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木あそび
 
  「さるや」の楊枝の研究
             


 樹皮を残したクロモジ(黒文字)の楊枝は和菓子とのセットでおなじみである。都内日本橋の「さるや」は主としてクロモジの爪楊枝細工楊枝を製造販売する日本で唯一の楊枝専門店だそうである。創業は宝永元年というから、その歴史は300年余となる。
 先に紹介した大阪府河内長野市「広栄社」の三角楊枝(こちらを参照)は工場生産によるものであったが、さるやの楊枝は手作りであると聞く。そこで、製品をじっくりと観察してみた。 【2007.9】


 クロモジ(黒文字)のあらまし

 クスノキ科クロモジ属の落葉低木である。クスノキ科にはクスノキ、ヤブニッケイ、ニッケイ、ゲッケイジュ、ヤマコウバシ、アブラチャンなど芳香を持つものが多く、クロモジもその葉や樹皮に特有の芳香がある。楊枝に使われてきたのは、その香りや材の白さ、さらには決して堅すぎず低木で素材を得やすいなどの理由によるものと考えられる。
 
     
 
             クロモジの葉             クロモジの黄葉  
 
     
 
 
    クロモジの葉芽と花芽
 紡錘形のものが葉芽で、丸いのが花芽である。花芽の数がこれより多いものも見られる。
   展開途中の葉芽と花芽
  葉裏には当初は絹毛があって美しい。葉が展開する前に花が開くものも見られる。(写真下)
 満開状態のクロモジの花(雄花)
 この個体では特に花の付きがよく華やかで、大きなボンボン状の花序が遠くからでもよく目立つ。 
 
     
 
           クロモジの雄花
 花は萼と花冠の区別がない同花被花(単花被花)で、雌雄異株。
           クロモジの雌花
 植栽樹では雄株と雌株がセットになっていることが少ないせいか、果実を見ることは少ない。 
 
     
 
 
     クロモジの果実 1
 果実は液果で直径約5ミリ。 
    クロモジの果実 2
 
      クロモジの種子
 基部の部分的だけ淡色である。 
 
     
   クロモジ(黒文字)の樹皮の年数経過(太さ)による変化    
     
 
クロモジの樹皮 1  クロモジの樹皮 2   クロモジの樹皮 3  クロモジの樹皮 4
       
クロモジの樹皮 5  クロモジの樹皮 6  クロモジの樹皮 7   クロモジの樹皮 8
                
 
     
   楊枝の製品用の実用上の素材としては、たぶん3から6番目の樹皮の状態が最適と思われる。楊枝は基本的に樹皮を生かした木取りをするため、黒褐色でざらついたものでは適当ではないと思われる。   
     
 クロモジの名前の由来に関しては、次の2つの説が語られているが、残念ながら共感できるものはない。

@  緑色の樹皮によく見られるとされる黒い斑点模様を文字に喩えたとする説があって、これが一般的にコピペされて紹介されているが、逆立ちしても文字の印象はない。たぶん「黒文字」の表記自体が当て字で、これに依拠した暴走と考えられる。 そもそも黒い斑紋などほとんど見られない。仮に地衣類のモジゴケが好んで取り付いていればおもしろいが、こんなことは一切ない。
A  もともと「くろ楊枝」と呼ばれた語が宮中の女官の「もじ言葉」として「くろもじ」と呼ばれ、それが樹名になったとする説もある。
 
     
 さるやの楊枝

 
(1)  製品の種類

 素材はもちろんクロモジが主であるが、店頭では「ウツギ」の爪楊枝も1種類だけ販売していた。ウツギ(タニウツギ)は木釘にもされ、楊枝としては香気がないことから、クロモジよりも評価は低い。店頭で見られるクロモジの楊枝は、爪楊枝と菓子楊枝がある。いずれも樹皮を残して仕上げている。

 爪楊枝は断面が約2ミリ角のほぼ方形となっている。これには各種絵柄の桐箱が用意されていて、特に「金千両」と墨で記した千両箱を模したものが贈答用の定番のようである。その他桐箱の振り出しタイプ、縮緬地の携帯用ケースも用意されている。

