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マキノ雅広 戦后文献目録(抄)

 

※新作映画紹介・批評記事、映画作品・人名事典類は、重要と思われるもの以外は省略した。

 マキノ雅広個人を取り上げた文献を中心とし、マキノ省三及びマキノプロダクションを中心に扱った文献資料は省略した。

 雑誌記事・映像ソフト解説書など、遺漏が多いことも申し述べておく。ご教示下されば有難い。

 

◎著書

 

マキノ雅弘『カツドウ屋一代』(栄光出版社)68年刊
  再刊『伝記叢書299 カツドウ屋一代 伝記・牧野省三』(大空社)98年刊

マキノ雅弘『マキノ雅弘自伝 映画渡世 天の巻/地の巻』(平凡社)77年刊
  再刊『映画渡世 天の巻/地の巻』(角川文庫)84年刊
  再刊『映画渡世 天の巻/地の巻』(ちくま文庫)解説・山田宏一 95年刊
  復刊『映画渡世 天の巻/地の巻』新装版(平凡社)02年刊

マキノ雅裕『マキノ雅裕女優志 情』(草風社)79年刊

マキノ雅広/森卓也『名古屋シネマテーク叢書 シネアストは語る4 マキノ雅広』(名古屋シネマテーク/風琳堂)92年刊

マキノ雅広/鈴木伸昌編『マキノ先生 とある日のおしゃべり』(限定版・非売品)95年刊

マキノ雅広/滝沢一・江馬道生『マキノ雅広聞き書き』(京都文化博物館)97年刊

   *   *   *

マキノ雅弘・稲垣浩編『山上伊太郎のシナリオ』(白川書院)76年刊

マキノ雅裕監修/浦谷年良編著『ちゃんばらグラフィティー』(講談社)81年刊

 

◎発言/文章/インタビュー

 

「マキノ正博の語る5問題」『映画評論』48年9月号 pp.4-8

マキノ正博「遺訓に遵うて働く」桑野桃華『日本映画の父(マキノ省三傳)』(マキノ省三傳發行事務所)49年刊 所収 pp.246-247

マキノ雅弘「山上伊太郎について(日本映画年代史B 傾向映画前後(上))」『時代映画』55年7月号 pp.66-67

マキノ雅弘「『浪人街』のころ」『キネマ旬報』57年2月上旬号 p.255

マキノ雅弘「共同作品を語る(山上伊太郎特集)」『時代映画』57年8月号 pp.22-24

マキノ雅弘「良き友(山上伊太郎を偲ぶ)」『時代映画』57年8月号 pp.26-27

マキノ雅弘「狸と猿の頃から」『時代映画』58年1月号 pp.24-26

マキノ雅弘「思いつくままに」『キネマ旬報』58年12月下旬号 p.44

マキノ雅弘「演出ノート 美しい女形姿を映画で…」『別冊近代映画 雪之丞変化特集号』60年1月下旬号 pp.134-135

「マキノ雅弘監督インタビュウ 愉しく笑って貰える作品に!」『別冊近代映画 清水港に来た男特集号』60年9月上旬号 pp.99-101

マキノ雅弘「マキノ映画時代の青春」『キネマ旬報別冊 日本映画作品大鑑4』60年11月号別冊 pp.27-28

マキノ雅弘「監督四十年の思い出」『キネマ旬報 日本映画監督特集』60年12月増刊号 pp.116-117

マキノ雅弘「映画人口#{増論」『時代映画』61年1月号 p.54

「万年映画青年マキノ監督・大いに語る」構成・加茂太郎『別冊近代映画 若き日の次郎長 東海の顔役特集号』61年2月上旬号 pp.88-90

マキノ雅弘「現在の持ち味で(監督の見た錦之助像)」『時代映画』61年3月号 p.17

マキノ雅弘「内容とスタイル(演出における私の角度)」『キネマ旬報』61年4月上旬号 pp.56-57

マキノ雅弘「映画界にもストーブリーグを」『時代映画』62年1月号 p.35

「第一線監督はいまこう考える 近況報告特集」『キネマ旬報』65年6月上旬号 pp.13-14
▼アンケート回答

マキノ雅弘「世界一たくさんの映画を監督した男 マキノ雅弘一代記」『太陽』65年8月号 pp.148-154

マキノ雅弘「かつどう屋五〇年」『レディスジャーナル』68年2月号〜69年9月号連載

マキノ雅弘「不滅のスター富士と次郎長(特集 東海道中膝栗毛)」『太陽』71年1月号 p.41

「任侠映画を演出する男たち マキノ雅弘監督 いなせの世界と粋の世界」インタビュー・山根貞男『キネマ旬報増刊 任侠映画大全集』71年3月20日号 pp.112-117

マキノ雅弘「オマセなあの娘(わが青春記)」『問題小説』71年7月号 pp.100-101

マキノ雅弘「次郎長三国志(私が魅入られた時代劇のヒーローたち)」『映画評論』71年7月号 pp.108-110

マキノ雅弘「映画のゆくえ」『人と日本』71年10月号 pp.24-26

マキノ雅弘「或る映画作家の感慨」『シナリオ』72年1月号 pp.38-42

マキノ雅弘「ある始まり」『映画写真集 鶴田浩二任侠≠ノかけた男の意地と夢』(芳賀書店)72年刊 所収 pp.113-115

「人物スポット マキノ雅弘『藤の引退は惜しいと思わない』」『週刊朝日』72年3月24日号 p.120

「初対面からもう八年」インタビュー・浅野潜『別冊キネマ旬報 女優・藤純子』72年4月5日号 p.20

山田宏一「シネ・ブラボー マキノ雅弘監督訪問」『キネマ旬報』72年5月下旬号〜6月上旬号/72年8月下旬号〜12月上旬号連載
  →『映画この心のときめき』(白川書院)76年刊 所収
  →『次郎長三国志─マキノ雅弘の世界』(ワイズ出版)02年刊 一部所収
  →『日本侠客伝─マキノ雅弘の世界』(ワイズ出版)07年刊 一部所収

「聴書 マキノ雅弘」聞き手・野村盛秋『隣人』72年9月号〜73年1月号連載
  →野村盛秋『活動屋伝説』(文芸社)08年刊 所収

マキノ雅弘「イーストフォンから映音へ」岡部龍・編『日本映画史素稿10 資料 日本発声映画の創生期』(フィルム・ライブラリー協議会)75年刊 所収 p.98

竹中労「日本映画縦断 マキノ雅弘メモワール」『キネマ旬報』75年7月下旬号〜8月下旬号・10月上旬号連載
  →竹中労『日本映画縦断3 山上伊太郎の世界』(白川書院)76年刊 所収

マキノ雅弘「誕生日」『朝日新聞』76年2月29日朝刊21面

マキノ雅弘「出会いと訣れ」マキノ雅弘・稲垣浩編『山上伊太郎のシナリオ』(白川書院)76年刊 所収 pp.387-395

マキノ雅弘「世界一面白い本や」竹中労『鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代』(白川書院)76年刊 所収 pp.7-11

