懐かしい貨物船の写真 川崎汽船所属

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BGM: Sailing


昭川丸型のフラグシップ。どの航路にも投入され、主に中南米航路に就いていた。

昭川丸
(Akikawa Maru)
1953年竣工

船主旭汽船。バンコック航路に従事。この写真もバンコック港。

旭 丸
(Asahi Maru)
1957年竣工

丁抹丸シリーズのラストの船。

白耳義丸
(Belguim Maru)
1966年竣工

川崎汽船の船は殆どが川崎重工で建造されていましたが、船台の関係か、大阪造船所で建造になりました。海のない国のボリビア国が船名でしたが、チリのアリカ港でボリビア向けの貨物を荷揚げしておりました。

ぼりびあ丸
(Bolivia Maru)
1962年竣工

姉妹船に玖馬丸(キューバ)、秘露丸(ペルー)があり、中南米航路用。主機関は、V型エンジンで画期的なものでしたが、大型エンジンには問題があったようです。

智利丸
(Chile Maru)
1957年竣工

ねばだ丸型の第4船。いずれも太平洋横断のブルーリボンを取って内外にその優秀性を知らしめました。船型もオモテとトモに三っつのハッチを有し、整った美しい船型でした。この写真は香港でブイ係留中のもの。

ころらど丸
(Colorado Maru)
1960年竣工

オモテ4ハッチ、トモ1ハッチの船型。丁抹丸は、本来のでんまあく丸となかなか呼ばれなく、ちょうまつ丸と呼ばれていたようです。和蘭丸(おらんだ)、白耳義丸(べるぎい)、諾威丸(のるうぇい)のフラグシップ。いずれも漢字の当て字がユニーク。

丁抹丸
(Denmark Maru)
1965年竣工

日本で初めての冷凍・冷蔵貨物の高速専用船。バナナ、野菜の輸送に活躍。

えくあどる丸(Ecuador Maru)
1964年竣工

ねばだ丸シリーズの後建造された、ふろりだ丸型のフラグシップ。どこの航路にで配船出来る重宝な船だったようです。

ふろりだ丸
(Florida Maru)
1961年竣工

川崎汽船悲願の欧州航路への参入で建造された仏蘭西丸型のフラグシップ。伊太利丸、ぽるとがる丸、すぺいん丸が姉妹船。いかにもスピードが出そうな船型。1982年グアテマラのサンホセ港の沖に停泊している時に訪船し、米、味噌、醤油などをキャプテンから頂戴したことがある。

仏蘭西丸
(France Maru)
1967年竣工

買船とは海外から、買い入れた船のこと。外国の古い船を買い取って東南アジア方面に就航していました。のちに天昭丸と改名。船体の色が黒で他の社船とちょっと差が付けられていたように思います。

海外から買船
 
藤川丸 のち天昭丸
 (Fujikawa Maru)
1929年竣工

重量物運搬船は、海峡の名前が付けられていました。プラント輸送に貢献しました。

じぶらるたる丸(Gibraltar Maru)
1968年竣工

カタカナの船名は、当時大変珍しいものでした。船主がイトチューさんで、その社長がカタカナ促進の提唱者であったために命名さらたと聞いています。処女航海に発つ前に当時の服部社長が全乗組員に、『社船と同じである』と挨拶されたのを憶えています。

ゴウシュウ丸
(Goh Shu Maru)
1962年竣工

中南米・カリブ海方面向けの重量物も積載出来る船。船主は大洋海運だったかな?

がてまら丸(Guatemala Maru)
1966年竣工

川崎汽船と日豊海運との共有船。字の如くその頭文字の一字をつけたものです。マストが鳥居型でないので区別が付きました。

日川丸
(Hikawa Maru)
1955年竣工

海外からの購入船。ディーゼル機関で東南アジア。豪州航路の定期に就航していたようにも記憶しています。

海外から買船
 
久川丸
 (Hisakawa Maru)
1924年竣工

日川丸と同型船。宮地汽船のちに神戸汽船に船主が変わり、作者はこの船に一航海派遣で乗って、中南米〜カリブ海を回りました。

邦山丸
(Hozan Maru) 
宮地汽船−神戸汽船 
1958年竣工

仏蘭西丸型シリーズの第2船。全速力での試運転の写真は迫力満点。

伊太利丸
(Italy Maru)
1967年竣工

神聖君国型で、紐育航路用で後には五大湖、中南米航路のどこにでも就航しました。

神川丸
(Kamikawa Maru)
1951年竣工

第5次計画造船での初の大型貨物船で、新規航路の開拓にこの船が活躍しました。会社では珍しい三島型(スリーアイランダー)の船でした。

和川丸
(Kazukawa Maru)
1950年竣工

作者が二隻目に乗船した、ネズミサイドの紐育航路の船でした。ねばだ丸型の登場で花形の座を譲りました。この写真はフイリピンのセブ島でココナッツオイルを積んでいるところです。

