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入園、入学環境変わりストレスに 子の気持ちを受け止めて(臨床心理士)前村ゆかり
春は入園や入学で、友達や先生といった周囲の人間関係や生活の場が変化し、「心やさしく、控えめな子ほどどきどきし、きもちがはりつめる」。年度当初や、新生活で緊張していた気持ちが緩んだ後のゴールデンウイーク明けなどに相談が増える時期だ。
子どもは言葉ではなかなか思いを伝えられず、頭痛や腹痛、瞬きを繰り返すなどの症状や、学校へ行くのをしぶるなどの行動でしんどい気持ちが表れる。「心配してしまう親心はわかるけれど、おもいが行動として出せているのは第一歩。親が信頼されている証拠」と前向きに受け止めることを勧める。
こんなとき、過度に心配し、原因探しをしすぎると、子どもにはストレスになる。「子ども自身、原因を理解できていないことも多い」ちょっとした不安で起きる頭痛などの症状を早く治そうと、薬に頼るのも控えるべき。「根本的な問題を解決しない限り、他の部位に痛みが移るだけ」と指摘する。
パズルやゲームなど、子どもに興味があることや好きなことを一緒にやれば「そばにいて、思いを分かってくれている」と子どもは安心する。気持ちを受け止めることを繰り返すと、次第に症状も和らいでくるという。
小学校では、トイレや休職がハードルになるケースも。洋式トイレしか使ったことのない子どもに和式は難関だ。「トイレが怖く、運地を一日我慢してしまう子もいる」。親子で和式トイレの練習をすることも必要になる。好き嫌いがあり、給食への不安が強いと、食事を吐いてしまいやすい場合もある。
環境の変化に伴うストレスで、子どもに変化を感じた際には「親が悩みを抱え込まないで」と訴える。かかりつけの小児科医や児童相談所などに気軽に相談すれば、症状や行動の裏にある問題に気づき、適切に対処くれる。今は臨床心理士や保育視を配置した小児科もある。
また学校や幼稚園の先生と人間関係を失火地と築き、子どもの抱える不安を共有することも大切だ。「子どもはあまり自分の弱さを見せたがらない。自分の味方になってくれる人がいれば安心して気持ちを伝えられ、スムーズに後れると指摘している。(中国新聞より転載)
子どもたちに学ぶ 広島県福山市中学校教諭 福岡篤紀
ずいぶん前のことです。A子は活発な子でした。入学式の日から周りに話しかけ、勉強にも部活にも積極的で、また学級委員にも立候補しました。ただ感情の起伏が激しく、思うようにならないときには周りに当り散らし、泣いて訴えました。教員なりたての若い担任とも、まともに衝突しました。
何が引き金だったのか、中2の連休から荒れ始めました。夜間徘徊、不純異性交遊をくり返し、タバコ、シンナーにも手を染めました。挙句の果て、見かねて注意する父親を包丁を持って追いかけました。周りの声には耳を貸さず、同じことのくり返しで2学期を迎えました。学校に来てもやる気を見せず、机の上には筆記用具さえ出しません。
そんなある日、声をかけようとしてふと机を見ると、「ふくおかよ」という文字が見えました。”なんなー”と思ってよくみると「ふくおかよ おみゃーがどれほどのもんじゃいうんな えらっそうにすな!」と書いてありました。若かった私は言葉の意味をよく理解せず「なんなー、これは。すぐ消せー」と一方的に怒鳴りつけました。子どもの課題は力ずくでなんとかできるとたかをくくっていました。
しかしその後、子どもたちとつながりを深めるうちに、そのことの意味がわかってきました。思春期、自我の目覚め。伸びようとする芽が、家でも、学校でもおとなたちの結論ありきの力に抑えられてきました。
”私そのものを見てほしい・・・私の声を聞いてほしい・・・どうすればいいの?一緒に考えてほしいのに・・・”。それがA子の「ふくおかよ おみゃーがどれほどのもんじゃいうんな えらっそうにすな!」だったのかもしれません。荒れた子と向かい合ったとき、おとなが肩の力を抜いて「まぁ、座れや」ということから、真の対話が始まるのかもしれません。
