それは、何でも無い、ある休日の昼下がりの事だった。
 俺がリビングでぼーっとテレビのニュースを見ていると、名雪がこれから出かけますと言わんばかりのバリバリの外出着で部屋に入って来た。
「それじゃ、私、出かけてくるから」
「ん?ああ、分かった」
 何がそれじゃなのか多少疑問に思わないでも無いが、名雪の言葉に俺は適当に答えた。
「遅くなるのか?」
「ん〜…長引いても夕食までには帰れると思うよ」
「そうか、なら問題ないな」
 遅くなるようなら秋子さんに言っておこうと思ったのだが、心配無用らしい。
 名雪が気になった訳ではないが、別にニュースをどうしても見ていたい訳でもないので、テレビを消して玄関まで名雪を見送ることにした。
「じゃ、行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
 元気良く手を振って出て行く名雪に、軽く手を振り返して、俺は自分の部屋に戻った。


 と、それだけなら何も変わったことは無かったのだが。
 自室でくつろいでポテトチップスをつまみながら雑誌なんか読んでいると、玄関の方から「ただいまー」と名雪の声が聞こえてきた。
 時計に視線を遣る。4時7分。出かけてから二時間ちょっとと言った所か。
 まぁ、だからと言ってどうということも無いので、再び視線を開いている雑誌に戻す。
 トントンと階段を上る名雪の足音が聞こえる。その音は俺の部屋の前で立ち止まると、ついでコンコンと言うノックの音に切り替わった。
「開いてるぞー」
 雑誌を読みながら、気の無い声で答える。
 ガチャ、とドアの開く音。
「祐一、ただいま」
「ああ、意外と早かっ……」
 俺は雑誌から顔を上げて部屋に入って来た名雪を見て、不覚にも言葉に詰まってしまった。
「あ、いいな。一個頂戴」
 名雪がとてとてと遠慮も気後れも無く部屋の奥まで入ってきて、勝手にポテトチップスを一切れつまんでいく。
 いや、まぁ、それは構わないのだが。
「お前…」
 いかん、あまりに意外な事態に上手く言葉が続かん。
「ちょっと首のあたりがスースーするよ〜」
 名雪は微笑んで、俺からも『はっきりと見える』うなじのあたりを手で抑えた。あ、ちょっと色っぽい仕草だな。…じゃ無くて。
「名雪……その頭、どうした?」
 やっとのことでそれだけ口にする。名雪はあっけらかんと「切ってきた」と答えた。
「切ってきたって……」
 切ったのは頭じゃなくて髪だろ、というありきたりな突っ込みの言葉も浮かばないほど、俺は気が動転していた。
 名雪の髪が、腰まで届かんばかりの長い髪が、首のあたりでバッサリときれいさっぱり無くなっていた。部活のとき、名雪は髪が邪魔にならないよう首の後ろで束ねているのだが、その束ねた部分がそのまま消失したような、そんな髪型だ。
「変かな?」
「いや、んなことないけど……どうして急に?」
 あれだけの長さまで髪を伸ばすのは、一朝一夕のことではない。それをこうもバッサリとやてしまったのだから、何かあったのかと思うのはむしろ自然事だと思う。
「どうしてって、やっぱり、長い髪って部活に邪魔だから。それで、丁度いい機会だから思い切って短くしたんだけど」
「ああ、そうか。そうなのか」
 思わず繰り返してしまうほど、名雪の答えに納得してしまった。そりゃそうだ。あんな長い髪が陸上やるのに邪魔にならない筈が無い。どこにも変なところは無い答えだ。うんうん。
 と、俺が一人で納得していると、ふと、名雪の視線を感じた。どこか拗ねているような視線でこちらをじっと見つめている。…なんだ?
「ん?なんかあるのか?」
「…それだけ?」
「はぁ?」
 どこか不満そうな名雪に、訳がわからなくて訊き返す。それだけって…?
 しかし、名雪は言い直すでもなく、俺の顔をしばらく見つめた(と言うか、睨んだ?)後、はぁっと諦めたように嘆息して再び微笑んだ。
「うんん。何でも無いから。じゃ、私部屋に戻るね」
 そう言って俺の部屋から出て行ってしまう。
 やっぱり訳がわからなかった俺は、名雪の出て行った部屋のドアをしばらくの間茫然と眺めていた。











