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コケカキイキイ 時事通信 No.21    2002年8月6日発行

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ビバ!岸野雄一(前)
◎トピック:ビバ!岸野雄一
◎岸野雄一氏 インタビュー

◎トピック:ビバ!岸野雄一

 混迷の人の世を、浮ついた戸惑いの色もなくみつめ、あきれながら我々に愛しさのやり場を説く偉大な星、岸野雄一。音楽・映画・風俗全般についての目の醒めるような卓絶した批評、「ヒゲの未亡人」名義のオペレッタ、映画音楽、俳優 など、彼の表現活動は変幻自在、しかも畳み掛けるように多産且つ、一つ一つが衝撃的だ。
 彼の表現に接した時我々は、まず強烈な容姿(立派なヒゲを蓄えたおかっぱ頭の中年男性。ある時は黒いワンピースに身を包み、薄化粧をする)に目を丸くする。そして世間を具体的な戯画に変えるギャグに笑うと共に、例えば「生活のよ うな状態」なんて発言(『STUDIO VOICE』2002.6月号FILM頁)に空中で命綱を切られる様な恐れを被り、そして果てには愛情の復活を覚える。そんな彼の絶妙な手法は、それを我々が芸術と名付けているひとときも無益だと言わんばかりの スピードと精緻さを持っている。
 彼の表現と表現の姿勢は、「募金にご協力下さーいと」言われて無視したら「酷い」と罵られ、寄付したら「偽善者ー!」と殴られる(by鴨川つばめ)難しい時代に、真正面から挑む一つの生き方を確かに示している。レーベル「Out One Disk」を立上げ、5/29にミニアルバム『ヒゲの未亡人の休日』をリリースした彼の胸中を伺った。*彼の詳しい経歴については公式サイト
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Guitar/4327/
をご参照ください。

