e-konの道をゆく
道・・・
いつからだろう 何気なく地図で道を見るようになった
一本の道をたどっていくと 枝分かれし
やがて太い線は細い実線に変わり 破線となって消えてしまう
この先はどうなっているのかな・・
あ こんなところに集落が・・
そこはどんなところ? どんな生活?
どんな風景? なにがある?
そう考えると いてもたってもいられなくなり
休みの度に訪れていた
道の先には 生まれようとしているもの 輝いているもの
役目を終えて消えようとしているもの 朽ち果てるもの・・
いろいろなものがあった
そして いろいろなものが迎えてくれた

e−kon

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2016年8月1日
全公開

『e-konの自由帳』
1967越波、夏の夢物語



<2016.6.23全公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2016 若狭へ

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<2016.1.8全公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2015 富山の県境周辺を行く

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<2015.6.13全公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2014 北海道への旅

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<2015.6.4公開
『TOP写真集691〜840』

<2014.2.14公開
『TOP写真集541〜690』

<2014.2.4全公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2013 北海道への旅

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<2013.9.15公開
『e-konの自由帳』
〜ふるさと小原谷〜

<2013.8.30公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2013 真夏の琵琶湖・沖島へ

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<2013.5.30公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2013 奥能登への旅

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<2012.11.6公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2012 富山・岐阜県境への旅

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<2012.9.3公開
『e-konの道をゆく・番外編』
2012 北海道への旅

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<2005.4.10公開>


※「たまに一言」のコーナーは
随時更新のため、全更新履歴には
記していません。

たまに一言

#251 「1967 越波、夏の夢物語」公開〜

 

 人とのつながりや出会いというのは不思議なもの、など感じることがしばしばある。人は時間の流れの中で生き、人と人とのつながりは、同じ時系列で流れるそれぞれの流れの線がどこかで交わることで起こる。その交わりによって思わぬ方向に流れが変わったり、時には人生を変えるような大きな展開が起こったりするが、それを縁だとか運命だとかと人は呼ぶのかもしれない。

 久しぶりに更新した当サイト『自由帳』のコーナー。タイトルは『1967 越波、夏の夢物語』。何と半世紀も前の「越波(おっぱ)」集落(岐阜県本巣市根尾越波)のお話だ。じつはこれは私が書いたものではなく、現在神奈川県にお住まいの菊地憲二さんという方が書かれたもの。そこには半世紀も前の1967年の「越波」や、そこに住む人たちとの交流などが綴られている。実際の体験をもとにして創作された物語ということではあるが、写真などを含め、当時の描写などは実に貴重な記録ともいえるだろう。そして当時高校3年生だった菊地少年を中心とした物語の展開も事実を基に書かれたもので、それがまたなんとも爽やかで切なく、心打つ。内容については、実際に「1967 越波、夏の夢物語」を読んでいただくとして、ここではそれが公開に至るまでのことなどを少し書いてみたい。


※ 国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します

 福井県との県境近くにある、岐阜県本巣市の山深き集落「越波」は、もうずいぶん前から冬場は無人となっている。しかし、今でもお盆や村の行事の際には村の人々が集まり、冬場以外には畑仕事に精を出す人の姿も普通に見ることができる。そのため、こういった山間集落に見られがちな荒廃した村といった印象はなく、まさに日本の山里という美しい景観を見せてくれる。その美しい山里がこんなに山深い地にポツンとあるのだから、そのインパクトはなんとも強い。まさに故郷という表現がぴったりな「越波」集落の風景、そのため私を含め、この地に魅せられて訪れる人は少なくないようだ。なお「越波」のことは、これまでにもこのコーナーで紹介させていただいているので、あわせて読んでいただけると、この項の話がわかりやすくなるかもしれない。
「#43越波の美人三姉妹」「#90あの村、この校舎」
「#238越波集落と、リキさんのこと」「#244動く村、越波」



