金泉丑太郎
かないずみ・うしたろう

【生没】1857(安政4)−?
【略伝】
 川上音二郎一座の旗揚げに加わるが、後に分派して三友会を結成し、京都を中心に活躍した。
【特記】
【配役】Tweet
十貫寺梅軒(41) 春の波涛(1985・NHK)

金上盛備
かながみ・もりはる

【生没】1527(大永7)−1589(天正17)
【出身】越後国
【実父】金上盛信
【実母】沼沢正家女?
【略伝】
 芦名家の家臣。
 芦名家中で最大の知行を与えられていた重臣で、上杉家との国境越後津川城主を務め、1578(天正6)年の上杉謙信没後の上杉家の家督争いに際しては、その混乱に乗じて越後安田城を落とすなどの活躍をみせる。
 1584(天正12)年に主君芦名盛隆が横死すると、その後継にその子亀王丸を推して、伊達政宗の弟小次郎擁立を企図する一派と対立。1586(天正14)年に亀王丸が3歳で病没した後は、佐竹義広を盛隆の女婿に迎えて当主に据えるが、芦名家譜代の家臣と佐竹家から入った家臣との間の対立が深まり、家臣団の分裂が極まる。
 1589(天正17)年6月、南進する伊達勢と磐梯山麓摺上原に戦って討死した。
【特記】
【配役】Tweet
北島一男 独眼竜政宗(1987・NHK)

金栗四三
かなくり・しぞう

【生没】1891(明治24)−1983(昭和58)
【出身】熊本県
【実父】金栗信彦
【実母】金栗シエ
【別称】
【略伝】
 1910(明治43)年に東京高等師範学校(現・筑波大学)に入り、徒歩部・徒走部で活躍。1912(明治45)年、ストックホルムオリンピックで日本初のマラソン出場を果たすも途中棄権に終わる。
 東京高師卒業後は、各地で教員を務めながらトレーニングを重ね、1920(大正9)年のアントワープオリンピック、1924(大正13)年のパリオリンピックでマラソンに出場。その後、現役を退いて後進の指導に当たり、故郷の熊本で体育協会会長、教育委員長などを歴任した。
【特記】
【配役】Tweet
井田州彦(36) 夢をかなえた男 マラソン王 金栗四三(1999・TKU=テレビ熊本)
6中村勘九郎(38) いだてん 東京オリムピック噺(2019・NHK)

金津新兵衛
かなづ・しんべえ

【略伝】
 上杉家の家臣。
 主君長尾為景の子虎千代(上杉謙信)の養育係となり、妻は虎千代の乳母を務める。
 虎千代の成人後は、これに従って各地を転戦した。
【特記】
【配役】Tweet
高松英郎(40) 天と地と(1969・NHK)
小西博之(31) 天と地と 黎明編(1990・NTV)
六平直政(54) 天と地と(2008・EX)

神余親綱
かなまり・ちかつな

【生没】1526(大永6)?−1580(天正8)
【実父】神余実綱
【略伝】
 上杉家の家臣。
 上杉謙信に仕えるが、主に京都にあって朝廷や幕府との連絡役を務め、1553(天文22)年には、上洛した景虎(謙信)の後奈良天皇への拝謁を成功させる。その後、越後に戻って三条城主となった。
 1578(天正6)年の謙信没後に生じた上杉景勝景虎との家督争い(御館の乱)では景虎方に属し、翌年の景虎の横死後も三条城に立て籠って景勝に抗戦するが、翌1580(天正8)年7月、城内の内応者により殺害された。
【特記】
【配役】Tweet
祖父江進(46) 天地人(2009・NHK)

可児才蔵
かに・さいぞう

【生没】1554(天文23)−1613(慶長18)
【出身】美濃国
【別称】可児吉長
【略伝】
 福島正則の家臣。
 はじめ斎藤龍興に仕えるが、その後主君を次々と変え、やがて福島正則の家臣となる。1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いでは、正則に属して出陣して奮戦。その後、広島に加増転封となった正則に従って、広島に移った。
 なお、宝蔵院流の槍の名手として知られ、自らが倒した敵の首に笹をくわえさせたことから、「笹の才蔵」の異名をとった。
【特記】
【配役】Tweet
坂東好太郎(41) 神州天馬侠(1952・映画)
竹本和正(48) 葵 徳川三代(2000・NHK)
田中美央(43) 関ヶ原(2017・映画)

鐘捲自斎
かねまき・じさい

【出身】遠江国
【略伝】
 富田景政あるいは富田勢源に剣術を学び、鐘巻流を開く。
 後に北条家に剣術指南として仕えたとされ、門下に伊藤一刀斎が学んだという。
【特記】
【配役】Tweet
瀬川路三郎@(33) 剣難女難 前篇(1927・映画)
瀬川路三郎A(33) 剣難女難 後篇(1927・映画)
阿部九州男@(41) 剣難女難 女心伝心の巻(1951・映画)
阿部九州男A(41) 剣難女難 剣光流星の巻(1951・映画)
近衛十四郎(47) 狐雁一刀流(1963・映画)
2市川小太夫(67) 新・日本侠客伝(伊藤一刀斎)(1969・NET)
山田良樹 宮本武蔵(1990・TX)
津嘉山正種(59) 武蔵 MUSASHI(2003・NHK)

