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男女平等・差別撤廃オンブッド


月刊雑誌「社会保険」8月、9月(2003年)に連載された、私の記事をベースにして、国連の調査において、世界一「女性の社会進出」が進んでいるというノルウェーの社会について書いてみたい。(人口などの数字の増減は、UP-TO-DATEに訂正してある)

オンブッド(OMBUD)は元は英語で現在は北欧の言葉になっている。
オンブッドは王から民衆へ伝言、声明を伝えるメッセンジャーの意味。
現在は逆で行政による不当な扱いから、国民を守るためにつくられた行政監視機関で番犬のような存在。
裁判所のように行政処分を取り消す権限はないが、国民の行政に関する不平、不満、要望、意見を関係機関に連絡して必要な是正措置を勧告する。



「男女共同参画社会」の在り方。

ノルウェー人女性の社会進出
ノルウェーにおいて女性の社会進出は、一朝一夕のできごとではない。
過去のノルウェーの女性の歴史を、振り返ってみると、今は当たり前と思われることが、時間をかけて一歩ずつ社会進出、地位向上がなされてきたのがわかる。

近年において、特記するべきことがいくつかある。
1978年に施行された男女平等法とそれを監視する男女平等オンブッドの制定。
1988年のクオータ制(性別割り当て制度) の義務だ。

男女平等法
男女平等法とは、あらゆる分野において、男女が平等の権利を持つという法律だ。
特に女性が不平等の扱いを受けないための法律と考えた方がよい。
つまり、教育、同一職業における賃金差別、性差別、求人広告では特殊な例を除いて男性のみ、女性のみとは表示できない。(特殊な例とは、劇団の男優、女優など)。
現在は多くの先進国で取り入れられている法律で、特に目新しいものではない。

男女平等・差別撤廃オンブッドに変わる。
男女平等・差別撤廃オンブッドは6種類あるオンブッドの一つだ。
2006年1月1日より男女平等オンブッドから男女平等・差別撤廃オンブッドに変わる。
オンブッド制度は第二次世界大戦後、行政の不当な扱いから国民を守り監視するためにつくられ、北欧から全世界に広がったものだ。
男女平等オンブッドは、国の行政下にあるが決定権を持つことは少なく、公の機関に対して男女平等法が正しく適用されているか、問題の提起、批判、提案等を行う。

苦情のほとんどは、職場における待遇、昇進、求人広告などにおける性差別などだ。
男女オンブッドで解決できない場合は男女平等苦情処理委員会に持ち込まれる。
この原稿を書いている日の新聞に、高校の男子生徒から男女平等オンブッドに苦情がよせられた。
グループ学習で使われる部屋の入り口に「女性徒のみコンプューター室の許可」という張り紙があった。
これに対して、「女性徒のみコンピューター使用許可」というのは不当な差別であると、男子生徒が訴えた。
が、たくさんあるコンピューター室の一室を女生徒のみに開放しただけで、全室ではない。
理由は、男子の方が女子よりコンピューター操作が優れているので、それに追いつくために男子生徒の雑音を排除して女子生徒だけで学習に専念させるというのが趣旨らしい。

その苦情に対して男女平等オンブッドは「全コンピューターを男性のみ、また女性のみが独占するのは問題だが、明白な目標のために一部のコンピューターを使うのは問題はないという決断をくだした」
新聞を読んだ印象は、事件という扱いではなく、男女平等オンブッドによせられる苦情は圧倒的に女性から男性に対して多いのだが、今回は逆で軽いユーモアを交えた記事として掲載されていた。
以前と比較すると、男女平等オンブッドによせられる苦情は年々減っているそうだ。
社会がそれだけ成熟してきたのだろうか。

徴兵
ワルシャワ軍が消滅して以来、ノルウェーでは徴兵にはあまり熱心ではなくなってきたが、男女平等という観点から、女性も徴兵しょうという動きがある。
最近1989年以降生まれの女性が体験入隊した。
上々の結果だったらしい。
将来どのようにこの問題が発展するか、大変興味深い。


