『真理=神理』の研究会
(しん り イコール かみのり のけんきゅうかい)
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この会は代表の内海間嵯男(うつみまさお)が、30年以上に渡って神仏から鍛えられ、啓示を受けて修得した『真理=神理』と、『今地獄にいる霊がたちまちの内に天国に許される幽界に於ける修行の方法』と、霊障を解消し、幸せ一杯な家庭を築くのにもっとも大事な感謝の言葉である『ありがとう。』の具体的な使い方を全世界に広め、失われている神仏の霊力を復活して、神仏を信仰すると大きなご守護が得られ、健康で幸せ一杯に生きていける事を、世界中に広めていくことを目的として設立しました。
会員自身が開運して、子孫も未来永劫に栄えさせていただける、『宇宙創造の神仏』に直結の研究会ですから、既存のあらゆる宗教に偏らなく存在し、あらゆる宗教団体に神仏の力を甦(よみがえ)らせるための指導活動を行います。
 
会 則
会則はここをクリックして下さい。
 
入会の資格条件
この会の目的に賛同して『真理=神理』を学び実践して、霊障を解消し、幸せ一杯な家庭を築きたいと思う方なら、どなたでも入会できます。
 
入会の手続き方法
入会希望の方は、お名前、性別、生年月日、郵便番号、ご住所、電話番号、メールアドレス、をお知らせ下さい。
連絡方法は、直接来所の他に、電子メール、手紙、FAX、郵便振替用紙の通信欄に記入、のいずれの方法でも結構です。
 
入会金及び年会費
個人会員の入会金は、5,000円、年会費は、9,600円です。
未成年者の入会金は、3,000円、年会費は、4,800円です。
 
宗教法人会員の入会金及び年会費は、個別にご相談させて頂きます。
 
会員の特典
1.『真理=神理』に基づいて謹製した、歴史上初めての効果の「憑霊が救われるお守り」を、家庭用と携行用の二つ差し上げますから、憑霊に因って体調や運勢を悪くされていた方は、体調が良くなり運勢が向上します。
 
2.全宇宙をお作りになった『神仏』に気に入っていただけるように精進した方は、『宇宙創造の神仏』によって子々孫々の未来永劫まで繁栄させていただけます。
 
入会金及び年会費の払い込み方法
1.『真理=神理』の研究会に持参するか、郵送するか、送金するか、ご都合の良い方法で納入して下さい。
 
2.郵便振替用紙で、郵便局からご送金下さる場合は、下記にお願いいたします。
  00100−3−557062  『真理=神理』の研究会
 
3.郵便貯金総合口座「ぱ・る・る」からご送金下さる場合は、下記にお願いいたします。
  10400−09556911 シンリイコールカミノリノケンキュウカイ
 
 
 『真理=神理』のお守りを付けていて万一憑霊されて異変を感じた時には、お守りを指さして、「これをご覧下さい。」と言うだけで憑霊が『真理=神理』の研究会の道場に飛んできますから、体は「スーッ」と楽になり、運勢も低下しなくなります。
 
 『真理=神理』の研究会の道場では、365日、24時間、救われて天国に行きたい霊が集まってきて、『魂が天国に許される幽界に於ける修行の方法』を学んで天国に行っています。
 
 
内海間嵯男(うつみまさお)の霊的な経歴

1975年08月16日身延山の宿坊に知り合いが行っていたので、長男を同行して泊めていただい時の事ですが、お寺の本堂にも挨拶せず、遠くに見える奥の院を教えられても眺めただけで挨拶せず、宿坊のご本尊にも挨拶しなかった。
  
夜9時過ぎに布団に入ったら周囲の板壁から出てきた13〜14人の修験者の装束の幽霊に取り囲まれて、「何者だこいつは、失敬な!」と言われ、とり殺される恐怖を感じたので「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、…」と続けて唱えたら「なんだこいつも信者か!」と言って幽霊達は安心して板壁にスーッと消えていき、そのあとは今まで薄ら寒かった空気が急に暖かくなった。
     
1977年 経営者の勉強会の後のホテルでの朝食会で、明治天皇のお孫さんの中丸薫さんとお会いして、「今、貴方の守護霊様と私の守護霊様が、とても懐かしそうにご挨拶なさっています。だから貴方と初めて会ったのに、こうして親しくお話ができるのですよ!」と言われてビックリする。

その時に高橋信次さんの娘さんの高橋佳子さんの書かれた「新創世記3篇」を読む事を勧めて頂いたので、さっそく読んでみて、今までの生き方が間違っていなかったと自信を持った。