マキノ雅弘「マキノ雅弘自伝」『月刊百科』77年2月〜5月号連載
  ▼『映画渡世』の抄録

マキノ雅弘「京都生れでンす(ふるさと紀行)」『うえの』77年10月号 pp.30-31

「マキノ雅弘の映画渡世番外編 役者の巻」構成・山根貞男『Apache』77年11月8日号 pp.180-185

マキノ雅弘「ぼくと健坊」『Apache』77年11月23日号 pp.32-33

マキノ雅弘「レジャー テレビ番組」『週刊新潮』78年5月25日号 p.100

「日曜インタビュー マキノ雅弘 女心≠聞き歩いて役者づくり≠ノ生きる」ききて・松浦行真『サンケイ新聞』78年5月28日朝刊8-9面

マキノ雅弘「七月の思い出」『人と日本』78年7月号 pp.75-76

「ビデオテープ 映画をとりまくる」『朝日新聞』78年11月29日朝刊12面

倉本四郎「BIG TALKマキノ雅弘『今の世の中芸者から芸の字の抜けたシャアばかりが多い』」『GORO』79年1月25日号 pp.158-161

マキノ雅裕「週刊新潮掲示板」『週刊新潮』79年3月8日号 p.131
  ▼新作映画の企画募集PR

白井佳夫「日本の映画監督たちは今?」『文藝春秋』79年4月号 pp.212-228
  ▼アンケート回答

「BIG人間インタビュー(29) 娯楽映画50年マキノ雅裕の映画玉手箱 山田五十鈴から山口百恵まで」『週刊明星』79年6月10日号 pp.36-43

「グラビア特別企画 ジュニア・ラッシュの芸能界 マキノ雅裕・佐代子」『週刊アサヒ芸能』79年10月11日号 p.202

マキノ雅裕「ヴィヴィアン・リー(『さらば愛しき友よ』幻のロードショー映画のメガフォンを夢想する)」『アサヒグラフ臨時増刊 蘇った永遠のスター・外国映画プロマイド60年』79年刊 所収 pp.88-89

「明治生まれからヤングへの檄談R マキノ雅弘 若いもんがね、本当に体をぶつけて映画撮ってくれればね…応援したい…」構成・小林栴『平凡パンチ』80年6月16日号 pp.68-72

「マキノ雅裕の映画界内緒ばなし」インタビュー構成・畠剛『週刊文春』81年9月3日号〜10月1日号連載

マキノ雅裕「私の好きな人」『週刊文春』81年11月12日号 p.119

マキノ雅裕「段取り屋・マキノ光雄」『東映映画三十年 あの日、あの時、あの映画』(東映株式会社)81年刊 所収

「マキノ雅裕の映画界内緒ばなし」インタビュー構成・畠剛『週刊文春』82年1月7日号〜7月29日号連載

マキノ雅裕「セイコー写真館 父と娘の肖像(28)」『文藝春秋』82年2月号 p.108と109の間(SEIKOグラビア広告)

マキノ雅裕「心のかようおつきあいシリーズ(84) 山中貞雄の壮行会」『文藝春秋』82年10月号 巻頭(共同石油グラビア広告)

「明るさのある役者」『朝日新聞』83年3月31日夕刊19面
  ▼片岡千惠蔵死去時の談話

「故・片岡千恵蔵の思い出」聞き手・水野晴郎『キネマ旬報』83年5月下旬号 pp.108-111

「聞書き日本映画史7 第四回 マキノ雅裕」聞き手・岩本憲児、佐伯知紀、斎藤敦子『月刊イメージフォーラム』84年7月号 pp.39-60
  →岩本憲児、佐伯知紀編『聞書きキネマの青春』(リブロポート刊)88年刊 所収

「マキノ雅裕監督『Wの悲劇』を語る」『キネマ旬報』84年12月下旬号 p.126-127

マキノ雅裕「薬師丸ひろ子・息長い女優への道を拓いた『Wの悲劇』」『Wの悲劇』(劇場用パンフレット)84年刊 所収

マキノ雅裕「Scholar Scramble チャンバラ映画に歓声をあげた、あの日の夢をもう一度!」『スコラ』85年1月10日号 p.93

マキノ雅裕「お雪さんのことども」『祇園 今に生きる伝統美』(日本交通公社出版事業局)85年刊 pp.145-146

マキノ雅裕「チャンバラ渡世、マキノ節 マキノ雅裕に聞く」聞き手・構成・野村梓『第8回ぴあフィルムフェスティバル』(ぴあ株式会社)85年刊 pp.38-39

マキノ雅裕「映画渡世・余滴」『シネアスト3 映画の手帖[特集]マキノ雅裕』(青土社)85年刊 pp.64-72

「マキノ雅裕監督、『鴛鴦歌合戦』」を回想する。『いきあたりばったりに作ったものだと解釈してください』」聞き手・沢田康彦『鴛鴦歌合戦』LDライナーノーツ(パイオニアLDC)88年刊

「『鴛鴦歌合戦』マキノ雅裕監督インタビュー」聞き手・川勝正幸、竹中直人『Video Collection』89年1月号 pp.167-171

「ダンディズム頌F マキノ雅裕 わしらの頃は、時代劇撮れたら一人前」『太陽』89年1月号 pp.98-101

マキノ雅裕「映画『熊谷陣屋』の思い出」『国立劇場第163回十二月歌舞伎公演』90年刊 p.2

「マキノ雅広監督インタビュー 忠臣蔵は親から子へ」インタビュー・金澤誠『キネマ旬報』91年12月下旬号 pp.114-116
  再録『キネマ旬報臨時増刊 忠臣蔵 映像の世界』94年刊

マキノ雅広「楽しかった『次郎長三国志』」『kihachi フォービートのアルチザン』(東宝出版事業室)92年刊 所収 pp.214-217

マキノ雅広「母校のようなもの(スター・スタッフに聞く わが青春の日活映画)」「キネマ旬報」92年9月上旬号 p.44

 

◎対談・座談

 

「愚問賢答D 忙しい人 マキノ雅弘」(マキノ雅弘/岸松雄)『キネマ旬報』52年7月上旬号 pp.60-63
  →岸松雄『私の映画史』(池田書店)55年刊 所収

「時代映画とセックス(時代劇と3S)」(マキノ雅弘/依田義賢)『時代映画』60年1月号 pp.8-13

「名優阪東妻三郎を偲ぶ 田村高広の阪東妻三郎襲名問題について」(伊藤大輔/マキノ雅弘/松田定次/大曽根辰保/比佐芳武/田村高広)『時代映画』60年2月号 pp.14-23

「松之助映画のころ〈映画草創期を語る〉」(月形竜之介/マキノ雅弘/住谷申一/里井陸郎/小倉譲司/金田民夫/小森啓助/比佐芳武)『時代映画』62年3月号 pp.37-43

「対談/映画のことしか頭になかった カツドウヤ親子二代 日本映画に航路を開く」(マキノ雅弘/後藤清一)後藤清一『ど根性こそ我が人生』(讀賣新聞社)74年刊 所収

「楽しき哉、チャンバラ映画づくり」(マキノ雅弘/稲垣浩/小国英雄/白井佳夫)『週刊サンケイ臨時増刊 大殺陣 チャンバラ映画特集』76年11月8日号 pp.76-82

「イーデス・ハンソン対談187 山田五十鈴から藤純子まで マキノ式映画スターのつくり方」(マキノ雅弘/イーデス・ハンソン)『週刊文春』77年8月25日号 pp.32-35

「特別対談 時代劇に賭ける東映城若殿12年間の意地『時代劇をつくらなかった製作者は錦坊に頭を下げろ!!』」(萬屋錦之介/マキノ雅弘)『週刊アサヒ芸能』78年2月9日号 pp.124-128

「親子対談(52)」(マキノ雅裕/マキノ佐代子)『週刊宝石』84年10月5日号 pp.237-239

「シネマトーク120分 薬師丸ひろ子VSマキノ雅裕『高倉健が若ければ、キミ恋人役にピッタリなんだがねェ』」(薬師丸ひろ子/マキノ雅裕)『GORO』85年1月10日号 pp.174-177

「対談 助監督修行時代」(岡本喜八/澤井信一郎/マキノ雅裕)『シネアスト3 映画の手帖[特集]マキノ雅裕』(青土社)85年刊 pp.-

「雪路のビビッとトークM いっしょに舞台をやったときからわしは雪会ちゃんに惚れてるよ」(マキノ雅裕/朝丘雪路)『週刊アサヒ芸能』86年4月10日号 pp.80-84

