小松島創作太鼓振興会






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伝説が咲きみだれた街

勢合

弦張坂 弦巻坂 旗山・夢想祭
天馬石 弁慶の岩屋 新居見城跡

勢合
(せいごう)
 元暦2年(1185年)、手勢150騎を従え嵐の中を強行した源義経が、ここ漂着し勢揃いしたということから、この名が付けられたそうです。
 この地の裏山の山頂付近の山道に、くぼんだ約4メートル四方の岩石があり(もう取り除かれましたが)、溜まった水がなぜか潮の干満にあわせて増減したといいます。
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弦張坂
(つるはりざか)
 小松島市田野町の政所谷から、義経は峠の向こうの敵兵を警戒して、
 弓の弦を張って登ったことから名付けられたそうです。
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弦巻坂
(つるまきざか)
 弦巻坂とは反対側の坂で、恩山寺へ登る行く手に敵兵がいないことを知って、この坂で矢の弦を巻かしたのだそうです。
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旗山
(はたやま)
 源氏の軍が勢揃いすると、義経は兵士の士気を高めるために田野と芝生の境目にある小山の山頂に源氏の軍旗を翻したという言い伝えからつけられた小山です。
 現在ここには、像高6.7mの騎馬像(日本一)が建てられ、夜はライトアップされています。
義経夢想祭
 毎年2月に義経を偲んで催される祭りで、義経、弁慶らに扮した人を先頭にドリームロードを、スタンプを押しながらウォーキングする行事です。
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天馬石
(てんまいし)
 名馬磨墨と、宇治川先陣争いをした名馬池月が石に化したとか、馬が天から下りてきて化石になったとかいわれている岩で、なるほど馬の形をしています。
 この岩を踏むと腹痛を起こすそうな・・・?
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弁慶の岩屋
 古墳の一種で、今から約一千数百年以前のこの地の豪族の墓。
 これがなぜか、巨大なこの岩屋は怪力の持ち主弁慶なればこその仕業だと言い伝えられているらしい。
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新居見城趾
(にいみじょうし)
 近藤六親家の居城跡で、もともと平氏方についていたのが、義経が上陸の際、源氏に降りて屋島へ向けての案内役をつとめたそうです。

お問い合わせは、小松島創作太鼓振興会事務局
〒773-8501 徳島県小松島市横須町1-1 PHONE 08853-2-3803 FAX 08853-3-4560