小松島創作太鼓振興会






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 小松島市は、*源義経が源平屋島の戦いの際の、四国の上陸地と伝えられています。


  元暦2年(1185年)、義経は讃岐屋島に本陣を構えた平家を討つため、手勢150騎を従え、嵐の中、摂津国渡辺(現在の大阪市北区)を5隻で船出。3日かかる行程をわずか4時間で阿波勝浦(現在の小松島市)に漂着。旗山(現在の芝生町)に源氏の白旗を掲げ、軍勢を立て直した後、地元新居見城主近藤六親家の兵を先導役に屋島へ向かいました。屋島平家の本陣を奇襲、あわてた平家軍は海に逃れます。源氏は、この奇襲作戦を成功させたことが屋島での戦いの勝利を確実なものとしたと伝えられています。


*源義経(1159〜1189?)
源氏の棟梁(義朝)の子に生まれながら、牛若と呼ばれた幼少の頃から鞍馬山に預けられ、その後も関東奥羽を転々・・・・・暗い少年時代を過ごす。その義経が、華やかに歴史に登場するようになるのは、木曽義仲を京から駆逐し、続いて平家を相手に転戦した一ノ谷での勝利の頃からです。続いて、屋島で、壇ノ浦で幾多の武功をたてたことで、突如英雄の座に駆け昇りました。しかしながら、兄頼朝の不信を買い、追われる身となりますが、判官贔屓の人々の心は、北海道上陸説や中国大陸に渡ってヂンギスカンになったなど、様々な逸話を残して今も人々の心の中に生き続けている歴史上日本最大級の英雄です。



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