「2005年10月のエゴマの収穫の風景」

 私自身が旧・根尾村の「越波」の存在を知ったのは、徳山村周辺に興味を持ち始めて地図を調べていた頃なので、1980年代後半から90年代の初めの頃。まず根尾(ねお)村という名前に惹かれる。そしてそのもっとも山深くに記された集落の印「越波」に目がいった。「こしなみ?なんて読むんだろう??道は通じてる?どんな人が住んでいるんだろう?」など興味を持ったものの、その頃はまだ滋賀の廃村や林道などを巡るのに一生懸命だったので、訪れることはなかった。

 などしているうちにしばらくのブランクがあり、結局初めての訪問が実現したのは2004年、今から10数年前のちょうどお盆のあとのことだった。そしてその時にお出会いしたのが、上記の「越波の美人三姉妹」だ。強い残暑の中、この時にもらったコップ一杯の冷水の味は未だ忘れることなく、その時感じたさわやかさはそのまま「越波」の印象となって今も残り続ける。ほんのささいなことだが、村の人に出会えるなど全く思っていなかっただけに、自分の中ではより強い印象として残っているのだろう。そういえば、その時に撮影させてもらった三姉妹の記念写真は、今もその方のされているお店に飾られているという嬉しいお話を最近うかがったりもした。もう「越波」に来られることは少なくなっているようだが、またぜひあの山深い山里でお出会いしたいものだ。この初めての訪問の時の情景が、私にとっての「越波」を作ってくれたことは間違いない。



「2005年10月のエゴマの収穫の風景」

 「越波」に関して、ずっと気になっていたことがあった。それは「越波のリキさん」のことだ。ずっと以前、滋賀県の旧余呉町の廃村「針川」にお住まいだった方から聴き取りをしていた際に、昭和30〜40年代頃に木挽き職人として「越波」から「針川(旧・滋賀県伊香郡余呉町)」に来られていた「リキさん」と呼ばれる方がおられたということを聞いた。そして、その話の中に登場するリキさんがやけにカッコいいのである。山の男というか、越波気質というか、そんなイメージだ。そしてそのことを調べたくて「越波」を訪れた時に、たまたまのタイミングでお出会いしたのが松葉五郎さんという方。もう何十年も「越波」の区長をされていた方で、かつては雪に閉ざされる冬場でも独り村に残って生活しておられたという、筋金入りの越波の人だ。そしてこの五郎さんが、木挽き職を離れたリキさんにアマゴの養殖を教えられた方だったというのにも驚いた。その時の様子を書いたのが「#238越波集落と、リキさんのこと」である。

 さらに、その「#238越波集落と、リキさんのこと」をサイトでご覧になり連絡いただいたのが、現在の越波区長の松葉三郎さん(五郎さんの弟さん)で、それを機に、三郎さんに直接お会いして「越波」のことを詳しくうかがう機会を持つことができた。そこでは、深い山中にありながらも荒れ果てることなく美しい村の姿を保ち続けているという「越波」について深くうかがうとともに、その三郎さんの向き合う姿勢からは様々なことを学ばせていただいた。それが「#244動く村、越波」だ。

 「越波」に関しては、「針川」の方にうかがったリキさんのお話から、美人三姉妹、松葉五郎さん、松葉三郎さんへと、自分の中では脈々と連なるものを感じる。そもそも「針川」の方にお話をうかがえたのも、たまたまの偶然が重なって実現したもの。それがこうしてつながってきているのは、何とも不思議な感じがする。
 そして今回、菊池さんとの交流で「越波」に関してさらなる展開が始まる。それも半世紀も前の越波へのタイムスリップという、予想だにしない展開だったのである。

 今から2年ほど前にいただいた1通のメールから、それは始まる。
 メールを見て驚いた。なんと半世紀ほど前の1967年、2人の高校3年生が夏休みに「越波」の寺に修行に出かけ、夢のような体験をされたというのだ。メールの最後に「罰当たりのオヤジより」とある。その時に公開していた「#238越波集落と、リキさんのこと」をご覧になって連絡をいただいたようであるが、それにしても「罰当たりのオヤジより」というのがおもしろい。それとともに、高校生で山奥の寺へ修行に行ったという人物像にも関心が強まる。
 半世紀前とはいえ、高校生が寺へ修行など聞いたことがない。なぜ修行?なぜ越波?その時代に、町の少年がなぜ山奥の村に目をやったのか、外部の者の目に「越波」という集落がどのように映ったのか・・等々興味は尽きない。何か全てに、ただ者ではない雰囲気が醸し出されていたのである。そしてこれは他にはない貴重なことがうかがえると思い「ぜひその話をきかせてください」とすぐに返事をかえし、そこからメールによる交流が始まっていく。ちなみに、その方のお名前が菊地憲二さんだとわかったのは、しばらくメールをやり取りした後になってのこと。したがって私の中では、「罰当たりのオヤジより」というイメージがしばし続いての交流だった。