 菓子楊枝は爪楊枝より少し長く幅広のもので、口当たりを考えてか、先端から中程まで樹皮を落としている。菓子楊枝には細工のないものと多彩な細工の施されたもの(細工楊枝又は飾り楊枝とも)があって、さらに細工楊枝はその形態、彫り込んだ模様により、「竹」、「梅」、「扇」、「うなぎ」、「櫂(かい)」などの名がある。また、上部を薄く削って結び目を作ったものなど手の込んだ多くの種類が見られ、いずれも小刀を使った熟練の技による製品である。細工楊枝は、いわば高級菓子楊枝である。
 
 
(2)  さるやの楊枝の研究

 爪楊枝
 
 

爪楊枝1(箱入りの製品の樹皮側)
(並べてみると使用素材の様子がよくわかる。)

爪楊枝2(携帯用)
(左の製品と中味の仕様が異なる。)
 
 左の写真の爪楊枝は長さは約60ミリ、太さはほぼ2ミリ角(接線方向の幅は2.15〜2.20ミ リ)で、頭部の断面にはわずかに鋸刃の跡がある。先端部は小刀で何回も削って尖らせた刃物痕が認められる。頂点の部分はわずかに平らになっている。これ以外にも多少の仕様が異なる爪楊枝がいくつかあるようである。

 木曽ヒノキの箸削りの場合は、最終的な仕上がり寸法よりも少しだけ長めに短尺切りしたものを割り鉈で割って個々に四面を削る方式であったが、これだけ小さいと同じ方式は採用できない。出版物情報も参考にしつつ製作のプロセスを描けば、おおよそ以下のとおりと考えられる。
 
@  秋から冬にかけて材料を採取する。年数が経過した樹皮名黒褐色となりざらつくため、それ以前の指の太さ程度のものを選定する。
A  楊枝数本分の長さにクロモジの材料を鋸断。
B  材料の太さに応じて、最終仕上がり寸法を下回ることのないようミカン割り。
C  さて、これから2ミリ角のヒゴを作らなければならないが、この状態で切り出し小刀やカンナは使いにくい。
 稲葉 修氏の著作「楊枝から世界が見える」では、クロモジ楊枝(内容からすると爪楊枝を指しているものと思われる。)の製作方法を紹介していて、これによれば皮の反対側をセン(鎌の刃の両側に持ち手を付けたような両手で使う刃物。)で削って厚さを一定にし、両側は二枚の刃を固定した刃物の間を通して、ヒゴを作るとある。
 さるやの爪楊枝の場合は、皮の反対側の削りについては表面の条痕から、サンダーを利用しているのではないかと思われる。
D  ヒゴができればこれを仕上がり寸法よりごくわずかに長く鋸断する。
E  最後に先端部を小刀でぐるり削って尖らせ、尖った最先端部をわずかに切り落とす。
といった感じであろうか。
 

 菓子楊枝
 

さるやの菓子楊枝

【参考】中国から輸入された菓子楊枝
 
 左の写真の菓子楊枝は長さは約90ミリ、幅は約6ミリである。子細に観察してみると、皮の反対側の面はつるつるとして平滑であるが、側面、先端、頭部の角を落とした部分には軸方向に対して角度をもった条痕が認められる。

 毎日新聞社刊「京都江戸・職人のわざ」では、「雨城楊枝」(文末の【参考】を参照)の例(菓子楊枝を指していると思われる。)を掲げてその製造過程を概略次のように紹介している。
 
@  クロモジを適当な長さに玉切りする。
A  輪切りしたクロモジを縦に四分割する。
B  以下小刀で削る。

としてすべて手作業による削りとしている。
 これに対して、さるやの菓子楊枝の場合は、(手作業が避けられない細工楊枝は別にして)仕上げ面から判断すると多くは機械加工に依存しているものと思われる。

