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樹の散歩道
 
  ケンポナシの特異な個性                


 ケンポナシとは、何ともユーモラスでとぼけた響きのある呼称である。ところが漢字表記では玄圃梨となり、重々しい由来がありそうな印象へとガラリと変わる。
 この樹は奇妙なかたちの可食果柄を付け、材は指物用材として古くから利用されてきた。さらには意外や悪酔い、二日酔いにも利用の途があるという、実にユニークな存在である。ふだん接する機会の少ないこの樹を以下に紹介する。【2009.11】 

 突然であるが、写真は津山(美作国)が産んだ江戸時代の著名な蘭学者、箕作阮甫みつくりげんぽ)の銅像である。「阮甫」は玄圃梨」の玄圃」の親戚のような印象がある。両者とも同じ音を有するため、わざわざ阮甫翁に登場願った。
 内心期待するものがあったが、残念ながら全く関係がないことを確認した。

 さて、 ケンポナシ Hovenia dulcis はクロウメモドキ科ケンポナシ属の落葉高木で、この樹の最も印象的な点は、果実を付ける柄(果柄)が不規則・勝手気ままに屈曲したように見えてむっちりと肉を付け、これが甘くて食べられる点である。

 外見は何やら怪しげな印象で、食欲をそそる形態・色合いではなく、また、それとわかっていても手当たり次第に採って持ち帰りたくなるほどのものではないのであるが、こうした例はほかに知らないし、さらこれに止まらず、いろいろな顔を持っている。
箕作阮甫像(津山駅前)
  ケケンポナシの樹皮
 座卓が作れるような大径木はなかなか見られない。
   ケンポナシの葉
   ケケンポナシの葉
 ケンポナシより鋸歯が低いとされるが、変異が多く、決め手とはしにくい。
   ケケンポナシの花
 花床の白い毛が目立つ
   ケケンポナシの果実
 果実は褐色の毛に覆われた状態となる。果柄の肥厚が進行中。
   ケケンポナシの果実
 さらに日にちが経過した状態。

   ケンポナシの果実
 ケケンポナシと違って、果実は毛がなくツルツルで、明確に区別できる。果柄の肥厚が進行中。
   ケンポナシの果実
 果柄が十分肥厚した状態である。
   ケンポナシの果実
 
やや乾燥して、しわが寄ってきた状態。
注:  ケンポナシと極めて似たものとして ケケンポナシ Hovenia tomentella が知られていて、葉の鋸歯が低いほか葉裏に褐色の短毛が見られること、葉は乾くと赤褐色となることが特徴とされている。ただし、変異の幅も広い模様で、単純な区別は困難とされる。上記写真はいずれも植栽樹で、一応看板の名前を掲げたが、このケケンポナシとしているものは、鋸歯は低いものの葉の毛は特に多くないし、また葉は乾いても赤褐色とならなかった。しかし、果実を見れば違いは明らかである。
 名前について

 漢字表記の「玄圃梨」については、格調高い印象があるが、いつから使用されているのか確認できない。たぶんこれは日本における充て字と思われる。「玄圃」には「中国の崑崙山上にある仙人の居所」の意味があるともいわれるが、単に似た音の漢字を充てただけで、想像の翼を羽ばたかせても仕方がなさそうである。中国の本草綱目にも登場しない。
 名前の音の由来については、牧野富太郎は、「多分手棒梨のなまったもので、形がらい病人の手に似ているからであろう。支那にも癩漢指頭らいかんしとう)の名があるが、また地方によりテンボナシの名もある。玄圃梨というのは間違いであろう。(牧野新日本植物図鑑)」としている。その他にも諸説が見られる。
注:  本草綱目では俗間(もちろん中国)での呼称の一つとして「癩漢指頭」の名を掲げていて、小学館日本語大辞典でも俗名の一つとしてこの呼称を掲げている。
 
 漢字表記としては、これも充て字の俗称として「介牟保乃奈之けんぽのなし)」(和漢三才図会)の表記が見られるほか、工芸の指物の世界で「献保梨けんぽなし)」とした表記例もある。