君川丸
(Kimikawa Maru)
1952年竣工

神川丸、聖川丸、君川丸、国川丸の4隻を頭文字を取って、神聖君国型と呼ばれ、いずれも K から始まる船名で命名の傑作と言われていました。この聖川丸は他の3隻は二代目でしたが、大戦末期に任意擱座して、引き上げ大修理を行い、戦後の川崎汽船の隆昌の基礎を築いた歴史ある船です。戦後の船乗りの間で『聖川さんには及ばぬまでも、せめてなりたや有馬山』と羨ましがられたわれたそうです。(有馬山は、三井船舶の船で戦後生き残った数少ない大型船)

聖川丸
(Kiyokawa Maru)
1937年竣工
1949年修理完工

神聖君国型の一隻で、ねばだ丸型の出来るまで紐育航路で活躍した。

国川丸
(Kunikawa Maru)
1952年竣工

ふろりだ丸シリーズの船。ちょうど『ルイジアナママ』と言う歌が流行っていた頃で、神戸の町を得意気に肩で風切っていました。西アフリカ航路にこの船で一航海を過ごしました。

るいじあな丸(Louisiana Maru)
1962年竣工

ぼりびあ丸と同様、川崎重工以外の造船所、石川島重工業での建造。智利丸型と比べてちょっと小振りの船でした。

まらっか丸
(Maracca Maru)
1960年竣工

川崎重工のストックボート?と建造されたあと、買い取られたと思います。近代自動化船の最新の装置を備ておりました。船名がローマ字綴りだと、モールス信号がトントンと短音が続き、発光信号での送受信は大変だなと思ったものです。

みししっぴ丸
(Mississippi Maru)
1963年竣工

想い出の船です。祥川まる、建川丸、昭川丸、照川丸と同型船。職員に登用されて始めて乗った社船でした。

瑞川丸
(Mizukawa Maru)
1955年竣工

ねばだ丸シリーズの第2船。スマートな船型は絵になりました。これは多分サンフランシスコ港を出港する時に撮られたものでしょう。

もんたな丸
(Montana Maru)
1958年竣工

ねばだ丸シリーズのフラグシップ。処女航海で太平洋横断のブルーリボンを獲得。紐育航路の花形船でした。

ねばだ丸
(Nevada Maru)
1958年竣工

仏蘭西丸型シリーズのラスト船。のちに建造されたいんぐらんど丸型が出来るまでの花形だった。

ぽるとがる丸
(Portugal Maru)
1968年竣工



龍神丸
(Ryujin Maru)
船主:橋本汽船
(裸傭船)

瑞川丸とのペアで、”瑞祥”の頭文字で縁起のよい船名。どの航路でも就いていました。この写真は神戸港。

祥川丸
(Sachikawa Maru)
1954年竣工

仏蘭西丸型シリーズの第3船。1982年売船が決まった最後の航海で、メキシコのマンサニヨでこの船に出会って、乗り組み員の皆さんと旧交を温めた。

すぺいん丸
(Spain Maru)
1967年竣工

この型もどの航路へでも就航できたオールマイティの船。戦前の同じ名前はタンカーに付けられていた。

建川丸
(Tatekawa Maru)
1955年竣工

ふろりだ丸シリーズ船。この写真は海と空の青、船体のネズミ色と赤、ファンネルの鮮やかな赤と白の K が調和しています。

てねしい丸
(Tennessee Maru)

1965年竣工

ふろりだ丸シリーズ。西部劇が盛んな頃で、タイミングのよい命名だと思いました。

てきさす丸
(Texas Maru)
1962年竣工

フイリピンのラワン材積みの船。セーラー(甲板員)はこの船が務まればどの船でも通用すると言われたものですが、その苦労が大変であったと聞いております。

友川丸
(Tomokawa Maru)
1944年竣工

戦前の船で大戦の戦禍を免れて残存した船で、戦後初の外国航路に就航したと言う名誉を担いました。主機はタービンでした。

初代 雪川丸
(Yukikawa Maru )
1941年竣工

二代目 雪川丸。重量物用のヘビーでリックを有しています。

二代 雪川丸(Yukikawa Maru-2)
1968年竣工

ねばだ丸の第3船。作者はこの船で紐育航路を何度も航海し、パナマ運河を何回も通航しました。この写真はサンフランシスコ港のゴールデンゲイトブリッジの下を通航中です。カレンダーを飾ったことのある写真と記憶しています。

おれごん丸
(Oregon Maru)
1959年竣工

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