1978年 サンデー毎日の記事で紹介された、自分の今までの生きてきた中で家族や他人様に迷惑を掛けたり、悪い事をしたことの反省を徹底して行なったところ、いつの間にか人間のオーラが見えるようになった。
初めは松下幸之助翁(当時84歳)の周囲がキラキラと金色に輝いているのでビックリしたのだが、段々に良く見えるようになり、他人と会ったときや社員の面接試験の時には、心の綺麗さと体の不調な所が解って便利だった。

1979年04月、京都市の円山公園を散歩中に大谷祖廟の石柱に遇い、案内板を読むと、邸内に「親鸞聖人」の御廟があると書いてあるが、午後5時の閉門時間を過ぎていたので、門前で手を合わせて「親鸞様、どうぞ私に七難八苦を与えて下さい。きっと立派に乗り切って見せます。」と祈ってしまった。
これから本当に七難八苦が始まった!

1979年08月、8年間借りていた貸事務所の隣が競売になるので、町内会長と担保に取っている銀行が熱心に頼んできたので、気が進まないのだが購入を決めたところ、急に商売が不調になり、毎月資金繰りに苦労するようになった。
この時以降、連日連夜に霊的な障りを受けて体調が低下し、頭も冴えない毎日を送ることになる。

1980年04月24日、隣の土地を競売で落札したので、期日に日本銀行に払い込むために銀行で借り入れの書類に印鑑を捺してきたら、その夜からとても強い霊的な現象に次々に襲われ、霊能占い師に見てもらったら、今回購入した土地に何十体もの白骨が埋まっていると言われ、掘ってみたら江戸時代の甕棺(かめかん)から木棺、現代の火葬の骨壺まで次々に出てきて、最終的に46体のミイラとお骨を掘り出して供養する。
この掘り出している過程で、深夜に総天然色の数十人の幽霊に、「助けて下さい。長いあいだ暗くて冷たい所に居させられています。」と口々に訴えられて、「解りました、一所懸命に掘らせて頂きますから安心して下さい。だけど堀り残すと困るから皆さんの方でも教えて下さい。」と言ったところ、「ああ、聞き届けていただけてありがとうございます。よろしくお願いいたします。」と全員がスーッと消えていって、翌日から地中深くに埋まっている骨が地面の上から黒く見えるようになり、発掘作業がはかどった。
この時に一緒に作業していた庶務課長が、甕棺に太い若い男の骨が入っていて水が満水に入っている物が出てきた時に「汚ったねー、俺はもうこんなの嫌だい!」と言って、(こんな言葉は言わなければ良いのにと思ったが、この言葉がその2年後に真如苑の霊能者の口から、障っている霊の言葉として「俺たちのことを汚ねえと言った!」と出たのに驚いた。)それからはこの男は手伝わなくなり、間もなく失踪して未だに行方が分からない。
 
その後、体の辛い人には鶏卵位になっている霊が憑いていて、半分が体内に入り、半分が体外に出ているのが見えるようになり、その霊に「肉体を失った方は他人の体に憑いてはいけませんよ。きっぱりとそちらの世界にお行き下さい。」と言うと、モゾモゾモゾッと移動して消えていき、その体の辛い人は急に楽になって喜ぶのだが、その後にその霊が私の体に憑いてきて、自分が幾日間も身体が辛くなって苦しむ羽目になる事を何回も経験した。

1980年10月この土地に3階建ての新社屋が完成したが、社員も落ち着かず、何か不満が充満したり、悪い事をする者が入社してきたりで、会社の業績がガタ落ちになる。
一連の事態で仕事の進行がちぐはぐになり、1981年6月末の1年間の決算で3億5千万円の損失を出した。

1981年 これらの異常事態に、いろいろな方が心配して、いろいろな所に連れて行って下さった中で、天理市にも何回も足を運び、天理教のご神体の甘露台(かんろだい)の踊りの10人の別々な踊りの解説を聞いて、天理教会では意味が解らないと言っていたが、その重大な意味に気付いた。
全員が別々な大切な役をしているのだから、人を見ずにいつも神の方を見て自分の行うべき事を、責任を持って一所懸命に行えば、見ている人には調和の取れたきれいな踊りに見えると言う事だ。
この事は会社や組織を運営する上で、とても大切な事だと気付く。

1982年 真如苑の接心修行で、以前に私が社員にしゃべった事や、妻の独り言や、1980年の土地から骨を掘り出していた時に社員が言った言葉など、当事者きり知らない言葉を霊能者から聞かされた事が数回有り、言葉に発したものは神界と霊界に通じている事をまざまざと知らされた。
また他の霊能者から「貴方が大勢の人を使って仕事をしたり、いろいろな苦労をしているのは、教主様の後を継いで大勢の人を救うお役が有るからです。」と言われて、その時は軽く考えていたけれど、そのあとは神仏に強制的に鍛えられ禊(みそ)がれて、今は大勢の素直な人を救う大役を担う事になった。