彼女が髪を切った理由
Written by KINTA













 ―――翌日。月曜日だから、当然学校で。

 名雪の姿を、正確には一気に短くなった髪を見たクラスは、少し…いや、かなり騒然となった。
 まぁ、俺はすでに名雪自身の口から事情を聞いているし、それほど騒がなくてもと思わないでもないのだが、自分も初めて見た時は何事かと思ったのだから、少しくらい騒ぐのも無理は無い。せめて俺くらいは静かにしていようと思いつつ、他にはこれと言った事件も起きないまま(と言うか、そう頻繁に起きたら困るが)、今日の授業がすべて終了し、放課後になった。
「それじゃ、私、部活に行ってくるね」
「おう」
「名雪、またね」
 名雪が教室を出て行くのを見送ってから、俺も家に帰るべく鞄を肩越しに持ち上げて席を立った。
「相沢君、ちょっと待って」
 香里に呼び止められた。見ると、いつもならさっさと居なくなる北川も、鞄を机に置いたままこちらを見ている。
「なんか用か?」
 とりあえず、呼び止められる理由に思いあたりが無かったので、そう訊ねる。
 途端、香里が呆れるように溜息をつき、北川が『お前、マジか』と言いたそうなバカにするような視線を向けてきた。…その態度はかなり癇に障るんだが。
「なんだ、その『そんなことも分からないのか、お前は』と言いたそうな反応は?」
「そう言う反応ってことは分かってもらえたようね」
 鞄を机に戻してそう言うと、香里の痛烈な皮肉に迎え撃たれた。だから、一体なんなんだよ…
 俺が憮然としていると、フォローのつもりか、北川がクックッと忍び笑いを漏らしながら香里の後に続けて口を開いた。
「水瀬さんのことだよ」
「名雪の?」
 なぜ名雪のことを俺に訊くんだ?
 その疑問をそのまま口にすると、さらに呆れた視線が返って来た。…おい。
「本人に訊きづらいことだから、相沢君に訊ねてるんじゃない」
「本人に訊けないようなことを、別の誰かに訊くのもどうかと思うが…」
「相沢君なら、すくなくとも第三者ではないわよ」
 香里は苦笑を漏らし、このままでは埒があかないとでも思ったのか、本題に入った。
「名雪がどうして急に髪を短くしたのか、相沢君は知ってる?」
「ああ、俺もそれが訊きたくて残ってたんだ」
「はぁ?」
 香里と北川に言われて、思わず間抜けな声を出す。それのどこが本人には訊きづらい話なんだ?
 ……そう言えば、家でも秋子さんと真琴に理由を訊かれたな……あの時もなぜ俺にと思ったが。
「それくらい、本人に訊けばすむことだろ?」
「それができないから、相沢に聞いてるんだよ」
 北川がまだ分からないのかと言いた気に、少しだけ苛ついらように言った。
「だから、なんでできないんだよ」
 そりゃ、俺も驚いたけど、俺は素で訊いたぞ。
 俺の言葉を聞いた香里が、それはもう腹立つくらい盛大に嘆息して、理由を説明した。
「あのね、相沢君。女の子にとって、髪を切るということは特別な事なの。それが、名雪のような長髪の子だったら尚更よ。それなのに、おいそれと『どうして髪を切ったの?』なんて気軽に本人に訊ねられる訳無いじゃない」
「…そうなのか?」
 だとしたら、素で訊いてしまった俺はボケボケもいいとこだ。
「そうよ」
 香里に念を押されてしまう。そうなのか、肝に銘じておこう。
「相沢……俺は、こう言うとき、お前をすげぇ奴だと心底思うぞ」
「…それは嫌味か?」
「当たり前だ」
