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刃物あそび
 
    上質のはさみの衰退        
         三つ葉はさみの運命は?

             


 岐阜県関市の小ぎれいで上質な洋バサミ。作り手が高齢となって生産が細っていると聞き、今のうちと考えて早速購入した。安田洋鋏製作所の製品である。都内杉並区の刃物店で、「残りあと4個」としていたうちのひとつである。【2007.5】 


   上質のはさみは美しい!
全身はこのように、うらやましくなるようなスリムな姿である。ステンレス鋼鍛造品で、長さは5寸。

刃部の峰の部分も薄めに仕上げられている。柄部の断面は内側が薄くなっていて、三角形に近い。

 通称「三つ葉(三ツ葉)」とか「三つ葉印」といわれるが、見てのとおり、双葉の芽生えが3本並んでいるものであって、「三つ葉」の表現は植物学的に正確性を欠く、などということはどうでもいいことで、裏スキもきれいである。


 持ち手の輪は昔の事務はさみのようにくるっと巻き上げたデザインのステンレス鋼鍛造品である。全長は150ミリであるから小振りな方である。楽天のネット通販も行っていた。価格は税込み5千円である。20年前の「鋏読本」(佐野裕二著)にもこれより少し短いタイプの写真が掲載されていて、当時の価格が4,200円となっているから、ほとんど変化がない。また、楽天の通販では静岡県三島市の刃物店が同じ製品を出品していて、2007年5月時点で売り切れとなっていた。そこでは製品説明を以下のように丁寧に掲載していた。

 「知る人ぞしる、関の安田氏手作りの洋はさみです。手芸、きめこみ人形、アートフラワーなどをなさっている方によく使っていただいています。いまこのような薄刃で,できの良いはさみが少ないんです。安田氏も高齢で,製作できる数も少なく貴重なはさみです。」とある。さらに、同製作所の別の種類のはさみ(鋼鍛造品。黒打ち。)の説明では、「安田氏高齢・体調不良のため今後のハサミ製作は不可能なため在庫限りです。」と最悪の事態となっているではないか。一体どういうことであろうか・・・・

 さて、製品はこのサイズの他の鋏に比べると非常に薄くて軽い造りで、先端も非常に鋭く、繊細な作業にも適した製品であることがわかる。すり合わせの感触もよい。両面の磨きはきれいであるが、側面はヤスリ目がしっかり残っている。ステンレス綱の磨きはなかなか手間が掛かり、研磨用品の消耗も激しいと聞いたことがあり、これをさらにピカピカに磨いていたら、小規模生産では5千円では収まらなくなるのかもしれない。

 こうした上質の丁寧に作られたはさみは、長きにわたって大切に使われることは間違いないが、次第に市場から姿を消していくのは寂しい限りである。やがては文化遺産となってしまうのであろうか。現在の様子を知りたく直接電話をして、以下のことを聞いた。(2007.5.21)

・ 最近は注文が減って、しばらく作っていない。
・ 外注する部分があるので、まとまった量の注文がないと作れない。
・ 製作所は一人でやっている。
・ 刻印は決まった名前はないが、皆さんには「三つ葉(三ツ葉)」などと呼んでもらっている。
・ 刻印は自分のところのもので、商標登録している。
・ 博多鋏の鋼・黒打ちタイプはもう作っていない。
・ 手の輪が小さく、博多鋏より刃渡りの長いものは穂長(ほなが)と呼んでいる。
(管理者注:製品は写真に掲げた洋はさみのほか、博多はさみ型、ゴム切りはさみが見られる。)

 ということで、健在のようであり、ネット通販での表現はやや先走って正確ではなかった。ただし、しっかりと注文がないと本当に体調不良となってしまうおそれはある。

 いずれにしても状況は厳しく、これら小規模生産による上質なはさみの運命はどうなるのであろうか。


安田洋鋏製作所
岐阜県関市春日町3丁目20 TEL 0575-22-0357

 
裁ち鋏の場合

 一般家庭では、和裁、洋裁とは疎遠になりつつあり、裁ち鋏の総需要は随分減少したようである。都内及びその近隣でも東鋏(とうばさみ)の名で生産する複数の生産者が存在し、中には「総火造り」と呼び、持ち手を含めて一体的に鍛造を行う技法を継承している生産者もいる。しかし、手を掛ければ掛けるほど割に合わなくなるため、特に上級品の市場での生存は非常に厳しいようである。昔は、長く使うものは相当無理をして購入し、非常に大切にすると言う行動様式があったが、現在では3万円以上もする上質の総火造りの裁ち鋏などはそれほど数は出ないし、手間がかかる割には利幅もないようである。もうほとんど職人の意地で作っているのではないかと想像してしまう。しかし、減少した中でも何とか一定の需要は維持されていて、製品の生産が継承されていることは救いである。聞けば、外国人もしばしば買ってくれるそうである。