※「1969年空撮写真」
国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します

 その菊地さんが「越波」に修行に行かれた1967年というと、日本の社会が大きく変容する高度経済成長やエネルギー革命が本格的になり始める頃で、それに伴い山間部の人たちのそれまでの生活が根本的に崩れ始めていた時代である。根尾村史などの越波に関しての記録を見ると、昭和40年に戸数33戸、人口129人と記されているが、これは住民票上の数字にすぎず、実際にそこで暮らしていたのはこの数字より遥かに少ない数だった。すでに深山の里にも時代の波が押し寄せており、多くの人たちが村を離れ町部へ出て生活をされていたのである。なぜその時代に隔絶された地の山寺に・・といったあたりも、ぜひ実際に菊池さんの書かれた物語から感じとっていただければと思う。


※「1977年、越波空撮写真」
国土地理院ホームページからのデーターを加工
画像をクリックすると拡大表示します

 その後「回想録」と題して、越波での体験談を物語風に綴ったメールが少しずつ送られてくるようになる。さらに驚かされたのは、訪問時の「越波」の写真だけではなく、当時の状況を細かく記したメモが残されていたことだ。好奇心旺盛な高校生という年代とはいえ、そういったことを記録に残すという、いわば面倒くさいことをしようという発想はまず起こらない。そのことにまず驚き、そしてそれを今も残されていたことにも驚いた。それだけ越波での体験が、菊池さんにとって大きく衝撃的なものだったということなのだろう。自分の同年代の頃を思うと、まずそういった山深い寺への修行などという発想さえ湧かないし、もし仮に同じように行ったとしても、驚いたという記憶だけしか残せず、やがてはそれも薄れてしまうことは明らか。この時代のヤンチャな高校生が、遊び心満載とはいえ山奥の寺を選んで修行に行ったことや、細かな記録を残されていたことなど、いずれもが凡人とは違った感性が成せる業、そのように感じてならない。

 そして約1年弱の間、メールのやり取りで完結した回想録だが、その内容が実に素晴らしい。物語の流れや、筆者である菊池さんの表現力はもちろんだが、その着眼点や観察力、豊かな感性や温もりなど引き込まれる部分が多く、その時代の持つ独特の雰囲気が大変よく伝わってくるのである。そこからは、今の時代に失われてしまった大切なものをひしひしと感じ、一方では時代の持つ恐ろしさなども強く感じたりする。
 これはぜひいろんな人に見てもらわなければならない、そう思い、完成後は当サイトでもぜひ公開させていただきたいとお願いをしたところ快諾。といっても当サイトは参照数の多くない小さなサイト、そこで見ていただける人の数も限られている。何より「越波」の人たちにも見ていただきたい。そこでこの回想録をプリントアウトし、現在の「越波」の区長さんの松葉三郎さんにまず覧いただき、「越波」の関係の人たちや越波に訪れる人たちにもご覧いただこうなど考えた。

 一方、菊池さんの周囲のこれまでの経緯がまたおもしろい。高校生時代から学校の友人たちにこの体験を話をされていたのであるが、まるで夢のような話で誰にも信じてもらえない。日頃から型破りに生活してきた菊池さんを知る人たちには、「また面白おかしく話を作っているんだろう」そんな感じで受け止められていたようだ。それも無理はない。私自身、この回想録を読んでいく中で、これはまるで映画の世界、そう何度も思った。というかまるで映画を見ているかのように、頭の中に画面が浮かんでくるのだ。イメージでいうと、温かくも切ないひと夏の珠玉の物語、それが色褪せたカラー画面の中で展開している、そのような感じだった。だから、映画の中でこのような出来ごとあったとしても不思議はないが、実際にはこのような体験があるはずはない、誰もがそう思えるような物語の展開だった。