 何気に険悪な雰囲気で北川と睨み合う。しかし、その雰囲気はパンパンと手を打ち鳴らした香里によって霧散された。……手を鳴らす姿が妙に様になってるな。調教師(決して、変な意味は無いぞ)とか向いていそうだ。
「はいはい。そこまで。で、相沢君、何か心当たりはあるのかしら?」
「おいそれと訊ねられないような事じゃないのか?」
「あたしは名雪の親友として知っておく義務があるわ。それに、何か悩みがあるのなら力になってあげたいし」
「俺も、美坂グループの一員として、水瀬さんの異常事態は放っておけないからな」
 美坂グループってなんだ?と思ったがとりあえず流しておく。
 なんだか上手く丸め込まれているような気がしないでもないが、たいした事情があるわけではないので、教えることにした。
「心当たりも何も、名雪は部活に邪魔だから切ったって言ってたぞ」
「そんなの、方便に決まってるじゃない。女の子が髪を切るといったら、アレしかないわよ」
 アレって言うと…
「ダイエットか?」
「……どうして、ダイエットで髪を切らなきゃいけないのよ?」
 いや、聞き返されても。みると、北川が堪えきれないように肩を震わせて笑っている。
 俺、そんなに変な事言ったか?ダイエットは女性共通の悩みだと聞いたことがあるんだが。
「そりゃ、あれだろ。せめて髪の重さの分だけでも軽くなろうとか」
 とりあえず思いついたことを口にすると、香里は呆れたように(さきほどから呆れっぱなしだな)言った。
「だったら、あたしも髪を切らなきゃいけないじゃない」
 そうなもんか…って。
 俺と北川は同時に真顔になって、マジマジと香里の顔を見た。今ごろになって、香里が失言に気付いたのかはっと口を抑える。
「美坂……」
 北川が半ば茫然と呟くと、香里は一瞬「うっ」とたじろいだ。
「してるのか…ダイエット?」
 さらに俺が続けると、香里はしばし沈黙した後、急に空々しく空笑いをした。
「や…や〜ね〜。ただの例えよ、例え」
 いや、今更そんなこと言われても、欠片も信じられないんだが。
「美坂……気にするなよ。そう言えば、美坂が最近学食でカロリーの低いうどんとかばっかり頼んでいることには、気付かなかった振りしててやるから」
「ああ、そうだぞ。一緒に百花屋に行ったとき、イチゴサンデーを食べている名雪を羨ましそうに眺めながらストレートのコーヒーを飲んでいたことも、全然気にしてないし」
「…………それ以上何か言ったらコロスわよ?」
 俺たちが慰め(か?)の言葉をかけると、香里がどこから取り出しのか、左手にカイザーナックルを装着して、地獄のそこから湧き出てくるような地を這う声で言ってきた。
「「は、はいっ、もう何も言いません!ええ、言いませんとも!」」
 なぜか気をつけの姿勢になって、異口同音で同じ言葉を言う俺と北川。
 すると、香里はカイザーナックルを何事も無かったかのように外して、いつもの様子に戻った。なんでそんなものを持っているのかって訊ねたら、やはり鉄拳制裁を受けるのだろうか?
「それで、話を戻すけど、やっぱり女の子が髪を切る理由って言ったら、アレしかないじゃない」
「だから、ダイエ…すいませんごめんなさいもう何も言いませんからどうかその左手で黒光りしているものをお納めください」
 言いかけて、再びカイザーナックルを装着した香里にとにかく平謝りする。ふと隣を見ると、北川も同じように怯えていた。これほどまで、北川を仲間と感じた瞬間は、未だかつて無い。