1982年10月、連日連夜の霊的な障りで心身共に疲れ果て、金銭的にも大損害で苦しさに耐えられなくて、出張で大阪に行った際に時間を取って、京都の親鸞聖人の御廟に参拝して、自分で願った七難八苦を苦し過ぎるから止めていただけるようお願いするつもりで行ったのだが、社務所内にその時にだけ柱に貼ってあった「半紙に書いた力付けられる言葉」を読んで力が湧いてきて、実際に御廟に参拝した時には弱音を吐いたことをお詫びして、「これからは力強く進んでいきますから宜しくご指導下さい。」とお願いした。
その後のいろいろな重大な事をご指導下さるのは、親鸞聖人のように感じている。

1982年11月初級真光研修会受講して手かざしが出来るようになり、翌々年3月の中級研修会までに28人のお導きが許されたために、毎月の初級研修会の再聴講と、放送機器操作のご奉仕をさせて頂いたので、だんだんに初級研修会2日目の午後に学ぶ内容の中に、霊層向上に重大なヒントが有る事に気が付く。

1982年12月26日に崇教真光の地区長さん達が数名で会社のお浄めに来て下さった。
建物内のアチコチに霊的に異常な所が在ったが清らかな感じになったら、総勢22人居た社員の中の問題社員だけに奇跡が起こり、仕事終いの28日に8人が退職届を提出して、仕事始めの1月5日に6人が退職届を出して寄こした。
全員が悪い事をしていたり、仕事の足を引っ張っていた人達だったので、その後は仕事がスムーズに回り出し、赤字の垂れ流しが止まって黒字が出るようになった。

1983年12月暮れも押し詰まったある日、東京から来ていた友人が駐車場の隣に建っているビルの2階が空いてテナントを募集している事に気が付いて、そこを借りて社長室にするようにと、とても強く勧め「内海さんが借りないのなら俺が借りて群馬の事務所にする。」とまで言うので仕方なく借りることにした。
大家さんに交渉に行ったところ、ご主人の命が風前の灯火のように感じるので、体調が悪くないかと聞いたところ、血管腫で大学病院に入院治療して全快したので珍しいから、翌1月に京都で開かれる学会に大学の費用で出る事になっていて、とても体調が良いと言う。あーあ、もう命が危ないというのに!
結局この方は1984年5月末に再発入院して9月上旬に亡くなった。
この借りた部屋にいると、ドアが閉まっているのに誰かがスウーッと入ってくる気配を感じて、見ても誰もいないし階段下のドアも閉まっているという事が日常茶飯事にあった。
疲れてソファーで仮眠していた時に、強力な金縛りに遭い苦しんだ事がある。

1984年03月に夫婦で中級研修を受講した直後から、発明品のイタズラ電話防止装置に対する異常なマスコミの大反響が有り、来客が相次いで仕事に掛かれなくなったり、その発明品を製造するための取り組みが上手く回らず、結局キチンとした製品が出来なくて、その後の1年間で2億7千万の大損害をだす。

1984年08月、主要製品の組み立ての外注に納品された部材の出来栄えが悪いと、外注先の経営者が電話してきたのだが、口頭で説明されても程度が判らないので、テレバシーをしてみる事にした。
先方の人に部材の出来の悪い部分を凝視してもらい、この様子が私(内海)に届けと強く念じてもらったら、間もなく目を瞑っているのに鮮明なカラー画像が見えて様子が良く判ったので、「ああこの程度なら良いよ!」と答えた。
後日に実物を見たら、テレバシーで見たのと全く同じなので感動した。

1984年08月、イタズラ電話防止装置を製造する資金として、お客様で羽振りの良い方で、私より7歳若い経営者に5千万円の融資をお願いしたら、今は資金が無いからと他から調達して下さり、4千万円を内海さんは真面目だから、と言うだけで無担保で貸して下さった。
このお金が未だに返済できないでいるのだが、この方に対して、思えば思われるという言葉の実体を、とても深く感じさせられている。
この方に申し訳ないという思いで居ると優しく接して下さり、不遜な心で居るとお怒りの態度や、ののしりの言葉を頂くことになる。

1984年11月03日、岐阜県高山市に崇教真光の世界総本山が建立され、この日は人類祭と言われ、火の神と水の神が十字に結んで地上天国が出来るという触れ込みで、世界各地からの参加者で賑わったが、斎主である岡田聖珠女史の言葉は水の神の事には全く触れないままで、祭りが終わってしまった。
会場で何か大きな不満の渦を感じたが、それは後で判った事だが、会場内にはその建物が建つ前にその土地に祀られていた6千もの水の神々が、活躍の場が出来ると張り切って参加していらっしゃったのだった。
崇教真光では、その後は水の神の事をないがしろにし続けているので、水の神達は崇教真光に、とても強い恨みの心を持っ事になり、その後の崇教真光に貢献している熱心な組み手(信者)に災いをもたらし続けている。
この無念の思いの水の神達が、私に「崇教真光の教えの間違い」のホームページを作るよう、とても強く要請してきたので、2003年04月13日に開設した。

