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Languages


会話
この項は言葉を目的として学ぶ、言語学者、語学の先生を対象にしていません。
言葉を手段としている人のために書いています。
私は言葉に興味がありましたが人より語学がすぐれて いるわけではありません。
日常生活ができる程度の語学力です。

旅先で、私と同じように、言葉で悔しい思いをした人は多いはずです。
そんな人のために、私の経験から、カタコトの英会話の習得について、何かの参考になるかと思い、躊躇しながらも書いてみようと思います。
海外旅行では当然のことですが、日本語以外にも言葉が話せた方が楽しいのに決まっています。
大学3年の夏休みに初めて1人で海外を旅をしたことは、「私のヒッチハイク、その後」にすでに書いてあります。
あの時は、あきれるほど英語が話せず、随分悔しい思いをしたものです。
外国でおじさん、おばさんに親切にされた時に、自分のお礼の気持が十分に伝わらないはがゆさ。
また、可愛い女の子と知り合っても、名前、国籍、行き先を言っただけで、語彙はつきてしまい、会話が続かなかった悔しさ。
私の20歳の旅は、英語を話せず、書けず、読めず、つまり全部だめだした。
もちろん、他の言葉は全く分かりません。
おまけに、荷物を少しでも軽くするつもりで、辞典さえ持っていきませんでした。

失敗もたくさんありました。
鉄道でヨーロッパ中を、ある一定期間自由に乗り放題のユーレパス を使って、モナコからスペインに行くはずが、逆方向のイタリアに行き、スウェーデンのストックホルムから北上して北極圏に行くはずが、南下してしまったことがあります。
それでも、私の一人旅は悲壮感に似た覚悟と、あふれる若さが言葉の失敗を補ってくれました。
結果的には元気印の1人旅で、言葉以外は非常に満足できました。


しかし、言葉に関しては、ボクサーでいえば徹底的にノックアウトパンチをあびて、打ちひしがれて帰国したしょぼくれた若者という感じでした。
よっほど悔しかったのでしょう。
帰国した翌日から一大決心をして英会話の勉強を始めました。
それだけでも、旅の収穫は十分ありました。
時間が許す限り、NHKのラジオ、テレビの英語の番組を一日中聞きました。(べつにHNKから宣伝料をもらっていません)
特に英語会話基礎講座、中学生用の英語等の番組は会話の勉強に非常に役にたちました。
外出の時は簡単な和英辞典を小脇にはさみ、「今、自分は何をやっていますか」「What are you doing?」「歩いています」「I am walking」と一人ごとのよう自問して、答える習慣をつけました。
文章にすると、実に簡単です。
こんなことさえ、旅の間はおどおどして話せませんでした。
毎日、3ヵ月間休まず勉強したせいか「何だ、こんな英語なら話せる」と思えるようになりました。
日本で長い間、学校で英語の勉強をしながら、外国に行くと会話ができない人が圧倒的に多いと思います。
日本は陸続きのヨーロッパと比較すると、外国語を話す機会が、圧倒的に少ないのも一つの要因かもしれません。

言葉は会話から始まり、後に文法が整理されました。
それを、日本では逆からやっています。
おまけに、受験勉強のための英語です。
そんな勉強はすぐにあきます。
また、おもしろくありません。
幼児は少ないヴォキヤボラリを使い、朝起き、食べ、遊び、けんかをして、夜寝るまで自分の言葉で話しができます。
知らない単語は別な言い回しで表現できます。
まさか、政治、経済問題を話す幼児はいないと思いますが、それは別問題です。

時々、私は、日本の学校の先生の視察団と一緒に通訳としてノルウェーの学校訪問することがあります。
小中学校の生徒が、慣れない英語で恥ずかしながらも、一生懸命話しかけてきます。
生徒の英語は、私の初めての海外旅行のときの英会話より100倍も上手です。
しかし、今の私の英語は生徒の10倍は上手なので、多少の優越感を持って話ができます。

会話を覚える近道は「恥ずかしさをポケットに突っ込んで、相手の顔を見て話しをしないと上達しないと思います」、しかし、いざとなると難しいものです。
周りに自分よりも上手な人がいれば、気後れしてなかなか話せないものです。
しかし、そんなことは気にせず、話すしかないと思います。
団体旅行だから、言葉は必要ないといわれれば、それまでですが、団体旅行でも人と人の触れあるはずです。
カタコトの会話でも自分の言葉で話し、情が通じるようになると、今まで見えなかったものが見えてきて、さらに楽しい旅行になると思います。

