Kobe Standing Bar

 新たな小宇宙を求めて、初めての立ち飲み(呑み)に立ち寄る。

 初めての店だ、少なからず緊張する。ご常連やご店主はどんなカンジだろう?良い立ち位置を確保できるだろうか?良い肴に出会えるだろうか?

 中の様子が少しでもわかればいいのだが、なかなかそうもいかない。暖簾が掛かっている。寒いので窓ガラスが曇っている。どこから入ったらよいのかわからないことさえある。

 意を決し、店の中に入る。初めての店でも、「まいどー!」と言ってくれるのが嬉しい。瞬時に立ち位置を決める。ベストポジションは、L字型のカウンターなら短い方の辺の一番端、U字型のカウンターならU字の頂点か、Uの字のどちらかの端。

 立ち位置を決めると、間髪をいれずに、飲み物を聞いてくれる。鞄や上着の置き場所を考えるのは後回しだ。まずはビール。瓶か?生か?瓶。キリンか?アサヒか?キリン。時には鞄を持ったままビールを注ぐこともある。鞄はカウンターの下についているフックに掛ける。なければ床に置く。床がそのまま灰皿になっている店もあるので、吸殻が落ちていないかどうかを確認してから置く。

 一杯目を飲み干したところで店に馴染んできたことを自覚する。煙草を吸うなら、灰皿はあるか?周りは吸っているか?を、確認してからにする。まれに禁煙の店がある。

 さらに店に馴染んできたところで、肴に思いを馳せる。カウンターやガラスケースに居並ぶ惣菜や大鉢料理を眺める。ホワイトボードに手書きされた今日のお勧めにも目を遣る。乾き物や缶詰という手もある。一人の場合、あれやこれや頼めないので、一皿の中にいろいろな味が並ぶ惣菜があると嬉しい。卵焼きにほうれん草のおひたしを添えていたり、ウインナーに厚揚げと菜っ葉の炊いたのを添えていたりする惣菜があれば迷わず手に取る。

 おでんや串かつという手もある。串かつなら、例えば、れんこんばかりを食べ比べてみるのも面白い。食べ比べといえば、夏ならそうめん、冬なら粕汁。店によって全然味が違う。でもどれも美味しい。

 店が混んできたようだ。立ち位置がカウンターの端ならさほど気を使うこともないが、まん中あたりに立っていた場合、混み具合に応じて立ち位置を調整していく。均等割りの法則とでもいおうか。電車の中の座り位置といっしょで、両隣の客とは均等に距離を保つのを好しとしたい。その時、目の前に並んだ瓶やコップ、皿や箸、灰皿などを平行移動させるわけだが、カウンターの下に掛けておいた鞄の移動も忘れてはならない。

 そんな風に目の前のものを移動させてみると、なんとコンパクトな小宇宙で遊んでいたのか、ということに気が付く。「カウンターの奥行四〇センチほど」×「肩幅五〇センチほど」が、与えられたスペースだ。このスペースは好きなように使っていい。肴を並び立てるも好し、たばこやマナーモードに設定した携帯電話を置いておくのも好し、だ。運悪く、調味料や箸立てが置いてある前に立ってしまうと、それだけ面積が減ってしまうが、そこは工夫の見せ所だ。空いた皿は片付けてもらう、たばこやライターは立てて置く。

 ビールを飲み終えて、次の飲み物を頼む。冷や酒だ。普通のお酒で充分。肴はどうしよう?勘定は千円札一枚に抑えたい。ポイントは、ビール大瓶と冷や酒一杯に対して、質・量ともにどれだけ満足のいく肴を選ぶことができるか、だ。本当はこの時点であれこれ悩むのではなく、最初の肴を選ぶ時点で全体の戦略を立てておくべきだが、入店直後はそこまで気が回らず、いきおい、二つ目の肴で大いに悩むことになる。肴がないままに冷や酒を飲み進めてしまうと、最後に肴だけ残り酒がない、ということにもなりかねない。やはり二つ目の肴はビールがまだ残っている内に決めておくべきだろう。

 二つ目の肴を頼むころには、ご常連やご店主との会話を楽しむ余裕が出てくる。御影工業高校の跡地には超高層マンションが立つことや、「マスコット」という兵庫鉱泉所のレモンサワーの瓶は、長年のリサイクルで首の部分が割れやすくなっていて、栓を抜くのは少し叩いて緩めてからでないと駄目だ、なんてことを教えてくれる。

 冷や酒と二つ目の肴が程よくなくなったところで、〆てもらう。お勘定だ。混み合っている時、お勘定をしてもらうタイミングには気を使う。ご店主と目が合った瞬間を逃さず、チェックの合図を送る。ホテルのレストランなどで伝票にサインをする時のあの仕草だ。あの仕草が立ち飲み(呑み)でも通じる。 ベストの立ち位置を確保し、ビール大瓶と冷や酒一杯に合う絶妙の肴を二つ選び、滞ることなくお勘定を済ませ店を出た時、新たな小宇宙を制覇した達成感に満ち満ちる。



 

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慕撫