いわれるがままに猛勉強して中学受験に失敗。Y子は不満を抱えて公立中学校に来ました。「あんたたちとは違う」と周りの弱者に暴言を吐き、グループでいじめました。口うるさくしつける父親との衝突も日常でした。
中2で担任して、家庭での様子と母親の心配を聞き「Y子のメッセージを受けとめよう」と決めました。少しずつ打ち解けてきたY子は、3者懇談に父親と来ました。
「・・・それで、1学期がんばったことは?」と聞くと「ないない、なにもない」。授業中の発表や部活などの具体的な例をあげると、「あれは(先生が)せーゆうから仕方なくやったんじゃが。がんばっとりゃーせんわー」と言います。「そうか。そしたら、夏休みやこれからがんばることは何かなー?」と話題を変えると「何でいわんといけんの。人に言わんでもええが。自分だけが知っときゃーええわ」と言います。そして「もーむかつく。家おってもたのしーない。学校来てもたのしーない。何してもたのしーない。学校も仕方ないけー来よる。バレーもつまらんけど、せー言うからしよる・・・」と言いました。
競争と管理の中で無意識にやらされてきたことを批判し、自立宣言してるようでした。いじめをやめ、暴言も少なくなりました。ところが、3年生になって攻撃の対象が1年生の時の他人から自分自身に移り、心身のバランスを崩し、1ヶ月あまり病院にかかりました。自己とのたたかいをしていたのかもしれません。この間、お父さん、お母さんともよく話しました。結論はいつも「あるがままをやさしく見守りましょう」でした。
安定したのは、高校に行って競争の対象でない真の友人を見つけてからでした。そのことを「友達がすごい大切だと思える。形だけの友達ばっかだったころとは違うしね」と書いてきました。Y子も競争と管理の犠牲者でした。(後略) [しんぶん赤旗より転載]
「子どもたちと向き合う忙しさなら、まだいい。やる意味を感じないことに心と体を酷使することから、大変なんです」こう話すのは、全広島教職員組合(全教広島)福山支部書記長の西谷章さんです。
広島県福山市では、学習指導要領通りの教育を押し付けるため「シラバス」(年間授業計画)を教師に作らせて、授業時数と教育課程を徹底して管理しています。全教科と特別活動の指導内容を細かく計画し、その通り授業せよというのです。
事務作業は膨大です。3学期、来年度の教育課程をどう組むかという承認申請書を作って市教育委員会に提出します。市教委がそれを細かくチェック。教師はそれをふまえて3月末までに再提出します。申請書の承認通知が来たら、今度はシラバスを作らなければなりません。そして児童生徒や保護者に説明し、
ホームページで公開する、という手順を踏みます。
西谷さんはいいます。「年度始めの4月は、子どもたちにかかわる時間をたっぷりとらなきゃいけない大事な時期なのに、こうした事務作業も加わって大変な超過勤務になってしまって。夜遅くまでの仕事が続いて、すでにヘトヘトです。」
教育課程を途中で変えたい場合は、市教委に「変更申請書」を出し、承認通知を待って・・・というように同じような事務作業を繰り返さなければなりません。
授業時数が計画通りにすすんでいるかどうかも、毎月チェックされます。3月末には、申請書どおりに実施したかどうか達成率を確認するのに、教育課程実施報告書を提出。達成していなければ、校長や教務主任から聴取される。気の遠くなるような作業です。
50代の小学校教師は言います。「子どもたちの様子は日々変わるわけで、最初の計画通りにすすむわけがない。本当は生活科だけど算数に振り替えて・・・という計画変更は、現場ではいくらでもあります。」管理職も多忙で細かなチェックまでできず、書類上のつじつまだけ合わせているのが実情。「子どもたちと向き合うために時間を使いたい」と訴えます。