 前から感じていることであるが、20センチほどの裁ち鋏は値段もそこそこで手にも非常に馴染みやすいため、家庭の日常使いとして、もちろん事務はさみとしても最適であると確信している。しかし、ちょっと気取ってデスクに置いて様になるはさみかというと、外国人なら別の受け止めがあるかもしれないが、和裁・洋裁のはさみのデザインとしてのイメージで凝り固まっている我々には、どうもスマートでないという受け止めになってしまう。従来の延長線上以外の支持を得るためには小規模生産者の最も苦手とするデザインの大切さを感じる。ただ、次の話にも関連するが、単にデザインの問題というわけでもない。


 
洋バサミの場合

 広く言えば、和ばさみ以外は洋バサミともいえるが、ここでは、「洋バサミ」は@鋼鍛造でクロムメッキ(又はニッケルメッキ)仕上げ又はAステンレス鋼鍛造で鏡面仕上げのいずれかで、上質のものを対象にする。上質とはもちろん品質が高いレベルにあるとともに、デザインセンスもよく、さらに丁寧に仕上げているものを指すこととする。
 
 洋バサミについては、別の項で日独対決を試みた(実は何も対決していない)が、そこでは敢えてデザインには触れなかった。実は、スマートなドイツ製品と同じ土俵に上がれる製品がほとんど存在しないことがわかった。よくよく考えてみると、ヨーロッパ系の安定感のあるこうしたデザインは長きにわたる歴史の中で形成・定着したものと考えられ、ヨーロッパ各国のメーカーはどこでもこの様式化されたデザインの製品を生産していることがわかる。対する日本では、そもそもこれに相当する製品の歴史がないのである。では、ラシャ切り鋏(裁ち鋏)が外来のはさみを母体としているのと同様に、併せて洋バサミについてもなぜそのデザインを取り入れて、上質のものを生産しなかったのだろうか。多くの刃物を海外にも輸出する日本の企業の品揃えの真空地帯になっているように思われる。またこうした中で、僅かに残る上質の洋バサミが次第に消えつつある。

 都内のある大手文具店でガラスのケースに入った上質の洋バサミはドイツ製品だけである。残念なことに、並べることが可能な同等の製品で、安定的に生産・供給されている国産品がないのである。

 例えば、ドイツのドボ社のような品質、価格のレベルの製品がなぜ国産にはないのだろうか。なぜ国産の質のよい洋バサミが少ないのだろうか。

 それは、上質の刃物生産を専ら担っている日本の小規模生産者にはドボ社のはさみに見られるようなデザインの製品を製作し、同等の価格で提供することが困難だからではなかろうか。生産技術の詳細は承知していないが、その理由は次のとおりと推測する。

 ドボ社の製品は金型による型鍛造の手法を採用して、多品種の量産化とコスト抑制が図られているものと考えられる。しかし、この手法は金型にコストがかかり、日本の小規模生産者では導入は困難と思われる。 日本の小規模生産者が洋バサミを製作する場合は、プレスして型抜きしたハガネ板を手仕事で自由鍛造するのが一般的で、そのために持ち手の輪も唐鋏風のいつものデザインとせざるを得ないのであろう。しかし、この方法でも輸入品より高価格となってしまっている。仮に、敢えて輸入品と同様のデザインを採用するとなれば、特に持ち手の部分の作成など高級裁ち鋏でみられるような総火造りの非常に手間の掛かる手法を採用せざるを得ず、なお一層価格で太刀打ちできない事態となろう。唯一、理美容はさみは高価格でも質が評価されているため、海外でも競争力が確保できている。
(注)裁ち鋏の持ち手の形状は複雑であるが、通常は別途鋳物で作成したものを刃部に溶接している。
 
 では、日本の中・大規模な生産者はなぜ参入しないのか。日本の中・大規模メーカーは、はさみのほか、包丁でもナイフでも量産品を海外に輸出していることが知られている。一方、上質の洋バサミについては特に聞いてはいないが、参入するメリットがないと見ているのかもしれない。つまり、生産の効率性の観点から、多額の初期投資を必要として、なおかつ製品の仕上げに非常に手間の掛かる製品の生産に敢えて新規参入するような国内市場の将来性はないし、またこの分野は世界市場に後追いで割り込む余地がないと判断しているのではなかろうか。

 三つ葉はさみのような鋏に目が向いて欲しいものである。こうした製品はこだわりに支えられるものである。何とか生き延びて欲しい。