「日本映画の80年 マキノ雅裕 『昨日消えた男』をめぐって」(マキノ雅裕/井筒和幸)日本映画講座実行委員会編『日本映画を読む 魂のメッセージ』(ブレーンセンター)87年刊 所収

「ステキなおじいちゃんに訊け!!」(マキノ雅裕/牧野アンナ)『平凡パンチ』87年12月3日号 pp.136-139

「ミュージカル講座特別版 音楽がなければ人生にならない」(マキノ雅裕/野口久光)『シネティック』2号・95年刊 pp.210-229
  ▼87年12月の対談。他に「座談会 日本の音楽映画を語る」(マキノ正博/野口久光/小倉浩一郎/佐藤邦夫)『新映画』昭和15年3月号再録を併収

 

◎マキノ雅広とその作品について

 

谷村錦一「マキノ雅弘(日本映画を創った人々)」『キネマ旬報』58年7月上旬号 p.59

岸松雄「マキノ雅弘の歩み」『キネマ旬報 日本映画監督特集』60年12月増刊号 pp.114-115

飛鳥蓮太郎「マキノ雅弘と長屋もの」『別冊近代映画 橋蔵のやくざ判官特集号』62年7月号 pp.54-56

岡本喜八「なくて七癖L マキノ雅弘の巻 最高に映画を知ってる人」『キネマ旬報』65年3月上旬号 pp.118-120
  改題「マキノ雅弘師」『ヘソの曲り角』(東京スポーツ新聞社)77年刊 所収

稲垣浩「メガホン38 ひげとちょんまげP 過ぎ去れば喧嘩もまた楽し」『毎日グラフ』65年5月9日号 p.18
  改題「喧嘩もまた楽し」『ひげとちょんまげ 生きている映画史』(毎日新聞社)66年刊 所収
  再刊『ひげとちょんまげ 生きている映画史』(中公文庫)81年刊

稲垣浩「メガホン38 ひげとちょんまげ(41) シャクにさわる話」『毎日グラフ』65年10月17日号 p.18
  改題「早撮り競争」『ひげとちょんまげ 生きている映画史』所収
  再刊『ひげとちょんまげ 生きている映画史』

「明治の青春描く 青雲五人の男 マキノ雅弘監督、テレビ初演出」『讀賣新聞』66年4月2日朝刊10面

渡辺武信「Hungry eyesやくざ路線の美学 再び映画的ヒーローについて」『現代詩手帖』66年5月号 pp.105-106
  →『現代日本映画論大系 第四巻 土着と近代の相克』(冬樹社)71年刊 所収

伊藤勝男「マキノの映画を見た日」『キネマ旬報』71月5月15日号 p.45

山田宏一「哄笑しつつ肥ろうよ─にっぽんB級映画試論」『映画について私が知っている二、三の事柄』(三一書房)71年刊 所収
  再刊『シネ・ブラボー2 映画について私が知っている二、三の事柄』(ケイブンシャ文庫)85年刊

山田宏一「日本侠客伝・関東篇/〈いなせ〉な世界の魅惑」『キネマ旬報増刊 任侠映画傑作選』71年8月30日号 p.62

渡辺武信「日本映画人気シリーズの分析と総括E 東映の『昭和残侠伝』シリーズ」『キネマ旬報』71年10月上旬号 pp.152-153

渡辺武信「日本映画人気シリーズの分析と総括G 東映の『日本侠客伝』シリーズ」『キネマ旬報』71年11月上旬号 pp.104-105

渡辺武信「日本映画人気シリーズの分析と総括I 東映の『列伝』シリーズ」『キネマ旬報』71年12月上旬号 pp.102-103

「マキノ監督がTVドラマ『たけくらべ』演出」『朝日新聞』73年6月25日夕刊9面

「三百本撮った映画界のご意見番 マキノ雅弘(人物告知板《ヤクザ&ポルノ映画》の旗頭…十人のサムライが秘める内面と情熱)」『平凡パンチ』73年12月10日号 p.66

波多野哲朗「体験史としての戦後映画E 時代を拒む映画 マキノ雅弘とヤクザ映画」『美術手帖』75年8月号 pp.234-247
  加筆再録「美しき共同体 マキノ雅裕とヤクザ映画」『シネアスト3 映画の手帖[特集]マキノ雅裕』(青土社)所収

岡部龍「旧劇を時代劇にした六人の大監督」『別冊近代映画 あゝ懐しのチャンバラ映画特集号』75年12月号 pp.51-55

「現代人劇場(26) マキノ雅弘 映画渡世70年のカツドウ屋一代」『週刊サンケイ』77年10月6日号 pp.42-46

桂千穂「戦後焼け跡の時代活劇F 東宝の剣優たち」『Movie magazine』14号・77年刊 pp.46-51

野村正人「マキノ雅弘・自伝のために」『シネマグラ』創刊号 77年刊 pp.20-22

丹野清和「映画とともに70年 マキノ雅弘の『骨がらみ映画人生』」『アサヒグラフ』78年1月13日号 pp.28-36

小倉一郎「マキノ雅弘さんのこと」『キネマ旬報』78年3月下旬号 p.58

「インサイド あのマキノ監督にケンカを売った女性」『週刊サンケイ』78年8月17日号 p.30

宮林功治「マキノ雅弘論・地の巻 無上の甘美さ≠ノふれて」『日本映画研究』3 78年刊 pp.42-52
  加筆改稿「揺れ動く体験としての〈マキノ〉」『シネアスト3 映画の手帖[特集]マキノ雅裕』所収

田原克拓「『ごろつき』マキノ雅弘(特集 映画─その戦後的なるものをめぐって)」『流動』79年2月号 p.126

「NEWS FLASH」『週刊平凡』79年9月13日号 巻末グラビア
  ▼「からっ風と涙」上演の記事

はかま満緒「はかま満緒のユーモア交遊録P 黙って書いちゃった」『週刊アサヒ芸能』80年2月7日号 p.84

「閨閥日本の100家族 黒澤、マキノ一族」『週刊読売』80年6月29日号 p.105

「ぴいぷる」『週刊文春』80年9月18日号 p.156
  ▼タレント養成の記事

関口良一「黒沢明とマキノ雅裕 戦後日本映画と黒沢神話(映像感覚と文学的感覚)」『国文学 解釈と教材の研究』83年8月号 pp.76-77

中島貞夫「太秦行進曲 生き字引・マキノ雅弘監督」『デイリースポーツ(大阪版)』84年?月?日
  →『映像のスリット わが映画人生』(芸艸堂)87年刊 所収

内田繁「僕のマキノ雅弘」『宝石』85年3月号 pp.316-317

西村隆「マキノ監督へのオマージュ」『キネマ旬報』85年6月上旬号 p.41

「THIS WEEK 喜寿でメガホンをとる昔懐しいマキノ監督の壮=v『週刊文春』85年6月13日号 p.33

(剛)「文化'85 FILM2 ぴあフィルムフェスティバルで行われたマキノ雅裕の大回顧上映は、この監督のこれまでの評価を決定的に、ひっくり返したようだ。作品の価値とは観客をどれだけ動員したかではなく、後の世代が何を継承したかにあるのだ」『朝日ジャーナル』85年6月28日号 pp.36-37
  改題「マキノ雅裕大回顧上映とPFF」四方田犬彦『封切り日が待ちどおしい』(青土社)87年刊 所収