 実は、1点だけ気になることがあって店の店主であろうじい様に聞いてみた。製品を見てわかるとおり、クロモジの楊枝は樹皮を残して樹皮に近い部分しか使わない。落とした中心部の行方は? 答えは簡単で、「使わない」ということであった。(実はこのじい様、七代目の山本貞治氏であった。社長は既に八代目の山本一雄氏が継いでいる模様である。)
 素朴な疑問が解消したが、少々拍子抜けした。皮のない楊枝ができそうであるが、クロモジを素材とした場合は皮がなくては商品価値がないということなのであろう。あーもったいない!と思いながら、中国での生産があるのか否かを聞き忘れた。日本の手作業は着実に中国に移転している現実があり、聞けばがっかりする可能性も感じて改めて聞くのはやめにした。

さるや
東京都中央区日本橋小網町18−10
http://www.geocities.jp/saruya300/index.htm


 
【参考】雨城楊枝うじょうようじ

・千葉県でただ一軒、「雨城楊枝」の名の楊枝が作られている。
・千葉県指定伝統工芸品で、君津市指定無形文化財にもなっている。
・江戸時代末期に上総久留里藩の藩士が内職で作ったことに始まり、当初は小楊枝(爪楊枝)であったが、明治時代に茶席用の細工楊枝も作り始めたという。「雨城楊枝」の名の「雨城」は「久留里城」の別名で、昭和の中頃にそれまでの「上総楊枝」に代えて呼ばれるようになったものとされる。
・現在、三代目が森 光慶氏、四代目が森 隆夫氏である。

森 光慶(有限会社 森 総合企画)
千葉県木更津市久津間317-3
 
 
 【追記 2017.3】   
   クロモジの花芽の数のいろいろ   
   クロモジの冬目を見ると、多くは葉芽1つに花芽が2つのパターンが多いことに気づく。中には葉芽だけのもの、花芽が3個のものも見られ、まれに花芽が4個以上つく場合もある。個々の花芽には複数のつぼみが入っていて、花序を形成するものであることがわかる。   
     
 
 花芽なし 花芽1個  花芽2個  花芽3個 
 
     
 
       花芽4個   花の柄が伸び出た状態
花の柄の下方に花序の柄があるから、これは決して花芽が多数ついたものではなく、個々の花のつぼみであることがわかる。
   花の柄が伸び出た状態
 これも同様である。
 
     
 【追記 2017.4】   
   クロモジ樹皮の黒い斑点は地衣類に由来するものなのか?   
   植物観察事典に、クロモジでは「 樹皮に地衣類の一種が付着して、まるで文字を書いたように見える。和名は「黒文字」の意である。 」とあった。クロモジでは樹皮に黒い斑点はほとんど見られないことは先に触れたとおりで、まれに見られる黒い汚れのようなものは名前の由来とは無関係と断じてよいと思われるが、地衣類であるとする説明は始めて目にすることから、(これが本当なのかはわからないが)興味本位で、クロモジ樹皮の黒い汚れを何とか探してみた。  
     
 
クロモジ樹皮の斑紋 1  クロモジ樹皮の斑紋 2  クロモジ樹皮の斑紋 3  クロモジ樹皮の斑紋 4
 
     
 
 上の写真のような暗褐色の汚れのような斑紋はそもそもあまり見られず、しかもこんなものが文字に見えるなどといったら笑われてしまう。文字っぽいと主張するためには、例えば右の写真で見られるような地衣類が普遍的に付かなければダメである。

 モジゴケはモジゴケ科モジゴケ属の地衣類の総称でもあり、こちらは本当に文字を書いたような外観となることから「文字苔」の名がある。 当て字ではない。

 なお、詳細は承知していないが、クロモジの爪楊枝の製品を見ると、乾燥した樹皮表面にナマの材の時とは明らかに異なる褐色の斑点が見られる。先に示したさるやのクロモジ製の爪楊枝を見ればこのことがわかる。自分で製作してみなければよくわからない。
地衣類のモジゴケの一種が付いた例で、セイヨウハシバミの樹皮で見られたものである。