1985年 人の身体に憑いて体調を悪くしたり、運勢を悪くしている霊は、必ず地獄にいて霊体が冷え切っているので、手かざしで暖かい神の光を当てると、熱くて嫌がるので、その霊に対して「肉体を持った時に、寒い冬の日に冷え切った身体でお風呂に入った時のことを思い出して下さい。最初は熱いけれど、ちょっとの間我慢して入ると、すぐに温かく気持ち良くなったでしょう!それと同じですから、み光りを感謝していただけば、たちまちの内に心底から暖かくしていただけますよ!」と諭して、大人しくみ光りをいただいて楽になってから、「貴方も天国に行きたいでしょう?貴方の考え方と行動を天国にいらっしゃる方と同じになるように反省すれば、たちまちの内に天国に許されるのですよ!」と温かく優しく愛情一杯に諭して、憑霊を天国に導く方法を実行し始めた。
この方法はその後に更に発展させて、威力が向上している。

1985年04月、世界総本山で開催された崇教真光の「第36回上級研修会」に参加して、3日目に上級の御み霊を頂く直前に、本山の拝殿の中で順番を待っている時に、自分の手から、とても強い黄金の光りが放射されて、自分の思うように操れる事が実験できたので、その後のいろいろな場面で応用できて、とても役に立っている。

1986年〜1989年迄、1年に2回の崇教真光の上級研修会の再聴講を繰り返した。
毎回、『神』を取るか仕事を取るかと厳しい神試しをいただいて、『神』を取り続けたら、再聴講する度に霊力が大幅に向上した事を実感した。

1990年03月、崇教真光の「第50回上級研修会」を再聴講して、連続10回受講になり、当時の岩井崇教局長に、「ミロク(36)で始まり、ゴット(50)でカミ(十)ですな!」と祝いの言葉を言っていただいた。

1992年〜1997年迄、1年に2回で10回の崇教真光の上級研修会の再聴講を繰り返して、累計20回の上級研修の講義を受講した。
今回の再聴講は、神試しは無くて、広範囲の教えを学び理解する機会を与えていただいて、神事に対する知識と理解を急速に高めていただけた。
累計で13回目の講義が始まった時に、全20回の講義の中でこの時にだけ、講師の山田訓練教学部長がおっしゃった言葉に「崇教真光の教えが最高で有ると言われる所以は、主神の御経綸が示されている事と、今地獄で苦しんでいる霊が、たちまちの内に天国に許される方法がお示し頂いていると言われている事です。」と言われて、この内の「今地獄で苦しんでいる霊がたちまちの内に天国に許される方法」は既に私が発見して、1985年には実用化して沢山の憑霊を救う成果を上げてきていた。

1995年01月03日に地元の古いお寺を訪ねたところ、そこの住職さんが人に会うのが嫌になってしまい、体重が66sあったのが36sに痩せ細って、大学病院の精神科に入院しているというので、障っているその寺の地縛霊を諭して救い、奥さんに食事の供養を指導したら奥さんが「ああ、身体が楽になりました。」と言って、入院中の住職の体調も良くなり、数ヶ月後に退院して公務にも復帰した。しかし、声が弱々しくてお経が上げられなかった。
この時以来、私自身の仕事がどうにも調子悪くなって業績不振で苦しんだ。

1995年01月07日 崇教真光のご神体の1つである『伊都能売様』のご尊像を御奉戴するので風呂敷包みを開けたところ、身長25pくらいのご老人の神が「やるぞー!」と叫びながら飛び出してきたのだが、余りにも突拍子が無かったので、申し訳ないことですが「えっ、こんなに小さな老人の神様が何をなさるのだろう!」と思ったのだけれど、見えなかった事にして無視してしまったら、その神は拍子が抜けた顔をして戸惑っていたが、スッと消えてしまい、ご尊像だけが残った。
風呂敷包みを解いたのは崇教真光の女性導士だったが、ご老人の神の姿は見えていなかった。
折角においで下さった神に申し訳ない事をしてしまった。
この10日後に起きた阪神大震災の被災者の声を聞いて防災ラジオを作ったが、いろいろな事が巧く行かず1億円位の大損害をしてしまった。

