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フォーカスをあてる思考のリハビリ・マガジン
コケカキイキイ 時事通信 No.24   2003年7月18日発行

#INDEX#  
  戦争-1- 反体制の音楽 1/2
◎トピック:イラク戦争の後に
◎関西NO WAVE と ヒデについて
◎ヒデ(ULTRA BIDE′)インタビュー 前編

◎トピック:イラク戦争の後に

 私たちは書きとめたい。
戦争をきっかけに悩みつつ鮮烈に思考する個人の軌跡を。
勝者による歴史の記述に塗りつぶされる前に。

そんな思いから「戦争」シリーズを企画した。
この連載が、大きな権力にひるむことも、無関心に犯されることも拒み続けるあなたの精神に、何かを届けることになれば嬉しい。

 第一回めは、15年ぶりに日本に帰ってきた関西NO WAVEのパンクバンドULTRA BIDE´のヒデが見る客観的な日本像と、ミュージシャンと しての権力への態度、自身の音楽についてを伺った。

◎関西NO WAVE         西村 明(関西パンク史家)

 関西NO WAVEは今では80年前後の関西パンク/ニューウェィブ創成期に活動したバンドを総称した言葉として使用されているが、元々は79年3月に神戸のアーント・サリー(PHEW、BIKKE在籍)、大阪のINU(町田康、林直人在籍)、京都のウルトラビデ〔BIDE(現ヒデ)、JOJO広重在籍〕とSS(しのやん在籍)が行った東京ツアーのパッケージ・タイトルだった。
 関西では78年後半から海外のパンク・ムーブメントに触発され既存のロックの範疇に無い音楽を創造するバンドが登場し始めた。以上の4組はその草分けだった。特筆すべきは彼等が10代後半の文字通りのパンクスだった事だ。
 79年には関西の各地からヴァンパイヤ!、スーパーミルク、チャイニーズ・クラブ、ノーコメント、非常階段、変身キリン、ほぶらきん、UPメーカー、螺旋階段といったバンドが登場する。
  彼等は少数派で突出した存在だったが故に事態の進展は速かった。バンドは超新星の様に凄まじいスピードで成長し、方向性が定まったとみるや惜し気もなく解散するかメンバー・チェンジが行われた。82年頃までこの繰り返しが続き、数珠繋ぎのような関西パンク人脈が生まれた。
 音楽性の追求と並行して演奏場所の確保、イヴェント開催と情宣、ミニコミの発行、自主レーベルの設立なども行われた。
 日本のロックの産業化が始まった時代だったが、 若者たちはそうしたミュージック・ビジネスとは無縁の次元で、音楽に対する熱情だけを頼りにシステムに対してゲリラ戦を展開し、関西の音楽シーンを改革していったのである。
 この精神は現在も脈々と受け継がれている。JOJO広重主宰のアルケミー・レコード、しのやん主宰のROCK A Go Go パラダイス企画/レコード、柴山伸二主宰のオルグ・レコード、石橋正二郎主宰のF.M.N SOUND FACTORY、バンヒロシ主宰のlove time records、山本精一店長のベアーズ、奥成一志店長のブリッジなどはその代表で、バンドやセッションは枚挙に暇がない。
 彼等は関西パンク世代特有の手作り感覚を失わずマイペースでやりたい事を続けている。戦友としてこんなに嬉しい事はない。

◎ヒデについて
 ヒデの4半世紀にわたる音楽活動に共通しているのはその先見の明とヴァイタリティーだ。
 BIDE&IDIOTは78年8月「BLOW UP 東京ロッカーズ」(S-KENスタジオ*)に出演を果たし日本ロック史(つまり東京のシーン)に最初に登場した関西のパンクスとなる。
 彼等はBIDE(k)、IDIOT(Vo)、中塚敬子(drs)の3人からなるノイズ・ユニットだった。高校生だったヒデは東京での新しいロックの動きを素早く察知し、イベントに参加するため1回限りのセッションを仕掛けたのである。BIDE&IDIOTはバンドにこだわらなかった故に他の先駆けと成り得た。
 同年秋にヒデはウルトラビデ結成。当時のメンバーはヒデ、JOJO広重、渡邊浩一郎、タイキ。ノイズ、反復ビート、即興歌唱、エレクトロニクス、大音量、スピードなどあらゆる非音楽的な要素をごった煮にしてユーモアをふりかけたサウンドは未だに他の追随を許さない。
 81年にはビートクレイジー(京都のパンク/NW企画集団)の社長となる。並行してアニマルZを率い積極的に活動。同バンドはキーボードをフィーチャーしたポップなサウンドが印象的だった。
 80年代半ばにはファンクの要素を取り入れたバンド1999に参加。
 86年に渡米、ニューヨークでウルトラビデ結成。デッドケネディーズのジェロビアフラが主宰するオルタナティブ・テンタクルスレーベルよりレコードをリリース、数々の全米・ヨーロッパツアーを行う。
 01年に帰国後はオリジナル・ウルトラビデの再結成を経て、現在、ヒデ(B,Vo)、オカザワ(G、fromジーザスフィーバー)、チマキ(drs)の3人によるウルトラビデや数々のセッションを行っている。