差別撤廃
いろいろな差別がある。
*男女の性差別。これはすでに取り上げた。
*年齢差別。職種でも年齢による差別はできない。
*人種差別。
*言語差別。
*宗教差別。
*身障者差別。
などがある。
例として
*同性愛者、外人という理由で家の販売、賃貸しを拒否することはできない。
*求人広告に掃除のような単純で人と接しない職種において「流暢なノルウェー語が必要」と書くことに大いに疑問がある。
掃除のように言葉を必要としない職者は外人労働者が多く、間接的に彼らに対して差別になる。

クオータ制(性別割り当て制度)
この制度のおかげで、女性の政界進出は保障されたといってよい。
公に任命される理事会、審議会、委員会は一つの性が最低40%を占めなければいけないことになった。
つまり、最低40%の女性は保障されることになる。
その逆に男性にも同様なことがいえる。
その背景に1981年にノルウェー初の女性首相、ブルントラン首相が誕生した。
1986年第二次ブルントラン政権では内閣閣僚18名中、首相を含めた 8人の女性が入閣した。
1913年に女性の普通選挙権が初めて認められ、女性初の国会議員は1925年、大臣は1945年に誕生した。
正確を 記するために付け足すが、1945年の女性大臣は時の首相が女性団体の強い要望で顧問大臣を任命したのに過ぎなかった。

過去と比較すると、8人の女性大臣というのは画期的なことだ。
世界の注目を集めたできごととして、記憶に残っている。
人々の危惧に反して、内閣は通常通り機能した。
「こんなに多くの女性の大臣」という非難じみた言葉は聞かれなくなった。
この成功が追い風になり、1988年のクオータ制の採用につながったことは明白だ。
40%という線を決めると、人材が適さなくても採用しなければいけないという理屈になるが、現実にはそのような弊害は聞かれない。

仮にあったとしても、クオーター制を採用する利点の方が採用しないよりはるかに大きい。
今では、多くの政党がクオータ制を採用していて、女性の党首がよくテレビをはじめマスコミに登場する。
参考までに付け加えると、地方自治体(ノルウェーには人口によって市町村という表現はない)と県の女性議員は約40%と思っていい。
クオータ制は政治の世界のみで、まだビジネスの決定権のある指導部では圧倒的に男性が多い。
女性地位向上に携わる団体の次のターゲットは、ビジネスの指導部にも、もっと多くの女性を採用するように働きかけていくそうだ。

プロジェクトはまだ新しく、これからどのように進展していくのか興味深い。
政界に限らず、クオータ制度が果たした社会的影響は大きい。
女性の大臣をはじめ、女性の政治家がテレビ、新聞等マスコミに登場する露出度が飛躍的に増え、それに比例するかのように一般市民も女性の活躍が当たり前と受け取るようになったのは自然のなりゆきだろう。
ノルウェーの人口は日本と比較すると457万人と少ない。
数多くある女性地位向上団体の構成メンバーが少ないのは仕方がないが、活動範囲は国内外と幅広く精力的に行われている。

オスロにある平等センターに日本の視察団の通訳として同行したときに、知名度のわりにはスタッフが10人前後と非常に少ないので驚いた。
平等センターは幅広い分野における男女平等についての問題の提起、公の機関への働きかけをやっている。
視察の時には、私たちにセンターの組織、男女差別の問題点などの説明をしてくれた。
私たちにアテンドしてくれたのは、若いノルウェー人男性で、終始女性の立場にたった発言だったのがおもしろかった。
参考までに、日本からの視察団が多くて、2007年10月現在で私は6度も通訳として視察団と共に訪問した。
男女の言葉が知らず知らず差別を生むという。
例えば、カメラマン、カメラウーマンとは言わずに、男女に関係なくフトグラファーと言い換える運動だ。
ノルウェー語の知識がなければ分かりにくいので、あまり例を出せないが、これと似たような運動が日本語でもあると思う。

一般社会の男女平等
さて、一般社会の男女平等について書いてみたい。
すでに、ノルウェーでは男女平等という言葉が死語になりつつあるといっても過言ではない。
程度の差こそあれ、男女平等は社会のすみずみにまで浸透している。
特に、大学を含めた、児童、学生には男らしく、女らしくという教育も表現もされていない。
1882年に初めて、女性の大学入学が許可されてから、現在の大学の就学率はここ数年女性の方が男性よりまさっている。

