
     何か良い書籍は無い物かと探している内、
     この【韓国ドライブ旅行】を発見し、買い求め読んだ事。

 * 【韓国ドライブ旅行】は、「グループありらん鴨居良男会長著、82.01.01 150部発行、定価千円。
  71年夏から73年冬迄、東京から4回の関釜フェリーを利用しての自動車ツァーの記録です。
  何度も電話でアドバイスを戴きました。現在残念ながら、ネット上では所在不明です。

    この紀行文の素晴しさは、鴨居氏率いる「グループアリラン」が、
   韓国語を学び、韓日親善協会とも親交を交えた事、4往復した事、そして彼等が在日で無い事です。
   (私が愛車を持ち込んだ時は、殆ど在日韓国人の皆さんでしたから。)
                                                (画像は、86.05.10 [三中堂]で求めた【韓国ドライブ旅行】。)

    ☆文中から、走行年月と車種を御案内すると、      
     ①、71年07月、スカイライン2000GTR・ブルーバードSSSクーペ・べレッタ1600GTR。
     ②、72年04月、マークⅡハードトップ2000GSS・スプリンタートレノ1600。
     ③、73年04月、マークⅡハードトップ2000GSS・スプリンタートレノ1600。
     ④、73年12月、車種の記載無し。

  ●● 其の他の韓国へ、海外へ、自分の足を持ち込んで走った紀行記紹介。(蔵書)

    1、「バイクで駆ける韓国3000キロ」 賀曽利隆書、01.04.01 JTB発行。
      御存知、バイク冒険家53歳の賀曽利氏が、スズキDJEBEL250を駆って、
     韓国を走り回った記録。
    2、「カムサハムニダ 韓国自転車縦断記」
     奈良節夫書、88.04.25 ぶっく東京発行。
      出版関係の仕事の合間、48歳の奈良氏が、多島海から全羅道を経由して、
     ソウル迄、一人力で走破した記録。
    3、「エプロン母さん バイクでアフリカを行く」 竹井澄子書、
     88.06.15 主婦と生活社発行。39歳の竹井氏が、ヤマハDT100で、
     女一人、サバンナ5700キロを奮走した記録。
    4、「女一人冒険ドライブ 4大陸を走る」 辰野嘉世子書、72.04.15 JTB発行。
     ダイハツコンパーノバンでアフリカ、トヨタパブリカで南米、三菱ギャランGSで豪州、
     トヨタカローラでアジアの4大陸全走行距離10万キロの記録。
    5、「地球ドライブ27万キロ」 大内三郎書、85.04.15 河出書房新社発行。
      国産車では有りませんが、ワーゲンのワンボックスカーの提供を得て、
     ギネス記録の27万キロ達成の記録。                      (画像は、86.12.26 出発日、群銀で外為。1,000$が、\163,800。)


   、86年6月から始まった高崎中央公民館主催の【韓国朝鮮語講座】受講者の中で、
      「車で韓国に行こう」の呼び掛けに賛同する人が出た為。 韓国関連新聞読者欄投稿掲載記事①
      韓国関連新聞読者欄投稿掲載記事② を御覧下さい。


 * 仝、ハングル講座は翌年1月迄、慶応大学古田博司講師指導の下行なわれた。
   (古田博司氏は、現在筑波大学教授で、右の画像は、88.04.25 彼が下関市立大に着任の挨拶状。)


昭和61年度【韓国朝鮮語入門講座】受講生名簿 

  番号   氏 名    住    所   備考     番号   氏 名    住    所   備考
  01  新●よ●子  高崎市八●町76    ★    02  五十嵐●秀   高崎市倉●野町2
  03  伊藤英●   高崎市●原町40         04  内●宏美    高崎市筑●町19   ★
  05  太田●寛   邑楽郡邑楽町●中   ★   06  ●沢明子    藤岡市●岡134
  07  岡●重雄   高崎市●町135          08  ●田知●子   高崎市●原町34   ★
  09  加●政一   高崎市●野町28        10  柏木●雄    高崎市●崎町28
  11  ●倉俊彦   高崎市●見町19        12  岸●子      高崎市並●町25   ★
  13  ●田幸恵   高崎市●塚町18    ★   14  ●川純一    高崎市山●町17   ★
  15  黒川●美   高崎市山●町17    ★   16  佐藤●子    高崎市●山町1-
  17  ●藤正夫   高崎市●山町1-        18  柴田直●    高崎市●木町57   ★
  19  下●好行   藤岡市●栗須18        20  菅原●美    群馬郡榛名町●室
  21  須永●秋   高崎市倉●野町1        22  高●薫      高崎市●附町18
  23  ●明●美子  高崎市●塚町19        24  ●木●る江   高崎市●崎町53
  25  ●見久子   高崎市●石町10        26  新●勇      高崎市稲●町3-
  27  新美●次   高崎市飯●町14        28  ●田佳美    高崎市中●町72
  29  橋本●子   高崎市●町106    ★   30  吉沢●      高崎市白●町14   ★
  31  ●田牧     高崎市●葉町12        32  平●●代子   高崎市●木町64
  33  ●野勝子   高崎市上●野町1   ★   34  ●野和二    高崎市●八木町5   ★
  35  ●野国夫   前橋市●川大島町   ★   36  丸●泰子    前橋市●町4-2
  37  丸●玉枝   伊勢崎市●茂呂町       38  三●淳子    高崎市●中町68   ★
  39  三宅英雄   邑楽郡大泉町下小   ★   40  ●内忠昭    高崎市岩●町4-

   【凡例】●印はマスキング、住所は当時です。
    ★印は其の後翌87年2月から8月迄の自主学習グループ「ハングルを学ぶ会」参加者。
              (画像は、90.09.06 高崎中央公民館からの韓国語講座の御誘い葉書。)

                    【そして日韓相互理解の準備】
    

 、86.11.10 鴨居氏の電話での話では、韓国のガソリンは、オクタン価か低いと言う事なので、
      日産自動車の広報に電話して、訊ねたのだが、企業秘密との話で回答を得られず、
      トヨタに、クラウンだがと訊ねたら、早めの給油で混ぜれば、馴染んで来るとの事、
      つまりは、其れ程気にしなくても良いと言う回答を得て安心。

 、86.11.15 高麗王若光を祀る埼玉県日高町の<高麗神社>を参拝し、この旅の安全祈願。
 
 、86.11.29 依頼していたVISA代行会社「JTAジャパン」から、
      観光査証のスタンプが押された旅券到着(\7,200+佐川着払\1,150)。

 、86.12.05 私の兄と同級生で、当時中島源太郎後援会大泉青年部長の野村保稔氏の案内で、
      「在日大韓民国居留民団群馬県東部連合支部」団長の金甲植氏を紹介され、
      韓国内の事情に詳しい人金大範氏を其の場で、ソウルに電話し紹介して頂く。
      (私も、野村氏達と共に発起人として、中島源太郎後援会大泉青年部を組織しました。)
      旅行社「オルトストラベル」に、フェリー代(\122,400)と保険料(\11,220)支払。

 、86.12.08 韓国の冬の路面は、殆ど凍結しているので、
      中島代議士にレガシーの4WDを提供を御願いしたのだが、
      車は駄目で、岡本理研ゴムのゴムタイヤチェーンを提供して頂きました。
      (伊香保温泉白雲閣於いて、中島後援会研修会後。)
 
 、86.12.11 韓国の冬の寒さに備え、バッテリー交換、国際運転免許を取得。
      (当日発行は出来ないと言われたが、中島事務所が対応し、無事ok。前橋の県警免許課片道一時間半。)
 
 、86.12.17 仝タイヤ交換。色々と贈り物・御土産を買い揃える。
 
 、86.12.19 仕事中、頭部負傷。三日間医者通い。


【釜山→大阪の乗船自動車登録ナンバー】 87.01.08

  群    (群馬県)   1台(私の愛車セドリック)      品川  (東京都)   2台(キャデラック1台)
  横浜  (神奈川県) 1台(ルーチェ)             相模  (神奈川県) 1台
  山梨  (山梨県)   1台(クレスタ)             名古屋 (愛知県)   1台(クラウン)
  三重  (三重県)   1台                   京都  (京都府)   1台
  大阪  (大阪府)   1台(鄭光永氏のチェリーバネット) 
  泉    (大阪府)   2台(マツダボンゴ1台)        なにわ (大阪府)   5台(ベンツ1台)
  神戸  (兵庫県)   2台                   姫路  (兵庫県)   2台
   ◆ 往路28台だったのだが、21台無事に、復路乗船確認。私が最遠最北。往路ナンバー未確認。
      21台中ソウル迄走った車は、全部で5台だけでした。(聞き取り。)



