4−2(6) ローカル線(西日本)
 
1982年3月25日〜26日 山陰・四国乗りあるき その1(急行だいせんと倉吉線編)
 
  3月25日 曇一時雪
 
(たぶん)岐阜羽島
新幹線事業用機関車911
終業式を終え、小田原12:55発のこだま243号で京都へ向かった。今回の旅は9日間だが宿には1泊だけで、あとは全て車中泊の大強行軍なのであった。こだま号は混んでいて自由席は座れなかったので、車内で車掌に300円払い、指定席に変更してもらった。三島発車後、9号車のビュッフェへ弁当を買いに行った。ハンバーグ弁当を頼んだら「無い」と言われたのでうなぎ弁当900円とジュースを買った。車窓の桜を眺めながら弁当を食べた、美味かった。静岡でひかりの通過待ちをした。名古屋で、先日の機関車事故のホームはきれいに直っていたが、14系客車はカバーをかけて置いてあった。米原を出ると小雪がちらついていた。16:10京都着、梅小路蒸気機関車館へ行こうと電話で確認したら「もう終りや」と言われたので諦めて、東本願寺へ行った。
米原付近
ワムフ102
大阪
17:55 103系と特急 雷鳥
 
19:20 特急 彗星
17:16京都発(モハ116-20)。117系快速だ、117系に初めて乗った、イイ電車だ。高槻電車区ではクモハ32002とクモル145を見た。大阪で乗換え桜島線を乗りに行った、大阪の鶴見線って感じだった。18:45に大阪に戻り、カフェショップで夕メシにした。カツサンド・ゆで卵・クリームソーダー・シュークリーム690円を食べた。それから本屋で立ち読みしたり写真を撮ったりして、だいせん5号を待つ。21:08DD51-532を先頭に、だいせん5号が入線してきた。寝台に荷物を置き20系を見学する、寝台に戻ると車掌さんが検札に来た、発車前にやるのだ。21:34大阪発、夜の大阪を眺める。22:10におやすみ放送があった、22:20就寝。
 
21:08 急行だいせん5号入線 DD51-532
 
 
 
  3月26日 晴
  
玉造温泉
急行さんべ6号
5:00起床、外はまだ暗い。5:47おはよう放送開始、蒲団を上段に上げる。6:20朝日が出た。7:18大社着、本で見た通りの立派な駅舎だ。だいせん使用の折返しの鈍行で出雲市に出て、近くに電化される特急やくもで米子に向かった。米子で楽しみににしていた牛弁当が売り切れだったので、幕の内弁当600円を買った。弁当を食べながら境港線を一往復した。終点の境港には港らしく、冷蔵貨車レム等が停まっていた。大篠津は駅前に飛行場があるが、その客が乗りに来る気配は全く無かった。11:13に米子に戻った。車庫にいた就役間近の特急 やくも用381系を撮って、日食で昼メシにした。エビフライとクリームソーダー1100円を食べた、海老が少し小さかった。
出雲市
6:50 一畑電鉄
 
DD51-1175 真中に荷物車が
 大社駅
 立派な駅舎
米子
キハ181-31
 
米子駅 幕の内弁当600円
米子構内
特急 やくも就役間近の381系
 
 
米子13:05発で途中下車しながら倉吉に向かった。浦安からはこの旅初の客車鈍行に乗った( オハフ33-36)。倉吉で降りて倉吉線に乗る、倉吉16:05発(キハ20-2132)。
 米子
 キハユニ26-12他
浦安駅
駅舎
関金で車庫が見えたが何も停待っていなかった。16:43山守着、終着駅だが無人だった。5分で折返す。田畑が多くなり17:08西倉吉着。ここでディーゼルカーから客車に乗換えた。この列車には珍しいオハニ36が連結されている、当然オハニ36-26に乗った。倉吉からは日本一の長距離鈍行824レだ。17:54倉吉発、松崎あたりできれいな夕日が見えた。18:25浜村で、723レの交換と特急おき4号の待避のため10分停車。最後部の郵便車へ行き鉄郵印(列車併結郵便車の消印)が押してもらえるようにハガキを出した。
(たぶん)浦安
DD51-574の旧客鈍行到着
山守
終着駅らしからぬ簡素な駅舎
編成表 倉吉線428レ ←倉吉  山守→
DE10-1072 オハニ36-26 オハフ61-648
19:00鳥取で25分停車、駅弁を買いに行ったら売り切れだったので、パン310円で夕メシにした。20:16諸寄着、駅の営業時間は10時〜19時で今無人駅だ。歩いて諸寄YHへ、3分で着いた。一泊朝食付1050円払って、2階の3号室へ。大学生のお兄さんが2名いた。フロから戻るとトランプで大富豪をやっていて、俺も混ぜてもらった。23時就寝。
加悦鉄道編へつづく)
山守
線路は少し先で途切れていた
日本一の長距離鈍行824レ
今日のカマはDD51-43
加悦鉄道編へつづく