資料を読んでしばしば目にするのが、「伝統的な女性の役割」の打破という言葉だ。
伝統的とは、子供を生み、育児、家庭を守る昔からの女性の姿をいう。
男性は子供を生むことがはできないが、それ以外のことはすべて男女平等と思ってよい。
家庭内でも、時間がある方が家事をすると考えると理解しやすい。
今の世代には、女性だから掃除・洗濯が得意ということはない。
また、家庭の主婦という肩書は世代の違う老人以外には見つけにくい。
この物価の高いノルウェーで人並みの生活をしようと思うと、ごく普通のことだが、共働きをしなければやっていけないことも、主婦と呼ばれる人たちが極端に少なくなった要因である。
私はオスロで、ごく平均的なところに住んでいるが、隣近所は、皆供働きをしていて、平日は実に閑散としている。
国民性にもよるだろうが、井戸端会議というのは今のノルウェーで見るのはむずかしい。
さらに若い女性が「家庭の主婦です」というには、ノルウェーの社会において、あまりにも恥ずかしすぎる。
もちろん、「家事手伝い」という言葉も役割もない。

ここで誤解をして欲しくないが、男女平等の国にはレディフアストという表現は存在しない。
家庭で男性が伝統的な女性の仕事をするように、女性も伝統的な男性の仕事をしなければいけなくなってきた。
知り合いのチリの男性が、ノルウェー人と結婚してすぐに離婚してしまった。
彼いわく「ノルウェー人の女性は、男のやることをやりたがる」とぼやいていた。
女性の立場が昔から比較すると変わったように、男性にとっても「一家の大黒柱、家長」という重い責任と気負いが、男女平等社会により分散、軽減された。
「男性は外で働き、女性は家を守る」という昔からの社会構造より、「男女ともに働き、男女ともに家を守る」方がお互い心身ともに健康だと思う。
男女平等の社会といっても、それに対して社会の受け入れ体制、つまり保育所、幼稚園、学童保育などの福祉が整っていないと、空回りする。
育児のために共働きができにくくなる。
会社も子どもがいる人には、残業が多い不規則な仕事を何時間も押し付けることはできない。

日本の知り合いを見て思うことだが、日本は転勤がやたらと多い。
転勤になると、単身赴任という方法もあるが、主に女性の方が仕事をやめて男性に従う場合が多いと思う。
転勤は女性の社会進出の妨げかもしれない。
これは考え方の違いだが、ノルウェーに限らずヨーロッパは会社より個人優先が根付いているので、基本的には転勤という制度はない。
育児休暇制度は母親も当然なことながら、父親も長期間認められている。
1993年に施行され、父親は育児休暇を4週間取れるようになった。
もしもその休暇を使わなければ権利は消滅する。
2007年10月現在、父親の育児休暇は6週間になった。
休暇を取る人は全体の80%前後になる。
この間の給料は会社からではなく、国から出る。
さらに有給で育児休暇が56週間取れるが、それを男女で分けて取ることが可能だ。
休暇日数は男女とも年々増えることはあっても、減ることはない。
これも男性からみた男女平等だ。

離婚
北欧の男女平等を取り上げると、良い、悪いは別として、どうしても離婚問題を避けて通ることはできない。
離婚率は50%前後で非常に高い。
ノルウェーでは離婚をしても慰謝料はない。
結婚後、得たものを男女、半分ずつ分けるだけだ。
「子どもも半分にする。」
と書くと驚くと思うが、いくら裁判で子どもの親権を得ても16歳までで、裁判で負けた、父親または母親が望めば、最低一週間に三日間は子どもと一緒に生活ができる。
この場合、日本と決定的に違うのは「子どもは親に会う権利がある」という子どもからの考え方が基本になっていることだろう。
子供の権利に関しては、「子供オンブッド」の項目を合わせて読むと理解し易い。

離婚は男女平等、女性自立、離婚後の社会の受け入れ体制が整うにしたがい、また離婚に対する社会の負い目がなくなるにつれ、増加している。
さらに結婚は家と家ではなく、あくまでも個人と個人という考えも離婚増加の要因の一つだろう。
昔は、男性から離婚を宣言できても、女性はそれができなかった。
女性からの離婚が法的に認められるようになったのは1888年だ。
ちなみに、最近の離婚は女性の方から切り出すことが多い。
原因の一つは子供の養育を含めた家事分担だそうだ。
ときどき考えることがある。
もう少しノルウェー人がお互い我慢をすると、離婚率が今より減ると思う。
もし、日本もノルウェーのような社会体制であれば、もっと離婚率が上がると思う。
離婚のことを書いていると、男女平等とは、一体なんだろうと単純な疑問がでてくる。