          【画像解説】
 左から、 ◆ 厳しい車両検査の後、発行のパスポートに押された車のVISA(査証 釜山税関)。
       ◆ フロント硝子に貼付のナンバー代わりのステッカー(86.12.28. 国際交通86.12.28~87.1.27運行番号8173釜山直轄市長)。
       ◆ 「大韓民国 東京からソウル迄車で来た記念」(ハングル表記一部不可能)と刺繍されたオーダージャンパー(86.12.31.梨泰院)。
         画像では、全体が見えませんが、表には「日本国 三宅英雄/일본국 미야케히데오」と刺繍されています。
       ◆ 賄賂で、危機を逃れた後登った「南山タワーパンフレット」(87.01.03.南山公園)。
         そして、サムスンとジンホンの二人ぼっちのケーブルカーと南山タワーのラストシーン「私の名前は김삼순」でも、
        Nソウルタワーが撮影されました。
          【画像解説】
   左から、海外を走る為の国際免許証。右は、釜山の税関で無理矢理加入させられる自動車保険証。


【人生の中で、最も充実した日韓親善の十六日間ダイアリー】  
      (韓国の通貨ウォンの表記が出来ないので、Wと表記しました。)

   ★ 86・12・26(金) 晴。
     朝一番に、医者に行き、頭部治療とインフルエンザの注射(\4,270)を行なう。
     帰宅して、母親に神主が御払いをする時の《身禊祓詞》を唱えて貰い、酒・水・塩を摂り、身を清める。
     仕事の段取りを若干行い、出発(13:00)。
     先ず、旅の無事を祈り、墓参り。薬局でキズバンとカイロ(\744)準備。
     群銀で外為。民団に寄り、金甲植団長に出発挨拶。
     一旦埼玉に出て、17号から18号の松井田バイパスで小用。
     碓氷バイパス料金所(\150)通過。PAで、天麩羅うどん(\300)の腹ごしらえ(17:55)。
     御代田から、141号に入り、小海のトンネルを出た所で小用(19:00)。旧国鉄最高地点野辺山駅を左に見て、
    八ヶ岳有料道路(夜間無料)通過して、自販機で暖かいコーヒーで一息入れ、母に「八ヶ岳迄来たよ」と連絡。
     ラジオのチューナーをKBSに合わせると高い所なので、ノイズ無く金曜の夜の韓国語の歌声が入って来る。
     中央道小淵沢ICに入り(20:16)、中央道開通前にレストラン用の大きなサッシを運んだ諏訪湖SAも、
    重いステンレスの防災扉を運んだ恵那山トンネルも通過し、一気に、名神に出て、大型の定期便で込み合う中も、
    パッシングをして、前に出て、走行車線に入ったら、左のウインカーを二度出すと、上向きのライトを下向きにして呉れる。
     (現在は、ハザードを出すのが一般的だが、此れが当時のトラック野郎のマナー。)
     皆、同じくハンドルで、飯を食ってると、感じただろうか?大垣IC通過(22:47 \4,900)。
     258号から、東名阪御在所SAで、初の給油(63.7L \7,825)と持参のLLC補充。
     東名阪(\1,000)から西名阪天理ICに入る迄の下り(オメガカーブ付近)が続く道は、オービスⅡが数多く、設置して有り、
    60km/h制限だが、100km/h以上で走っているから、フラッシュの連続と成ってしまった。

           《身禊祓詞》
         たかまの原に神づまります 神魯岐神魯美の命もちて
         すめみおや神伊邪岐の命 筑紫の日向の橘の小戸のあはぎ原に
         みそぎ祓い給うときに生まれませる 祓戸の大神たちの御前にもおさく
         諸々の枉事罪穢れを祓い給い清め給えと申す事の由を
         天つ神国つ神八百万づの神たち天の斑駒の耳振り立てて聞こしめせとかしこみかしこみ白す
吉野後醍醐天皇稜訪問記等。も御覧下さい。

          【画像解説】
   左から、国際フェリーの乗船チケット。右は、其の内側のオリンピア88の詳細。

      
   ★ 86・12・27(土) 晴。
     西名阪天理IC(\300)から、香芝SAで仮眠四時間半(01:08~05:30)。
     西名阪松原区間(\300)から、阪神高速(\400)堺玉出ICを出て、南港ターミナル到着(06:30)一番乗り。
     (「万一延着したら、連絡くれ」と、母が仲人で結婚した海上保安庁の古賀富一さんに出発前電話したのだが、
    早く到着したので、其の必要は無く成った。)
     二番目サニーバネット大阪の在日二世鄭光永氏家族、三番目クレスタ山梨の在日子連れ男性。
     通関(11:00)前の待ち時間、カレーライスとコーヒーの昼食(\650)。
     国際フェリーで、車を送る場合は、下回りに付いた泥を落とす為、洗車するのがマナーだが、
    クレスタ山梨が、洗車せずに私の前に入ってしまった為、通関は、二番手に成ってしまった。
     無事《オリンピア88》乗船。318号室に入室、若い連中が居たのだが、鄭光永氏の家族が来た為、若い連中は他所に行き、
    昭和17年生れの在日一世の小父さん/아저씨と総勢7人と成りました。
     船内の免税店にこの아저씨と買い物に行き、ソウルで待つ大学生で、ソウルの恋人崔美恵氏に香水・煙草・ジョニ黒の御土産。
     そして、아저씨と折半で、祝杯を上げる為、レミーマルタンを買う。
     結局、頭の傷を気にしながらも、318号室の男達で、ボトル3本飲んでしまった。
     其の後も、レストランでカツカレーを食べながら、ビールを飲み(\1,400)、
    見たかった瀬戸内海の夜景等の21時間のクルージングは、楽しむ事が出来ず、寝てしまいましたが、
    対馬沖に出た為か、船は大きく揺れ、鄭光永氏の子供達は船酔い、「海は荒海、向こうは韓国よ。」・・・
    私も船酔い気味だが再び就寝。

           《大阪国際フェリー オリンピア88》
         この船は、川崎ー日向航路に使用していた船で、
        大阪国際フェリーのオーナーは、イトマン事件の闇社会の超大物「許永中」で有ったと云われていた。
         現在大阪ー釜山航路は、「パンスタードリーム」が就航しているが、
        在日韓国人には、ソフトバンク携帯と同じ様に特に割引していると聞きます。東京事務所の電話応対は最悪でした。
               株式会社サンスターライン
          本社:     〒541-0052 大阪市中央区安土町1-5-8本町村田ビル5F TEL:06-6267-9778 FAX:06-6267-9766
          東京事務所:〒104-0061 中央区銀座7-12-5貝新ビル5F         TEL:03-3544-5123 FAX:03-3544-5126


          【画像解説】
   左から、オリンピア88運航日程表。右は、6時半ターミナル一番乗り


   ★ 86・12・28(日) 晴。
     若干の宿酔で起床後、和定食(\1,000)と自販機のコーヒー二杯(\200)の朝食。五六島を右に見ながら、
    釜山出入国管理事務所の有るフェリーターミナルに接岸。
          【画像解説】
   上陸準備!9時半。左から、在日一世の小父さん/아저씨。右は、私。何れも、船底。