 香里はまたも無言でカイザーナックルを納めると、再び素に戻って続けた。……やはり、調教師に向いていると思う。
「アレって言ったら、あのことに決まってるじゃない。失恋よ。し、つ、れ、ん」
 失恋?
「失恋と言うと、あれか?失うに恋って書く」
「それ以外、どの失恋があるって言うのよ」
「いや、無いと思うけど」
 けど、言うに事欠いて失恋?まったくイメージ沸かないんだが…
「相沢、何か心当たりは無いのか?」
「う〜ん……これと言って特には」
 首を捻りながら、最近の名雪の様子を思い出す。…うん、無いよな、別に。まぁ、名雪が隠してる可能性も否定しきれないけど、それほど器用な奴じゃないし。
 と、いつのまにか香里が俺の顔をキツイ眼つきで睨んできた。な、なんだ?
「そうね……例えば、よ。相沢君、もしかして彼女でもできた?」
 ………はい?
「まったく話が見えないんだが…」
「だから、相沢君が、最近恋人ができたのかって訊いてるの」
 素直にそう言うと、香里が言葉を変えて言い直した。しかも、なぜか怒ったように。
 名雪の失恋と俺の恋人がどう繋がるのか疑問に思わないでもなかったが、別段隠すようなことでもないので素直に答えた。……どうせいませんよ。
「もしそんなことになったら、いの一番に一人身の北川に自慢し倒すけど」
「……相沢。俺は今、無性にお前を殴りたい」
「フッ……友情のクロスカウンターを食らいたいのなら、受けてたとう」
「……ほんとに分かってないんだな、お前」
 俺の言葉に、北川は意外な反応を返してきた。分かってないって…何が?
「……どうやら、相沢君に彼女ができたって訳じゃないようね」
 ほっと安堵の息を吐きながら、香里。仲間内で恋人ができるのがそんなに嫌なのか?まぁ、俺も北川に先を越されたら相当悔しいが。
「じゃ、一体誰に振られたのかしら……?」
「失恋って言うのは決定事項なのか?」
 俺が訊き返すと、香里は苦笑して言った。
「少なくとも、クラスの皆はそう思ってるようね」
 そうだったのか。無関心を徹してたから全然知らなかった。
「しかし、相沢にも心当たりがないんじゃ、お手上げだな」
 北川が溜息混じりに呟く。まぁ、同じ家に棲んでいていつも身近にいる俺がそうなのだから、後は本人に訊くしかないだろう。
「別に直接訊けばいいんじゃないか?そりゃ、俺や北川だったら話しにくいかも知れないけど、同姓の香里なら大丈夫だろ」
「それは、そうだけど……」
 香里は呟いて考え込んだ。どうしようか悩んでいるのだろう。
 やがて香里は小さな溜息を吐くと、仕方ないかと言うような顔で言った。
「そうね、そうするわ。ま、相沢君に彼女が出来たって訳じゃないなら、たいした問題じゃないでしょ」
「案外、相沢が言ってただけの理由ってこともあり得るしな。水瀬さん、どこか常軌を逸しているとこあるし」
 北川もそう言って嘆息した。名雪に対し何気に酷い事を言っているが、事実なだけにフォローのしようがない。
「はぁ…なんだか、どっと疲れてきたから、あたしはもう帰るわ。それじゃね、二人とも」
「俺も帰ろ。じゃな、相沢」
「ああ、またな」
 なんとなくその場に残って教室を出て行く二人を見送る。
 ……二人とも、もしかしてゴシップに首を突っ込みたかっただけなのか?
 そんなこと思いつつ、いつのまにか教室に残っているのは自分一人になっていたので、俺も鞄をもって慌てて教室を出た。





