長崎歴史散歩11 淵神社
淵神社本殿 高木稲荷神社(右)と宝珠稲荷神社(左)

淵神社の由来
 寛永11年(1634)年延命寺の開基龍宣が宝珠山万福寺を建立した。其の頃は弁財天も祭っていた。明治元年の神仏分離令により、神社となった。御祭神は福岡の宗像神社と同じく、田心姫命・市杵島姫命・湍津姫命の三神です。本殿は原爆により倒壊したため、昭和35年再建された。
高木稲荷神社
 長崎代官高木家の邸内に祀られ、後に三菱重工長崎造船所所長邸内社として引き継がれ、昭和56年淵神社に移された。
宝珠稲荷神社 
 商売繁盛・歌舞音曲・芸事の神様として信仰されている豊川稲荷を祀っている。

桑姫神社 桑姫神社の背後にあって、由来を記している祠
桑姫神社とその建立関係者等を記す記念碑 天女廟碑

桑姫神社
 大友宗麟の娘または孫娘と伝えられる桑姫を祀っている。桑姫は洗礼名をマキゼンシアというキリシタンであったとも伝えられる。姫は大友家の没落後、浦上の淵村庄屋・志賀家を頼って長崎に居住し、地元民に桑の栽培・機織の技術等を伝えたという。死後尾崎の地(竹の久保)に塚が築かれた。「大友家 桑姫御前 塚」と刻まれた塚は、明治33年淵神社に移され、桑姫神社に納められている。
天女廟碑
 桑姫の徳を讃え、文政十二年に大友氏とゆかりのある町年寄薬師寺家の一族薬師寺久左衛種茂や十代淵村庄屋志賀和一郎親善等により万福寺(現淵神社)境内に建立された。
文化元年銘の鳥居
 稲荷神社入り口の階段上の鳥居には「文化元年歳在甲子八月七日 奉献 志賀和一郎源親善敬立」と刻まれている。
安政七年銘の狛犬
 本殿近くの階段傍の狛犬には「安政六己未年八月七日 奉献 志賀親憲敬建」と刻まれている。
元禄六年銘の石灯籠
 長崎奉行川口攝津守(1680〜1693在任)が離任の年に奉献したという。当初海中にあり、安藤広重の「六十余州名所絵図」にも描かれている。大正12年に現在地に移された。

安政七年銘の狛犬 元禄六年銘の石灯籠

享保十八年銘の鳥居
 宝珠幼稚園下の二の鳥居は修復して再建しているが、「享保十八年癸丑仲秋吉日重(建) 施主具足屋(弥七有)・森甚右衛門」の銘が刻まれている。
昭和十二年銘の鳥居
 最下段の一の鳥居は「昭和十二年十一月吉日敬建」とあり、「淵神社」の扁額は広田内閣の海軍大臣永野修身の書である。
慶応元年銘の石灯籠
 淵神社上り口の一の鳥居傍の石灯籠は「慶応元年歳次 奉献」(本殿に向かって左)、「乙丑八月七日 奉献」(右)と刻まれている。
桑姫社大祭
 桑姫社大祭の八月七日は、寛永十年に没したとされる桑姫の命日である。文化元年銘の鳥居・安政七年銘の狛犬・慶応元年銘の石灯籠いずれも奉献の日は八月七日となっている。
(2007.4.25作成)

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