    無事、入国審査(10:00~)は済ませたものの、税関での車両検査が厳しく、積荷は外に出され、
   下回りに二人、エンジンルームに一人、トランクに一人、車室に一人と合計五人で、愛車をかき回す。 
    OKが出たものの、積荷は自分で積み込み、保険料(\20,000)を支払い、ターミナルビルで外為両替(\30,000→W159,288)。
    鄭光永氏達と別れ、釜山港出発「さぁ~走るぞ、韓国(11:00)」。
    釜山都市高速道路を見過ごし、Uターンして、都市高速(W400)から、
   久瑞/구서IC・京釜高速道路料金所で「ソウル迄、地図下さい。/서울까지 지도 주세요.」と云い、料金(W8,800)を支払うが、地図は無し。
     (この当時は前金制で、現在は日本と同じ後払い。)
    梁山/양산IC・通度寺/통도사IC・温陽/온양ICを過ぎ、初めての温陽休憩所/온양휴게소(日本で云う処のSA)で、
   ハンバーグを二個(W1,400)求め、ぱく付きながら《給油》(30,6L W20,800)休憩(12:05~12:35)。
    公衆電話で、恋人崔美恵氏に電話したが、留守で14時頃又連絡すると姉に話す。
    ふと見ると、フェアレディZが駐車して有るので、乗っているアベックに話し掛けると、
    私を韓国人と思ったと云い、「大阪から来て、ソウルに行く」と言う。
    御互いに気を付けて、帰国しないと成らない事を確かめ、当然180㎞/h出るZの後は、
   オーバーラン150㎞/hのセドリックでは、付いて行けないから見送る。
    有事の際戦闘機の滑走路に成る為、所々、中央分離帯の無い路面を横目に見ながら走ると、
    路肩にパトカーが止まり、車の窓枠にスピードガンを付けて、速度超過の車を狙っている。
    愛車セドリックはレーダー探知器を二個装備しているので、遠方から確認出来る為安心。
    なだらかなアップダウンの道が続き、登りは、車重が重い為きついが、釜山ーソウル間(428㎞)を四時間で走る心算なので、
    稼いだ(時間を)為、大田/대전の右カーブで尻を振り、危うくスピンする処だった。
    大田ICの次の竹岩休憩所/죽암휴게소で、小用とコーヒー(W300)を飲み、
   待ち合わせを「汝矣島/여의도か?ソウル駅/서울역か?考えて置く様」電話(15:10)。
    嫌な白い魔物の雪が深々と降って来た。
   雪は、降り始めが滑り易いので、加速とハンドリングに注意して、
   直線なので、速度は落とさず、余所見をせず、緊張運転。
    緊張の白い魔物は消え、水原/수원ICの次の竹田休憩所/죽전휴게소で、給油(36L W24,500)休憩。
    (休憩中、「日本車だ、日本車だ、일본차다 일본차다」と、
   学生等が、取り囲み「何処から来たか?日本人は嫌いだが日本車は好きだ」等と、
   大騒ぎに成ってしまった。「赤いスポーツカーが来ただろう」と先刻のZの事を聞いたが、見ていないと言う。
   学生達と話はしたいが、先を急ぐ事にする。)
    盤浦/반포ICを過ぎて、京釜高速は終了。
    第三漢江橋(現在は漢南大橋)を渡り、南山1号トンネルを潜り(有料なので小銭を投げ入れ)、
    鐘路三街の交差点を左折して、待ち合わせのソウル駅に向うが、流れが速く標識を確認出来ず、迷ってしまった。
    車は右側通行なので、歩道の人を呼び止めるのは簡単だが、皆急いでいて、「判らない」と言う中で、
    一人日本語が出来る40代男性が居て、左に回れないから、南大門の前に出て、訊いてくれと言う。
    《南大門/》の前に来て、ソウルの恋人崔美恵氏に電話して、【ヒルトンホテル/힐튼 호텔】に変更する。
    クリスマスのイルミネーションが壁面に未だ残っているヒルトンホテル駐車場に到着する。
    ヒルトン到着の連絡後、待ち切れず、スパゲティとOB麦酒2本(W9,660)。レジで支払いをしている処、九ヶ月ぶりに彼女と再会。
    乗車して、梨泰院経由で、漢江の盤浦大橋を渡り、
   彼女の家の近くの【南ソウルホテル/남 서울 호텔】屋上駐車場に車を止め、仝ホテル315号室投宿(W60,000)。ZZ

          《韓国での給油の仕方》
         日本では、「レギュラー満タン」を韓国では、「普通満タン/보통満탄bo-tong man-tan」と云う。
        toとtaの発音が日本語に無い激音なので、意識して発音しないと良く顔を見られる。
         そして、「ガソリン」は、「揮発油/휘발유hwi-bal lyu」と言います。「ガソリンスタンド」は、「注油所/주유소」です。
          《韓国の国宝第一号南大門》
         この時、愛車と南大門を背景に、通行人に写真を撮って貰ったのだが、見つからず・・・。
         (08.02.10南大門/崇礼門焼失,五年を掛けて再建の予定。)
          【ソウルヒルトンインターナショナル】
         ロビーは、地下から3階迄吹き抜けで、自然光を採り入れた豪華な造りに成っています。
         ソウル駅・南山公園・南大門市場に歩いて行ける好立地に有り、アスレチックやサウナも完備で、
        84年1月外に出ず、4泊5日過ごした事が有りました。
         現在は、ミレニアムヒルトンホテルに変わって居ます。
          【南ソウルホテル】
         現在は、リッツカールトンソウルに変わって居ます。
         
          《韓国が不幸な時代のソウルの街の呼称》
        退渓路 → 昭和通り               忠武路 → 本町通り   乙支路 → 黄金通り一丁目~六丁目
        鐘路  → 鐘路 (しょうろ)            明洞 → 明治町      (当時、地元の韓国人は清渓路付近に集められていた。)
        市庁舎시청사 → 京城府庁          韓国銀行한국은행 → 朝鮮銀行
        新世界百貨店신세계백화점 → 三越    ロッテホテル → 半島ホテル반도호텔
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル①「ソウル讃歌」YouTube版 パティ金の歌声を少々御楽しみ下さい。

          【画像解説】
   左から、大邱付近で、暗く成り、降雪が有った後の高速。ソウル迄、8,800W。中は、中央分離帯の無い路面。
   右は、ソウル市内にて、ホーンボタンに、右側通行と書いて走る。


   ★ 86・12・29(月) 曇。
     Z 古田博司講師の紹介で、延世大学校の職員ミス金に会う為、延世大学へ、
    校内を案内して貰ったが、冬季休講中なので、学生はまばらで、残念だった。
     江南に戻り、ブランチを摂りに、論峴洞/논현동の『アリラン/』に行き、牛のテールスープ/곰탕 스프(W11,500)を食べる。
     隣が注油所だったので、エンジンオイル1㍑(W1,500 12:03)補充。オイル上がりの模様。
     ソウルの恋人崔美恵氏の家を案内され、母親と姉に挨拶をする。コーヒーを御馳走に成り、持参したハムの詰め合わせをプレゼントする。
     姉と三人で、蚕室のロッテデパートに行き、買い物の手伝い。姉は、タクシーで帰り、
     私達は、南山タワーに昇る心算で、ケーブルカー駐車場へ、トランクのロックが壊れていて、フードが開いてしまった。
     緊急事態なので、南山タワーは次回に変更し、修理屋を探し、
    ロックを止めているボルトが、税関でねじ切られたらしく、ボルトのピッチが合わず、旋盤でボルトを製作して貰う(W8,000 17:00)。
     車を明洞の駐車場に入れ(W1,000)、【元祖百済参鶏湯/원조 백제 삼계탕】で、参鶏湯をこの3月と同じ席で食べる(W6,600)。
     第三漢江橋を渡り、江南に入り、ホテルリバーサイドの隣に、駐車場完備と言う看板を彼女が見て、
    此処が良いと【漢江荘ホテル/한강장 호텔】403号室に投宿(W0,000)。Z
     隣の小父さん/아저씨の小店/で、麦酒/と肴/술안주(W3,600)を買って来て、余り飲めない彼女と二人で飲食。Z     
     ふと気付くと手元に旅券が無い、ケーブルの駐車場だろうか?修理屋だろうか?。
     大使館に電話して貰ったり、論峴洞の家に電話したり、
     車の中確認を云われ、車の中から出て来て、一安心だが、トランク内のランプスイッチが不具合なのか、
    ランプ点灯の侭で、ランプを外す。

           『アリラン』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
           【元祖百済参鶏湯】
        本店が、明洞商業銀行の裏道から、明洞派出所の裏道に有ります。
           【漢江荘ホテル】
        旅館では無く6階建てのホテルで、地下にはレストランも有り、地下駐車場は警備が常駐しているので安心。