 家に帰って、しばらく経過した。
 俺がリビングで、夕餉の支度をしている秋子さんがトントンと包丁を使う音をBGMにソファに寝そべってまったりしていると「ただいまー」と言う名雪の声が聞こえてきた。(因みに、真琴は自分の部屋で大人しく漫画を読んでいるはずだ)
 秋子さんと一緒に「おかえり」と返しながら、チラリと時計に目を遣る。6時20分。いつもよりも少し帰りが遅い。部活が終わったあとで友達と話し込んでいたのだろうか?
 って、そう言えば、遅くなりそうな理由があったな。多分、髪を切ったことに関して問い詰められて帰りが遅くなったのだろう。俺のクラスであれだけ騒ぎになって、部活でならないはずが無い。
 ふと、放課後に香里達と交した会話を思い出した。失恋……まさか、その事を話し込んでいたのだろうか?
 鞄を持ったまま、すぐには自分の部屋に戻らずにリビングに現われる。名雪の様子は、髪が短いというだけで、俺の目にはいつもよりも随分と違って見えた。
 まずいな……あんな話なんかしてたから、変に意識してしまう。
「夕ご飯、まだだよね?」
「もうちょっとで出来上がるから、早く準備していらっしゃい」
「は〜い」
 リビングを出て行こうとする名雪を、慌てて呼び止める。
「名雪、ちょっといいか」
「え?何?」
 振り返る名雪に、俺は一瞬言葉に詰まった。情けない事に、大分意識してしまっているようだ。
「何かな?」
 再度そう言われて、俺は意を決した。
「昨日も訊いたけど、どうして急に髪を切ろうって思ったんだ?」
 回りくどくしても仕方ないので、ストレートにそう答えた。すると、名雪は困ったような、呆れたような、そんな微妙な表情をしたあと、ふっと小さく嘆息した。
「…気付いてないんだね」
「じゃ、もしかして本当に失恋とか……」
 香里が言っていた言葉が甦る。まさか、本当にそんなことが…
 しかし、名雪は『何それ?』と言いたそうに不思議そうな顔をした。
「え?何のこと?」
「いや、いい、こっちの話だ」
 そうだよな。だいたい、名雪に好きな人がいるなんて話、聞いたこともないし。
 ……ん?どうして、俺、ほっとしてるんだ?
 俺が内心でそんなことを考えているのを知って知らずか(いや、知らないだろうけど)、名雪は再び嘆息して、少々気落ちしたように言った。
「祐一、やっぱり気付いていなかったんだ…」
 呟くと、名雪はうって変わって笑顔になった。ちょっと裏に何か含むような、そんな笑顔。
「私が髪を切ったのは、そろそろ美容院に行く時期だからってこともあったんだけど……」
 一度言葉を切って勿体つけた後、続けた。
「祐一が、髪を短くした私も見てみたい、って言ったからだよ」
「へっ?」
 思わず訊き返す俺。しかし、名雪は「じゃ、急いで着替えてくるから」と言って、さっさとリビングを出て行ってしまった。
「なんなんだよ、一体…」
 つい口に出して愚痴ってしまう。さっぱり訳がわからなかった。
「相変わらずですね、祐一さんは」
 不意に、キッチンの方から声が聞こえてきた。視線をそちらに向けると、見えるのはそろそろ仕上げに取り掛かった秋子さんの背中。
 相変わらずって…一体、何が?
 そう思ったが、秋子さんにそう訊くのも気が引けて、さきほど名雪が残した言葉の意味を考えることにした。
 短い髪の名雪を見たいなんて、俺、言った事あったっけ…?
「……あっ!!」
 思い出した。思い出しついでに声に出してしまったので、慌てて口を抑える。キッチンを見ると、そこには先ほどと何ら変わり無い秋子さんの背中。聞こえはしただろうが、驚かせる事はなかったようだ。
 思い出したこと、それはちょっと前に俺と名雪が交わした会話の内容だった。
 いつ、どこでとまでは覚えてないけど、その時の俺は名雪が髪を伸ばしている事について訊いたんだった。

