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神戸に市電が誕生したのは1910年4月5日 以来市民の足として 61年間走り続けた  昭和13年の大水害 20年の大空襲で壊滅したが 戦後復旧 短いとはいえ全盛期へと 進んだが 昭和30年頃から 始まったモーターリゼーションで市街地の交通体系は すっかりかわり 遂に 1971年市民から 惜しまれながら 姿を消した
一次側コイル
リニアモーターへの展開
ROKKO
 二次側      軌道側導体
二次側     回転子
車上
一次側コイル
リニアモータ ってなに??
リニアモータは、回転するモータを切り開いて広げ平らにしたような形です。原理は回転するモータと同じで車上の一次側コイルに交流電流をながし、軌道の中央にひかれた二次側導体の間に発生する力を電車を走らせる動力としています。リニアモーターカーは床高を低くすることができるので客室は十分広くしても車両の小型化が可能になります
神戸市地下鉄海岸線5000型         夢かもめ
参考文献            神戸市電が走った街今昔
JR和田岬駅は現在終点駅 かっては三菱造船所や兵庫港方面まで軌道が敷かれていたため市電は跨線橋が架けられ国鉄線を越えて走っていた
板宿(いたやど)商店街はなかなか活気のある町だ市電はここまでで終点でした 山陽電車の板宿は阪神大震災で完全倒壊したので復旧したときはかねて連立工事中だった地下駅として開業しました 神戸市地下鉄とも地下で結ばれ西神・名谷ニュウタウン等と結ぶ大変利便性の高い拠点駅になっている 近くには那須与一を祀る那須神社がある
高松橋からの眺めは六甲の山並みととうとうとした運河の面だ 対岸は川重兵庫工場積出を待つ香港むけ通勤電車(赤い5扉)ほかJR東日本2001系大阪市交66系などが見えた
ここ金平町には兵庫運河をまたいで渡る跳ね橋高松橋があった市電はこの急勾配と急カーブを通って尻池2丁目へ このあたりは苅藻島も近く地下鉄カルモ駅がある 地下鉄海岸線の車両はリニアモータ方式でなかなかモダン
「エエトコ、エエトコ聚楽館」は子供のころによく歌ったもの 新開地のシンボル聚楽館はなぜか新開地の盛衰と運命を共にしていたような気がする あの聚楽館もついに昭和53年惜しまれながらの幕をとじた 現在はハデな外装のアミューズメントセンターになっている ここにある公園は昔から三角公園と呼ばれていた 湊川方面からと兵庫からの合流点が三角形になっていたからだろう
特 集 2/2