西谷さんはいいます。「何より怖いのは、こうしたしばりは当たり前だと思って、授業を子どもと一緒につくるという視点が抜けてしまうことです。」多忙化解消を口実に、学校ごとのシラバスではなく、市教委が作ったシラバスを一律に押しつける動きもあります。「でも新学習指導要領で教科書は分厚くなり、シラバスを組むことがますます難しくなるはず。子どもの実態を踏まえたやり方でなければ無理だと思います。」
実態にそぐわない計画にしばられた授業に苦しむ子どもと教師・・・。「でも必ず突破口はある」というのは、全教広島執行委員長の福岡篤紀さんです。
福岡さんは昨年度、185号もの学年通信を発行しました。タイトルは「聴く、考える、動く」。子どもたちのつぶやきや様子、学校生活や社会の中で考えたいことなどを、B4で一枚びっしりと。「『こんなことがあるんだよ』と考える材料を提供して、しっかり勉強して判断できるようになってほしいんです。」
通信は子どもと保護者のためだけではありません。全教職員にも配ります、いいところを認め合い、励ましあう大事な手段となってます。
学級通信一つ出すにも起案が必要で校長、教頭、主幹など何人も目を通してやっと決済がおります。さまざまなクレームがつくこともあり、起案をあきらめる教職員もたくさんいます。「でもあきらめずに起案して、クレームがでたら『どこがおかしいのか』と管理職と教育論議することが大事だと思うんです。」誰だってどこかに必ず、教育者としての思いがあるはずですから」
こうした議論が、子どもにっとって何が大切なのかを考える土壌になると福岡さん。そんな中、教育におけるお互いの信頼感も増しています。
形にしばられた教育によって子どもが苦しみ、保護者の学校不信も強くなる。教職員の健康も守れません。昨年7月の終業式前1週間で4人の教師が倒れ、そのうち一人が亡くなりました。
「これ以上しめつけたら学校そのものが崩れてしまうという危機感を、市教委自らもちはじめたのかもしれません。」指摘するのは、全教広島福山支部書記長の西谷章さん(59)です。
全国一斉学力テストが4月20日、公立学校の7割が参加して行われました。しかし福山市は「教職員の負担が過重になる」「採点が正確ではない」などの理由から県内で唯一、不参加となりました。「体力テストの県平均以上の種目率」「朝ごはんを食べる児童生徒率」など教育の数値目標についても、項目を減らしました。
何とか子どもと向き合う時間を確保したいと、教職員と校長が一緒になって業務の見直しを進めた学校もあります。その見直し策を市教委が評価して、事例として紹介しました。
西谷さんはいいます。「もちろん職場からの運動の成果でもあります。でもやはり、形ばかりの押し付けは学校現場にはそぐわないということの表れではないでしょうか」
「1年目、2年目は何を教えたらいいのかわからなかったので、教科書を教えるしかなかった。子どもたちとの関係もうまくいかずで、眠れない日ばかりでした」東京都の公立小学校教師、平井さとしさん(29)=仮名=。「最初の2年間はとてもつらかった」と振り返ります。4月から6年目となりました。
「大学でも初任者研修でも、学習指導要領の話はいっぱい聞いたけれど、授業をどうしていったらいいのかは学べなかった」と平井さん。授業は当然教科書通り進めるべきもの、管理職がいうことはそのままやるものと思い込んでいました。
この背景には、東京都の教職員に実施されている人事考課制度があります。管理職はよきアドバイサーではなく、評価する立場。たてつけば指導という名の説教、「学校経営方針に合わないから異動する」という言い方で他校に飛ばされる・・・。いうことをきかなければこの学校にいずらくなると、思ったからです。
「だから波風を立てないのが一番だと。指導書をちらりと見て画一的な授業をして、わかろうがわかるまいが『わかったよな』で終わらせてしまった。子どもたちは面白くなかったですよね」