   ★ 86・12・30(火) 雨。
     Z 新沙洞の街に出て、【思慕/】(河豚ちり店 W10,400 PM1:20)でブランチを摂る。
     其の足で、近くの修理屋に行き、トランクランプの修理を完了する。
     隣に、韓国商業銀行が有ったので、外為両替\50,000→W265,870)。
     漢江を渡り、梨泰院に出て、時計屋で彼女に、時計と指輪をプレゼントする。
     アメリカ人の客が多い、ポパイハウスで、ハンバーグランチの昼食(W10,400)。
     そして、ソウルアーケードで「ドラゴンジャンバー」をオーダーして、彼女には靴を買い(W10,000)、
    東へ走り、東大門市場の民間駐車場に車を入れて、
    眩しい位の色取り取りの韓服/한복(日本と北朝鮮ではチマチョゴリ)の生地が並ぶ、生地問屋に行き、
    母に頼まれていたコリアンシルクの生地(W150,000)を調達。
     喫茶店【茶舎廊/차사랑】でコーヒーを飲み、東大門地下街で「ヘウニ」「崔辰煕」「沈守峰」のカセットテープを買って貰う。
     イースタンホテル(現在はベストウエスタン東大門)の横の小店/の中に、
    はんこ屋が有ったので、ハングルのはんこを作る(W2,000)。
     駐車場に戻り料金(W2,000)を払う時、「日本車はどうだね?」と言ったら、
    管理人の小父さん「良いよ!/좋아요!」と答え、嬉しく成る。
     漢江荘ホテルに戻って、荷物と車を置き、新沙洞迄歩き、
     『瓦屋/기와집』で、平壌冷麺(W9,900)を食べたが美味しくなかった。「二人でもう行けないなぁ~。」Z Z

           【思慕】
        日本酒も有る河豚の一品料理店。新沙洞ロータリー近く。
           【茶舎廊】
        東大門国民銀行横で、清渓川近く。
           【瓦屋】
        江南区新沙洞481-4
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル④「愛の迷路」 崔辰煕の歌声を少々御楽しみ下さい。

     
   ★ 86・12・31(水) 曇。
     Z 隣の小父さん/아저씨の小店/で、スナック菓子等を買って来て(W3,600)、少々食べる。
     乾物の京東市場に向け出発(11:10)。清涼里近くの車の部品屋で洗車(W3,000 TOP画像左)。
     ワックスも勿論掛けて貰い、ブルーブラックメタリックのボンネットに、彼女が非常に奇麗に写る様に成りました。
     「退いてくれ、退いてくれ/비켜 다오 비켜 다오」と車載スピーカーで怒鳴りながら、
    天井から、水が落ちる京東市場の駐車場に駐車して、『泰成商会/태성 상회』で、海苔とするめを仕入れる(W153,600)。
     駐車料金(W500)を支払い、昼食を摂りに、『洪陵ガーデン/』に行き、カルビを食べる(W13,400)。あ~ぁ~美味しかった。
     ホテル帰り際、オーダーして置いた梨泰院の「ドラゴンジャンバー」を受け取りに行く(21,000W)。
     ホテルに戻り、歩いて、新沙洞の粉食屋/분식집(饂飩等の小麦粉で作った料理)で、饂飩/우동と餃子/교자を食べる(W4,000)。
     そして、新沙洞ロータリー傍に有るクリーニング店にワイシャッ等の汚れ物(3,000W)を頼みに行き、
    布張馬車/屋台で、蛸の踊り食いと眞露焼酎等の飲食(W4,900)。ホテルに戻り、酔って一眠り。
     23時過ぎ起床して、ホテル隣の愛想の良い小父さん/아저씨の小店/で、麦酒/と肴/술안주(W4,200)を買って来て、
    更に晩酌し、86年が暮れて行く時間を過ごし、就寝。Z

          『洪陵ガーデン』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル②「アパート」 桂銀淑の歌声を少々御楽しみ下さい。


   ★ 87・01・01(木) 曇後雪。
     彼女に一万円のお年玉/세배돈。
     年末に地方から出て来た人達の車で満車の駐車場に出て、春川市の兄の家に新年の挨拶に行く恋人崔美恵氏を見送り、
    아저씨クモン가게が正月休みなので、隣の【リバーサイドホテル/】に行き、アメリカンブレックファーストと麦酒/(W10,600)。
     外に出たら、女を二人乗せた車のポン引きが、「お兄さん一人ですか?」と聞くが、「必要無い/필요 없어」と答える。
     ホテルに戻り、テレビで唄の番組鑑賞したりして、ホテルの部屋で過ごし、少し寒く、足元も悪いが探索散歩し、
    ホテル近くの【鵲(かささぎ)茶房/까치다방】で、オムライスの軽洋食とOB麦酒/の夕食(W15,300)を一人食べ、
    ホテルに戻ったら、彼女が帰って居て、兄の家は明日に変更したと言うので、
    近くのカラオケ・ノレパン「趣味ハウス」に行き、唄い・飲み・踊り(W30,000)過ごし、就寝。ZZ

          【ホテルリバーサイド】
        市庁から車で20分程、漢江河畔に有り、漢江と旧市街を眺める絶好のロケーション新沙洞の町にも近く便利。
        現在は「ホテルニューリバーサイド」と改称。
          【鵲(かささぎ)茶房】
        江南区(現在は瑞草区)蚕院洞ロータリー地下鉄永東劇場入り口1階。韓国では、「鵲は縁起の良い鳥」と言われる。

         【鵲の因縁】
         我が元祖四代新羅王「脱解」は櫃に入れられ、海に流されたが、
        流れ着いた時に鵲(かささぎ/까치)が傍で鳴いていたので、
        鵲の字を略して「昔」を姓とし、月城を本貫とする昔氏のみ韓国に存在する。

詳細は、遠い昔韓国から来た私達のルーツを御覧下さい。


   ★ 87・01・02(金) 雪後晴。
     彼女は、早朝起き出し、雪の中春川に出発。
     雪は止まないが、退屈で、南なら雪も無くなるだろうと、
    百済の都扶余/부여と論山/논산から、全羅道方面に一人ドライブをしょうと京釜高速入り口手前迄走ったら、
     雪の中、手を上げる男が居て、「何処に行くのか?」と訊ねるので、
     「全州/전주」と答えると、「私も全州に行きたいのだが、乗せて貰えないだろうか?」と言う。
     「高速バスターミナルからバスで行けば、良いよ!」と云うと、「日本車ですか?良い車ですね」と煽てる。
     駐車が危険なのと、降雪で、「乗れよ」と言い乗せる。
     結局、全州迄の高速代をこの男子学生が支払い、全州迄御供する事に成る。
     雪は小降りに成り、安心。この<高麗大学校/>の学生は、故郷に帰る心算で、同郷の学生の車を待っていた処だったと言う話で有る。
     28日に寄った、竹田休憩所/죽전휴게소で、給油(36,7L W25,000)休憩(12:25~12:55)。 コーヒーとハムバーグを御馳走に成る。
     其の後、雪は止み、順調に走り、彼の案内で、全州の市立博物館見学。
     韓国伝統飲食店【古宮/고궁】の無形文化財ビビン定食を御馳走に成る(15:30)。
     御馳走に成ってばっかりなので、家に送って遣ると、立派な両班の屋敷で、両親が出て来て、泊まって行けと言うが、
    明朝には、春川から彼女が帰るので、駄目だと言い。湖南高速参礼IC/迄送って貰い、高速代も出して貰う。
     全州金氏の金海南氏にお礼を云い(17:20)、湖南高速から京釜高速へ、一気に走り、漢江荘ホテルに戻って(20:40)、
    隣のリバーサイドホテルに行き、ビビン冷麺/と麦酒/(W8,800)。
     ホテルに戻り、就寝。扶余と論山には、行けなかったが、面白かった。
     (其の後、このヒッチハイカー金海南氏は、無事私大の名門高麗大学校を卒業して、
     韓一銀行に入行、東京支店営業部長勤務の時再会。)

          <高麗大学校/>
        韓国の総合大学は、大学校と言います。
        「金が有るとソウル大生は本を買い、延生大生は靴を磨き、
       高麗大生はマッコルリを飲む。」と韓国を代表する大学校と大学生の気質を示しています。
          【古宮】
        全州は食の都で、李王朝全州李氏の発祥の地。後百済の王都だった処。
        この店のビビンパ/비빈밥とコンナムルクッパ/も美味しく有名。予約電話(0652)251-3211~3
        現在ソウル支店有り、忠武路2街12-14電話776-3211 姜玉姫支配人。