 ケンポナシは中国にも分布していて、日本の本草学の本では中国名の「枳椇」の漢字(本草綱目)に「ケンポノナシ」の仮名を振っている。(和漢三才図会、大和本草)

 一方、中国樹木誌(中国林業出版社)では、ケンポナシを「北枳椇」としている。具体的には同属の3種を掲げて次のような中国名を掲げている。

鼠李科枳(クロウメモドキ科ケンポナシ属)
  学 名 中国名 和 名
Hovenia dulcis 北枳椇 ケンポナシ
Hovenia acerba 枳椇 シナケンポナシ
Hovenia trichocarpa 毛果枳椇 (和名なし)
(注)ケケンポナシ Hovenia tomentella は日本の本州西部と四国に分布しているという。
 材の利用
 ケンポナシのサンプル材

 典型的な環孔材である。材質は良好とされるが、出材量が限られている模様で、製品はあまり見かけない。材としてはやや地味な印象があるが、杢が出たケンポナシは特に魅力がある。

 戦前は建築造作材によく使用されていた【銘木史】という。
 ケンポナシは生活の中で決して身近な存在ではないが、その名は江戸指物の素材としてしばしば耳にする。どちらかといえば指物素材として最高位に位置するクワの代替材、模擬材の印象が強いが、環孔材としてのいい味が出る。

 江戸指物は伝統的工芸品に指定されていて、認定伝統工芸士は現在13人が登録されている。正に伝統の手作業による製品で、本当にいいものは価格が非常に高く、注文により製作するのが本来の姿のようである。展示販売されていた桑の手鏡1面でも数万円の価格となっていた。

 したがって、デパート等でも製品に接する機会がほとんどないため、日常生活から少々距離のある存在となっている。

 都内でも現物を店舗の形式で常時展示販売しているところは限られている。こうした中で工房の一部をギャラリーとして公開している例が見られる。
 
 左の写真は江戸指物の製品で、本体はキハダであるが、前板をケンポナシのツキ板で化粧している。店では桑、黄肌、桐、肥松等の製品が見られた。

池之端 京屋
  東京都台東区上野 2-12-10
   
 
 左の写真は、ケンポナシの杢が出た盤の一部である。素地のままで、表面が少々くすんでいるが、改めて表面を削って塗装すればすばらしいものになる。

財団法人 日本住宅・木材技術センター 「銘木館」 
東京都江東区新砂3-4-2
 
 材の利用に関する各種資料での事例は以下のとおりである。
【木材の工藝的利用】
 洋家具、家具指物(火鉢、文房具、机案等)、洋風建築及指物彫刻、木象嵌、三味線胴

【効用編】
 材は旋作用、指物用に供し又盆類、火鉢、文房具、櫛等を作るに用ひらる

【木の大百科】
 ときに玉杢などの杢が現れるものがあり、それが縮み様の光沢をあらわして美しく雅致がある。特にクワの模擬材とされることが多い。
建築では床板(とこいた)、落掛などの床まわりの材に杢の材が賞用される。家具材ではテーブル、椅子、台、鏡台、書棚などに用いられ、特に杢板はテーブルの鏡板に賞用される。器具材では箱、盆、火鉢、文房具、櫛、器物などがあり、楽器では三味線の胴に用いられ、また下駄・足駄の台と歯などにも使われた。
 可食部等の効用・特性、そして利用

 果柄の果肉について、新訂原色牧野和漢薬草大図鑑(H14北隆館)では、概略次のように説明している。「果実にはショ糖、ブドウ糖、シュウ酸カリ、リンゴ酸カルシウムなどを含む。根皮にはポリペプチドアルカロイドであるフラングラリン、ホベニンを含む。利尿、解毒薬として二日酔い、嘔吐、口渇、大小便不利に用いる。(中国では果実以外の部位も加えて広範な利用が知られている。)」