 この回想録が一応の完成をみせたのが、約1年前。それにあわせて、菊池さんならびに高校時代の友人数人が「越波」を訪問された。梅雨の最中、雨の中の訪問だった。菊池さんご本人も約30年ぶりの越波訪問だったという。同行されたお友だちというのはいずれも物語中にその名が登場される方々で、その方たちは実際に訪問され「越波」の風景を見ることで、菊池さんの話していた越波物語が現実のものだったということを体感される。また菊地さんご自身も、この物語をこうして書きまとめられて形にし、そして越波の地に友と一緒に訪れて、物語が現実にあったことを皆に確認されたことで、ようやく一つのけじめをつけることができた。「あとはご自由に(原稿を)使ってください」ということばは、その時の菊池さんのことば。そこからは、ひとつの区切りをつけてようやく何かから解放された、そんなふうな安堵感を感じることもできた。

 この「1967 越波、夏の夢物語」は、体験した事実を伝える紀行文ではない。舞台は実在の「越波」ではあるが、そこでの体験を基にして、50年前の記憶をたどりながら書かれた物語だ。実体験を元にしたフィクションとして読んでいただければと思う。登場人物のお名前についても、一部の方はわからなかったり、公開する上での変更があったりなどで、全てが実名で書かれているわけではない。
 また、写真使用については一人一人の了承を得られてはいない。なにしろ半世紀も前のこと、どなたなのだかわからない写真も存在する。それをどのように公開していくのか、そこは十分に考えていかなければならない点であったが、やはり写真は当時を伝える貴重なもの、そのまま使用させていただいた。「これは私かもしれない」「この人知っている」「懐かしい・・」「これ、俺のことだ」など楽しんでいただければ何よりなのだが、もし写真に写っているご本人や関係の方がご覧になって、写真使用に支障があると感じられた場合は、ご面倒かとは思うががぜひご一報いただければと思う。
 事実のみを綴った紀行文ではなく、こうして物語でまとめられたことで、伝わってくる部分はより大きくなる。これも菊池さんの文才に尽きるのだろう。こうした不思議なご縁がきっかけで「1967 越波、夏の夢物語」が生まれたのだとしたら、それは私にとっても大いに喜びであり、さらに当サイトでの公開にまで至ったことに、筆者の菊池さんにはただ感謝あるのみだ。

 物語はサイト上にそのままアップするには量が多く読みにくくなってしまうので、今回はPDFファイルにての公開としている。多くの人たちに見てもらえるよう、電子書籍などの形も考えていたのだが、まだまだ不勉強なため間に合わず、今後の引き続きの取り組みとしていきたい。なお表紙や写真、見出しなどを加えるなどの全体構成や編集はサイト管理人(e-kon)が独断で行っており、せっかくの菊池さんの物語の流れを邪魔するようになってしまっているかもしれない。その点をご了解いただき、ぜひこの『1967 越波、夏の夢物語』を読んでいただければと思う。暑い夏に清涼飲料水を一杯、そんな感じでご覧いただけると嬉しい限りだ。

 みんな様々な思いを持って、この「越波」を訪れる。その個々の思いがどこかで交差する時、また思わぬ展開があるのかもしれない。この先、この集落がどう流れていくのだろう。そのことを考える時、この半世紀前の「越波」でのできごとを思い出すと、また違った思いでこの集落を見ることができるような気がする。未来を考える時、過去をより知ることで大切な未来のイメージが作りやすくなる、そういう風にも感じるのである。



菊地憲二氏による撮影

<2016年8月1日>





「たまに一言」過去のデータはこちら

たまに一言のあしあと
<2005.4.21公開>


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滋賀県の廃村・廃坑などです。訪れた時の様子や集落に関してのことなど、まとめてみました。
最終更新日:2007.10.14

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滋賀県の林道です。レポート時期は様々ですので、今はもう舗装されたり進入禁止になっている所もあります。
最終更新日:2006.5.13

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2016.8.1追加

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■2004年 7月15日 HP開設
■2004年11月 6日 HP公開
■2016年 8月 1日 最終更新日

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