運がよいことに、帰国後、旅先で知り合った、オーストラリア人が日本に来て、その人の面倒を見ているうちに簡単な会話は身につくようになりました。
英語が、唯一のコミニュケーシヨンだったので、英会話は一気に上達しました。
簡単な会話は、決して難しいものではなく、中学1年生のレベルで十分というのが、その時に初めて分かりました。
日本では誰もが中学校を出ているのですから、 旅行に必要なカタコトの会話はそのレベルで十分です。

当時は外国に行きさえすれば、言葉は自然に話せるようになると単純に思っていました。
それは正しくもあり、誤りでもあります。
簡単な会話は分かるようになるかもしれません。
しかし、それ以上にはなれません。
外国では話せなくても、内容が明確で、お互いに相手を理解しようと努力をすれば、身振り手振り、それでも分からなければ絵でも描けば、何とかコミュニケイションは上手になるものです。
それでもだめであれば、貝になるしかありませんが、まあ、何とかなるものです。
特に、旅では言葉が話せなくても、レストランでは「食事」、ホテルは「宿泊」、店は「買い物」に決まっています。

これが、世界情勢、政治、経済、宗教を話そうとすると、身振り手振りでも、とても無理です。
もっとも外国では政治、宗教のテーマは避けた方がよいでしょう。
旅どころか、旅がそこで終わりかねません。

私が言葉を始めたのは20歳の時です。
少し遅すぎた感じがします。
英会話は特に問題はありませんが、(Th)、(BとV)、(RとL)は発音ができても、非常に聞きにくいものです。
オスロ大学で短期間だしたが、スペイン語をやったことがあります。
まき舌の「RR」の発音ができませんでした。
それでも10回に1回の割りで、何とかできました。
苦労している私を見て、スペイン人の先生は発音ができなくても、「発音ができる仕組みを知っているだけで、よしとしましよう」と言ってなぐさめてくれた。
カメレオンのような長い舌があればよかったのでしょうが、私の舌 は短すぎました。
オスロ大学に行く前にカタコトのスペイン語は話せたので、大学でスペイン語をもう少し学ぼうとしましたが、どうも自分のレベルとは随分かけ離れているところで、授業が進んでいるのが分かりました。

私の経験ですが外国にいて、特に本を広げて勉強をせず、自然に身に付く言葉は、誤りが多いと思います。
やはり、本を広げて辞典を使って一生懸命勉強をしなければいけないと思います。
例えば、何とか通じるが、怪しげなカタコトの日本語を話す外人をみて何となく通じるが、日本語を話せる人とは思いにくいと思います。
これと同じことが、外国を旅をする日本人にもいえると思います。
偉そうに書いている私ですが、英会話ができるようになってから、ドイツに行きました。
英会話ができるようになったのだから、ひょっとすると、少しは語学の才能があるかもしれないと、かん違いをしてしまったのですね。
「ドイツ語も簡単に習得できる」と思ったのです。
やはり、大変な間違いでした。
本を広げて、順序だてて勉強しなければいけないと、すぐに気がつきました。
同じ誤りをまたまた、ノルウェー語でしました。
その時は自分が情けなくなりました。

「簡単な会話を覚えて、旅先で世話になったおじさん、おばさんに礼を言いたい」という単純な動機が、私を言葉に興味を持たせたのです。
当初の目的はかないましたが、残念ながら私の語学力はそこまででした。

言葉がまるで話せなかった昔の私は、数ヶ国語を話す人をみて、宇宙人か、天才かと思っていました。
ただ凄いと思っていました。
今の私はあやしげながらも、幾っかの言葉のカタコトの会話ができるようになりました。
多分簡単な会話だけならは10ヵ国、それ以上話すのは可能だと思います。
しかし、仕事で使えるようになるには、日本語を含めて、せいぜい3ヵ国語程度と思います。
ここでいう日本語は、正確に読み書きができて、言葉が見つからず、面倒だからといって、外国語と日本語をチャンポンにしない日本語をいいます。
チヤンポンで話すと言葉をさがさなくて楽ですが、相手にとって非常に聞きにくいものです。
変な癖はつけない方がいいでしょう。
外国語ができるようになったので、日本語がだめになるなら、初めから外国語など勉強しなければよいと思います。

私がノルウェー語を話すと、ノルウェー人はまれに「上手ですね」と言ってくれます。
しかし、それは口に出して言わないが「日本人なのに。。」という限定つきの意味でしかないと思います。
自分自身、ノルウェー語を一度も上手だと思ったことがないだけに、それは十分承知しています。
ノルウェーで生まれ、育ったわけではない私には、100%完璧にノルウェー人のように話すことも理解することもできません。
今の私には特にその必要もありません。
それより、日本人に「日本語が変ですよ」と言われた方がよっぽどショツクです。