失敗しないようにと思えば思うほど、うまくいきません。「『これでいいのかな』という疑問もでないまま、何とかなっている、何とか大丈夫・・・と思っているうちに、クラスの状況が『あれ、ヤバイ!』となって、まとまらなくなっていました」
子どもたちの顔が、何度も夢に出てきます。クラスがうまくいかない分、学校のホームページなどを一生懸命やることで「組織貢献」しようとしました。
そんな教師2年目、市の体育研修会で、あるベテラン教師との出会いが平井さんを変えました。どうしたら子どもたちができるようになるのかと、体育の授業作りに真剣に取り組む姿が新鮮だったのです。
「勉強したいんですけど・・・」という平井さんに、「授業案を勉強会に持っておいで」と誘ってくれました。この教師は、民間の教育研究団体「学校体育研究同志会」で学んでいました。
同志会が開く学習会に、自分がつくった授業案を持ち込みました。指導案の検討を終えた後、今度は「授業をビデオに撮ってくれば、もっと具体的に検討できるよ」とうながされました。
「授業をビデオで見せるなんて、すごく恥ずかしかったですよ」「こうした方がいい」とアドバイスをもらい、次の授業をとってまた見せるの繰り返しでした。休み時間も作戦を考えるほど、子どもたちは体育の授業に夢中になっていきました。
「研究会にいくようになって、授業はそんなにうまくなったとは思えません。でも見通しを持って授業ができたり、余裕を持って子どもと接することができたりするようになった気がします」
平井さんはこう話します。例えばハードルの学習です。行政主催の研究会は「ハードルを子どもにどう教えるか」なのに対し、民間の研究会では「ハードルで何を教えるか」が問われます。「どんなおとなになってほしいのかが問題。教育の目標値が高いんです」。教科書や指導書の教材が必ずしもいい訳ではないことも見えてきました。
管理職は「組合色が強い」「普通の教員が講師をしている」と、サークルに参加しないように圧力をかけます。教科書にない教材を使おうとすると「そんなことをされたら困る」と説教されました。
このままではにらまれるだけだし、サークル参加の時間をねん出するのも厳しい。それでもこだわるのは「自分がこれだと思うことをやれるようになったから」と平井さんはいいます。
「管理職のいう通りにすれば出世できるでしょう。でもそれでは子どもにうそをついているように思う。子どもの満足そうな顔をみられるほうが教師として幸せなので」
同じ思いを抱く同世代の教師たちがサークルにいることも励みとなり、「一緒にがんばろう」という気持ちにさせてくれました。
そんな平井さんを「何か特別なことをやっている」と不審な目でみる人たちもいました。しかし子どもたちは授業を通して主体的になり、学校運営や行事も子ども中心にとりくむようになりました。「こうやるといいよ」「こうすれば面白いよ」と同僚に教えたり見せたりする中で、職員室で授業についてのやりとりができるようになりました。サークルと出会わせてくれたベテラン教師が同僚となったのも、心強いこと。校内での自主研究会も始まり、宿題の出し方から授業づくりまで多彩に学びます。
「やっと自分らしいかかわり方ができたかな」。今年3月、教師になって3回目の卒業式。はじめて思い切り泣けました。
4月、都心の学校へ異動。ガラリと違う雰囲気に戸惑いました。いわゆる「学力」は高いけれど仮面をかぶったような子どもたち。20代ばかりの職員室。会話はほとんどありません。「でも授業がなんかうまくいってなくて、先生たちもどうにかしたいと思っていたんですね。それにつながりたいって思いは人間どこかにあるじゃあないですか」平井さんの呼びかけに応え、同校でも自主研究会が始まりました。
「それって、教師が敷いたレールの上で授業してるだけじゃないの?」 「いや。この時間にはこれだけは獲得させたいということがあるから、この順序で進めないと」 「獲得させなくてもいいんじゃない。子どもが今知りたいと思ったことに寄り添うべきでしょう」 「もちろん疑問は放っておかないけど・・・」