◎岸野雄一氏インタビュー        2002.7.10 銀座にて

◆◆◆音楽への姿勢◆◆◆
--(編集部)一昨昨日(七夕)の青い部屋(渋谷のシャンソニエ)でのヒゲの未亡人のライブ盛況でしたね。CD出してからお客さんが増えたってかんじですか?
岸野(敬称略):はい。そうだといいですね。まだ反応は全然わかんないね。
--今日はいちファンとして、岸野さんの様々な芸術活動への姿勢をお伺いしたいと思います。
岸野:広義の芸術については興味はありますけどね。ていうか、自分の人生が作品だと思ってるから。作品の方はメイキングだと思ってるからね。せっかく生まれて来たんだから、日々幸福で楽しい方がいい、って最初に結論を言っちゃったかな。
--私たちはライブやCDや雑誌や映画でしか岸野さんに触れることができないわけですが、普段の生活で何を大切にされているのかなというのもお聞きしたいと思っていたのですが、何かありますか?
岸野:直接的な答えにはなってないけど、順を追って説明できたらと思って話しますね。子供の時の夢は、将来は神になることだったんだけど、どうすれば神様になれるかということを考えて暮していて、結局いろいろ思い返すと、死を恐れ ていたからだろうと思うんですよね。何とか死を回避する手だてとして、神になるしかないんじゃないかと、子供ながらに思ったんだよね。で、ある日、日本の神話を読んでいたら、神様が死ぬっていう場面がでてきて。それがショックで。神になってもだめなんだ。どうしようって。
--「未亡人」にしても愛する人が死んでしまって、そこから唄っているという、死を意識したものですね。
岸野:そうね。現状、まあ、本能的な死への恐れはあるけれど、それは子供の頃に克服したんじゃないかと。まあ、誰でも通過儀礼であるものですけども。
--そんなに恐れなくなった ということですか?
岸野:いやいや、恐れないつーか、逆にいつ死んでもいいように大丈夫なように。いつ死んでも悔いはないですね。
--未亡人のステージで、風呂場で死にそうになった女が「携帯の着歴、ヒロシの残ってるのアキラにばれちゃう」とか言って、今死んでしまったらどうしようってもがく話がありましたけど、そういう細かい話でなく、やることはやったとい うことですよね。
岸野:そんなネタ、言ってましたっけ。
--言ってましたよう。
岸野:そうね。やることは やったし。最善をつくしたし。楽しかったし。
--うーーん。最善を尽くしてますよね。いつもすごいベストですよね。拝見してると。
岸野:いや、完全なことなんて無理だからね。完全でありたいけどね。子供の頃の挫折感でいうと、英語とかフランス語があるっていうのは追々気づいていくん だけど、大人になったら、動物と話せるようになると思ってたんだよね。白雪姫を観てすごく感銘を受けて。 で、頑張ればいつか動植物と話ができると思ってたんだ。それが叶わないって気 づいたときの絶望感は凄かったなあ。
--じゃ、話しかけたりしていたんですか?
岸野:してたしてた。子供だからね。いや、今でもしてる。
--それが色々なものに成りきってしゃべるスタイルとして結実されているのではないですか?
岸野:ああ、そうかもしれないねえ。今でも万物に話しかける感じで、歌っていうのは、そういう事が可能なんじゃないかと思っているからだろうね。歌は記号 を伝えるだけのものではない。抑揚だからさ。だから、万物に伝わっているかのような錯覚がそこにあるんでしょうね。普段、誰から見ても恥ずかしくない。そういうことをしているつもり。
--一般という顔のみえない総体のようなものに向かっては行動しないようにしていると随所で言っておられますが、それでいて万物に向かって表現しているのですか?
岸野:そこだけ取り上げると矛盾しているように聞こえるね。それには常に引き 裂かれているんですよねえ。具体的な誰かって言うと、じゃあ、例えば、あなた (インタビュアー)の顔を浮かべてやっているのかというとそうではないんだけど。誰の心にも届くようにと思うと、歌というフォーマットは、つい迂闊に大衆 とか一般とか平均値に投げかけてしまいがちだけど、そうならないように気をつけている。一人一人全員に向かって(笑)歌ってる。 自分はみんなの物という意識があって・・・でもやっぱり自分のために書くよね。自分を満足させるために書くのがまず基本だねえ。自己満足のために書く。そう でないとやっぱり人も楽しませられないだろうと思うから。自分「だけ」が楽しむ、それを避けていけば良いんですよ。よく戦争で「愛する人を守る為に 戦う」とかいって、他国の兵士を殺しに行くでしょう。その兵士にも愛する人、守るべ き人がいるはずなのに。別に正義感で言うわけではないですが、それ無駄じゃん、と思いますよ。愛する人の為には、まず自分が幸福で健康で日々楽しくあるべきでしょう。 おいらの望みも相手がそういう状態であることだし。これは利己主義なのではなく自己主義だと思います。これがおいらの「戦争に反対する唯一の手段は」*なのかも。
*岸野氏はピチカート・ファイヴ一周忌追悼トリビュートアルバム『戦争に反対する唯一の手段は。 ─ピチカート・ファイヴのうたとことば─』 に1曲参加している。
◆◆◆皆さんここで一緒に暮らしましょう◆◆◆
--岸野さんの音楽や文章から様々なことを考えさせられます。例えば、人間ってひとこと話をした時からその人のことを知り合いだと言いますよね。ち ょっとしたことで知り合い同士になれますよね。でも例えば、博物館に入るのに30人で入れば団体料金で安く入れると入口で知っても、じゃあ今から団体にな りましょうってその場にいた他人30人がいきなり知り合いになったりしないですよね。ちょっとしたことで知り合えるけど、幾らか得をする場合でも意外と速 攻では知り合いになれない、商売ってそんな人間の性格と絡み合ったぎりぎりのところに成り立っているなあ、とか。
岸野:話さなくても、その場にいれば知り合いみたいな気持ちになるよ。・・・映画館で映画見るの好きなんですけどね、みんながその時間にその作品を見るた めにそこに集まったということがすごく大事で。2時間分の同じ経験をした人がそこにいる、で、帰っていく、どこへ帰って行くんだろう。話したことなくても 知り合いみたいな気持ちになるよね。自分が良かったと思って、「良かった」と言っている人がいたら「ねえ、良かったねえ」と言いたくなっちゃう、もし、「この監督の前の映画のパンフレット持ってないんだよなー、すごく欲しいんだよ」とか言ってて、その時たまたま自分が二部持ってたりすると、一部「これあげようか」って言う気になるじゃない。それは別に「買わない?」とは言わない。映画の印象が良くなかったりすると「買わない?」になるのかもね。だから自分のステージは観た人が友達に薦められるような良いものにしようと思ってる。シモネタ多いけど。