   ★ 87・01・03(土) 晴。
     ソウルの恋人崔美恵氏が午前中戻り、昨日の話をすると、「其れは良かったね。」・・・
     ハーモニカを吹きに行こうとセドリックで、新沙洞ロータリーを左折して、
    少しの【ヌルボヌ公園/늘봄 공원】(骨付カルビと勿論麦酒/も含めてW13,000)で有名な焼肉店)にブランチを摂りに行く(13:20)、
    ウェートレス/아가씨が 長い肉を適当なサイズに鋏で切って、取って呉れる。
    人気の店なので、満席状態で有りました。数多くのガイドブックにも紹介されています。
     食事後、第三漢江橋を渡り、梨泰院に行き(13:20)、母の土産に名産品の鰻皮の財布を買い、
    自分には『ニュータウンバックショップ/뉴 타운 백 숍』で、ルイビトンのアタッシュケース(韓国では、007鞄/공공칠 가방 W250,000)、
    そして、今年のカレンダーを2枚(W50,000)、1枚は彼女に贈呈(14:40)。SAGAミンクで有名な毛皮店「進道」も見て回る。
     新年のソウルの街を高い所から見ようと言う事に成り、ケーブルで南山タワーに昇ろうと
    ほぼ日課に成った、第三漢江橋を渡り、南山一号トンネルを潜り、
    ステンレス製の円盤の様な料金箱にW100を投げ入れ、南山ケーブル乗り場に到着したものの、
    人が沢山で(15:50)、ソウルの恋人崔美恵氏が「時間が有るから待とう」と言う言葉を「車で登ろう」の言葉で遮り、
    一号トンネル方面に向った所、進入禁止に入ってしまった。
     雲悪く、交番の前で、警察官が手招きをして呼んでいる。
     「逃げられないな」と交番の前へ駐車し、
    「日韓親善の為に車で入国したので、穏便に見て貰えないだろうか」と嘆願したが駄目で、
    ソウルの恋人崔美恵氏の友人の父親が南大門警察署に居ると言うので、「電話を貸してくれ」と言ったが貸して貰えず、
    すったもんだの挙句三人のおまわりに20,000Wずつ計60,000W(\11,000程)で、解放された。
     きっと、鴨が葱を背負って来たと思ったのに相違無い(16:30)。
     そんな結果、《南山タワー/남산 타워》に昇り(17:05)、88オリンピックのステッカーを五枚買い(W4,000)、
    日暮れ前の南山タワーを後にして、明洞のコプチャンチョンゴルで有名な「新亭」で、飲食し(W8,500)、
    漢江荘ホテルへ戻ると、民団の金甲植団長紹介の金大範氏が電話を呉れて、遅いが訪問するとの事。 
     (南山タワーの公衆電話から、警察の一件を話して対策を頼んで居た事)
     今日は、予定よりもおまわり達で出費が有った為、Wの持ち合わせが無いので、   
    ソウルの恋人崔美恵氏にリバーサイドホテルに行って貰い、外為両替依頼($200→W169,000)。   
     彼女が、外為両替の間大範氏が訪問して、「違反切符を切って貰い、
    罰金の請求書は日本に送って呉れと言えば良かった」との事だが、「どうせ鴨葱ですよ」。
     まあ気を取り直して、明日観光会社の課長の彼が案内して呉れる事に成った。

           【ヌルボヌ公園】
         文字通り公園の様に広い敷地内に韓国風の建物と庭園の広い部屋で、食すカルビやプルコギは絶品の一言でした。
         骨付カルビを頬張る姿がハーモニカを吹く様なので、<ハーモニカを吹く>と云います。論峴洞92-11電話543-8804
           《南山タワー》
         ソウルの何処からでも、其の確認が出来る展望塔で、タワーの高さは、136mだが、
         265mの標高を合わせると、401mで東京タワーよりも高い事に成ります。1975年開業。
         南山タワーの正式名称は、Nソウルタワーです。
         そして、2位李柄憲・15位権相右・17位宋承憲・26位斐勇俊・・・。も御覧下さい。            『ニュータウンバックショップ』
         下記[画像解説]を御覧下さい。
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル⑥「雨降る永東橋」 周玄美の歌声を少々御楽しみ下さい。


   ★ 87・01・04(日) 晴。
     9時ジャストに金大範氏から電話が来て、ソウルの恋人崔美恵氏と出発。新沙洞のスタンドで給油(32L W22,500)。
     漢江南岸のオリンピック大路(88オリンピックの為に、整備された高速道路の様な道)を走り、   
    汝矣島の交差点で待っていた大範氏を乗せ、漢江北岸の昔スラムが有った、
    蘭芝島の先の「幸州山城」行き(12:25)、昔の城跡の階段を登り、悠々と流れる漢江の川面を眺める。
      (より高くの考えで、韓国の城もタワーも高い山の上に造る為、私は好きだ)
     子供達が遊びに来ていて、ソウルの恋人崔美恵氏と仲良く成った子が、左座席に座る彼女を見て、
    「お姉ちゃんが運転するの?」と驚いていたが、右ハンドル車を見るのが初めてだったからです。
     仏教料理店「山村」へ三人で行き(14:30 TOP画像中)、精進料理とマッコルリ/の飲食(W25,000)をし、
    漢江で舟遊びをする為、汝矣島/여의도の漢江遊覧船/한강 유람선乗り場から、
    蚕室/잠실を廻って来るコースに乗船(三人でW9、000)。
     今回フェリーで来た訳だが、此処でも、25歳の時、48時間掛けて、
    父の住んで居た小笠原父島を思い出しました。夏ならば涼しくて良かっただろうが、寒くて寒くて、・・・
     近郊で、韓国一のノッポビル大韓生命63ビルに温まりに行く、此処も人が出ていて、
    高速エレベーター(一人W2,800)も待たされた後、一気に60階の展望台に登り、
    撮影禁止だか写真を撮っていると、警備員が来て、注意された。    
     此処で、記念品のタオル等を買って置いたのが、この後役に立つ事に成る。
     明日から、地方に出て、其の侭帰るのでと、金大範氏と再会を約し、彼を送り、私達は漢江荘ホテルに戻る。 
     (63ビルは、地下3階を含めて、サンシャインと同じ。)

         【幸州山城の因縁】
         我が遠祖<児島高徳公>の長男宇喜多高秀の五代後裔<宇喜多秀家>(岡山城主)は、
        文禄慶長の役で、戦勝を重ねたが、此処に来て、
        激戦の末に敗退したと記録が有る程の天然の好要塞で有る。

詳細は、遠い昔韓国から来た私達のルーツを御覧下さい。

  
   ★ 87・01・05(月) 晴。
     部屋に居ない時は、節約してオンドル/(床暖房)を止めていたこの長い事、
    御世話に成った漢江荘ホテル403号室と御別れで、
    地下駐車場と隣の小店/の小父さん/아저씨二人に別れを告げて出発(10:00)。
     ソウルから水原/수원IC迄高速で40分間で到着(W900 10:40)。
     そして、《民俗村/민속촌》駐車場に駐車(W600)し、入場(二人で、W5,400)。
     先ずは、喉が渇いているので生姜茶を飲み(W2,000)、タオル等の御土産品を買い求め(W4,600)、
    トンドン酒(発酵した餅米粒が入っているどぶろく)を飲みながら、パジョン(チヂミの一種)等の粉食/분식を昼食に摂る(W6,600 TOP画像右)。
     二人で、アトラクション広場の農楽等のショウを見たりして過ごし、再び来る事も有るだろう?民俗村を後にして(13:40)、
    民俗村内で、ヒールが壊れた彼女の靴を、水原IC手前の交差点で発見した靴修理屋に持ち込み直して貰う。
     私は、小用の為隣の派出所に出向き、「日本人だが、観光に来たのだが、化粧室/화장실を貸して下さい。」と頼むと、
    「どうぞ、大きいのでも小さいのでも」と快く貸して呉れました(13:18)。南山のおまわりとは、雲泥の差かも?・・・
     靴も修理完了し、さぁ出発。うっかり水原ICを過ぎてしまい、閉鎖中の注油所でUターンして、暫く走ると、
    ハンドルがガタツキ降りて見ると、左後のタイヤに空気無く、エァーが洩れている。
     「何故気付かなかった」と聞いても、判るはずが無い。・・・
     学校の入り口が広かったので、トランクの荷物を全部出し、タイヤ交換(14:20)。
     気を取り直し、水原から西大邱/서대구IC(W5,400)迄走る事にする。途中の錦江/금강休憩所に寄り込んだら、
    男二人が寄って来て、「毛皮販売の会社に勤めていたのだが、倒産して毛皮を持っているが、買って貰えないだろうか?」と言うが、
    取り合えず断り、小用を済ませても、又蝿の様に寄って来て、彼らの車に積んで有る毛皮を二人で見ると、
    3日に見た「進道」の毛皮と相違無いが、崔美恵氏の知らないメーカータグが付いていたので、立ち去る事にする(16:40)。
     西大邱ICを降りて、大きなホテルを探して、外為両替をしなければと思って、隣に並んだ車に聞いたら、
    「琴湖ホテル/금호 호텔ならOK」と云うから「どう行けば良いのか?」と訊ねたら、
    「案内するから」との事で、<서울 1 고 4691>セダンの後に付いて行き、無事外為両替(¥50,000→W264,340)が終わる迄、
    付き合って貰ったので、南山のバスタオルと足代一万ウォンを受け取って戴く。 
    車を置いて、近くの食堂で、二人で「本当に親切な人だった」と確かめ合いながら、饂飩(W2,340)の夕食を摂り、
   食堂の主人に薬令市の場所を聞くと、「案内して遣りたいが、今の時間は、・・・」との事。田舎の人は親切だ。