1996年05月16日知人宅のトイレの扉に紙に手書きした「神示教会の十教訓」が貼ってあったので、この内容を崇教真光の信者達に教えれば、幸せ一杯な家庭を築くことが出来ると思い、深く学びたい想いで『大山ネズの命神示教会』に入信した。

1996年07月04日に自宅で『大山ネズの命神示教会』の女神様に、その日に依頼してある取引先の社長が前払いをしてくれるように祈っていたら、その女神様がお姿を現して下さって、「貴方の祈りの通り先方の会社の社長の心を変えましたよ!」と言って下さったので、ああ良かったと思った途端に、赤い顔の恐い顔をした男の神様が「そ奴に必要だからしているのだから、そうしてはダメだ!」とおっしゃって女神様を止めてしまわれた。
その結果は、社長は良いと言ったのだけれど、経理部長がどうしてもダメだと言って支払ってもらえなかった。

1996年08月31日上記の住職の声が回復しないので、手かざしパワーである程度に声の出具合を良くしたら、翌日から急に仕事の金回りが悪化して、不渡り手形を連続して出してしまい、会社が銀行取引停止になってしまった。

1996年10月13日に当社の商品を東京の知り合いが購入してくれるというので、倉庫として借りていた隣の伊勢崎市の道路を走っていたら、あり得ない巨大な空中看板に「浦島太郎伝説・竜宮神社」の文字と左向きの大きな赤い矢印を見せられ、交差点の左手前には絵本に書いてあるような竜宮城が建っていて、屋根の上には赤いネオンで「ラーメン大学」と書いてあったのを見せられた。
(翌日行ってみたら実際には看板も建物も無いのに。)
この日の夕方東京の知り合いの家に行ったら、その女性が「寒い寒い、内海さんが何かとっても大きなものをつれてきた、調べてみましょう!」と言って調べたら龍神の青龍様が「竜宮神社の裏がゴミで汚くされているので腹を立てている、綺麗に掃除して、酒と水を供えて詫びろ!」と言われるので、早速に翌日の14日に妻と知り合いを誘って掃除して、酒と水を供えて詫びたところ、氏子代表が来て、こんなに綺麗にしてくれて、と最敬礼してお礼を言ってくれた。龍神様がお礼を言うために氏子を呼んだのだなと感じた。
その後に写真を撮ったら巨大な龍神の顔と首と胴体が写っていた。

1996年11月07日崇教真光の秋季大祭の救い主様のご教示時に、スピーカーから聞こえる声の他に同じ声が聞こえて「これからのお前にはいろいろな事が起きるけれど、総てが主神の神鍛えだから苦しさに負けないでがんばれ!」と言われた。

1996年11月25日昼前に、少し風邪気味で気分が悪くて寝ていたが、仕事が絶不調で月末の大金の借り入れ返済の目途が付かなくて考えていたら、この年の7月4日にお姿を見せて下さった赤い顔の男の神様がまたお姿を見せて下さって、「お前に長い間お金の苦労をさせ過ぎたから、これからは苦労しなくても良くしてやろう。」と言って下さって、それから6ヶ月間は不思議な仕組みの連続で大金を回して頂けた。

1997年01月01日午前11時11分に岐阜県「一の宮」で、「あ111」の車に追突された。
1が十だから、今年起きる事の総ては1の神(主神)のお仕組みだと感じた。

1997年03月初旬、知り合いの紹介で、訪ねれば何でも知っていると言う、他の天体から来たという不思議な人に会い、竜宮神社の龍神様の話をしたら、「今の内海さんではまだパワーが足りないから、赤城山の御神水をコップに一杯飲んでからすぐに榛名神社に行き、そこのお手浄め所の水を、またコップ一杯飲みなさい。」と言われたので、そのようにした。
更に、封印されている龍神様を解放するのには、赤城の御神水と榛名神社の水を1対1に混ぜて水鉄砲のようなもので撒けばいいと指導されたので、竜宮神社に撒いた。
その直後から群馬県内の各地から、封印されている龍神様が救いを求めて来るようになったので、何カ所に封印されているのか調べたら50ヶ所のお寺の本堂の下とか神社の敷地内などが判明したので、20日から3泊4日で回って総ての封印を解いて龍神様を解放した。
その後は栃木県内の各地から龍神様の救いの依頼が来たので調べたら、栃木県内も50ヶ所の寺や神社に封印されていた。

1997年04月15日から3泊4日で栃木県内50ヶ所を回って龍神様の封印を解いて回った。
次は埼玉県内の番だと、埼玉県内各地の龍神様が依頼の連絡を寄こされたが、あっちこっちの龍神様の封印された罪を調べたら、ほとんどが共通しているので、直接現地に赴(おもむ)かないで、大神様にお詫びする方法を指導してみたところ、龍神様の積んできた罪を許して頂けて、龍神様が解放されたので、以後は既に許された龍神様に依頼して、全国各地の封印されている龍神様を解放して頂いた。
 