はがやすし「人物百景 マキノ雅裕」『かくしん』昭和60年5月号 pp.68-69
  →芳賀綏『男優女優の昭和誌』(人間の科学社)92年刊 所収

「映画季評1 映画を輝かせるために」(山田宏一/山根貞男/蓮實重彦)『季刊リュミエール』1号・85年秋号 pp.175-184

「座談会 撮影所の黄金時代と今日の映画作家」(澤井信一郎/相米慎二/柳町光男/山根貞男)『季刊リュミエール』4号・86年夏号 pp.112-132

鈴木一誌「上映会報告1 上映という名の過激なリメーク マキノ雅裕二本立て!」『季刊リュミエール』4号・86年夏号 pp.144-145

「映画・夢十夜」(蓮實重彦/武満徹)『シネマの快楽』(リブロポート)86年刊 所収
  再刊『シネマの快楽』(河出文庫)01年刊

「『生きた日本映画史』の80年 マキノ雅裕監督誕生パーティー≠フスターたち」『FOCUS』88年3月11日号 pp.60-61

橋本治「渋谷の歩行者天国'86」『根性』(徳間文庫)88年刊 所収 pp.85-164
  ▼解説・浦谷年良

「ぴいぷる」『サンデー毎日』88年10月16日号 p.158
  ▼「浪人街」監督の記事

「『日本映画最長老』最後の弟子 マキノ雅裕81歳が引退作に起用する堤大二郎」『FOCUS』89年3月31日号 pp.50-51

「聞き書き日本映画史 秋山みよ」聞き書き・桂千穂『映画芸術』359〜361号連載
  →『スクリプター 女たちの映画史』(日本テレビ放送網株式会社)94年刊 所収

金井美恵子「愉しみはTVの彼方にE マキノ雅弘の画面は、バウ・ハウスで学んだのかと考えてしまう程、モダンだ。『鴛鴦歌合戦』」『Marie Claire japon』90年3月号 pp.330-331
  →『愉しみはTVの彼方に』(中央公論社)94年刊 所収

山根貞男「無垢なマキノ節≠フ輝き 魅力満点!『次郎長三国志』シリーズ」『キネマ倶楽部会報』8・90年刊 pp.4-6
  →『映画の貌』(みすず書房)96年刊 所収

太田和彦「シネマ大吟醸G 日本酒はノリだ『ハナ子さん』昭和18年・東宝」『BRUTUS』90年6月1日号 p.97
  →『シネマ大吟醸』(角川書店)94年刊 所収

太田和彦「シネマ大吟醸M 祭だ、酒だ『阿波の踊子』昭和16年・東宝」『BRUTUS』90年8月15日号 p.88
  →『シネマ大吟醸』所収

盛内政志「四十八年ぶりの『阿片戦争』」『キネマ倶楽部会報』13・91年刊 pp.1-2

山根貞男「見えない映画G マキノ雅弘の叫び」『よむ』91年11月号 p.44
  →『映画の貌』所収

太田和彦「シネマ大吟醸(42) 旅は道づれと酒『弥次喜多道中記』昭和13年・日活」『BRUTUS』92年2月1日号 p.64
  →『シネマ大吟醸』所収

山根貞男「第4回キネマ倶楽部ツアー報告 清水次郎長ゆかりの地で次郎長映画の傑作を見る」『キネマ倶楽部会報』17・92年刊 pp.4-5

森繁久彌「『石松』と社長シリーズ」『隙間からスキマへ』(日本放送出版協会)92年刊 所収 pp.64-71

山根貞男「見えない映画P 映画が生きるとき死ぬとき」『よむ』92年8月号 p.69
  →『映画の貌』所収

四方田犬彦「『婦系図』とその映画化」『キリンビール泉鏡花映画祭V』(フードピア金沢開催委員会)92年刊 所収

上野志「上野志の黄昏映画館I 映画に飢えてマキノを見る」『ガロ』93年1月号 pp.280-281
  →『映画全文一九九二〜一九九七』(リトル・モア)98年刊 所収

盛内政志「興趣満点・長谷川時代劇の粹」『キネマ倶楽部会報』18・93年刊 pp.1-3
  ▼『男の花道』を紹介

山根貞男「誰が映画を畏れているかL 映画は謎を生みつづける」『本』93年7月号 pp.47-54
  →蓮實重彦・山根貞男『誰が映画を畏れているか』(講談社)94年刊 所収

潮健児「マキノ雅広(名監督列伝)」『星を喰った男』(バンダイ)93年刊 所収
  再刊唐沢俊一編著『星を喰った男 名脇役・潮健児が語る昭和映画史』(ハヤカワ文庫)96年刊

紅野謙介「人々が共に魅力的になる空間 マキノ雅弘『次郎長三国志』シリーズ」『国語通信』93年11月号 pp.11-15

佐藤忠男「マキノ雅広さんを悼む」『東京新聞』93年10月30日13面

中島貞夫「マキノ雅広監督を悼む しわがれ声に『日本映画』を学ぶ」『産経新聞』93年10月30日夕刊5面

澤井信一郎「筋と役者にこだわり マキノ雅広監督を悼む」『讀賣新聞』93年10月30日夕刊6面

山田宏一「映画の心、すべてに躍動 マキノ雅広監督を悼む」『朝日新聞』93年11月1日夕刊17面

田中規雄「葬送 映画監督 マキノ雅広氏(2日 東京都中野区・宝仙寺)」『産経新聞』93年11月3日朝刊23面

「in short… requiem マキノ雅広さん チャンバラ、任侠映画ならまかせとけ」『AERA』93年11月8日号 p.68

「墓碑銘 マキノ雅広監督の丸ごと映画$l生」『週刊新潮』93年11月11日号 p.125

山根貞男「VARIETY cinema 生きた日本映画史≠フ大往生 追悼 マキノ雅広監督」『アサヒグラフ』93年11月19日号 p.110

山根貞男「日本映画時評(87) 物質としての映画」『キネマ旬報』94年1月上旬号 pp.178-179

「マキノ雅広の重み 古き良き時代の活動屋が残した遺言とは」『中央公論』94年1月号 pp.346-356
  岡本喜八「面白ないとあかんでえ」
  津川雅彦「マキノ魂を忘れた日本映画」

「蓋棺録」『文藝春秋』94年1月号 pp.446-447

村上元三「私見時代小説史 わたしの作品ノート(27)」『オール讀物』94年1月号 pp.320-325
  →『思い出の時代作家たち』(文藝春秋)95年刊 所収

「京都1200年 京都モダンカルチャーノート 父子2代のカツドウヤ渡世 マキノ省三・雅広」『太陽』94月3月号 p.67

白鳥あかね「渡り鳥シリーズからロマンポルノへ」聞き書き・桂千穂『スクリプター 女たちの映画史』所収

山根貞男「自由の輝き…マキノ雅広の映画術と人生」『キネマ倶楽部会報』22・94年刊 pp.1-4
  →『映画の貌』所収

山田宏一「忠臣蔵映画考 『忠臣蔵 天の巻・地の巻』をめぐって」『季刊歴史ピープル』新秋特別号・94年刊 pp.164-168
  →『エジソン的回帰』(青土社)97年刊 所収

「聞き書き 小国英雄 わが交遊録 第一回」聞き手・大橋祥司『FB』第4号・95年刊 pp.69-104

佐伯知紀「マキノ映画の魅惑」『NFCニューズレター』1号・95年5月号 pp.10-11

小倉一郎「小倉一郎、マキノ雅弘監督になる」『みんな、いい人 35年の俳優生活で出会った心に残る人たち』(太陽企画出版)95年刊 所収 pp.227-235

横田茂美「湯布院映画祭20年の記録K マキノ雅広」『キネマ旬報』95年8月下旬号 pp.116-121

快楽亭ブラック「in&out CINEMA 自由の名画見I」『東京人』95年10月号 pp.148-149

富司純子「おんな掌伝シリーズ あの時の私@ マキノ先生との出会い」『週刊讀賣』96年5月26日号 pp.110-113

「達人ルネサンスBACK TO THE PAST(49) マキノ雅広 活動屋は、お祭り騒ぎ。」『毎日グラフアミューズ』96年6月12日号 pp.107-111

佐藤忠男「マキノ雅弘」『日本映画の巨匠たちT』(学陽書房)96年刊 所収

安達英一「津川雅彦物語 カツドウ屋血族」『報知新聞』97年3月15日〜連載
  →『「津川雅彦物語」カツドウ屋血族』(報知新聞社)97年刊

佐藤忠男「日本の怪物$a士録〈映画人〉 マキノ雅弘 名作を残すとともに日本一の多作でもあった映画職人」『歴史読本』97年6月号 pp.86-90

山田宏一「百年の夢(52) 浪人街の白壁にいろはにほへとと書きました マキノ雅弘監督『浪人街』」『キネマ旬報』97年7月下旬号 pp.26-28
  →『山田宏一の日本映画誌』所収
  →『次郎長三国志─マキノ雅弘の世界』所収