    大邱に来たのは、母の長患いの気管支炎に効く、韓方薬を大邱薬房街で求める事が目的だったので、
   食堂の主人に教えられた様に歩き、毎年5月薬令市の有る薬房街を目指すと、
    京東市場よりも強い刺激のスパイシーな韓方薬の臭いの薬房街は、閑散としていましたが、
   客の居る、『弘益韓薬房/홍익한약방』に入り込み、母の症状を話し、調合して貰う(¥80,000)、
    状況に依っての煎じ方の方法を彼女にメモして貰い、二か月分がディバック程の大きさで、背負う様な荷物に成ってしまった。
   思った以上に高かったが仕方ない。
    ホテルの駐車場に戻る途中、ソウルの恋人崔美恵氏はウインドーのウェディングドレスを立止まって見ていた。・・・
    結婚式場で、喫茶店が有るので、【東原茶店/동원다점】で生姜茶(W1,400)を飲み、
    駐車場に戻り、車を受け取る時ボーイが「日本車は難しい」と珍しいので乗った様子だった。
    泊まってくれと言われたが、彼女が「節約」と言うもので断り。
    駐車場完備『青星荘旅館/청성장여관』と言う看板を彼女が、発見したので、聞くと、
    隣で喫茶店も経営して居て、愛想の良い主人だったので、宿泊決定(W8,000)。
    韓国は、車道と歩道の段差がかなり有る為、旅館の主人にステップを持ってきて貰い、
   駐車場に乗り入れ、荷物を部屋に入れ、薬房街に歩いて向う。
    麦酒とスルメイカを注文(W2,500)し、近くに小店が有るか?聞き、二人で散歩がてら出掛ける。 
    小店で食品類(W2,670)を買い求めて、暫く歩くと、りんごを積んだリヤカーを発見し2個買う(W400)。
    旅館に戻って、食べたがやはり此処は、りんごの名産地美味しかったです。仝旅館304号室泊。Z

           《韓国民俗村》
        龍仁市器興邑甫羅里107電話(031)286-2111 年中無休 現在の入場料は、大人W11,000。

          【画像解説】
   左から、ソウルの恋人崔美恵氏に買って貰った《韓国民俗村》のパンフレット。
   右は、其の中表紙<10:40~1:10場内見学する>のメモ有ります。
   メモの下は、《韓国民俗村》の包装紙です。

           《大邱薬令市》
        800メートルの路に300の韓方薬の店が続く、毎年5月中旬開催される薬令市には、全国から沢山の人が訪れる。
        (年毎に開催日が異なるので、問い合わせは、053-429-2562 大邱市保健課)
           『弘益韓薬房』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
           【東原茶店】
        大邱市中区東三洞東苑礼式場内
           『青星荘旅館』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル⑨「四拍子」 宋大冠の歌声を少々御楽しみ下さい。

          【画像解説】
   左から、【ヌルボヌ公園】01.03。中は、漢江遊覧船内01.04。
   右は、《韓国民俗村》観光。飴売りに、シャッターを切って貰い、飴を買う01.05。

          【画像解説】
   左から、農楽をバックに撮影。中は、水原IC手前で、パンク交換01.05。右は、 『青星荘旅館』の主人に、シャッターを切って貰い、出発01.06。


   ★ 87・01・06(火) 晴。
    旅館の主人にステップを持ってきて貰い、駐車中の車を出し、主人に別れを告げ、出発(9:35)。
    東大邱料金所(W1,600 11:00)から慶州/경주IC迄[ヘウニの熱情]をBGMに慶州迄走り、慶州駅手前の洗車場で洗車(W3,000 11:35)。
    もっと大きい日本車が来た事が有ると言うが、車種は判らないと言う。プレジデントか?センチュリーか?。
    慶州駅前駐車場に駐車し、屋根の無い博物館慶州をツアーバスで観光しょうと観光案内所に行き、ルートと時間を確認。
    食堂の看板を見たので、魚の鍋/생선찌개と麦酒/を摂り(W4,000 12:30)、トイレを借りる為、鍵を借り、別棟のトイレで用を足す。
    (韓国では、この様にトイレが別の所に有り、各店共同で使っているケースが多いです。)
    市内ツアーバス乗車(二人でW4,500 12:35)。世界遺産の仏国寺到着観光(入場料二人でW1,600 12:50)。
    バスの中に売り子が入って来て、人参茶を買い(W1,200)二人で飲み、土産物店『平和土産品/평화 도산품』で買い物(W54,520)。
    皇龍寺址を観て、又、売り子から食べ物等を買い(W4,520 14:00)、
   首の無い石仏(儒教に替わった為)とエミレーの鐘と《新羅/신라》の遺物10万点所蔵の《慶州国立博物館/》見学(14:15~)。
    雁鴨池・半月城・石氷庫・瞻星台・慶州金の発祥地鶏林を観て、
   古墳公園の天馬塚内部を見学し、売店でカップラーメン等買い(W5,200)小腹を満たす。
    (残念ながら、時間の関係で市内東川洞山に有る私の元祖新羅四代王昔脱解の陵を取材する事が出来なかった)  
    慶州駅前に戻り、釜山に向け出発(17:30)。
    慶州料金所(W1,600 17:40)から釜山ICに入り、温陽休憩所給油(30L W22,800)とアメリカンドックの軽食(W600 18:00~18:25)。
    海雲台温泉に泊まる事にし、
    韓国有数ののリゾート地海雲台海水浴場の駐車場の有る『維林荘旅館/』207号室に投宿(W11.000 20:00)。
    歩いて近くの食堂に行き、カルビタン/갈비탕の夕食(W3.400 21:00)後、
    布張馬車でサンナクチを肴に二人で、眞露焼酎/(W1.500 21:30)。
    彼女が食堂に手袋を忘れて来たので、戻る足で、旅館に帰り、ぬるい温泉に入浴後就寝。Z

           『平和土産品』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
           《新羅》
        新羅の羅は、太陽の神を意味していた言葉で、後に神を表す代名詞へ、
        つまり、新羅とは、「新しい神を祭る新しい国」の意味です。
        新羅の王姓慶州金氏は、韓国の始祖熊(コマ/高麗)→クマ→クム→金(キム)と成ったそうです。
           《慶州国立博物館》
        慶尚北道慶州市仁旺洞76 電話(054)772-5192
        慶州国立博物館公式ページを御覧下さい。
           『維林荘旅館』『維林茶房』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル⑧「君が居なけりゃ生きて行けない」 パティ金の歌声を少々御楽しみ下さい。

          【画像解説】
   左から、慶州に向かう車内の彼女。中は、慶州駅前に駐車して、ツアーバスで、観光。
   右は、東洋で一番古い天文台の韓国の国宝第31号 『膽星台・첨성대』。

 * 海雲台の思い出は、他にも有りますが、此の恋人との追憶は、
  <해운대 연가 - 가수 전철>の様でした。
  관계자의 여러분 고맙습니다.
   右の動画は、미기・美己のPVですが、背景にウエスティン朝鮮ビーチホテルが表われます。

