36形 5両
兵庫電気軌道が宇治川電気に合併され
るまでに製作した客車は40両でした
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車体寸法は1形に比し0.6M長い センタドアを設備し連動する踏み段があって乗降取り扱いができた 正面の曲線が小さくなっておりこれは当時の流行であった
主モータは60馬力 台車ボールドウイン 車長14M
車体寸法は1形と同大 側窓は12だが3窓ごとに間柱が太くアーチ形の装飾があった 主モータは65馬力台車ボールドウイン 車長13.4M



塩屋〜明石間開業時に増備 第一次世界大戦で部品の入手難から1形の主モータを半減し余剰モータをこの車両に使用 側窓は10連 台車は国産日車野上式 車長12.2M
車長は11M弱 屋根は当時としては珍しいプレンアーチ 主モータは50馬力2個 性能は 1形車に比し著しく劣っていた 台車ブリルGE 車長11M

正面には救助網があり 運転台側面には扉がない 屋根は二重構造側面に明かり窓つき 側窓は13連の下降式 座席はロング 車体は濃赤褐色 主モータはGE製60馬力4個 台車ブリルGE  車長13.4M


山陽電車のおいたち         明治43年3月兵庫・須磨間が開通後大正6年4月に明石まで延長なったのが兵庫電気軌道 一方大正12年8月に明石・姫路間が開通したのが明姫電鉄 その後宇治川電気(今の関電の前身)が兵庫電軌と明姫電鉄を合併電鉄部とし経営したが昭和8年6月電鉄事業を切り離し山陽電鉄が誕生した
大正10年   日本車両
大正9年     梅林鉄工所
大正6年     高尾車両
大正元年     名古屋車両
川崎造船所
明治43年
29形 7両
22形 7両
13形 9両
1形 12両