兼松又四郎
かねまつ・またしろう

【生没】1605(慶長10)−1674(延宝2)
【実父】兼松正成
【実母】桑原伝右衛門女
【別称】兼松正尾
【略伝】
 旗本白柄組の一。
 1616(元和2)年、父正成が尾張藩付となったが、自らは江戸に留め置かれ、後に幕府に出仕して御徒頭や御先弓頭などを務め、1650(慶安3)年からは徳川家綱付となる。その一方で、旗本奴の集団白柄組に属して、江戸市中でしばしば乱暴狼藉を働いたという。
【特記】
【配役】Tweet
尾上多見太郎(35) 大久保彦左衛門(1927・映画)
橘 光造 活人剣 荒木又右衛門(1935・嵐寛プロ)
原聖四郎(32) 若衆白柄組(1936・映画)
春日 清(41) 伊賀の水月(1942・大映)
時田一男 暁の三十八番斬り(1954・映画)
堀 正夫(51) 彦左と太助 俺は天下の御意見番(1955・映画)
生方 功(34) 荒木又右衛門(1955・松竹)
寺島 貢(54) 伊賀の水月(1958・大映)
小田部通麿@(32) 一心太助 天下の一大事(1958・東映)
小田部通麿A(32) 江戸の名物男 一心太助(1958・東映)
月形哲之介(33) 天下の伊賀越 暁の血戦(1959・東映)
南郷京之助(25) 天下の御意見番(1962・映画)
近江雄二郎 一心太助 江戸っ子祭り(1967・映画)
中野誠也(52) 荒木又右衛門 決戦・鍵屋の辻(1990・NHK)
原田清人(59) 荒木又右衛門 男たちの修羅(1994・TX)
真勝國之(36) 天下騒乱 徳川三代の陰謀(2006・TX)

鹿野峰吉
かの・みねきち

【生没】1851(嘉永4)−1918(大正7)
【出身】
【実父】鹿野音吉
【実母】
【別称】菊屋峰吉
【略伝】
 京都の書店菊屋の長男に生まれる。中岡慎太郎が菊屋に下宿するようになってから中岡や坂本龍馬と交流を重ね、龍馬の依頼で新選組屯所の偵察に当たったともいう。
 1867(慶応3)年11月、龍馬と中岡が京都近江屋で暗殺された際にはともに近江屋にあったが、龍馬から使いを頼まれていてたまたま近江屋を離れていたために難を免れ、近江屋に戻ったところで事件を知って陸援隊屯所に第一報を知らせた。
 1877(明治10)年の西南戦争では、会計軍夫として従軍した。
【特記】
【配役】Tweet
山本 孝 坂本龍馬(1928・映画)
菅沼宗則 維新の曲(1942・大映)
頭師佳孝(13) 竜馬がゆく(1968・NHK)
篠原一郎 竜馬暗殺(1974・映画)
伊藤洋一(15) 竜馬がゆく(1982・TX)
松本健司 白虎隊(1986・NTV)
奥山善一 竜馬がゆく(1997・TBS)
篠原 勇(20) 新選組!(2004・NHK)
大和田健介(20) 龍馬伝(2010・NHK)
加部亜門@(14) 龍馬 最後の30日(2017・NHK)
加部亜門A(15) 龍馬の遺言(2018・NHK)

上郡山仲為
かみこおりやま・なかため

【略伝】
 伊達家の家臣。
 1589(天正17)年、芦名家を滅ぼした主君伊達政宗により、弁明の使者として豊臣秀吉の許に遣わされた。
【特記】
【配役】Tweet
久富惟晴(52) 独眼竜政宗(1987・NHK)秀吉(勝新太郎)の使者という設定

(かめ)

【生没】1560(永禄3)−1625(寛永2)
【出身】駿河国
【実父】徳川家康
【実母】瀬名
【略伝】
 徳川家康の長女。
 1576(天正4)年、父家康の奥三河掌握のために奥平信昌に嫁ぐ。その後、信昌の上野小幡、美濃加納への転封に従い、1615(元和元)年の信昌の没後は落飾して盛徳院を称し、嫡男家昌が宇都宮へ、その子忠昌が下総古河に転じるとこれに従ったが、後に加納に戻り、同地に没した。
【特記】徳川氏(将軍家)略系図
【配役】Tweet
花井蘭子(19) 東海美女伝(1937・映画)
夏川かほる(21) 徳川家康(1964・NET)
原日出子(24) 徳川家康(1983・NHK)
大寶智子(21) 徳川家康 戦国最後の勝利者(1992・ANB)
松本友里(26) 織田信長(1994・TX)
本倉さつき(29) 徳川の女(1997・TX)