   ★ 87・01・07(水) 晴。
    LLC補充後、出発(9:10)。ウエスティン朝鮮ビーチホテルで朝食(W13,794 9:15~10:10)。
    ウェーターが愛想が良く、チップを上げてしまった。
    市内中央路右側に靴修理屋が有ったので、靴を磨いて貰う間、2階の喫茶店でレモンティを飲む(靴W1,400 ティW2,400 10:40~11:10)。
    明日は、彼女とも韓国とも、御別れなので、早めに良いホテルを取ろうと、
   中央洞の旅館街に【フェリーホテル/】と言う今回の旅にふさわしいホテルが有ったので、
    彼女にフロントに行って貰い、地下駐車場に駐車し、荷物を持って貰い部屋に上がるのに、
   エレベーターが止まって真っ暗、工事中だと言う。暫くして、無事ジュニアスイート1107号室に投宿(W65,000)。
    通称泥棒市場の国際市場にタクシーで出掛ける(W800)。
    先ず、大邱で買った韓方薬と混ぜて煎じる棗/조と生姜/생강を求める(W5,500)。
    市場内を足の無い夫婦が小間物を乗せたリヤカーを引きながら、「買ってくれ、買ってくれ」と云っているので、
   「可哀想だから、何か買って上げて」と彼女に言われ、綿棒を買う(W1.500)。
    土産物店を見て歩き、『梨花工芸社/이화 공예사』で、彼女に鏡台、虎の木彫り置物、螺鈿の宝石箱、青磁の花瓶、
   銀製スヂョセット(匙と箸のセット)を買い(¥30,000+W140,000)、梱包を頼み、
    其の間、ユナン百貨店に行き、キムチ2キロの御土産を買ってくる(W4,130 14:05)。
    市場内を歩きながら、釜山おでんを食べ(W600)、『梨花工芸社』で、商品を受け取り、タクシー(W600)でホテル到着。
    休む間も無く、再び外に出たものの、タクシー捕まらず、歩いて、【進道/진도】へ行き、彼女に熊のぬいぐるみとポシェット、
   母にブルゾンとマフラー(何れもサガーミンク $874+¥112,000 16:40~18:10)を買い求める。
    「無駄遣いをした」と言うから、怒ってしまい、雨の中歩いて、先にホテルに帰ると、
   ずぶ濡れに成った彼女が、「余計な事を言った」と詫びたので、一緒に居られる時間が少なく成っているので、
   「俺が悪かった水原のパンクと二度目だし」と言いながら、タオルで濡れた髪の毛を拭う。
    一休みし、Z 母に明日乗船する旨の電話連絡。
    夕食の為外出、日本料理店を見ていたので、日本の味が恋しく成り、
    『港都/항도』に入って食べた(W21,000)ものの、彼女には口に合わず、
    二軒隣の中華料理店で、彼女はチャジャン麺/を、私は麦酒を飲む(W14,000)。
   近くの小店で高麗人参のキャンディーとガムと石鹸(W9,600)を買い、スイートルームに帰り(21:50)、就寝。Z

           【フェリーホテル】
        地下鉄1号線中央洞駅下車山側に歩くと、旅館街が有るので、
        二本目の路地が半島ホテルで、其の先が、フェリーホテルです。
           『梨花工芸社』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
           【進道】
        ソウル梨泰院に有る店の支店で、韓国の毛皮のメーカーは、他に「ダイアナ」「ウダン」が有るが、
        やはり進道が御勧めの免税店です。
           『港都』
        下記[画像解説]を御覧下さい。
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル⑦「釜山港へ帰れ・泪の港」 趙容弼の歌声を少々御楽しみ下さい。


   ★ 87・01・08(木) 晴。
    モーニングサービスを食べ(W8,000)、外出し、OB麦酒を24本(1C/S W19,200)仕入れ、パン屋で船中用のパンを買い(W2,950)、
    ホテルに戻り(10:30~11:05)小休止後。車を出し、釜山税関到着(11:15)。
    往きに壊されたトランクのクレームを云ったが、取り合って貰えず。出国手続き、納税(W1,000)。
    交通費を渡し、恋人崔美恵氏と別れ(14:30)、一人港の免税店で、煙草・人参茶の買い物(¥5,900)。
    隣の釜関ターミナルに大阪の●●水産の大型保冷車が入って来た。
    韓国国内の大型車の運転は、日本人は出来ないので、ドライバーが乗り換える処。
    ●●には、CB無線の知人が居るので、大声で訊ねたら、キムチを満載したと言う。・・・
    フェリー乗船(16:25)。308号室から鄭光永氏達の316号室に変更、缶ビール2本(¥400)で落ち着く、
   再会した鄭光永氏の子供達にパンを上げて、甲板に出て(18:00)、真っ赤に燃える釜山の夕陽を見たら、
   自然と、ザ・スパイダーズの<夕焼け海の夕焼け~真赤な別れの色だょ・・・夕陽が泣いている>と唄ってしまい、
   丘の上の箱バンも赤く染まり、「俺の熱い想いと同じに燃えている」と思い、涙が落ちた。
    真っ赤な太陽は、明日を期待する日本人で無く、今日を悔い無く生きた韓国人の心の様だった。 
    子供達は、そんな私を見て、「小父さんどうしたの?」と聞くから、「眩しいんだよ」と答えた。
    暫くの間、ユーラシア大陸の片隅韓半島が、どんどん離れて行くセンチメンタルな場面を見続けた。
    「遠い昔の先祖達も、戦争に敗れて引き上げた人達も、この港を見送ったのだろうなぁ」と感じました。
    彼女は、セマウルに乗っただろうか?毛皮の二人から買って、彼女に着せて帰せば良かったと思いながら、船室に戻り、
   鄭光永氏達と一緒に海老天定食とビールの夕食(¥2,300 19:30~19:55)。
   船内の免税店で、香水3個・ジョニ黒4本買い物($100+¥ 4,690)。船内就寝。喉が渇き缶ビール2本(¥400)飲み、再び就寝。
<動画>韓国歌謡から学ぶハングル⑤「男は船女は港」 沈守峰の歌声を少々御楽しみ下さい。


    釜関フェリーは、山口組三代目の舎弟東声会会長鄭建永の経営。
    この大阪国際フェリーは、山口組三代目傘下古川組の企業舎弟と言われた許永中の経営。
    現在、<暴力団排除条例>が有るが、当時の日韓関係は、大いにヤクザが関っていた。


          【画像解説】
   左から、釈迦塔等が国宝で、世界遺産の 『仏国寺・불국사』01.06。
   左中は、免税店【進道】の釜山支店で、毛皮の試着1.07。
   右中は、乗船後、フェリー甲板にて。
   右は、大阪港上陸後、税関待ち。右側に、私が立っているのだが、税関の馬鹿写真も、撮れず01.09。


   ★ 87・01・09(金) 晴後雪。
    殆ど寝られず、入浴(01:05)後、缶ビール2本(¥400)を買い、夕食に出たキムチをつまみに、暗い海を見ながら、
    「13時間後に大阪に着く訳だが、夜が明ければ工事中の本四架橋が見られるなぁ」、
   「母は、一人で如何して居るだろうか?」と思いながら飲み、・・・就寝。
    帰りの航路は波が穏やかだったのか?内海に入った為か?揺れず、ぐっすり寝て起きたら、各々下船の準備をしている。
    起き抜けの缶コーヒー(¥600 12:15)を甲板で飲み、
    鄭光永氏達と一緒に鰆の焼き魚定食の昼食(¥1,500 12:30)。船室に戻り、下船準備。
    入国審査が簡単に済み(14:13~)、税関で納税(¥8,000 15:10~15:30)。名神の入り口迄案内してくれると言う、
   鄭光永氏家族と合流し、缶コーヒーを御礼に上げて、大阪南港出発(15:40)。
    名神茨木ICで、初めに会った時は、私に「兄ちゃん、兄ちゃん」と云ったので、
   名刺を上げたら、丁重な言葉使いに成った、鄭光永氏のチェリーバネットの子供達に手を振り、別れ(16:40)、
   大津SAで、給油(40L ¥4,600 17:10~17:20)。
    更に走り、名古屋方面に来る時は必ず寄る、中央高速虎渓山PAで母に電話。(「虎渓山迄来たよ」で判る)。
    天玉饂飩を食べ(¥300 19:05~19:25)、缶コーヒー2本(¥200)を求め、走るが、雪が降って来た。
    小黒川PAで小用(20:44~21:01)。雪の為、八ヶ岳経由は諦めて、此処が開通前、
    諏訪湖SAの建設中のレストランに、12m以上のサッシを運んだ事を思い出しながら、八王子経由に変更。


   ★ 87・01・10(土) 雪後晴。
    双葉SAで、再び小用(~01:10)。雪の止んだ八王子IC無事通過(¥9.400 ~02:10)し、
   滝山街道・407号を走り、自宅に到着(03:53)、寝ている母を起こし、帰国の挨拶をして、仮眠。
    起きて、ハングル講座開講日の高崎中央公民館に行き、古田博司先生他に無事帰国の報告し、
   帰宅後、電話代の安い夜、ソウルの恋人に、無事帰国の国際電話をして、この韓国ドライブ旅行終了。