通訳
この項を読む人は、何度もいうように私は決して語学の専門家ではないということを、念頭に入れて読んで下さい。
< ノルウェーに住む日本人が少ないという、なさけないそれだけの理由で、今までに多くの通訳の仕事をやってきました。
通訳をしていていつも思うことは、視察団の多くの人は、通訳者はその分野の専門家と思っている人が意外と多いのです。
普通の会話であれば、ノルウェー語、英語でも限りなく話せますが、専門の分野になると、日本語でさえ分かりません。

通訳をする時は必ず、資料をお願いして必死になって専門用語の勉強をします。
言葉を理解する前に、話の全体像を把握しなければ、どんなに語学の達人でも通訳は難しいと思います。
通訳はその分野の事前知識と日本語の表現力が非常に大切と思います。

ノルウェーに来る視察団で多いのは、福祉、教育、幼稚園、環境、水産業、林業、女性の社会進出等です。
これらの分野は今までに何度も資料を読んでいますので、専門用語が出てきても、相手が質問する前に、答えは分かっていることが多いです。
そうすると、困ったことに、あの人は言葉ができると誤解されてしまいます。
以前、日本の漁業調査船とノルウェーの漁船に関する裁判に立ち会ったことがあります。
案の定、日本語の専門用語がまるで分かりません。
通訳をする以前の問題でした。
事前に「裁判では私は役に立たない」と何度も念を押したのですが、やはり、自分の無力さに情けない思いをしました。
誰もいないよりはましという程度で、仕事を頼まれたようなものでした。
ただ、それを見通してか、英語のよく分かる70歳を超えた男性を連れてきていました。記憶が定かではありませんが社長だったような気がします。
その人は私の代わり、英語で訳をしてくれました。
まわりくどい説明のない簡潔な言葉一言で、的確な日本語になっていくので、感心していると、「ここまでなるのに40年以上もかかった。日本にもそう多くはない。君達に簡単に追いつかれては困る」という話でした。
もともと通訳が専門職ではなく、政府で働いていたところ、英語ができるので国際間の交渉などにかりだされていたということです。
それ以来、日本語への正確な訳はできないと、言いわけっぽく思うのは止めるようになりました。

ノルウェーで通訳をやっていておもしろいいことがあります。
いくらノルウェー語で話しても、答えが英語で返ってくることがあります。
私の話すノルウェー語が分かっていても、その答えが英語なのです。
人によっては、初めからノルウェー語ではなく英語で準備をしていますので、事前にその事を知らされていない私は大いにとまどう事がります。
おかげで、2つの言語で通訳の準備をしなくてはならず、大変なエネルギーと時間がかかります。
私のような素人の通訳ですから、本当に寿命を縮めるほどストレスが溜まります。

語学を学ぶ人に
人の生き方に口出しをする気はありませんが、老婆心ながら私の思うことを参考までに書いてみます。
外国で語学を学ぶ人には3種類の人がいるように思います。
言葉を専門に勉強して、それで生計をたてようとする人。
目的のための手段として学ぶ人。
語学留学は表向きの理由で本音は、外国に何となく住んでみたい人。
そんな人に一言。
それはそれで、人生の一時期、好きなように過ごすのもいいでしょう。
だが、しつかりとした目標、目的を持たないと毎日の生活に流されてしまいます。
おまけに自分が期待したほどの語学力はつきません
後年の軌道修正が大変になります。

英語が通じる国が多いのですが、当然現地の言葉を理解した方が住みやすくなります。
外国でその国の言葉が話せ、読み書きができて当たりまえです。
言葉ができるからといっても現地では万能ではありません。
やっと現地の人と同じスタートラインにつけるということだけです。

注意
ノルウェー語でバス(Bus)のことを、ブス(Buss)と言います。
この場合、スペル通りに発音するので、ブスになります。
妙齢な日本人女性の前で、ノルウェー語と日本語をチャンポンで「ブスが来た」と言うのはいかにもまずいですね。
確実に嫌われます。
要注意

翻訳
今までに、何度も翻訳の仕事をやったことがありますが、どうもにがてです。
直訳すると、変な日本語になり、意訳すると原文に忠実ではないとお叱りを食らいます。
英語から仮にノルウェー語、またその逆の訳を読むと、文意はそれほどそこなわれていません。
しかし、日本語から仮に英語、またその逆の訳、また人に日本語の会話を教えようとすると、同じ意味にはなりにくいです。
翻訳をやったことがある人であれば、すぐに気がつくと思います。
日本語の会話は男女の表現が違います。
この説明がヨーロッパ人には、大変でなかなか理解してもらえません。
正しい日本語を教えようと思うと、膝をそろえて、正座するような普段話さない、四角四面の言葉になることがあります。
言葉によって、表現方法が違うので、それを逆説的に、だから日本人は外国語をそう簡単に話せない、と自分に納得していた時期があります。しかし、それは自分に対する都合のいい言いわけかもしれません。
いずれにしても、自分の言葉が使えない翻訳は疲れます。