小林信彦「小林信彦のコラム(192) 黒澤明の脚本による『殺陣師段平』」『中日新聞』97年10月3日夕刊10面
  →『コラムは誘う エンタテイメント時評1995〜98』(新潮社)99年刊 所収
  再刊『コラムは誘う エンタテイメント時評1995〜98』(新潮文庫)02年刊 所収

大西悦子「マキノ雅裕」『FB』11号・98年刊 pp.106-120

片山杜秀「平成の博覧強記男、見参 ヤブを睨む 英国人の役をわざわざ日本人にやらせたマキノ雅弘の真意とは?」『Spa!』98年1月14日号 p.81

谷川建司「占領期におけるアメリカの対日映画製作の一断面 『怪傑紫頭巾』と『怪傑ゾロ』を巡って」『NFCニューズレター』20号・98年7-8月号 pp.3-5

金井美恵子「夢見る平手造酒」『第七回中世の里なみおか映画祭パンフレット』98年刊
  →『「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ』(講談社)03年刊 所収

長谷正人「映像のオントロギー(30) 早撮り、ナカヌキ、そして機械的リズム」『Internet Photo Magazine』99年2月号 所収(http://www.jpm.jp/ipmj/eizou/eizou44.html)

金井美恵子「cinema 肉体派にも面白いマキノ映画。 三百人劇場特集上映『成瀬巳喜男とマキノ雅弘 静と動の情動』」「Tarzan」99年5月26日号 p.107
  →『「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ』所収

中条省平「映画の目星 『成瀬巳喜男とマキノ雅弘 静と動の情動』若い観客にこそ見てほしい、色気と華やかさ」『週刊朝日』99年5月28日号 p.128

野村正昭「デビュー作の風景(54) マキノ雅弘『青い眼の人形』」『キネマ旬報』99年6月上旬号 pp.114-115

山根貞男「日本映画時評(137) 物語と仕掛けのあいだ」『キネマ旬報』99年6月下旬号 pp.164-165

長谷正人「映像のオントロギー(35) マキノ雅弘あるいはダンスする映画」『Internet Photo Magazine』99年7月号 所収(http://www.jpm.jp/ipmj/eizou/eizou52.html)

山根貞男「私が愛した名探偵 文吉 デタラメだけど面白い」『朝日新聞』99年7月12日夕刊15面
  ▼新保博久の解説を併載

長谷正人「日本映画と全体主義 津村秀夫の映画批評をめぐって」『映像学』63号・99年刊 pp.5-19
  →岩本憲児編『日本映画史叢書1 日本映画とナショナリズム』(森話社)04年刊 所収

山田宏一「早い安い面白い第一主義」『キネマ倶楽部会報』42・99年刊
  →『次郎長三国志─マキノ雅弘の世界』所収

山田宏一「山中貞雄とマキノ正博 パピプペパピプペ パピプペポ……」『第2回京都映画祭公式カタログ』(京都映画祭実行委員会)99年刊 所収
  →改題「邪劇と芸術 マキノ正博と山中貞雄」『次郎長三国志─マキノ雅弘の世界』所収

中村公彦「巨匠、マキノ雅弘と組んで」中村公彦著・岩本憲児・佐伯知紀編『映画美術に賭けた男』(草思社)01年刊 所収

山田宏一「マキノ雅弘の世界へ、ようこそ」『新文芸坐しねういーくりい』02年・第18号

「職人監督 マキノ雅弘 上映・出版で進む再評価」『朝日新聞』02年9月13日夕刊7面

山平重樹「任侠映画とその時代(32) 『日本侠客伝 白刃の盃』マキノ雅弘監督が『脚本ダメ出し』計9回 10回目に1本目を出したら『これや!』」『週刊アサヒ芸能』02年12月19日号 pp.50-53
  →『任侠映画が青春だった』(徳間書店)04年刊 所収

山平重樹「任侠映画とその時代(36) 『関東緋桜一家』藤純子『引退映画』に長蛇の列『純子』ファンの涙声が館内に響いた」『週刊アサヒ芸能』03年1月23日号 pp.46-49
  →『任侠映画が青春だった』所収

山田宏一「シネアストの肖像 マキノ雅弘@〜C」『産経新聞』(大阪版)03年6月5日〜26日夕刊連載
  →『日本侠客伝─マキノ雅弘の世界』所収

橋本治「日本式ザッツ・エンタテインメント」『川田晴久と美空ひばり』(中央公論新社)03年刊 所収 pp.96-112

紙屋牧子「マキノ正博の1934年─トーキーと『泡立つ青春』」『アートリサーチvol.3』(立命館大学アート・リサーチセンター)03年刊 所収 pp.179-187

佐伯秀男・円尾敏郎編『あるがままに輝きて 追悼映画俳優佐伯秀男 成瀬巳喜男監督に気に入られた男』(ワイズ出版)04年刊
  ▼『長谷川・ロッパの家光と彦左』『次郎長三国志 第八部 海道一の暴れん坊』に言及

斉藤綾子「高倉健の曖昧な肉体」四方田犬彦・斉藤綾子編『男たちの絆、アジア映画 ホモソーシャルな欲望』(平凡社)04年刊 所収 pp.67-120

志村三代子「長谷川一夫と山田五十鈴 戦時下におけるロマンティシズムの興隆」岩本憲児編『日本映画史叢書1 日本映画とナショナリズム』所収

末國善己「末國善己の『時代劇を斬る!』 映画と時代小説C マキノ雅広礼賛」『TIMEBOOK TOWN』04年11月26日掲載(http://www.timebooktown.jp/Service/clubs/00000000/f02/f02_08_04.asp)

すぎやまチヒロ「スクリーンの魔術師(43) マキノ雅弘」『キネマ旬報』05年7月下旬号 pp.208-209

高瀬昌弘「マキノ雅弘(第十二章 その他の戦前の監督諸氏)」『東宝監督群像 砧の青春』(東宝株式会社 出版・商品事業室)05年刊 所収 pp.88-91

津川雅彦「マキノ映画の血筋」『文藝春秋』06年4月号 pp.82-84

金子遊「トピックス學 今年は正しくマキノ・イヤー。『日本侠客伝』、驚愕のDVDボックスにマキノの神髄を見る!」『SPA!』06年7月18日号 p.104

小川順子「『決闘高田の馬場』の殺陣にみる文化史的考察」『「殺陣」という文化 チャンバラ時代劇映画を探る』(世界思想社)07年刊 所収

山根貞男「マキノ雅弘」『新潮』07年7月号〜08年6月号連載
 →『マキノ雅弘』(新潮社)08年刊

宮崎博「活動屋マキノ雅裕監督の想い出」『チャンバラ人生』(白地社)07年刊 所収 pp.228-233

浜野保樹「コンテンツ.jp マキノ雅弘生誕100年 今なおみずみずしい作品の数々」『産経新聞』(大阪版)08年1月10日夕刊13面

「きょうの言葉 『できるんですよ がんばれば』マキノ雅弘」『産経新聞』08年2月29日朝刊3面

内藤篤「円山町瀬戸際日誌 渋谷名画座日録抄F 生誕一〇〇年 マキノ雅弘」『UP』08年3月号 pp.57-62

紙屋牧子「『男』の生きる道 戦時下の長谷川一夫と古川緑波」『映像学』80号・08年5月刊 pp.23-39

内藤篤「円山町瀬戸際日誌 渋谷名画座日録抄G 生誕一〇〇年マキノ雅弘 宴の始末」『UP』08年6月号 pp.46-50

紙屋牧子「上映企画『生誕百年映画監督マキノ雅広』報告」『映像学』81号・08年11月刊 pp.81-87

廣瀬純「マキノ雅弘から金融危機へ あるいは、二〇〇八年一〇月に『運動イメージ』を読むということ(特集 ドゥールズ)」『現代思想』08年12月号 pp.84-99

 