 関西パンクについてもっと詳しく知りたい方には「DOLL」誌187号(03年3月発行)の拙稿「関西パンク/ニューウェィブの夜明け」をお勧めします。8ページにわたる特集で関連音源の紹介も併載されています。
                                             【西村明】

*註 S-KENスタジオ= 東京のパンクの拠点に成るべく作られたイベント・スペース。「Blow Up...」は毎日曜日開催された、東京ロッカーズを中心としたバンド群のギグ。


---------筆者略歴------------
西村 明(にしむらあきら)
滋賀県の酒游舘でイベントを企画する傍 ら、関西パンク史家として原稿執筆や、自主レコードレーベル「いぬん 堂」で音源発掘を行っている。

○サケデリック・スペース酒游舘(近江八幡) ライブ案内
7/22 仲井戸“CHABO”麗市 
酒游舘―tel-(0748)32-2054 
近江八幡はJR琵琶湖線新快速で京都から32分
○プロデュース作品 (全て、いぬん堂より発売のCD)
■スーパーミルク「ライブ・エレキダンス1979-1980」WC-016
■VA「京大軽音ニューウェィブ黄金時代」WC-025
■ザ・コンチネンタル・キッズ「ビート・クレイジー・イヤーズ」WC-030
■スペルマ「ラブ&ドリーム」WC-034
■変身キリン「変身キリン」WC-084(03/8/4 発売予定)
■変身キリン「その後の変身キリン」WC-085(03/8/25発売予定)

いぬん堂のイベント「いぬ屋敷」案内
・人喰い熊の間 7/26  出演;ブラン、コケシドール、疾風怒濤る、ゑでぃまぁこん、EMICRANIA
                  於;ベアーズ(難波)
・吸血鬼の間 7/27  出演;ヴァンパイア!(VAMPIRE!VAMPIRE'79の2set)ブラン、コケシドール 
                於;拾得(京都)
・麒麟の間「変身キリンCD発売記念ライブ」8/3  出演;変身キリン・スペシャル・セッション (須山公美子、小間慶大、                 大熊ワタル、関島岳郎)、コクシネル、サボテン  於;MANDA-LA2(吉祥寺)


◎ヒデ(ULTRA BIDE′)インタビュー 前編 03.6.26 京都にて

◆◆ULTRA BIDE´の音楽
 (編集部)--ウルトラビデを聴くと、ジャンルが何なのか分からない、分からなから気になるという音楽なんですけど、パンク、ロック、 サイケ、テクノ、現代音楽、フォークが同居してるような。

ヒデ:僕自身、色んなジャンルからの影響を受けてるけれど、自分の世界を表現しようとするとジャンルに括れないものになる。どのジャンル をカバーしようとも思わないし。  
楽しいメロディにはドロくさーい音をつけたくなったり、メジャーコードにはマイナーコードを瞬間的に重ねたり、即興で意味の無い単語と単語をくっつけて別の意味を生み出したり、♪ミィミィミ〜とアブストラクトな声を発してみたりその方が面白いから。

音楽をジャンルに分ける必要まったくないと思う。「僕は、ロックロールをやるんや、他の音楽は分からへーん」と言って否定してしまうと、 それもう完全にファシスト的な考え方やから。