  
          【画像解説】名刺類。 (直轄市は、95.01.01から広域市に編成)
 横の名刺左から、 ◆ 『アリラン』 コリコムタンの食事処。             ソウル特別市江南区論峴洞211-16(86.12.29)
             ◆ 『泰成商会』 海苔・煮干・若布等の乾物屋。        ソウル特別市東大門区祭基洞京東市場三和商街
             ◆ 『洪陵ガーデン』 カルビ・プルコギの食事処。       ソウル地下鉄1号線清涼里駅又は、回基駅から、
                                                世宗大王記念館向かいの派出所隣
   中段左から、  ◆ 『瓦の家』 カルビ・コプチャンチョングルの食事処。   ソウル特別市江南区新沙洞481-4
             ◆ 『ニュータウンバックショップ』 オーダーバックの店。   ソウル特別市竜山区梨泰院洞60-2
             ◆ 『平和土産品』 外国人用の土産物店。          慶北慶州市仏国寺商街
   下段左から、  ◆ 『弘益韓薬房』 韓方薬の店。                  大邱直轄市中区南城路136
             ◆ 『青星荘旅館』 駐車場付きの旅館。             大邱直轄市西区坪里4洞1188-30
             ◆ 『維林荘旅館』 駐車場付きの旅館。             釜山直轄市海雲台区中1洞1400-24
 縦の名刺上から、 ◆ 『梨花工芸社』 陶磁器・民俗土産物店。         釜山直轄市中区国際市場5公区A番洞
             ◆ 『港都』 日本式料理専門店。                釜山直轄市中区中央洞のフェリーホテルから、
                                               中央路に出る手前の左側で、ロッテ観光社の向かい側


          【画像解説】マッチ類。
 左端から下へ、 ◆ 【オリンピア88】    ◆ 【ヒルトンホテル】  ◆ 【ヒルトンホテルコーヒーショップ】
 左二列目下へ、 ◆ 【南ソウルホテル】   ◆ 『アリラン』      ◆ 【元祖百済参鶏湯】
 左三列目下へ、 ◆ 【漢江荘ホテル】    ◆ 【思慕】
 左四列目下へ、 ◆ 【茶舎廊】        ◆ 『瓦の家』       ◆ 『洪陵ガーデン』
 左四列目下へ、 ◆ 【ホテルリバーサイド】◆ 【鵲(かささぎ)茶房】
 左五列目下へ、 ◆ 【古宮】          ◆ 【ヌルボヌ公園】   ◆ 【フェリーホテル】
 右端から下へ、 ◆ 【東原茶室】      ◆ 『維林茶房』     ◆ 『港都』


          【画像解説】
   韓国の道路標識等です。ジュネーブ協定に依り、世界共通です。車は右側通行ですので、御気を付け下さい。
 

 * ソウル滞在中、何度も行き来した、
  恵恩姫/혜은이の<第三漢江橋/제3한강교>を動画で御楽しみ下さい。



  ● 其の後、ソウルの恋人崔美恵氏との縁談の為、渡韓しましたが、彼女の母親が、「日本人には、娘は遣れ無い」と言われ、
  互いに、諦めたものの、彼女は大学校は卒業しましたが、就職は出来ず、新潟の従姉の嫁ぎ先に来日し、
  暫く滞在するとの事で、会いに行きましたが、どうしても、結婚は出来ない話で、帰宅しました。
   数年後、名古屋で会いましたが、彼女からの連絡は無く、私は他の韓国女性と結婚した訳です。
韓国ドラマ「ごめん、愛してる。」と私の「미안하다, 사랑한다.」 を御覧下さい。

経費だけの非営利事業お見合い韓国を設立。

  

  ● 本会メンバーも、ハングル講座の受講生も、初めは、同行の意思が有りました様子ですが、
  2週間の長旅は無理で、結局一人で旅立つ事に成りましたので、
  恋人崔美恵氏の存在は、感謝に値します。
  
  ● 私が生きているうちに、日韓トンネルの実現は、無理でしょう?
   本四架橋を一本にして、東京湾横断道路を止めにして、日韓トンネルを造っていたら、
   日韓の歴史と経済が良い方向に変わっていたかも知れません。

  ●●● このページが、「韓国を愛車で、走ろうとしている貴方へ」情報の一つになれば、幸いです。
     冒頭の鴨井氏が私にアドバイスを呉れた様に質問も御受けします。
  

      ★ 上記掲載の個人・法人・団体等の皆様、御協力と御理解に感謝申し上げます。★
      ★ 関係者皆様が、日韓相互理解の民間親善大使です。!!

    

【愛車単独300キロ韓国周遊の旅から25年経過し、再び愛車はセドリック】 
2011.02.02

  5代目430型系(1979年 - 1983年)セドリックで韓国を走り、25年経った今、
 10代目Y34型系(1999年 - 2004年)最終モデルのセドリックで思い出を懐かしんでいます。


  日産・セドリックの車名が無く成る事は、セドリックで韓国を旅した事が無く成る様で、
 再び乗ろうと探していた処、静岡に有ったので、買い求めました。
  右の画像は、同日前橋の群馬陸運で新しい群馬ナンバーを待つ愛車。
  初代30型系(1960年 - 1965年)が身近に有り、当時軽免許しか無かったが、
 借りて乗り回した思い出も有り、非情に残念で、
 大事にこの10代目Y34を乗りたいと思います。

【関連・シーマの広告】

          【画像解説】
   左から、日産プリンス群馬が公募した【シーマの広告】に、この旅の模様をアレンジして応募。
   見事当選し、ライターに添削され、《思い出の道をシーマで走る。》の題名で、   
  88.6.22 上毛新聞に広告掲載されて、非売品の「スカイラインクラブ」のジャンパーを戴きました。 
   右は、其の私の名前の表示部分拡大画像です。

      本会は、2012年7月8日(日)大泉町文化むら大ホールに於いて、
     被災地支援映画「フラガール」上映会上映会に続き、
     第二弾から、第八弾迄、「除染作業」等の支援をしたが、
   被災地利用の悪徳業者との戦い→  「被災地の悪徳業者1」  <被災地の悪徳業者②>

      酷い目に遭い、ブラックリストの個人・企業が多い為、
    国家も、被災地には、税金を使わない方針に、変更の為、被災地支援から、撤退し、
     現在は、双葉郡の一箇町村を「世界貢献テーマパーク」として、地域繁栄し、住みたい街・行きたい街づくりをします。
大熊町役場会津若松出張所を訪問、交通整理の赤井光清氏との出会いと被災地復興計画
双葉郡復興は、社会貢献する事業計画しないと再び、災害を受けます。★
復興の核は、山本信人博士のGcMAFHIV等感染症難事病患者を短期 完治させます
双葉郡の一行政に GcMAF工場病院設置、病に悩む皆さんを救済。★
水脈探査した母なる大地に、栄養分が有る我々の遺体を還す<土葬霊園>を山腹に造成。
自然災害が多いのは、山に埋葬しない事で、遺体を燃さず、大地還す。★
大熊町役場を再訪と木幡ますみ町議と面談後、竜田駅視察。力強い助っ人中村守保博士。
★協力戴けない方が、多い中で、水耕栽培高齢者施設等の御協力を得る。★

万能薬 &食べる化粧品「厚岸草함초」を尋ねて、 仁川江華島訪問2015.6.1.
万能薬&食べる化粧品厚岸草鹹草/함초貴女に、御提供します!!。★

日韓親善NGO活動34年国際協力団体 東亜友誼慈業研究会
総務大臣届出政治団体  三宅藤原氏族会 (旧 児島高徳公直系同族会)
会長 三宅英雄 [児島高徳公陰陽直系二十四世裔]

〒370-0516 群馬県邑楽郡大泉町中央2-10-19
    電話&Fax 0276-61-0560
      公開2008年08月25日   更新2016年05月17日

チ・ジニ(池珍熙)ファンイベント全国開催   韓国歌謡界進出支援&韓国歌手招聘事業

お見合い韓国(東亜友誼慈業研究会25周年記念事業)    「文柱天陶作展」

韓国支部を慶南梁山市に開設   ドラマ「悲しき恋歌」ロケ地探索記①梨泰院洞編
  
yahoo blogs 日韓親善韓国の知識   映画「愛の黙示録」上映委員会

児島高徳と増位山の三保ヶ関部屋   親戚 三保ヶ関部屋訪問記

저작권(C) 동아우의자업연구회 회장 미야케 히데오     
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* この旅で、お会いした皆様、御協力を戴きました皆様に、感謝申し上げます。
 이 여행으로 만난 여러분 협력을 주었던 여러분에게 감사 말씀드립니다.
ー 完 끝 The end ー