いつものように桃の木川サイクリングロードから上武大橋を渡り、利根川
右岸のサイクリング道に乗る。
この道を何度走ったことだろうか。
「羽生・道の駅」で最初の休憩を取るのもいつものことだ。
いつものように3時間で到着した。
しかしここからは県道60を走って近道をする。今回の目的は利根川ではな
く、銚子から館山まで外房海岸を走ることなので極力体力は温存したい。
羽生から栗橋までサイクリングロードは大きくカーブを描いて遠回りし、
おまけに高速道路や鉄道の橋梁に塞がれて何度も迂回させられる。それなら
一般道でさっさと栗橋に入り昼飯をとることにしたのだ。
寒さ対策は充分にした。おかげでラーメン屋に入ってジャンパーを脱ぐと
湿気ぽい熱気が湧き出た。下に着ていたたTシャツや山シャツはびっしょりと
濡れている。
途中「しまむら」で替えを買っておいて良かった。
関宿から江戸川サイクリングロードで野田へ、田圃を走る自分の影と競争
した。
野田橋から市街地に入って、宿はいつもの「てらだ旅館」。相変わらずや
る気の感じられない宿だが、素泊まり3500円はうれしい。
着ていたジャンパーを掛けると裾から汗がしたたり落ちた。
一休みして夕飯を買いに出かけるが、いつものヨーカ堂が潰れて半額弁当
が買えない。場所の良くわからないジャスコまで一緒に行ってくれたおじさ
んが、「最近群馬から来たベイシアというのができたおかげでジャスコもす
いている」と言った。
しかし行ってみると年越し準備の買い物客でごった返していた。
買い物もだいたいいつも同じで、弁当、ビールと焼酎、肴に鶏の唐揚げと
こんなふうだ。
午前7時、夜の明けるのを待って走り出した。
水堰橋のいつものコンビニに寄って朝食を取る。ここは休憩コーナーがあ
るので便利なのだ。
この先にしばらくサイクリングロードが途切れる区間がある。そこは洪水
時の水の逃がし口のようだ。
この前はヘビが飛び出してきたな。
いつもならそこを強行突破しているのだが今日は併走する一般道にしよう
かと悩む。
しかしその車の通行量を見るとやはり強行突破のほうがずっと安全そうだ。
風が強い。おかげで我孫子まではそれを背に受けて快調に飛ばす。しかし
印西で進行方向が変わると風が真横から吹き、一気にスピードが鈍った。
このあたりは数年前の徒歩旅行のときも一番辛かった場所だ。
車体を風に預けて斜めに傾いたまま進んだ。
あのカーブで進行方向が変わり、少し楽になる。
午前11時、運河の道をたどって佐原の街に入った。地盤のゆるい街だけに
震災の後遺症がまだ生々しく残る場所もあった。
蕎麦屋でカツ丼を食って出発すると佐原の手前で一度追い越したランナー
にまた出会った。毎年12月30日の恒例となっている銚子までのロングランだ
そうだ。
彼らが銚子に着く頃には間違いなく暗くなるだろう。
それに比べてこちらは快調そのもので、銚子に入ったのはまだ1時だった。
たっぷり時間があるのでいつも気になっていた「ぼっか」というログの喫
茶店に入り、コーヒーブレイクを洒落込む。
今日はアグネスたちが練習をしているはずだが、上手くやっているだろう
か。
銚子物産館へも寄り道をすると、濡れカステラなんていうのも置いてあっ
た。
濡れせんべいといい、銚子はなんでも濡らしてしまうのだな。
銚子での宿もいつもの「いずや」。ここの飯はとても美味く、それだけに
プラスティックの器が残念だったが、今回はそれが陶器に変わっていた分さ
らに美味い。刺身に焼き魚に煮魚と海の幸が続き、追加で焼き蛤とまた刺身
が来た。
部屋にはファブリーズが置いてあったので汗くさい服にたっぷりと吹きか
けた。
これで洗濯せずに後3日くらい着ていられるだろう。
数日前、銚子在住のチョコから年末年始は家にいるのとメールが来た。も
ちろん家などにいる訳もなく、しかし銚子に来ることは黙っていた。
今回、銚子は目的地ではなくただの通過地点なのだ。ここで彼女と酔いつ
ぶれる訳にはいかないのだ。
駅前ではイルミネーションが輝いていた。
宿の朝飯を食ったので出発は9時になってしまった。
今日からが本当の旅の始まり。外房海岸を館山まで走るのだ。
まずは犬吠埼に向かった。
何度も行っているので別に行く必要もなかったが、なんとなくケジメとい
うか区切りが欲しかった。
行ってみると震災で遊歩道は進入禁止だったり、土産屋もほとんど閉まっ
ていて、それなりにいた観光客も退屈そうだった。