◎書評・紹介

 

武蔵野次郎「昭和初期の映画天才をしのぶ マキノ雅弘・稲垣浩編『山上伊太郎のシナリオ』」『サンデー毎日』76年9月19日号 pp.98-99

(団)「時代劇の原点としての『浪人街』 マキノ雅弘・稲垣浩編『山上伊太郎のシナリオ』」『週刊朝日』76年10月1日号 pp.122-123

山田宏一「『マキノ雅弘自伝』にむかって」『キネマ旬報』76年12月上旬号 p.92

「語る 自伝『映画渡世』(天の巻)を書いたマキノ雅弘氏 内幕を赤裸につづる 波乱の半生 思い出すまま」『朝日新聞』77年6月27日朝刊10面

(杜)「週刊図書館 シナリオふうに語る自伝」『週刊朝日』77年7月1日号 p.111

「人くちひと口」『サンデー毎日』77年7月10日号 p.36
  ▼『映画渡世』出版記事

(S)「新刊選 『映画渡世・マキノ雅弘自伝』」『週刊アサヒ芸能』77年7月21日号 p.102

福田淳「今週のこの本 『映画渡世・天の巻』マキノ雅弘自伝』日本映画史としても読める優れた自伝」『週刊小説』77年7月29日号 pp.118-119

武蔵野次郎「三角点 波乱に富んだ名門の周辺 マキノ雅弘『マキノ雅弘自伝・映画渡世・天の巻』」『サンデー毎日』77年7月31日号 pp.88-89

冨士田元彦「映画渡世 天の巻」『図書新聞』77年8月1日号
  →『日本映画史の創出 時代を映す鏡』(五柳書院)83年刊 所収

戸沢稔「ついに出たマキノ雅弘自伝」『キネマ旬報』77年9月上旬号 p.61

夏文彦「WEEKLY図書室 動乱の日本映画青春史『映画渡世・天の巻』」『平凡パンチ』77年9月19日号 p.131
  →『映画 挑発と遊撃』(白河書院)78年刊 所収

夏文彦、中島貞夫「書評インタビュー 修羅場に笑う渡世人の見切りの美学『映画渡世/天の巻・地の巻 マキノ雅弘自伝』」『週刊ポスト』77年9月30日号 pp.79-81

(N)「新刊セミナー『映画渡世・天の巻 マキノ雅弘自伝』」『新評』77年10月号 p.151

小林信彦「高級、低級いかなる読み方も可、の……『映画渡世 天の巻 地の巻』マキノ雅弘・著」『週刊文春』77年10月6日号 pp.116-117

山根貞男「『映画渡世』の楽しさとすごさ」『キネマ旬報』77年10月下旬号 p.58

冨士田元彦「映画渡世 地の巻」『図書新聞』77年10月22日号
  →『日本映画史の創出 時代を映す鏡』所収

伊藤俊也「BOOK『映画渡世/天の巻・地の巻』」『キネマ旬報』77年11月上旬号 p.15

山田宏一「大当たりマキノ雅弘自伝『映画渡世』の秘密」『サンケイ新聞』77年11月28日夕刊6面

蓮實重彦「『マキノ雅弘自伝・映画渡世』(天の巻・地の巻)」『東京大学教養学部報』78年1月23日 第238号4面
  改題「制度を超えて『マキノ雅弘自伝・映画渡世』」『シネマの記憶装置』(フィルムアート社)79年刊 所収

(治)「新刊選『マキノ雅弘女優志 情』」『週刊アサヒ芸能』79年8月2日号 pp.98-99

(阿)「ブックエンド『情』」『週刊朝日』79年8月10日号 p.109

由原木七郎「映画の本『マキノ雅裕女優志 情』」『キネマ旬報』79年8月下旬号 pp.142-143

「宝石図書館『マキノ雅弘女優志・情』」『宝石』79年9月号 p.389

「恵まれぬ女優を本に、映画人マキノの情=v『週刊読売』79年9月2日号 p.18

「文春図書館 新刊選 『ちゃんばらグラフィティー』」『週刊文春』81年5月7日号 pp.125-126

四方田犬彦「映画の揺籃期と映画監督の幼年期 マキノ雅弘とジャン・ルノワール」佐伯彰一・編『自伝文学の世界』(朝日出版社)83年刊 所収

「Media Forum BOOKS 日本映画草創期の若々しい息吹が躍動 『映画渡世(上・下)』」『平凡パンチ』84年11月19日号 p.99

山根貞男「熱読!映画狩りD マキノ雅弘『映画渡世』 約70年の喜怒哀楽のドラマ」『静岡新聞』85年9月1日8面
  →『映画の貌』所収

山川静夫「伝記で読む20世紀の100人 スターと名優の痛快人生」『現代』94年9月号 pp.195-197

山田宏一「解説 マキノ節を求めて―『映画渡世』ができるまで(上)」『映画渡世・天の巻』(ちくま文庫)95年刊 所収
  →『山田宏一の日本映画誌』所収
  →『次郎長三国志─マキノ雅弘の世界』所収

山田宏一「解説 映画のこころ―『映画渡世』ができるまで(下)」『映画渡世・地の巻』(ちくま文庫)95年刊 所収
  →『山田宏一の日本映画誌』所収
  →『次郎長三国志─マキノ雅弘の世界』所収

佐伯知紀「最良の観客の前で語り尽くした幸福な書物」『映画芸術』平成7年秋冬/377号 p.46

四方田犬彦「蝦蟇の油―自伝のようなもの」佐伯彰一・編『自伝の名著101』(新書館)00年刊 所収
  ▼『映画渡世』との比較

蓮實重彦「半歩遅れの読書術 1939年秋 『鴛鴦歌合戦』の明るさ」『日本経済新聞』04年8月22日23面

上野志「『今』がわかる名著 映画」『東京新聞』05年1月16日朝刊

平山秀幸「この本と出会った 『映画渡世・天の巻 地の巻』マキノ雅弘著(平凡社) 活動屋を超えた技術者の『魂』」『産経新聞』05年7月10日朝刊11面

 

◎雑誌特集号

 

『シネアスト3 映画の手帖[特集]マキノ雅裕』(青土社)pp.51-223
  上野志「複数的なるもの─マキノ」
  藤純子「思い出すこと」
  石井深「交わらない視線 マキノ映画のラヴシーン」
  マキノ雅裕「映画渡世・余滴」(談話)
  加藤幹郎「困難な芸術家の肖像」
    →『映画のメロドラマ的想像力』(フィルムアート社)88年刊 所収
  対談「顔で芝居をするなと言われたこと」(津川雅彦/堺正章)
  栗田さつき「映画、流れていく映画」
  村川英「モダニズムと『忠臣蔵』」
  四方田犬彦「マキノ雅弘をめぐる初めての肖像画習作」
    →『最新流行』(青土社)87年刊 所収
    加筆改題「マキノ雅裕を讃えて」『YAGI ART THEATER 第4回泉鏡花映画祭』(フードピア金沢開催委員会)93年刊 所収
  稲川方人「マキノは、中央の列、スクリーンに向かって前から………」
  対談「助監督修行時代」(岡本喜八/澤井信一郎/マキノ雅裕)
  波多野哲朗「美しき共同体 マキノ雅弘とヤクザ映画」
  長谷川明「映画『阿片戦争』と娯楽精神」
  対談「マキノ映画術の魅力」(内藤誠/桂千穂)
  村山匡一郎「スタイルのないスタイル」
  塩田明彦「マキノ雅弘は、かく語りき」
  万田邦敏「マキノの『馬鹿野郎』」
  宮林功治「揺れ動く体験としての〈マキノ〉」
  小川仙月「任侠の距離『昭和残侠伝・死んで貰います』より」
  金澤誠「マキノ雅裕略年譜」