--多くの人は、ジャンルをはっきり提示される方が分かりやすいでしょ うね。

ヒデ:多くの人は音楽を「分かる」「分からへん」とかいう言い方するよね。音楽を「分かる」「分からへん」で片付けてしまわない人の中で、僕の音楽を分かってくれる、ちょっとしかいない人たちのために僕はやっていっていいと思ってるから。そのちょっとの人も、五年経った らまた別の人の音楽を好きになるだろうし、リスナーはたえず僕の音楽 だけを聴いているわけではなくて、流動的だから。その流れに身を任せる。

--日本とアメリカでリスナーの反応の違いはありますか。

ヒデ:否、ないね。僕の音楽を聴く人はアメリカでも日本でもナード キッズ(いじめられっこ)だから。弱々しい子等が聴きにきてイェア〜!(こぶしを挙げて)となってる。僕がやりたいことをやってるのを 聴いて共感する人は、僕が聴いてきた音楽を聴いてきた人たちやと思 う。
一番嬉しいのは、ライブの後、全然知らない人から良かったって言われることやね。

--関西NO WAVEの、伝説の、と言われることをどう思われますか。

ヒデ:関係ないね。僕自身音楽が好きやから。人生、音楽やって、それで死んだらいいなと思ってるから。曲を作って、バンド作って、自分の納得いくレコーディングして、自分の好きなことをやる。それがアーティストのやることやから。 うっとうしいアーティストいるでしょう。イメージ作りとか、メジャーになるんや、偉くなるんやとか。そうじゃなくて、まじめに音楽をやりたい。

--ライブでエキセントリックな激しい動き、力強い叫び、ほら!どうなの?と客を鋭く見つめる視線などが見られますが、一見ファシストが持つ性質と区別がしにくいです。

ヒデ:それは、集中して、自分自身の中からでてくるソウルを見せるために出た動き。ギターに代えて自分をどう表現するかに集中しているだけ。 自分のやりたいことをやるときは、自分自身を100%だすというのがすごく大事なので。

--それは何かに向かってですか?

ヒデ:自分の楽しみのために、人のためにやってるんじゃないから。自分が集中して何かをやっている時っていうのは、それ自体がメッセージ だから。

--ヒデさん自身のソウルって?

ヒデ:音楽です。自分は音楽やりたい人間。人間はやりたいことをして集中しているときが一番楽しい。
僕は、自分の感覚とフィットする音楽を聴いた時に鳥肌が立つ、ピピ ピーンピーンと頭脳がyeah!となってしまう、その感覚というのが楽しい。それを追求していく。

自分のやりたいことを追及するのは正しい。自分のやりたい音楽を真剣に追求すれば疑問が生まれ、疑問を突き詰めれば反体制になっていくのは自然の成行きでしょう。

◆◆ 音楽と反体制
--では逆に反体制の思想が音楽に影響を与えていますか。

ヒデ:人からコントロールされないで、自分の好きな音楽ばっかりやっているということ、それ自体。

--なるほど。では、例えばアルバム「THE ORIGINAL ULTRA BIDE」 (1979,Alchemy)の「やくざなコミューン」で♪コミユン、コミユン と聞こえるところがありますが、直接あるいは反語として、社会主義思想について訴えていたのですか。すぐ後に「落ちこんだらあかへんで」 という落ちこんだらあかへんというメッセージそのまんまにしか受け取 りようがない曲が来るし、どうとらえたら良いのか分からないのです。

ヒデ:もちろん社会主義、ごみくずです。資本主義ももっとごみくずです。ああ、昔の曲?コミューンって別にサークルという意味やし。友達が3人集まったらそれやから。60年代ファッションで言っているわけで はないから。人はよくヒッピーはこういう物で、鬱病はこうでないといけないとか、何しか決めつけてしまうんよね。僕は決めつけないよう に、軽めにとらえるようにしてる。各思想は、いろんな側面から見るようにしている。それが反対制ということやから。もちろん、かつてあった哲学の一つ一つを勉強して自分の中に取り入れるのは賛成やけど。 (つづく)
【聞き手:由辺】

次回予告:-戦争--1.反体制の音楽(2) 

 ヒデ(ULTRA BIDE′)インタビュー 後編
 欧米と比べた日本の文化的遅れ〜大きな権力を前に一個人に何ができるのか等、ヒデの表現と照らし探っていく。

【発行】コケカキイキイ編集部
【編集】大島宗平・由辺田貴・長谷川園恵・山田恵・遠藤美加

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