まだ時間が早いからなのだろうか。数年前の大晦日はこうではなかった。
初日の出に集まるあの大勢の人混みとは対照的な光景だった。
その後マリーナから名洗の遊歩道を走って道に迷ったりして、なんだかん
だと時間が取られ、11時過ぎてもまだ銚子のイオンにいた。
R126を飯岡まで走ると飯岡九十九里サイクリングロードに出る。海岸線に
沿って走ると左手には長閑な海が広がった。
陽を受けた波が輝いている。
なんとも気持ちが良い。
正面に見える「かんぽの宿」のタワーを目指してペダルを踏んだ。
ポイントごとにサーファーが集まり波を狙っていた。やはり場所によって
波の良し悪しがあるのか人の群れにも大小がある。
サイクリングロードはやはり震災の影響で補修箇所がいくつもあり、何度
か併走する県道へ迂回した。そして、やがてそのサイクリングロードも終わ
り、本格的に県道を走る事になった。
それにしても千葉県の道路は狭く、そんな狭い道を車はこれでもかと飛ば
す。
今日はおよそ70km走り白子まで行かなくてはならない。午前11時に銚子発
だから走り通しでも宿に着くのは4時頃になってしまう。
あせり気味にペダルに力を込めた。
県道は視界が狭く、有料道路がじゃまをして海のうの字も見えないが、九
十九里ビーチラインというらしい。
それでも街道に黒い重厚な瓦が載った高い屋根の家は網元漁師のものだろ
うか。軒下には魚が乾してあったりして、ここが海の町と感じさせる風景を
所々で見かける。
ゆっくり飯を食う時間はない。コンビニで簡単な昼飯を食ってすぐに出発
した。
休んで冷えた身体に風が追い打ちをかけた。
それにしてもこのコンビニのお兄ちゃんもお姉ちゃんも感じが良かった。
飛ばしたせいか3時前に白子に着くと、今年最後の太陽が海をオレンジに染
め始めていた。サーファーたちがそれを横切る白い帯で踊っていた。
白子ユースは昔ながらの相部屋スタイルで、お客はおっさんおばさんばか
りなのは小笠原ユースで経験済みだ。親からユースに泊まれと言われて千葉
から自転車で来たふたりの高校生が場違いに見えた。
泊まり客は常連も一見さんもみんな初日の出が目当てのようだ。明日の天
気を気にしながらも談話室で持ち寄った酒を酌み交わすと、あっという間に
2011年最後の夜も過ぎて行った。
2012年元旦。早朝に目覚めたが、曇り空に酒も残っているので初詣も初日
の出もパスした。
新年を名物でもあるペアレント手作りのおせち料理で祝い、9時過ぎ、飲み
過ぎの重い身体を引きずって走り出した。
長生村。別荘地のテレビCMで見たことがある。観光牧場で馬が餌をねだる
ような顔で近づいて来たが先を急ぐ。
太東崎。ここは観光ポイントのようで東大方面へ車の出入りが激しい。し
かし当然パスする。
坂の途中でイタメシ屋が店の前に屋台を出して、コーヒーや弁当を売って
いた。暖かいコーヒーは飲みたかったし、売り子のおねーさんは美人だった
が坂の途中で止まりたくなかった。
自転車でなくてもあまり止まりたくない細い坂道だ。これで売れるのだろ
うかと人ごとながら心配になった。
通り過ぎてしばらくしてから気づいたが、これはサーファー向けの弁当販
売なのだろう。
やがて道は海から離れ起伏のある山道になった。
長く下り降りると御宿。サーフィンで有名なのは俺でも知っている。多く
のサーファーが海に街にあふれていた。
再び山を越えると勝浦に着いた。有名温泉地というのに閑散としている。
予定では今日はここまでで、勝浦駅に自転車をデポして電車とバスで再び
白子ユースに戻り、明日逆ルートでここに戻って自転車を回収して館山を目
指すはずだった。しかし交番で鴨川までの道のりを聞きに行くと、まだ時間
があるから鴨川まで走れと言う。
実際まだ12時なのでそれは俺も考えていた。
その間俺の話を聞いていたお巡りさんが何事かと次から次へと登場し、仕
舞いには4人に囲まれていた。
勝浦からしばらくは海岸沿いの長閑な道だったがやがて本格的な山道にな
り、何度もトンネルを抜けた。ほとんど測道に歩行者・自転車用トンネルが
あるが、それもないところでは車の途切れるのを狙って一気に走り切った。
もう鴨川というトンネルで車が渋滞していた。測道はない。
こんなところは走りたくないと思ってあたりを見渡すと、断崖に旧道らし
きものが見えたので自転車を向けた。
やはり旧道で、こちらはトンネルがないので景色もサイコーだ。
光る海面から奇岩が突き出ている。
