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こんな旅


今も昔も青年
大阪の岡原さん夫婦に初めて会った時は、夫婦ともに70歳に近かった。
フインランドに住む知人から 、「岡原さんが奥さんと一緒にオスロ行くのでよろしく」というハガキが届いた。
それがきっかけだった。
当時の岡原さんは毎年二人で海外旅行をしていた。
夫婦だけの旅というと、さぞかし語学が達者かと思ったが、それがまるでだめで「イエス、ノー、サンキューと大阪弁」のみだった。べつに誇張でも、冗談でもない。
本当のことだ。
しかし、怒る時はそれでは、らちがあかないので、大阪弁で顔を歪めて力一杯怒るそうだ
そうすると岡原さんの迫力に驚いて、相手はひるむらしい。
実演してもらったが、顔を見ていると、何も悪いことをしていない私までが、本当に怒られているような気持になって困った。
気持は語学力と反比例して、あくまでも明るい。

朝、オスロの中央駅から電話があり、大急ぎで駅まで行った。
岡原さんは想像とは違っていた。
小さいリッサック、カメラ三台、水筒(中身は水ではなくウオッカ)、エベレストにでも登るような登山靴。
奥さはピクニックに行くような軽装に小さいカバンだけだった。
いかにも旅なれた姿だが、一瞬、「荷物をどこかに置き忘れてきた」かと思うほど少なかった。
ハガキでは、老夫婦と書いてあったのが、どうも想像とは違った。
なにか、年上の友だちに会った錯覚にとらわれた。
夫婦にとって、私は娘さんの年ごろらしいので、年上の友だちというと、顔を歪めて怒られるかもしれない。

話を聞くと、フインランドの首都ヘルシンキから、北極圏の町イヴァロまで飛び、そこからタクシーで三時間もかかえてイナリ経由でノルウェーのヒルケネスまで行ったということだ。
ヒルケネスは、ロシアとの国境まで、わずかに7kmしかない、人口5000人の町だ。
町は第二次世界大戦の時にドイツ軍により300回以上の爆撃で徹底的に破壊された。
そこから 、沿岸急行船で 美しくも荒々しいフィヨルドを見ながら途中34ヶ所に寄港して、5泊まる6日後、ノルウェー第二の都市人口23万人のベルゲンまで南下してきた。
停泊する町々ではオプショナルツワーが組まれている。
その時に北緯71度10分21秒に位置するノールカップ(北岬)に行ったらしい。
ベルゲンからは、バス、列車を乗りついでオスロまで来た。
その後、スウェーデン第二の都市ヨーテボリからストーツクホルムまで、三日がかりで内陸を横切るヨータ運河の船旅。ストックホルムから豪華な定期船で、ヘルシンキに行き、帰国の途に着くらしかった。
1986年5月31日から7月5日まで、36日間の旅になる。

若い人でもこんなに盛りだくさんの旅をする人は少ない。
随分タフな旅をしている。
5年前にも家族でフインランドに来たことがあるということだった。
前年、奥さんはさすがに遠慮したらしいが、岡原さんだけで、エベレストのカタバータール海抜5545mまで登った。
私は登山にはそれほど興味がないので、ここまでくると話が合わなくなってくる。
話の腰を折るわけにもいかず、「そうですか」と相槌だけ打っておいた。
話をすると おもしろく、何よりもさわやかな人たちなので、翌日、我が家に招待して、エビを死ぬほど食べてもらった。
恩にきせて、エビをごちそうしたが、ノルウェーではどこのスーパーでも海水で塩ゆでしたエビが安く買える。
オスロでは、特に博物館巡りには興味がないらしく、街のふんい気を満喫していた。

岡原さんは旅行中は朝から飲んでいた。
別にアル中というわけではない。
飲んでいても、実に楽しい酒で、 全然乱れない。
私は酒飲みは好きだが、酔っ払いは嫌いなので岡原さんのような、楽しい酒は痛快だ。

誤解を招かないように、書かなければいけないが酒が強くなるというのは、体が酒に対してだんだん反応しなくなってきていることなので、決して自慢できることではない。
酒に弱いということは、体が酒に対して正直に反応することなので、健康な証拠だ。
酔った勢いで羽目をはずして、人に迷惑をかけるのは問題外である。
岡原さんはよっほど酒が好きとみえて、建設事務所の設計の仕事を退職した後、趣味で「山小屋」という居酒屋を始めて、お客さんと一緒に飲でいた。
奥さんの話では、飲んでばかりいるので全然儲からなかったそうだ。
今はその居酒屋はもうない。

後日談がある。
1990年5月下旬に初めて行く大阪に岡原さんを訪ねた。
北海道出身の私にとって、東京より西には行ったことがなかった。ヨーロッパを縦横無尽に旅をしていたはずの私が「大阪はこんなに近いのか」と驚いた。当たり前である。東京から新幹線ですぐだ。
おかげで、この日を境に帰国のつど、大阪、九州、沖縄まで足をのばし、日本の旅を楽しむようになった。

夜11時過ぎに伺ったにもかかわらず、心よく迎えてくれた
用意されていた風呂に入った後、酒を朝方まで飲みながら、旧友に会ったような懐かしさで時を過ごした。
この時は奥さんも、「何ですか、あなたばかり飲んで」と言いながら、高級ウイスキーを無造作にグラスに注いで、のりのよい若者のように一気飲みしてしまった。
「おい、おいそんなに飲むな」の声を無視して、その時はすでに遅し。
ウイスキーは腹の中。
奥さんはオスロで、一度も酒を飲まなかったので、まさかの驚きだった。
ひょっとしたら、私のいないところで、酒をラッパ飲みしていたのかもしれない。
そんなことを言うと、二人から顔を歪めながら大阪弁で怒られそうだ。
本当は旅の間は、朝から夫婦でほろ酔いかげんはまずいので、きっと飲めない振りをしていたのだろうか。