男女平等社会に少しブレーキをかけると離婚が減るのだろうか。
女性側から離婚がしやすくなったのは事実だが、男女平等社会が離婚の大きな要因と考えるには次元が違いすぎる。
また、これからの男女平等社会は、昔からいわれている、「男らしさ、女らしさ」という言葉も人も消滅して、行き着くところは「中世人間」ばかりになるように思う人がいる。
しかし、そこまでノルウェーの男女平等社会を飛躍して考えるべきではない。
世代を超えたすべてのノルウェー人女性に、「今より、昔の方が女性にとって良かったですか」と質問をしても、「昔が良かった」と答える人は皆無だろう。
多分まだ時間が必要かもしれないが、社会変革が急速に進むなか、男女平等の先進国として試行錯誤しながらも、ノルウェーの社会の機能は十分果たされていると思う。


男女平等を達成するには
*幼稚園と学童保育
仕事と子育てを両立させるために幼稚園と学童保育(小学校放課後、勤務さきから親が帰宅されるまで学校が面倒を見てくれる) の充実。
幼稚園は定員以上入園させないので、希望者全員はまだ入れない。
ノルウェーでは仕事を終えるのが16時前後なので、仕事と子育ての両立は可能だ。
*。。


ノルウェー人女性の社会進出の歴史

資料を直訳するだけではノルウェーに住んでいない人には、分かりにくいと思います。
私が理解した範囲で、順に年表の形で記載していくつもりです。
時々年代が前後するかもしれません。
あしからず。
時間がかかると思いますが、多分何かの参考になるかもしれません。



1845
25才以上の未婚の女性は、成人に達していない男性と法律上同じ権利を得た。

1854
遺産が息子と娘に均等に分け与えられようになった。
以前は息子は娘の2倍の遺産を引き継いだ。

1858
最初の公務員として、女性の電報電話局で女性の就職が認められた。

1860
地方の小学校の女性教師としての職が認められた。
都市の小学校の女性教師としての職が認められたのは、9年後1869年。

1863
25才以上の未婚の女性は、法律上成人男性と同じ権利を得た。
しかし、結婚と同時にその権利は失われた。

1866
男性と同様に商売をする権利を得た。

1869
都市の小学校の女性教師としての職が認められた。

1875
女性の工芸学校がクリスチアニア(オスロ)で開校した。

1882
女性が大学入学の試験(Artium)を受ける権利を得た。
(注)大学のシステムが日本と違うので説明しにくいが、日本の大学受験とは違い大学で学習する最低限度の能力をはかる試験と考えて欲しい。それほど難しいものではなく、やる気さえあれば、ほとんどの人が受かる。

1884
女性が大学で学習し、全ての学部で卒業試験を受ける権利を得た。
しかし合格後、医者、歯医者の資格を習得できたが、開業、就職は極めて困難であった。
女性の地方、国政選挙参政権の運動が始まった。

1887
公娼廃止。

1888
新しい婚姻法により女性からの離婚が認められた。

1889
女性が初めて学校委員会に参加することが認められた。
5月17日の憲法制定記念日に男女共に行進することが認められた。
(注)5月17日の憲法制定記念日には、全国の市町村で民族衣装を着飾り、 ノルウェー国旗を持ち、ブラスバンドと供に行進する。 ノルウェー人にとっては一年で最も大切な祝日になる。