『そう言えば、名雪って子供の頃から髪長いよな?』
『うん。そうだけど?』
『鬱陶しくないか?体育とか、部活の時とか』
『う〜ん。でも、ずっと髪長かったから、もう慣れてるし』
『そうか。何となく、髪を短くした名雪ってのも見てみたかったんだけどな』
『そうなんだ。なら、今度思い切って短くしてみるね』
『ああ、じゃ、楽しみにしてる』

 確か、こんな内容だった筈だ。あの時は軽い冗談だと思ったんだが……まさか、本当に……?
 でも、その程度のことなんで髪を切るんだ?香里は髪を切るのは特別な事って言ってたけど、ただの従兄が見てみたいって言っただけで、切るようなものなのか?
 ぐちゃぐちゃに頭が混乱してくる。なぜ、名雪は髪を切ったのだろう?
 ……まぁ、でも、少なくとも、その原因が俺にあるのは間違いないわけで。名雪が俺のために髪を短くしたと言うのも、少しくすぐったいがそんなに悪いものじゃないし。あまり深く考えないようにしておこう。
 俺がそう結論を出すと同時に、リビングのドアが開いた。名雪と真琴が一緒になって部屋に入ってくる。もうすぐ夕食と言う事で、名雪が真琴を連れてきたのだろう。
「あ、名雪」
 俺は、部屋に入って来た名雪だけ呼び止めた。「何?」と振り返る名雪に、再び意を決して言う。少しだけ、胸がざわついてくるのを抑えながら。
「今までの長い髪もいいけど、その髪型も似合ってるぞ」
 恥ずかしかったが、俺のために名雪が髪を切った以上、名雪の髪型について感想を述べる義務が俺にはある。
 ショートヘアの名雪は、まるで自分の良く知っている従妹の女の子とは思えないくらいに違って見えて、新鮮だった。似合っているのも、嘘はない。
 俺の言葉に、名雪は一瞬呆気に取られたように呆然として、次の瞬間にはゆでだこのように顔を真っ赤にした。
「えっ…う、うんっ。ありがとう、祐一」
 消え入りそうな声で、はにかみながら言う。不覚にも、そんな名雪を見て、可愛いとか思ってしまった。
「あ、ああ。別にたいしたことじゃないぞ」
 俺は熱くなった頬を隠すように視線を逸らした。あの台詞は、今思うと無茶苦茶恥ずい。だけど、名雪が喜んでくれたのは、素直にいい気分だった。
「むぅ〜〜〜」
 と、いい気分でいるところに、いかにも不満そうな声が割り込んできた。見ると、真琴がこちらを凄い形相で睨みつけている。
「な、なんだよ?」
「何でも無いもんっ!いーっだ!」
 真琴はそう言って舌を出すと、さっさとテーブルの自分の席にいってしまった。そのすぐ後に、食卓の方から秋子さんの声。
「二人とも、夕食の用意できたわよ」
「は、は〜い」
「わ、分かりました」
 秋子さんの言葉に、俺と名雪はそろって少しどもりながら応えて、思わず顔を見合わせた。そして、それが妙に可笑しくてこっそりと笑い合う。
「じゃ、行くか」
「そうだね」
 たかがテーブルまでの話なのだが、俺はそう言って名雪と一緒に食卓に向かった。
 そこでは、いつものように穏やかに微笑んでいる秋子と、なぜか思い切り不機嫌そうにふくれている真琴が、美味しそうに湯気の立つ夕食を前にして待っていた。


Fin










後書き
なんだか急にKanonの短編SSが書きたくなって書いてみました。
Kanonのキャラを使っているものの、舞台設定はオリジナルに近いかかったりします(笑)。真琴とか出てきてあれ?とか思った人もいると思います。
因みに、真琴は出さなくても良かったんですが、出したのは俺のエゴです(コラ)。堪忍してください。
まぁ、この舞台設定使って短編連作でも出来そうな勢いですが、んなことできる訳が無いので、止めておきます。
て言うか、今回はむしろ香里をたくさんかけて幸せでした。え?原作と性格が違うって?んなことは百も承知です。(オイ

では、最後に。このSSを読んでくれた方へ。ありがとうございます。
よろしければ、メール掲示板に感想をお書きください。            

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