『キネマ旬報』93年12月下旬号「追悼 カツドウ屋一代 マキノ雅広」pp.67-86
  松田定次「最後まで映画をあきらめないでやってくれました」(談話、構成・金澤誠)
  座談会「『おもろなきゃあかんでえ』を貫いた映画人生を語る」(岡本喜八/澤井信一郎/桂千穂)
  伊藤俊也「マキノ雅広のこだわりと達成『次郎長三国志』を偲んで、マキノ節を想う」
  沢島正継「おやじさんの事」
  金澤誠「証言・マキノ雅広の演出術 テレビドラマ『ああ、にっぽん活動大写真』より」
  宮川一夫「本当に勝手なことをしながら映画を作ってたなあ」(談話、取材構成・西田宣善)

『映画芸術』94年春号「追悼 マキノ雅広を送る」pp.36-94
  座談会「いま、日本映画に必要なのは『別に撮りたいものはない、ただ、どうやったらおもろいもん作れるかは知っとる』と言える監督だ。」(津川雅彦/富司純子/山城新伍/桂千穂)
  高倉健「誕生日の猿」
  俊藤浩滋「人情、ペーソス、ロマン、夢、そして素晴らしいスタッフたち」(インタビュー)
  中島貞夫「マキノ映画は『祭りだ、祭りだ。ワッショイ、ワッショイ』と駈けていく」(インタビュー)
  寺西國光「『おい、そこでバーンと談合や』そして『イテマエ!』」(インタビュー)
  鼎談「ワンチャのホイ、違うやろ、どいてみぃ」(水島道太郎/秋山みよ/松尾昭典)
  石川均「美しい、自由奔放な喜怒哀楽の綴れ織り」
  澤登翠「肉体の絶望的躍動」
  伊藤雄「巨匠ついに湯布院に現わる」
  住岡正明「マキノ雅広 情けの世界」
  マキノ佐代子・マキノ加代子「『うちはアダムス・ファミリーだった』娘たちが語るパパ・マキノ雅広」インタビュー・荒井晴彦

『東映キネマ旬報』2008年春号「特集 生誕100周年記念 活動屋、マキノ雅弘」
  金澤誠「無題」
  「スペシャル対談 鈴木則文+澤井信一郎 マキノ映画に見る、演出の魔力」司会・構成・金澤誠
  松岡錠司「私と東映映画 粋で洒落ているマキノさん自身が、マキノ映画そのものだ」

 

◎単行本・パンフレット

 

冨士田元彦『さらば長脇差 時代映画論』(東京書房社)71年刊
  ▼「戦後時代映画論」の章に『清水港の名物男・遠州森の石松』『捨てうり勘兵衛』『鞍馬天狗』『たつまき奉行』の評論を収録。

『日本映画作品全集 キネマ旬報増刊』(キネマ旬報社)72年刊
  ▼「弥太郎笠 前後篇」「次郎長もの」「ハワイの夜」「浪人街(57)」「喧嘩笠」「清水港に来た男」「八州遊侠伝 男の盃」「日本侠客伝」「日本大侠客」「昭和残侠伝<Vリーズ」「日本残侠伝」「牡丹と竜」「日本やくざ伝 総長への道」「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」の項を山田宏一が執筆。
   このうち、「次郎長もの(次郎長三国志)」「昭和残侠伝<Vリーズ」「日本侠客伝」を改稿し、『映画この心のときめき』に収録。
   さらに、「次郎長もの」を「次郎長三国志シリーズ解説」と改題し、『山田宏一の日本映画誌』、『次郎長三国志―マキノ雅弘の世界』に収録。

山田宏一『映画この心のときめき』(白川書院)76年刊
  ▼「マキノ雅弘の人と作品」(『キネマ旬報』連載の「マキノ雅弘監督訪問」、及び「マキノ雅弘監督覚え書」)収録

竹中労『鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代』(白川書院)76年刊
  再刊『鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代』(徳間文庫)85年刊
  再刊『鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代』(ちくま文庫)92年刊

『日本映画監督全集 キネマ旬報増刊』(キネマ旬報社)76年刊
  ▼竹中労・山田宏一「マキノ雅弘」

『第8回ぴあフィルムフェスティバル』(ぴあ株式会社)85年刊
  ▼岡本喜八「おもろないとあかんでえ」
   マキノ雅裕「チャンバラ渡世、マキノ節」聞き手・構成・野村梓 収録

工藤美代子『聖林からヒロシマへ 映画カメラマン・ハリー三村の人生』(晶文社)85年刊

橋本治『完本チャンバラ時代劇講座』(徳間書店)86年刊

斎藤忠夫『東宝行進曲 私の撮影所宣伝部50年』(平凡社)87年刊
  ▼『昨日消えた男』『美しき鷹(37)』『男の花道』『ハナ子さん』『次郎長三国志』に言及

古川ロッパ『古川ロッパ昭和日記 戦中篇 昭和16年─昭和20年』(晶文社)87年刊
  ▼『長谷川・ロッパの家光と彦左』『男の花道』『婦系図』に言及

『日本映画・テレビ監督全集』(キネマ旬報社)88年刊
  ▼山根貞男「マキノ雅裕」

『第16回湯布院映画祭』(湯布院映画祭実行委員会)91年刊
  ▼上映プログラム。森繁久彌、富司純子、津川雅彦、南田洋子、赤木春恵、小泉博、吉田達、林七郎、木下忠司、櫻町弘子、大楠道代、わし尾元也、待田京介、俊藤浩滋、マキノ佐代子が寄稿。

『第16回湯布院映画祭』(湯布院映画祭実行委員会)91年刊
  ▼映画祭シンポジウム「映画を撮って喋って80年」(マキノ雅広/笠原和夫/岡本喜八/鈴木則文/澤井信一郎/山根貞男/横田茂美)の採録。

柏木隆法『千本組始末記』(海燕書房)92年刊

太田和彦『シネマ大吟醸』(角川書店)94年刊
  ▼『自来也・忍術三妖伝』『彌次喜多道中記』『鴛鴦歌合戦』『続清水港』『昨日消えた男』『阿波の踊子』『阿片戦争』『ハナ子さん』を紹介
 再刊『シネマ大吟醸 魅惑のニッポン古典映画たち』(小学館文庫)09年刊

読売新聞社編『映画100物語 日本映画篇 1921-1995』(読売新聞社)95年刊
 ▼山口貴義「鴛鴦歌合戦」
   佐伯知紀「次郎長三国志」を収録

小林信彦『一少年の観た〈聖戦〉』(筑摩書房)95年刊
  ▼『昨日消えた男』『長谷川・ロッパの家光と彦左』『男の花道』『待って居た男』に言及
  再刊『一少年の観た〈聖戦〉』(ちくま文庫)98年刊

小沢茂弘『困った奴ちゃ 東映ヤクザ監督の波乱万丈』(ワイズ出版)96年刊

京都映画祭実行委員会編『時代劇映画とはなにか ニュー・フィルム・スタディーズ』(人文書院)97年刊
  ▼筒井清忠「東映時代劇映画の思想」
   佐藤忠男「忘れえぬ時代劇とその監督たち」
   千葉文夫「時代劇映画がミュージカルになるとき マキノ正博『弥次喜多道中記』から『清水港・代参夢道中』まで」を収録