3月、東京都内で誕生した若手教師サークルのひとコマです。本当にわかるとはどういうことかをめぐって、熱い議論が続きました。
サポート役は小学校教師の大貫耕一さん(57)。学校体育研究同志会の常任委員です。民主教育研究所の研究委員でもあります。 「わからないことを子どものせいにせず、わかる授業を教師自ら作るには手作りの研究会が必要」と大貫さん。そこには、子どもが授業を通してなぜ変わるのかという分析を徹底して追求する、歴史の積み重ねと科学性があるといいます。
教科書や指導書通りの授業をしたのにわかるようにならないという壁に、教師は皆ぶつかります。大貫さんもそうでした。教科書は決められた内容をこなすだけで、指導書にも無理があるからです。「研究会で学んだ授業をやったら見事に子どもたちが変わった。もう、そりゃあ、すごくびっくりしましたよ」
30年程前、教師になりたてのころは文部省(当時)の強制力が今ほど強くなかったため、管理職も「いいものはいい」と認め、民間教育研究団体が市民権を得ていました。その後、文部省の方針がくるくると変わり、現場はその対応で精いっぱいで、落ち着いて授業ができない時期が長く続きました。
大貫さんは「ちえの輪」というサークルもサポートします。体育同志会東京支部の若手教師たちが半年前につくった教科の枠を超えた会です。
4月29日、多摩地域の公民館に教師が集まり、2日間にわたって国語、体育、理科のプロフェショナル空学びました。「わがままになってもいいじゃない」とのタイトル通り、質問攻めで大にぎわいの学びの場でした。
教科書や指導書の枠から踏み出すことは、今の学校体制の枠からはみ出ること。行政側は初任者研修でも「民間研究会は危険だ」とくぎをさします。「それでも、授業作りに時間をかけられない若手教師の強い不安感が学びたいという大きなエネルギーになっているのではないでしょうか」
学習指導要領で学校現場を絞ろうとすればするほど、子どもたちとの矛盾は広がり、自由を求めて教師たちは一歩踏み出していきます。その貴重な一歩が積み重なっていたとしたら・・・ (しんぶん赤旗より転載=連載担当 堤由紀子=)
民主教育研究所・・・全日本教職員組合と協力、共同しながら教育実践を研究する民間団体。
1992年創設。代表運営委員は茂木俊彦桜美林大学教授
教師と親〜向き合う つながる。(しんぶん赤旗より転載)
私も悪い担任? 親に言われて気づく
教師の目線だけでは気づかなくても、親に言われてハッと気づく大事なことがある・・・。愛媛県内の障害児学級で働く毛利美恵子さん(50)は、そんな体験を何度もしています。
通級指導教室で教えていた時のこと。「担任は全然わかってくれない」と母親たちの苦情を聞きながら、「そんなに悪い担任がいるの?」と返している自分がいました。「その時気づいたんです。私も普通学級の担任だった時はちゃんとさせなきゃいけないと思い込んで指導していたから、親にとっては”悪い担任”だったんだろうなあって」
こんなこともありました。ある子どもの健康管理のために、食事内容を毎日チェックしていました。でも母親にはそれが苦痛でしかありませんでした。買い物が楽しいと思えず、夜のメニューを考えるのもつらくて、ずっと宅配サービスで材料を頼んで作っています。食事内容なんて構っていられないのです。「2年間も付き合ってきたのに、良かれと思ったことが親を追い詰めていたなんて。気づかなかった」
愛媛県教職員組合副委員長で小学校教師の河野修三さん(59)も、そんな「親目線」を大切にしたいと話します。「学校の独自性を出せ」と教育委員会から数値目標を押し付けられ、「欠席ゼロを目指す」などという目標を掲げた学校がありました。いつのまにか教師も、「今日で欠席ゼロ○日目」と追求するのに躍起になっていたけれど、「休みたいのに休めない子がいる」と親が異を唱えてきたことで「ああ、そうだったな」と気づく。「親が言ってくることのほとんどは正論です。でも、お互い分かり合うには時間的にも精神的にもゆとりが必要です」