 ※ 各地の寺を回った時に、強く救いを求めてくる霊が沢山居たが、その方々のほとんど総てがその寺で修行して高い階位をもらっている僧侶達だった。
それらの僧達は、自分は沢山の修行をしてきたから、一般の者とは違うという高慢な意識を持っていたので地獄に置かれていたのだった。
しかし、その間違いを諭して、『幽界での修行の方法』の急所部分を指導すると、とても早く極楽に許されていった。
 

1997年05月17日、神の啓示で岐阜県に赴き、予定では17日に丹生川村の日輪神社に封じ込められている火の神3000名と、世界総本山の裏庭に封じ込められている水の神6000名と、宮村の水無神社に封じ込められている水の神3000名の封印を解くつもりだったが、道中にいろいろな出来事があって宮村のホテルに着いたのが夕方になってしまった。
結果的にはそれが良くて、宮村の水無神社で水の神3000名の封印を解いて解放してから、丹生川村の日輪神社に封じ込められている火の神3000名の封印を解いて解放してから、暗くなってから世界総本山の裏庭に封じ込められている水の神6000名を諭して、素直に応じた水の神が2800名がすぐに解放され、翌日になって600名の水の神が解放された。残りの2600名の水の神は崇教真光に対する恨みの心が強すぎて、その時には解放されなかった。

1997年05月18日、午前9時半から、位山中腹の太陽神殿で『天照日大神』をお祭りする「位山祭り」に参加させて頂き、昼の12時から御神示通りに、位山の頂上に在る『天の岩戸開き』をさせて頂いた。
『天の岩戸』の下の地中に封じ込まれていらっしゃった3000名の火の神様と、3000名の水の神様の封印を解いて、この世に出てきて頂いた。
封印されている神々に対して、なぜ封印されたのかの理由を説明して、神々の積んできた罪を大神様にお詫びして、行動を反省する指針を説明してから『天の岩戸』の周囲を、天津祈言を奏上しながら3周してから、持参した「赤城山の御神水」と「榛名神社の水」を半々に混ぜて水鉄砲で撒いた。
水を撒き始めたら、天の岩戸の大岩の接地部分の土が大きく割れて移動して、大岩との間が20センチくらい開いて、岩の下の天の岩戸を支えている基礎の石組みが見えて水を撒き易くなり、2週目には40センチも開いて更に深い所まで見えて、「ここまで御神水を撒いて下さい。」と言うようで、3週目には60センチも開いて、其れこそ深い所まで見えて御神水を撒けたのには本当にビックリした。
天の岩戸開きの儀式は丁度1時間掛かり、水を撒き終わって其処に封印されていらっしゃった神々が解放され終わったら、開いていた土は再び元のように閉まってしまった。
12時からの儀式を行う前に、天の岩戸の周囲に居た位山祭りに参加した大勢の方々に、12時から天の岩戸開きを行いますから一緒に参加しませんか、と声を掛けたのだが、地元の飛騨の自然を守る会の会長を始め、誰も残らないで展望台の方に行ってしまったので、群馬から行った4人の組み手だけで行なったが、最後の終了の挨拶が終わるまで誰も来なかったのも不思議だった。
挨拶が終了した途端に、開始前に声を掛けた方達がドヤドヤと天の岩戸の周りに集まってきた。
只、組手の内の1人の私の妻は、水撒きの時に写真撮影係をして貰ったのだが、最初だけ通り一遍に撮影してどこかに遊びに行ってしまったので、折角不思議な現象が起きているのに記録を残せなかった。
その妻は、6月1日の月始祭から帰った翌朝に脳内出血になって倒れ、少しの言語障害が残った。
それ時以来、合わせて6000名の火の神が出ていらっしゃったので、いろいろな隠し事(賄賂等の犯罪)が暴かれるようになり、9400名の水の神様が出ていらっしゃったので、いろいろな所で「愛」とか「愛情」と言う言葉が沢山言われるようになった。

1997年06月、日本列島に台風が襲来し、次々と3つの台風が群馬県を通るコースを移動してきたが、台風を運行している火の神と水の神が、私に5月に解放した際のお礼を言いたいというのでその度に挨拶したところ、台風は長野県内で消えてしまって茨城県に行ってから復活した。
火の神と水の神は今後は群馬県には台風を通過させないし、地震も起こさないと自発的に約束して下さった。
そのせいか、その後の2006年一杯までの10年間は台風の被害は無い。
2007年正月以来の日本全土が荒れた台風並みの大型低気圧の被害も、群馬県には何も無かった。有りがたいことです。