朝起きると、食卓によく冷えたビールが三本あり、一瞬目まいと頭痛がした。
酒は嫌いではないが、いくらなんでも朝から飲まない。
その時は飲まずにすんだ。しかし、結局は見送りにきてくれた岡原さんの勧めは断りきれず に、昼に新大阪駅で東京行きの新幹線を待っている間に一杯お付き合いをした。
岡原さんは九州の友だちを身送りに行き、そのまま九州まで一緒に行ったことがあると、何気なく言われた時には「ひょっとすると、このままノルウェーまで来るのではないか」と冷や汗がでた。
このタイプの人って、即、実行タイプが多いので、一人で新幹線に乗るまで心配だった。
我が家に来られても、一向にかまわないが、やはり心の準備がいる。

人との出会い、そして分かれ。
私はもう二度と会うことがないだろうと思う人には、「これからも、いい旅をして下さい」あるいは「さようなら、お元気で」と言って別れる。
多分、もう会うことはないだろうが、ヒョットすると、いつかどこかで会うかもしれない人には、「それでは、また」と曖昧な言い方をする。
岡原さんは後者の方で、大阪まで行き、一緒に酒を飲むことになった。

新大阪駅で、別れ際に岡原さんに「またノルウェーに来て、氷河でもを見に来てください」と言ったら翌年、本当に夫婦でノルウェーに来た。
例のごとく朝から酒を飲み、死ぬほどエビを食べて、いかにも「元気はつらつ」という感じで、二人だけで氷河の旅にでかけた。
氷河といっても、オスロ近郊にあるわけではなく、オスロ北西に鉄道とバスを乗りついで行くと633kmも先にある。
時刻表は毎年、若干の変動があるが二人は列車で朝8時05分オスロ発、13時51分オンダルスネスに着いた。
町は人口3000人しかいない。
そこからは、ローカルバスを何度も乗り換え、途中1000mの地点を越えて、ブリクスダール氷河に向かった。
私は仕事がら、ノルウェーの旅のコースを熟知しているので、ホテルの予約、鉄道、バスの乗りつぎ時間を書いた旅程と注意することをこまごまと言った。

旅程に従う限り問題はないのだが、氷河の近くの村で一ヵ所、どうしてもバスの接続が悪かった。
人口の少ない国の田舎の方は、ただでさえバスの本数が少ないのに、週末は運行しないことがある。
短い距離だが、とても歩ける距離ではなく、タクシーかヒッチハイクをするしかない。
タクシーといっても、氷河地方の村のタクシーは、一台でもあればいい方で、ないことの方が多い。
いざとなったら「どこかのホテルに飛び込み、タクシーと言えば、なんとかなります」と言って二人を見送った。
旅に慣れていない人であれば、この段階で躊躇するかもしれない。
少し無責任かと思ったが、限られている時間の日程では他に方法がなかった。
何かあれば捜索隊でも編成し、探しに行くつもりで、冗談とも本気ともつかない気持で考えていた。
心配していたが、数日後笑みをうかべて、夫婦はオスロに戻ってきた。
この日は我が家に泊まってもらった。
例のごとく、朝から酒を飲み、死ぬほどエビを食べて、いかにも「元気はつらつ」という感じだった。
言葉は大阪弁だけなので、旅はハプニングの連続だったらしい。
しかし、行く先々、人と人とのふれあいがあり、私の心配とは裏腹に大変満足のいく旅だったらしい。

定年後、夫婦で海外旅行を始める人が多い。
そのほとんどの人は パッケージツワーに参加している。
熟年とよばれる女性は実に楽しそうに旅行を満喫している。
姿、形、ついでに声を聞かなければ、学生と変わらない。
岡原さんのように、元気印のような人もいれば、反対に背中を軽く押すだけで、前にバタンと倒れるような男性がいる。
会社勤めで、全てのエネルギーを使い果たしたのだろうか。
肩書きのついた名刺がなくなって気力までなくなったのだろうか。
残念ながら、存在感がまるで感じられない人が意外に多い。

岡原さんは、退職後海外旅行を始めた。
博物館はあまり興味がないらしい。
景色を見て、町のふんいきを体一杯に受け止め、そして 美味しい酒を飲むのが旅の楽しみらしい。
博物館めぐり、景色だけの旅行であれば、パッケージツワーでも楽しいかもしれない。
お金さえ払えば、何の心配もなくベルトコンベアに乗っているかのような旅行ができる。
旅のハプニングを旅の楽しみに変えていく人には、パッケージツワーは無理かもしれない。
いつの時代でも「今の若者はなっていない」と口癖のように言う大人がいる。
しかし一生懸命生きている若者を見ると「君たちがいる限りまだ日本は大丈夫だ」と大げさに言う大人がいる。 そんなことを言うと、大阪弁で顔を歪めて怒られそうなので、黙っていた。 旅先の公園のベンチで、時々寂しそうにして座っている老人を見るにつけ、あの岡原さん夫婦は、一体いつになったら老人になるつもりだろうかと考えてしまう。
案外、青春とか老人などの線引きは、本人が勝手に決めることなのかもしれない。