山田宏一『山田宏一の日本映画誌』(ワイズ出版)97年刊
  ▼「『次郎長三国志』シリーズ解説」「マキノ節を求めて」「浪人街の白壁にいろはにほへとと書きました」を収録

大友柳太朗友の会・編『大友柳太朗快伝』(ワイズ出版)98年刊
  ▼『仇討崇禅寺馬場』『阿波おどり 鳴門の海賊』に言及

さとみ倶楽部・編『丘さとみ 東映城のお姫様』(ワイズ出版)98年刊
  ▼『阿波おどり 鳴門の海賊』『清水港の名物男 森の石松』『弥太郎笠』『恋山彦』『いれずみ半太郎』『清水港に来た男』『次郎長三国志』『色ごと師春団治』『蝶々・雄二の夫婦善哉』に言及

斯波司/青山栄『やくざ映画とその時代』(ちくま新書)98年刊

根岸洋之 企画構成『唄えば天国 ニッポン歌謡映画デラックス〈天の巻〉』(メディアファクトリー)99年刊
  ▼山口貴義「弥次喜多道中記」
   矢部浩也・瀬川昌久・藤掛一郎・佐藤利明「『鴛鴦歌合戦』にまつわるエトセトラ」
   蓮実重臣「こんなにも愉しい『鴛鴦歌合戦』の音楽─全楽曲徹底解説」
   内藤篤「ニッポンのバズビー・バークレー映画!」を収録

『三百人劇場映画講座vol.5&6 成瀬巳喜男とマキノ雅弘 静と動の情動 記録&資料』(三百人劇場)99年刊
  ▼「人生の師、マキノ雅弘」(富司純子/山根貞男)
    「成瀬巳喜男とマキノ雅弘」(岡本喜八/蓮實重彦/篠崎誠/常石史子/山根貞男)を収録

俊藤浩滋・山根貞男『任侠映画伝』(講談社)99年刊

円尾敏郎・高橋かおる編『千原しのぶ』(ワイズ出版)00年刊
  ▼『仇討崇禅寺馬場』『阿波おどり 鳴門の海賊』に言及

筒井清忠『時代劇映画の思想 ノスタルジーのゆくえ』(PHP研究所)00年刊

畠剛『松田定次の東映時代劇 兄弟ライバル・マキノ雅弘を超えた監督』(ワイズ出版)01年刊

澤島忠『沢島忠全仕事 ボンゆっくり落ちやいね』(ワイズ出版)01年刊

山田宏一『次郎長三国志─マキノ雅弘の世界』(ワイズ出版)02年刊
  ▼「わが任侠映画ベスト・テン」「マキノ節を求めて」「『次郎長三国志』シリーズ解説」「任侠のこころ」「邪劇と芸術」「早い安い面白い主義」「浪人街の白壁にいろはにほへとと書きました」を収録

笠原和夫・荒井晴彦・[糸圭]秀実『昭和の劇─映画脚本家 笠原和夫』(太田出版)02年刊

鍵田忠俊『人生とんぼ返り─映画監督マキノ雅弘と私』03年刊

木谷文弘『湯布院の小さな奇跡』(新潮社)04年刊

中島貞夫著・河野真吾編『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』(ワイズ出版)04年刊

澤井信一郎・鈴木一誌『映画の呼吸 澤井信一郎の映画作法』(ワイズ出版)06年刊

山田宏一『日本侠客伝─マキノ雅弘の世界』(ワイズ出版)07年刊
  ▼「映画を心得きった演出技巧―序に代えて」「『いなせ』の侠気─『日本侠客伝』シリーズ」「梃入れと二枚目半―東映任侠やくざ映画路線におけるマキノ雅弘監督と高倉健」「シネアストの肖像―マキノ雅弘」「破れかぶれの女優論(抄)―マキノ雅弘監督インタビュー」「マキノ雅弘、この方はわたしの活動写真のお師匠さん―森繁久彌インタビュー」「話術の天才―後記に代えて」を収録

石割平編・著 円尾敏郎編「映画監督マキノ正博」(ワイズ出版)07年刊

『NFCニューズレター』77号・08年2月-3月号「特集 生誕百年 映画監督 マキノ雅広」
  ▼紙屋牧子「回る、巡る映画/人生―マキノ雅広試論」
   紙屋牧子「最長版『忠治活殺剱』の復元について」
   板倉史明「17.5oフィルム『赤垣源蔵』の復元にむけて―テレシネ作業を中心に」
   冨田美香「展覧会『マキノ映画の軌跡』に寄せて」

山根貞男・田中範子編集『第六回京都映画祭公式カタログ 京都・映画一〇〇年/マキノ映画誕生一〇〇年 徹底特集』(京都映画祭実行委員会事務局)08年刊
 ▼冨田美香「マキノ一家の功績」
  平嶋彰彦「京都に生きたマキノ映画 いま・むかし」
  山根貞男「マキノ雅弘とスター群像」
  黒沢清「『対立』の存在しない活劇」
  鈴木一誌「富士山という空洞」
  藤井仁子「黒いマキノ」を収録


 

◎映像

 

『先輩監督インタビュー わが映画人生 マキノ雅広監督篇』(日本映画監督協会)インタビュアー・澤井信一郎 88年

『1991年 第16回湯布院映画祭 マキノ雅広監督特集記録映像 活動屋一代 マキノ雅広の映画渡世』(レイダース/立命館大学ARCマキノ・プロジェクト)インタビュアー・高崎俊夫 91年/03年
  ▼第16回湯布院映画祭シンポジウム記録映像。91年に撮影された6時間の映像を2時間に編集した作品。

  *   *   *

「クライマックス 人生はドラマだ 第19回 マキノ省三」(日本テレビ)60年2月13日放送
  ▼ドキュメンタリー・ドラマ番組。マキノ監督はスタジオゲスト出演のみ。ドラマ部分では、津川雅彦、河津清三郎がマキノ省三役を演じている。

「ああ、にっぽん活動大写真」(TBS/テレビマンユニオン)浦谷年良演出 78年1月1日〜3月26日放送 全13回
  ▼『映画渡世』をテレビドラマ化したもの。マキノ監督は、ドラマ部分終了後に毎回スタジオ出演した。ドラマ部分では、マキノ正博役に小倉一郎、マキノ省三役に伊東四朗。

「花王名人劇場 裸の大将放浪記I 天狗の鼻は高いので」(関西テレビ/東阪企画)松本明演出 82年9月12日放送
  ▼映画監督役で特別出演

   *   *   *

『かくて忍術映画は終わりぬ』(東横映画)小杉勇監督 48年5月13日公開
  ▼マキノ省三の伝記映画。池田忠雄構成、津路嘉郎、陶山鉄脚本、野田高梧潤色。当初はマキノ正博監督で企画された。
  マキノ省三(役名は秋葉信三)役に片岡千惠蔵、マキノ正唯(役名は秋葉幸夫)役に沢村マサヒコ(津川雅彦)。

「カツドウ屋一代」(人間プロ/MBS)マキノ雅弘原作 土居通芳、内出好吉、長門裕之、マキノ雅弘監督 68年4月4日〜9月26日放映
  ▼マキノ省三の伝記を連続テレビ映画化したもの。長門裕之、南田洋子主宰の人間プロ第1回作品。
   長門裕之(マキノ省三)、南田洋子(牧野知世子)、津川雅彦(マキノ正博)、マキノ雅美(マキノ正唯)

「金曜ロードショー特別企画 映画三国志」(日本テレビ/松竹富士)舛田利雄監督 90年6月1日放映
  ▼大下英治著『映画三国志 小説東映』をテレビ映画化したもの。笠原和夫脚本。
   中村雅俊(岡田茂)、山城新伍(マキノ雅弘)、長門裕之(マキノ光雄)

 

 

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