1997年07月、21回目の上級研修の受講を申し込んであったので車で世界総本山に向かったのだけれど、途中でいろいろなアクシデントが発生して時間が掛かり、本山に到着したのが午後3時になってしまった。
正午までに到着したのなら受講させていただけるのだが、今回は遅くなりすぎたのでお許しが頂けなかったので、受講を諦めて光神殿に行ったところ、地元の道場の懇意の方に遇った。
その方に崇教真光の教え主の岡田聖珠さんが体調が悪くなって、月始祭にでるのもやっとだと言う話を聞き、翌日に崇教真光の幹部の自宅を訪ねて伺ったところ、真実だという事が判ったので、解決法は解っていたので岡田聖珠さんの所に手紙を送ったが、何の返事もなかった。

1997年08月02日、崇教真光の8月の月始祭の御教えの最中にそれらの霊達を聖珠さんの体から離れるように、真光では発見していない「今地獄にいる霊がたちまちの内に天国に行かせて頂ける幽界に於ける修行の方法」を諄々と説いて聞かせて、沢山の憑霊達がたちまちの内に天国に許されて、一斉に体から離れたので、岡田聖珠さんの体調が急に楽になったのです。

1997年08月、原因不明で突如仕事が上手く進まなくなり、資金繰りに苦労すると共に、体調が思わしくなくなり首の上部が異常に固く凝るようになった。

今思えば、岡田聖珠さんに憑いて体調を悪くしていた沢山の霊を一方的に救ったことが『真理=神理』に反していたので、『神』から戒告を受けて岡田聖珠さんのカルマを私に付け替えられて苦しんだと思われる。

1997年09月、社用の車を入れ替えたところ、ナンバーが「群馬77す9999」だった。
「77」を加えると14(十カミの四ヨ)で、「す」は主で、9999を加えると36(ミロク)になり、数字の合計が50(ゴット)になるから、主神の御用にお使いいただく車という事になる。
この車はそのごは実際に『神』の御用に飛び回る足として活躍した。

1997年10月の月始祭の御教えの最中に、岡田聖珠さんの体の濁毒の詰まっている急所の詰まりを流したので、岡田聖珠さんは元気になられた。

1997年10月、の或る日の事、1995年1月3日のお寺に行って、住職といろいろと話したら、具合が悪くなる前に、そのお寺で一番大きくて良い水が出る井戸を、建築の際に邪魔になるので4トン車1台分の砂利を入れて埋めてしまったというので、その井戸にいらっしゃる金龍様が怒っていることが判った。
早速に酒と水と米と塩を備えてお詫びをしたところ、住職も奥さんも私も身体が楽になり住職の声が正常に出るようになった。
後日に、この金龍様も赤城山と榛名山の御神水を撒いて、大神様に罪を詫びるご指導申し上げたら、封印から解放されて自由になれた。

1997年11月07日、家族揃って崇教真光の信者を辞めた。
崇教真光の教え主である岡田聖珠さんの命を取ろうとしていた大勢の水の神達に「よくも邪魔をしやがったな!」と攻撃を受け続けて、経済的にも体力的にも大打撃を受けて困窮し、先輩の信者達も一所懸命に教団のために尽くした人は、全員が癌や心筋梗塞で死んでいる上に、自分も2年ほど前に自宅でご神体の前に寝ていながら心筋梗塞になり、心臓の調子が悪いので、これで命を取られてはかなわないという想いで崇教真光での学びを卒業した。

1997年12月29日、過労と心労で突然に強度の目まいがして起きていられなくなり、救急車で入院する。

原因不明だが3日間ほど入院して脳に異常はないことが判ったので、正月早々退院して自宅で静養する。完治するまでに2ヶ月掛かった。

1998年04月08日『大山ネズの命神示教会』に参拝に行って御神殿から出てきたら、塀の外で何万とも感じる人霊達に取り憑かれてしまった。
何故憑いたのかを尋ねたところ、自分たちも神にすがって助けて頂きたいのですが、信者の先祖以外の霊は、御神殿を守っている御神霊が中に入れてくれないと訴えてきたので、その場で御神魂にお願いしたら、直ちにお聞き届けて頂けて、助けを求めていた大勢の霊達のお参りがお許し頂けた。
その後は、信者以外の人も窓口に頼めば参拝できるようになり、信者に関係ない霊も参拝できるようになった。

1998年06月01日、以前から何となく64歳で節目がある啓示が有ったが、今日の誕生日に10年後の64歳で立教するという強い啓示を受けた。今はまだ何をするのか判らないが。

2003年04月13日崇教真光にないがしろにされている、水の神々のとても強い要請を受けて「崇教真光の教えの間違い」のホームページを開設した。
崇教真光の苦悩している信者達が次々に相談をしてきて、苦しみから解放されて喜んでいただく。

