
おかゆ
玄関のチャイムが鳴った。
僕はやたら重たく感じる布団からはいずりだして、玄関に向かう。カーペットの上を歩くと、なんだかふわふわする。ああ、熱があってふらふらしているからこう感じるんだな。残念ながら僕の部屋のカーペットはそんなに上等なものじゃない。
ドアを開けると、そこには女の子が一人立っていた。いや、僕と同い年だから、女の子と呼ぶのはやや厳しいかも。
「なんだ、遠野か」
遠野美琴。幼稚園から今通う大学まで、学び舎が全て一緒と言う、筋金入りの幼馴染。どういう気分なのか、今日はトレードマークのポニーテールをおろしている。
「なんだはないでしょ? もう三日も寝込んでるって言うから、冴えない顔を見に来てやったのよ」
そう言うと遠野は、ドアの隙間から体をこじ入れるようにして入ってきた。少しは遠慮しろよな。
「……ちょっと? 本当に冴えないわよ?」
遠野のわりと大きい目が、僕の顔をじろじろと遠慮なく見る。失礼なやつだ。
……無精ひげも生えてるし、昨日も一昨日も風呂に入っていない。まあ、うん、じろじろと不審者を見るような目で見られても仕方がない気がしてきた。
「いつも冴えてないけど、今日の冴えてなさといったら格別よ。顔も赤いし。熱、何度あるのよ?」
「三十八度」
「病院は?」
「保険証なくした」
僕の言葉に遠野は「人生全てがどうでもよくなった」みたいな勢いで、ため息をついた。つくづく失礼なやつだ。
「ご飯は食べてるの?」
「いいえ、まったく」
……なんか問い詰められているうちに段々恐縮してきてしまった。なんか、その、お母さんにしかられている気分? 遠野がお母さんをやったのは、幼稚園のときのおままごとが最後のはずだけど。
「寝てなさい」
命令口調で、遠野は言う。言われなくてもお前が来なければ寝てるつもりだったんだよ。
「私がご飯作るから」
「……は?」
僕は思わず、漫画のキャラのように気の抜けた声を上げる。だって、遠野が料理? 家庭科の調理実習の時、どうだったっけ?
「米は?」
「……ある」
「じゃあおかゆでいいわね。むしろ、たぶんおかゆ位しか食べれそうにない顔だから、あんた」
「拒否権は?」
一応聞いてみた。
「寝ろ」
完全に命令形になった。
僕はとぼとぼと布団の中に戻る。まだ、暖かい。台所からは「うわっ! 汚い!」とかそんな声が聞こえてくる。大丈夫だろうな……信じて良いよね? 遠野さん。
そんな事を考えながら横になっていると、段々ぼーっとしてきた。
なんだか、妙に昔のことが頭に思い浮かぶ。やべ。走馬灯か。熱が上がってきているのかもしれない。
「もうすぐできるからねー」
遠野の声がする。鼻の調子も悪いのでにおいがわからないのが微妙に不安だ。
『もうすぐできるからねー』
あれ? これ聞いたことあるな。いつだっけ。まだ遠野の声がもっと可愛らしかったころだよな。
幻聴でも聞こえているのかしら。いや、違う。確かに聞いた。あれはそうだ――ああ。幼稚園。おままごとだよ。
僕はパパ。遠野はママ。泥のご飯が出来るまでのひと時。そう言えば、あの頃の遠野は、やっぱり今日みたいにポニーテールじゃなかったな。思い出して、僕はくすりと笑う。
ん? あれ? その頃は僕は遠野のこと、なんて呼んでいたっけ? 苗字で呼び捨てになったのは……いつからだ?
遠野……遠野美琴……みことちゃん……
ああ。
これだ。
「みーちゃん」
僕は布団の中で声を上げる。
「何?」
――気の強そうな彼女の声が、キッチンから僕のところに届いた。