--みんなが知り合ってしまうと、売買はなくなって、面白いですね。
岸野:ライブで私はそういう共同幻想はまさに語りますけどね。「皆さんここで一緒に暮らしましょう」って。無理は無理なんだけども、そういうのがいい状態だなって思える状態はいいからね。一瞬いい気持ちになるじゃない。ちょっと信じてかけてみようかっていう気にもなる。それで叶わぬことも出てきてしまうっていう、人生の悲喜劇を全て受け入れて、楽しみましょうっていうのがテーマですね
--なるほど。けっして実践を促してはいないですね。
岸野:実践は成立しないし、辛くなっちゃうよねえ。現状ではまだ無理でしょ。社会がどう変化したとしても。こういう人がいる限り戦争が起こるのもしょうが ないな、みたいな人と偶に出会ったりするじゃない。人類にとって今は過渡期だから。良くなってくるのは400年後くらいかな、でも実はここ20年ほどが大 きな山になると思うんだけど。教育とかもほんとに大事なことを教えているとは思えないし。そんななかで理想を言うだけじゃだめですからね。
◆◆◆常識に対するアプローチ◆◆◆
--『Ato2』(岸野雄一ソロアルバム。80年代のデモ録音とコンスタンスタワーズのライブ音源を加え2000年OZ-DISKから発売された)を聴いて、心が洗われる気がしました。はらはらと瘡蓋が取れる、というか肌かと思っていたものが瘡蓋だったのかと気づかされるみたいな。当たり前だと思っていた事が無駄だったんだと思えたり。
岸野:常識=コモンセンスを壊していこうというわけではないです。常識に対するアプローチだとは思うけど。壊すでもなく、異議を唱えるでもなく。開放、か もしれない。なぜそれから開放されなくちゃいけないのか、それを問おうという資質は、多分、持って生まれた性(サガ)としか言い様がない。ただ、現行の常 識が人類に見合ったものであるかどうかの検証は必要だと思うんですよ。キリスト教を規範とした西欧近代の倫理観が、ホントに常識的なのか?って気持ちは、 みな薄々と懐疑的になってはいる。それに代わる絶対的なものが出て来ないだけで、おらはその絶対的なものを作ろうとしているわけではない。聴き手の実感 の中から自然に出てきた感情よる一人一人の規範を信じたい。
--自分が歌うことによって与えるだろう影響については予想していますか?
岸野:否、ですね。世の中を変えたいという意識はそんなに無いからね。世界は美しくあるべきとか、理性的であるべきとかは思うけど。理性的っていうのもね、完全に理性だけによって抑圧すべきっていうのではなくて。そういう意味で理性って言葉を簡単に使っちゃうと危険なんだけど。別においら個人でできることをやってるだけで、そんなに大上段には構えていない。むしろおいらが外からの影 響に柔軟でありたい。一つの考えに縛られずに、絶えず更新されていく、受け入れていく気持ちを持っていたいですね。
--例えば、世の中の悪い所とはどういう所ですか?
岸野:んー、悪い面も良い面もあって、その両面があることは良い事だと思うんだけども、悪くてどこか根絶されるべき事態というのがあるとしたら…。それは 「一般化」ということかも。どんな動物でもルールは作りますよね。共存エリアとか、共同で捕らえた獲物は一匹で食べ過ぎない、とか。猫でも、やりたくない 相手には命懸けで抗うし。それは優秀な遺伝子を伝達する為の本能という見方もできるけど、殆どは関係のなかでの「社会性」だと思います。社会性は、自己の利益に結びつかないこともあるが、共同体を存続させる基盤となるもの。相手も持っていることによって、自分も存在できるというような。 本能をコントロールしようとする理性は、一般化という概念に基づくと、時に抑圧機構として働いてしまう。理性は良い面も悪い面も持っているので。
--本能を抑制するのが良い瞬間と、抑制しないのが良い瞬間はそれぞれにあって、理性は、臨機応変にそれに応じられるように敏捷性のある、凝固していない状態で在るのがベストだということですか?
岸野:理性によって平均値を取ってしまうことがある。その平均値が対応策としてシステムに変わってしまう。本来、人間の理性は、制御機構として完成されてい ない。完成させた途端に、それは「一般化」になってしまう。
岸野:本能は個人個人によって違うものだから、一般化として法則化できないし、マニュアルを作って末代に伝えるということが出来ない。個別の一瞬一瞬の 「事件」としてしか存在し得ない。だからおいらが行っているステージとかは、「事件の組織化」ということなの。
--個別で、一瞬一瞬変化する、本能によって起こる事件を、個別なまま、把握できるようにするということですか。
岸野:把握していく様を表現していくということなんだけど。それは徒労なんだけど、一生をかけてやり続けなければならない徒労という事ね。ちょっと難しい言い方をすると「差異なき称揚の実現」ということね。一人一人 はみんな同じように違う、ということ。そういう意味では「一般化」と戦っているのだと言えるね。個人の責任においては、人間は本能的であるべきだと考えて いるけど、個人の責任に還元しきれない現象もあるよね。愛や殺人は関係における現象だから、個人の責任の範疇を超えてしまっている。殺人は現在、国家の許 可が下りれば、戦争という形で実現可能だけれども、愛も時に命を奪う以上に人を傷つけてしまいかねない。だから関係が伴う現象に関しては、理性的にそれが一般化に向かわないように考えています。本能は関係が成就してからベッドで発すれば良い。葬式で爆笑してはいけないのは、それが常識だからなのではなく、思いやりからなので、爆笑が思いやりの発露になると考えるなら爆笑しても良い と思う。(つづく)
【聞き手:由辺、協力:中村千鶴、田辺早苗】

発音された言語を文字に変えると意味は伝わるが、ごっそり「抑揚」が抜け落ちる。岸野氏のインタビューでは特にそれが大きく思える。慎重な発言から、口調の 慎重さ、つつましさも想像して読んでほしい。
 ◎次号;ビバ!岸野雄一(後) 自身の鮮やかな言語表現と、自身の感情とのせめぎあいへ、話題は続きます。【由辺】

【発行】コケカキイキイ編集部
【編集】大島宗平・由辺田貴・長谷川園恵・山田恵・遠藤美加

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