2006年06月01日神霊界では年齢の数え方は「数え年」の事に気付いて、満63歳の誕生日にあたり、親戚・友人を集めて立教宣言を行う。

2006年09月11日『真理=神理』を具体的に説明するホームページと掲示板を開設する。

2006年09月24日の事、1997年10月にお救いした金龍様が、調子の悪くなった車の左前輪を守って下さっている所が写真に写って、その時から金龍様にも守って頂いているのを実感した。
本来なら走行不能になるのに、2000q以上無事に走って帰って来られた。

2006年10月15日、『真理=神理』の研究会を発足して、毎月第3の土日に定期的な勉強会を開催する。
『大宇宙の総ての総てをお創り下さいました大元の光の主神様』に直結の勉強会となり、毎回の勉強会の最中に直接神示が下り、『神』の御光に溢れた素晴らしい勉強会となる。

2006年11月19日、『真理=神理』のお守りを作ることを神に許される。
このお守りを見た霊は、直ちに『真理=神理』の研究会に飛んで来て、そこで『魂の幽界での修行の方法』を学んで天国に行ってしまいます。
『真理=神理』の研究会の道場が世界唯一の救霊の場になったと言う事です。

2007年01月18日、『真理=神理』の研究会の会員募集を開始する。
待っていましたとばかりに、崇教真光に疑問を持っている現役の信者と冬眠状態の信者が大勢入会してこられた。

2007年 3月 4日の事、大山ネズの命神示教会に20年以上も入っている信者の家族が、原因不明で身体が辛いのが治らないので、『真理=神理』を学びに来て、その場でとても軽快になって、入会して帰られた。
この様に原因不明で体調が悪いのは、憑霊現象だから、憑いている霊達を救ってやらなくては解決しないのですが、神示教会ではその様な事を行わないために、信者を救う事が出来ないのです。

2007年 3月、17日と18日の『真理=神理』の勉強会には、大勢の崇教真光の信者の方が出席されて、『真理=神理』を学び、崇教真光教団の教勢が低下している原因を学んだ。
天津祈言が奏上の仕方で威力が違う事を体感し、伊都能売大国魂大国主祈言の意味不明な語句が解り、『神向き讃詞』の素晴らしさに感嘆して、参加者の霊格も格段に向上して、会員達が『宇宙創造神』から与えられた使命を体感した。

2007年 6月、16日17日の『真理=神理』の勉強会で、16日の終了前に、米国から来た女性に強く障っている御神霊と、アメリカにいるボーイフレンドに障っている御神霊を諭して、罪を犯して霊力を低下させられて苦しんでいるのを救ったところ、今まで男性的だった女性の顔付きと体付きまでもが女性的に変わって、勉強会に参加していた一同が『真理=神理』の素晴らしさに驚嘆した。
その女性は崇教真光教団の訓練部を出て幹部になり、教団の本部で15年間奉職していた方で、現在は自分で職を持って、ご奉仕も積極的になさっている方です。

2007年11月18日、『真理=神理』の勉強会に於いて、会員の中の1名の魂の霊格が‘現津神界’に許された。

2007年12月16日、『真理=神理』の勉強会に於いて、会員の中の2名の魂の霊格が‘現津神界’に許された。

2008年01月20日、『真理=神理』の勉強会に於いて、会員の中の1名の魂の霊格が‘現津神界’に許された。

   
2008年05月17日、岐阜県高山市一の宮の水無神社に於いて、『真理=神理』の会員が、其処に封じ込められていた水の系統神を諭して、御神霊達が神界の牢屋から元の‘現津神界’に許された。
   
   
2008年05月17日、岐阜県高山市丹生川の日輪神社に於いて、『真理=神理』の会員が、其処に封じ込められていた火の系統神を諭して、御神霊達が神界の牢屋から元の‘現津神界’に許された。
   
   
2008年05月18日、岐阜県高山市の位山山頂に在る‘天の岩戸’と‘鏡岩’に於いて、『真理=神理』の会員が、其処に封じ込められていた火の系統神と水の系統神を諭して、御神霊達が神界の牢屋から元の‘現津神界’に許された。
これらの一連の事は、人類史上初めて行われた、罪を負って封じ込められている御神霊を諭して、どの様な罪を負っているのか、どの様に反省しお詫びをすれば、『宇宙創造神』に許されて、元の神界に許されるのかを説いたものです。
   
この行事の様子は、参加者の内の14名が『真理=神理』の掲示板に書き込んでくれましたので、その投稿をまとめたPDFファイルをお読み下さい。
 『平成20年 5月度『真理=神理』の勉強会』←をクリックして下さい。

 

 
 まだまだ沢山のことが有りますので、追い追いに追加していきます。