河野さんがかかわったある母親は、仕事や家族の問題で精神的に不安定になり、察した子どもが学校に行けなくなりました。母親から昼間は養護教諭が2時間、3時間、放課後は河野さんが話を聞く。不満や昔のつらかったことをたくさん出してもらう中で、学校にいけるようになりました。でも、もしもっといそがしかったら・・・。
計画張(連絡帳)に書かれた親の文字を見るとドキッとするけれど、ちょっと感謝されるだけで「よーし、頑張るぞ!」と元気がわいてくる河野さん。「お互い人間同士だから、理解しあえて、一緒に何かできるという喜びは大きいです」
保健室から見えるもの 保護者のつらさ共有
「親の手の中ではどうにもならないことがいっぱいあって・・・。だから教師が親とつながり、支援しなければ子どもが救われないと思うのです」こう話すのは公立中学校の養護教諭船橋玲子さん(59仮名)。動向の目下の中心課題は、発達障害の子どもたちをどう支援するかです。小学校までは何とかやり過ごせてものの、思春期を迎えて中学生になり、人間関係でも勉強でもキツキツになり苦しんでいます。義務教育が終わってしまう前に、こうして子どもたちに何が出来るか。常にそのことを念頭に置きながら、さまざまな援助をすすめています。
小学校中学年くらいから不登校傾向があり、中学生になって昼夜逆転して学校に行けなくなった男子生徒がいました。「自分のかかわり方が悪かったのではないか」と自分を責める母。船橋さんは1人で頑張っても限界がある。色々な手を借りよう」と母親に話し、父親も呼んで話しました。
発達のバランスが取れず、思春期と言う成長段階で不具合が生まれていること。そして、まずは睡眠パターンを変えるのが大事でなので病院へ行くように、と助言しました。「きちんとやれない息子に父親はふがいなさを感じているようですが、殴ったところで解決にはならない。子どもの生活を立て直して何とか進路に向けて頑張ろうと話し合いました」親自身も精神的に不安定なケースが多いことにも気づきます。感情をコントロールできず、わが子とトラブってしまう母親。「この子とはもう生活できません!」としょっちゅう電話がかかります。こうした親子関係では進学の諸手続きも任せられません。
高校入試の願書を取りにいくのも、出願するのも船橋さんが付き添いました。試験当日は児童相談所の職員が子どもを迎えに行き、試験会場に送り出しました。
親と本音で語り合う場として、三社面談の後の「健康相談」も欠かさず続けています。保健室から見て気になる子どものことを相談する場であると同時に、親と本音で語り合う場です。親は3者面談ではいえなかった不満を船橋さんにぶつけます。一通り耳を傾けた後、「実は娘さんのこんなところが気になるんだけど、うちでも何かある?」と水を向ける船橋さん。すると親は「介護が大変で子どもに手をかけてやれなくて」「生活が大変で」と自分自身のつらさを吐き出し始めるのです。
日本学校保健会の調査(2006年度)によれば、小中学校の6割は親自身が保健室を利用していると回答しました。児童生徒の身体や心の問題でも利用。保健室が親にとっても頼りになる場所であることがうかがえます。「うちのお母さん自殺しそうなんだけど、どうしよう」と子どもから電話がかかってくることもあります。親の生きづらさを痛感するから、子どもにも何かあった時に親を攻めても仕方ないと船橋さん。「『本当につらいよね』と大変さを共有できるかどうかにかかっています。その為にも保健室は、子どもたちがありのままの姿を見せられるよう居心地のいい場所にしたい」。船橋さんの思いです。
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