 この中で、二日酔いに対する効用を掲げてるのは実に興味深い。実際に、そのことを謳った医薬品等があるのであろうか?・・・・
 さらに興味深いのは、この効用と共通する特性として、この果肉、材が酒を打ち消す、あるいは酒を水に変えるとする古い記述が見られることである。元祖となる情報は中国の本草学の模様で、日本の本草学でもこれを継承しているようである。特に「酒を水に変える」とする話は実に面白い。飲んべえが聞いたらとんでもない話だと腹を立てるに違いない。こうした話の一方で、花柄は果実酒にもされる【朝日百科植物の世界】とする話もあって、果実酒のはずがアルコール分が打ち消されて水になってしまうのではと心配になる。
【本草綱目】枳椇
新註校定 国訳本草綱目第八冊 春陽堂蔵版(S50.7.15) 
・音は止矩(シク)である。)
《集解・抄》
・陸機の疏義に「・・・能く酒の味を敗るもので、もしこの木を柱とすればその屋内の酒はみな薄くなる」とある。
・〔言偏+先〕日く、昔、ある南方の人が住宅を修繕するのにこの木を用ゐ、誤って一片を取落して酒甕の中へ入れたところ、その酒が化して水となったさうだ。
《主治》実(註:花柄部)
・頭風、小腹拘急。渇を止め、煩を除き、膈上の熱を去り、五蔵を潤ほし、大、小便を利する功用は蜂蜜と同じ。枝、葉の煎膏もまた同じ。嘔逆を止め、酒毒を解し、蟲毒を避ける。
《発明・抄》
・時珍曰く、枳椇はただ木が能く酒を敗ることを言ったに止るが、丹渓朱氏は酒病を治するに往往その実を用ゐた。その功はやはり同じかるべき筈である。

【和漢三才図会】枳(けんぽのなし)
(本草綱目の記述を紹介)

【大和本草】枳(ケンポノナシ):中村学園所蔵・抄
 実(み)は鳥の足の如くまがれり葉榎の葉の如し大木にみのる小樹にはみのらず実は味甘し食するに堪たり酒をよく消す酒をかもすに此木酒中に入れば酒化して水となる此木を柱とすれば屋中の酒薄くなると本草に見えたり丹渓酒病の久く治し難く煎薬の中に其の実を加え之を服れば愈ゆ

【原色日本薬用植物図鑑:保育社】
 民間薬でこの果柄および果実を煎じてのむと酒毒を解し、悪酔、二日酔によく嘔吐を止める作用があるといわれている。また古くから酒づくりには禁忌とされ、この木で柱を作ると家中の酒がうすくなり、種子等を酒の中に入れると酒が水になるといわれる。


 そこで、ケンポナシの二日酔いによいとする伝説に則った商品が存在するのかであるが、やはり存在した!!
利尿、二日酔い予防、肝機能向上を謳って、ケンポナシの皮を販売している漢方薬局の例、二日酔いによいといわれているとしてケンポナシの蜂蜜を販売している例、そして予想どおり、二日酔いに対する効果を謳ったケンポナシの抽出成分入りの韓国産ドリンク剤が存在したのである。いずれもマイナーな存在ではあるが、伝説は生きていたのである。

 二日酔いに対する効果や、酒を打ち消す効果について、科学的に実証されて、そのメカニズムが明らかにされているのかは確認できないが、実はアルコールに関連して、これまた驚くべきことに、身近な食品で応用事例があるのを知った。何とチューインガムである。
 写真はロッテフラボノガムの包装紙であるが、原材料名にしっかりと「ケンポナシ抽出物」の表記がある。

 このガムは口臭除去効果が認められている各種茶成分が配合されていて、さらにアルコール臭を減ずるためにケンポナシ抽出物を加えているとのことである。このことに関しては日本チューインガム協会のHPがその詳細を掲載していて、ケンポナシの熱水抽出物にラットの血中アルコール濃度を低下させる効果があること、ケンポナシの熱水抽出物に悪酔い防止効果があること、ケンポナシ抽出物に呼気アルコール濃度の低減効果があることが、実験的に確認されていることを紹介している。

 実に、ウン百年(知見の記録はさらに古いか?)の時を隔てて、ケンポナシに関する中国の智恵が再び確認されて、日常の食品に応用されているのである。中国本草学の歴史と実力に感服するのみである。