1895
地方自治体の酒(アルコール度の強い酒)の販売審議で初めて女性の投票が認められた。

1898
男女共に地方選挙権を得た。

1900
女性が地方自治体の貧民救済委員会に参加することが認められた。

1901
制限つきながら女性の選挙権が認められた。
地方自治体で女性が選挙で選ばれるようになった。

1907
一定の収入以上という条件付きで、女性が国会議員選挙権を得た。

1910
地方選挙で女性の選挙権が認められた。

1913
国政選挙に女性の参政権を認た世界最初の国。


1915
両親が未婚、結婚に関係なく全ての子供は平等の権利を与えられた。

1924
母親のための最初の保健所がクリスチアニア(オスロ)で設立された。

1925
初めての女性の村長がウトシラで選ばれた。
初めての女性の国会議員が誕生した。

1927
新しい婚姻法により原則的には夫婦間の経済、権利は平等になった。

1936
労働基準法により出産前後6週間づつ育児休暇が認められた。

1952
牧師への道が女性にも開かれた。

1954
初めての女性の大臣が任命された。
しかし無所属の顧問大臣にすぎず、ゲルハルセン首相が1人でも女性の大臣をという女性団体の声を無視できず任命したものだった。

1956
家庭と消費省の設立。

1959
賃金平等審議会設立。
男女の義務教育は同じ教材を使い、同じ授業を受けることが決められた。

1960年代
学生運動が起きる。
女性を地方議会にという運動が起きる。

1966
国民保険法制定。
未婚の母親の権利が善処された。

1967
地方選挙では女性議員が50%増加した。

1970年代
学生運動に引き続き女性解放運動機運が高まる

1972
男女平等審議会が賃金平等審議会に代わって設立。

1975
国際婦人年(以後10年間が国際婦人の10年と定められた。
男女平等法案が国会に提出された。

1978
6月、国会で男女平等法が可決された。

1979
男女平等法が施行された。
教育、文化、雇用、求人広告における性差別の禁止など、社会の広範囲に渡る。
男女平等オムブッド設立。
男女平等苦情処理委員会設立。(オンブッドから送られたケースを法廷と同様の方法で取り扱う。

外国国籍の男性と結婚したノルウェー人女性との間に生まれた子供の国籍は、ノルウェー国籍になる。
1950年の法律では父親の国籍になった。

1980
子供の苗字は両親のどちらかを選択できる。
6ヵ月以内に届け出がない場合は母親の名字になる。

1981
男女平等法に公の理事会、審議会、委員会には男女の両性が任命されるという項目が追加された。
初代女性首相にブルントランがなる。第1次ブルントラン内閣誕生。

1984
5月現在、首相、国会議長、一部の野党党首、閣僚19人中8人、国会議員165人65人、地方自治体28.8%、県議会38.5%が女性。 1986
第2次ブルントラン内閣では18人の閣僚のうち8人が女性。

1988
クオター制が全ての公の機関において、一方の性が最低40%占めなければならないと訂正(1981)された。
女性の意志決定機関における社会進出が加速された。


1992
オスロ大学で最初の女性学長が任命された。
5月現在、地方自治体レベルの公的審議会の40.5%が女性。

1993
ノルウェーの大学卒業者、51%が女性。
最初の女性司教が任命される。
パパクオータ制により4週間の育児休暇が取れる。使わなければ消滅する。この間の給料は会社ではなく国が支払う。
さらに夫婦で43週間の育児休暇を分け合うことができる。
産前3週間、産後6週間の休暇が義務付けられている。
12才以下(以前は10才)の子供が病気の場合、いずれかの両親が年に10日間の有給休暇が取れる。

1997
1月現在、国会の36.4%が女性議員。
男女平等センターが男女平等審議会(1972)から代わる。

1998
国レベルの公的審議会の40.5%が女性。

1999
3月現在、地方自治体の34.1%、市長の16%、町村長の16.7%、県議会の41.9%が女性。

2000
公務員の40%は女性。

2006
1月1日、差別撤廃オンブッド(性、人種、言語、宗教、身障者、ハラスメント、年齢差別)が新たに設立され、男女平等・差別撤廃止オムブッドと名前が変わる。

パパクオター制により7月1日以降生まれた子供に対して6週間の育児休暇が取れる。

2007 10月現在(正確な年月日不明)夫婦で56週間の育児休暇を分け合うことができる。

女性の社会進出が世界一と書くと、構えてしまう人がいますが、私自身長い間ノルウェーに生活して感じることは、「男は」、「女は」こうあらなければならないという気負いがなく、かえって気楽かもしれません。
家庭を持っても、全てを半分ずつ責任を持てばいいのですから。


つづく