車もほとんど通らないと安心していたら次第に追い抜いていく車が増えて、
なんだなんだと思っていると、峠を越えるととうとう渋滞した。そしてさら
に進むと対抗車線まで渋滞しだした。
再び、なんだ、なんだ。
あきらめ顔のタクシーの運ちゃんに何があるのと聞くと、タンジョージだ
と答えた。
タンジョージ?・・・は誕生寺だった。日蓮さんの生家に建てられた寺で、
それが初詣客でごったかえしていたのだ。
市街地に下っても混雑は終わらず、海岸に沿って土産屋、食堂、コンビニ
とこの渋滞は街を抜けるまで続いていた。
もうひとつの山を越し、再び海岸に沿った道を行き、鴨川シーワールドを
過ぎると今度こそ目的地の鴨川駅に着いた。
自転車を預け、さあ昼飯。その前に電車の時刻表を見ると40分しかない。
白子に戻るには電車とバスの乗り継ぎだがそのバスも電車も1時間に一本程
度で、乗り継ぎも悪いので結構メンドークサイのだ。
海の幸や暖かい汁物は諦めてスーパーの弁当コーナーに向かった。
弁当を買って駅に戻ると地震があった。おかげで電車が遅れてなんだよー
となったが、バスには間に合って事なきを得た。
ユースで二日間同宿のイチハラ(市原市から来ているので。本名は知らな
い。)さんに太東駅まで送ってもらった。
スズキのツインというチョロQの実写版のような車に荷物を押し込むと、
遊園地のゴーカートのように発車した。
鴨川駅に着くとすでに10時を廻っていてもうそれだけでも焦ってしまう。
10時といえば旅の始まりの頃はもうひと走りして最初の休憩をしている頃
だ。
海岸線が入り組んでいるので起伏を心配していたが、ひとつ小さな山を越
えると後はずっと平坦な道になった。
今日も左手には穏やかな海が広がっている。のんびりとこの海を眺めなが
らビールを飲みたいが先が読めない不安のほうが大きく、どうしても急いで
しまう。
まあこの不安も楽しむのが旅なのだ。
海岸の松林を通り抜けるとローズマリー公園があった。そういえば国道と
別れてから道端にはフラワーロードなんていう標識が出始めた。
毎年決まってこの季節になると房総に行ってみたいとお袋が言っていた。
春のような日射しにたっぷりと汗をかいていた。
半袖Tシャツ一枚になって山シャツやフリース、ジャンパーを乾していると、
なんだこいつはという顔で観光客が通り過ぎて行く。
居心地が悪いので早々に退却する。
風が出てきた。空にも雲が増え、なんとなく怪しい空模様になった。
ジャンパーを脱いで薄着になった途端にこれだ。
重い空の下、風にあがいてペダルを踏んだ。漁港の町並みもどこか荒涼感
がただよう。
千倉、白浜と聞いた名前の温泉街を過ぎ、海岸線の西側が拓けると風が勢
いを増した。
ペダルに力を入れたいが出発してから口に入れたのはアメを2個だけだ。か
といって、食堂などに寄るには時間はない。今何時かも解らない。
一度のトイレ以外は休まず走り、道の反対側に現れた「南房パラダイス」
という建物に逃げ込んだ。
時間は1時過ぎだった。
150円は高いと思ったが、すぐ食べられるので「くじらコロッケ」を買った。
南房総に入ると「くじらのたれ」というのぼりがあちこちの店頭に並んで
いた。これはクジラの干し肉を作る時に血が垂れるのでそう言うそうだ。す
き焼きのように鯨肉を食べる時の浸けダレではない。
俺のように勘違いする人間が多いらしいが、ここも岩手や和歌山のように
クジラが名物なのだ。
くじらコロッケをもう一個買った。
さらに強風を突いて走り、内房へ回り込み洲崎灯台に着くと東京湾は空も
海も暗く、強風に煽られてウサギが何匹も跳ねていた。
大島がすぐそこに見えた。
3日間長閑な外房の海を見せられた後、内房の海がこうとは皮肉なものだ。
館山駅には3時半に着いた。
どこか宿を探そうと思ったがあまり館山に泊まる気にならない。おまけに
駅員に帰りの切符の相談をすると、明日より今日のほうが空席があるという。
今は新幹線の空席状況は券売機で調べられるようになっているのには驚き
だった。
宿泊費を指定席代金に換えて東京行きの特急に乗った。
また時間がなかったので遅い昼メシは駅のカレーになった。
さらに恐れていたとおり、東京駅の地下深くにある内房線ホームから新幹
線ホームまで自転車を担いで地獄の行軍が待っていた。
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