
U-dia圏 家城神社
(津・白山・南家城)


(新米の狛犬は味気ない)

神社の裏にあるという「こぶ湯」へ向かった。

| 現在は三重県津市の一部となった旧・白山町南家城に「こぶ湯」と呼ばれる冷(霊)泉がある。神社に祈願してこぶのあるところに塗るとこぶが取れると言われ、その名がついた。またこぶとは「子部」のことも意味し、出産育児、産後の乳不足に霊験を求めて今もこの温泉を汲み取りに来る人が多い。 家城(いえき)神社はもともと「諏訪神社」であった。明治42(1909)年、現在地に近隣の神社や祠など、16社を集めて祀り家城神社とした。土地の人たちは今も家城神社のことを「諏訪さん」と呼んでいるらしい。 こぶ湯の効能が口コミ等で伝わり、大勢が行列を作るので火 ・木曜日を地域住民限定日とし、1人が1度に20リットルまでと制限している。土産にちょっと汲もうかと思ったけれど・・・時間がかかりそうなのでやめた。
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| そう言えば・・・狛犬紹介のページでしたね(^^;)。いい子がいますよ!
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『日本書紀』雄略天皇三年夏四月の条に阿閉臣国見(あへのおみくにみ)は、「湯人(ゆえ)の廬城部連武彦(いおきべのむらじたけひこ)が皇女の稚足姫を汚して妊娠させた」と讒言した。武彦の父の枳喩(きこゆ)は、この流言を聞いて自分に火の粉が飛ぶのを恐れて、武彦を廬城河へ誘うと偽って水に潜り、魚を捕らえる鵜飼いの真似をしている時に不意をついて殺した。天皇は使者を遣わして皇女を調べたが、皇女は「知らない」と言って、神鏡を持ち出し五十鈴川のほとりの奥の人の立ち入らぬ所で、鏡を埋めて首をくくって死んでしまった。天皇は皇女がいないことを不審に思い、闇夜の中をあちこち探し回った。すると川上に蛇のような四、五丈の長さの虹が架かっていた。虹の根本を掘ってみると神鏡が出てきて近くに皇女の屍があった。その腹を割いてみると、腹の中に水のようなものが入っていて、水の中には石があった。枳喩はこれによって息子の冤罪をそそぐことができたが、自ら息子を殺してしまった事を悔んで、国見に報復し殺そうと考えた。しかし国見はそれを察して石神神宮に逃げ隠れた・・・。
この舞台の廬城河と言うのが、こぶ湯のある雲出川流域と言われており、雲出川には「飛落首」という岩があり、武彦が討ち取られた場所と伝わっている。 |