方言
ノルウェーでは方言を大切にしています。
それ自体、素晴らしいことです。
仕事でノルウェーのすごい田舎に行った時の体験を書いてみます。

人口の少ない国なので、田舎は本当に数えるほどしか人が住んでいません。
西海岸地方は非常に地形が複雑です。
交通手段がないまま、長い間他の地方から隔離されていました。
そのために、その地域独自の方言が生まれました。
そんな田舎で、数100人しか話さないような方言で、私に話かけてくる人がいます。
「ただでさえマイナーなノルウェー語を話すのが、私にはやっとなのに、その方言まで理解できるはずがない」と一瞬思ってしまいます。

一度、取材でフィヨルド沿いにある人口3人の村に行ったことがあります。(昔は住人が30人)
そこの80歳のおじいさんの話が半分しか理解できませんでした。
「英語で話してくれ」とは相手に失礼でなかなか言いにくいものです。
結局、分かったような振りをして仕事を終えました。

このような人達と話をするたびに思うことは、外人の私にどうして「ゴテゴテ」の方言で話すのだろうとかと思います。
ノルウェーに限らずいろいろな国に住んで感じたことは、 自分の住んでいる町が世界の中心だと思っている人が、少なからずいることです。
80歳のおじいさんも、そんな人かもしれません。

マイナーな言葉
滑走路を離陸する時機内にていつも思うことは「これで、ノルウェー語を話す人はいなくなる」と、複雑な気持になります。
英語は世界中、どこでも何とか通じます。
しかし、ノルウェー語が通じるのはデンマーク、スウェーデンぐらいなものです。
北欧は英語が良く通じて、北欧の言葉が分からなくても、それほど困りません。
すでに、記しましたが、住むとやはり現地の言葉が必要になります。
これは世界中どこの国にもいえることでしょう。

結婚をすると言葉は上達?
人によってかなり異なるので、一概には言えません。
外国人と結婚すると、さぞかし言葉が上手になると思う人がいます。
確かに毎日顔を会わせていると、上手になると思うのは当然です。
しかし、日常生活は難しい単語、言い回しがなくても会話は成立します。
毎日聞く間違った言葉、発音でも相手はは、それなりに理解してくれます。

しかし、そこまでです。
結婚相手を先生代わりにするのは、手っ取り早いですが、 夫婦だけにどうしても我がままになり、お互いに忍耐力がなくなることがあります。
人によっては夫婦喧嘩の原因にまでなることがあります。
これが、知り合って間もない男女であれば、何もかも相手を美化して、 しばらくは先生と生徒の関係が機能するかもしれません。
ついつい、脈絡なく書いたコラムですが、まあ、どうでもいいことですね。


カタコトの会話と文法
2008年から今まで覚えた言葉の復讐をしています。
特に、ドイツ語とスペイン語は長い間使うことがなかってので、錆びついていく一方でした。
ここ数年、このまま忘れていくのも悔しいと思うようになり、帰国した時に日本語で書かれた、初心者用のドイツ語とスペイン語の本を買いました。
今までは、ドイツ語、スペイン語のみで書かれた本、或いは英語で書かれた本で勉強していました。
それでも、当時はカタコトの言葉でも現地のおじさん、おばさんと意思の疎通はできました。
しかし、最近日本語の本で言葉を復讐して気がついたことは、正確な文法などは知らず、当時は使う言葉だけを覚えて、「通じれば良い」という感覚で話していたのですね。
今は、言葉の骨組みが分かりかけてきましたが、しかし始めから文法だけを勉強していくと、頭の中がガチガチになり、カタコトの言葉ですら話せなかったかもしれません。
ベストはその両方で学ぶことでしょう。

ドイツ語に関して何の思いれもありませんが、 昔からのスイスの友だちが1年に一度オスロの我が家を、一週間訪れます。
その友だちと昔そうであったように、ドイツ語で話をしたくて、またスペイン語はスペイン語圏に遊びに行くことがあるので、勉強を再開しました。
言葉というものは何か具体的な目標がなければ、覚えるのは大変でしょうね。

いずれにしても、自分の能力の限界を確実に把握しているので、言語学者にも語学の先生になる気は毛頭ありません。
これからも、趣味としてカタコトの語学学習をするつもりです。
(2009年10月25日記)