かめ

【生没】1573(天正元)−1642(寛永19)
【出身】山城国
【実父】清水清家?田原親広?
【実母】田中甲清女
【別称】相応院
【略伝】
 徳川家康の側室。
 はじめ竹腰正時、後に石川光元に嫁ぐが死別。その後、石清水八幡宮神職の清(志)水宗清の養女となって家康の側室となり、家康との間に仙千代義直をもうける。
 1616(元和2)年の家康没後は落飾して相応院を称し、その後、尾張藩主となった義直の名古屋入りに同行した。
【特記】
【配役】Tweet
朝比奈順子(35) 春日局(1989・NHK)
左 幸子(64) 女たちの名古屋城(1994・TVA=テレビ愛知)
床嶋佳子(36) 葵 徳川三代(2000・NHK)
白須慶子(29) 影武者徳川家康(2014・TX)

かめ

【生没】?−1630(寛永7)?
【実父】井伊直政
【略伝】
 伊達秀宗の正室。
 1609(慶長14)年に伊達秀宗に嫁いだ。
【特記】井伊氏略系図
【配役】Tweet
長谷川真弓(17) 独眼竜政宗(1987・NHK)

亀 岡
かめおか

【生没】
【出身】
【実父】
【実母】
【別称】
【略伝】
 近衛家の老女。
 村岡らとともに近衛忠Xに仕えた。
【特記】
【配役】Tweet
山本郁子(50) 篤姫(2008・NHK)

亀の前
かめのまえ

【実父】良橋太郎入道
【略伝】
 源頼朝の愛妾。
 伊豆に流されていた頼朝の寵愛を受けていたが、頼朝の正室北条政子の嫉妬を受け、1182(寿永元)年、政子の命を受けた牧宗親により、匿われていた伏見広綱邸を破壊され、広綱とともに大多和義久の許に逃れた。
【特記】
【配役】Tweet
高樹蓉子(23) 新・平家物語(1972・NHK)
結城しのぶ(26) 草燃える(1979・NHK)
松嶋尚美(34) 義経(2005・NHK)

亀山天皇
かめやま・てんのう

【生没】1249(建長元)−1305(嘉元3)
【出身】山城国
【実父】後嵯峨天皇
【実母】[女吉]子(西園寺実氏女)
【略伝】
 天皇(90代)。
 父後嵯峨帝の偏愛を受けたといわれ、1258(正嘉2)年、後嵯峨院の圧力を受けて兄後深草帝が退位させられると、10歳で践祚したが、引き続き後嵯峨院による院政を受ける。
 1272(文永9)年の後嵯峨院の崩御後、朝廷内では後深草派と亀山派の対立が激化。時の幕府執権北条時宗の周旋もあり、1274(文永11)年に譲位した皇子世仁親王(後宇多天皇)の皇太子には後深草院の皇子熙仁親王(伏見天皇)を立てることで一応の解決を見たが、後深草系(持明院統)と亀山系(大覚寺統)の対立はこの後100年以上も続くこととなった。
【特記】
【配役】Tweet
松田洋治(34) 北条時宗(2001・NHK)

賀屋興宣
かや・おきのり

【生没】1888(明治21)−1977(昭和52)
【出身】広島県
【実父】藤井稜意
【実母】藤井鎌子(賀屋明女)
【略伝】
 東京帝大を卒業後、大蔵省に入り、1937(昭和12)年に成立した第一次近衛文麿内閣で蔵相として入閣。1941(昭和16)年に成立した東条英機内閣でも蔵相を務め、日米開戦には反対の立場だったものの、膨大な軍事支出を軸とした戦時経済の運営を余儀なくされる。そのため、戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)ではA級戦犯として訴追され、終身刑に処せられた。
 1955(昭和30)年に釈放され、1958(昭和33)年に赦免。同年の衆議院議員総選挙に出馬して当選し、池田勇人内閣での法相や日本遺族会会長などを務め、1972(昭和47)年に政界を引退した。
【特記】
【配役】Tweet
山本 武(56) 激動の昭和史 軍閥(1970・東宝)
山田晴生(75) 日本の戦後(審判の日)(1977・NHK)
浜田寅彦(63) 大日本帝国(1982・東映)
斎藤英雄(60) 山河燃ゆ(1984・NHK)
松本克平(89) 命なりけり 悲劇の外相東郷茂徳(1994・TBS)
有島淳平(71) プライド 運命の瞬間(1998・映画)
益岡 徹(52) あの戦争は何だったのか 日米開戦と東條英機(2008・TBS)

香山栄左衛門
かやま・えいざえもん

【生没】1821(文政4)−1877(明治10)
【出身】遠江国
【実父】刈谷充塞
【実母】
【別称】
【略伝】
 幕府浦賀奉行所与力香山堅兵衛の養子となる。
 養父堅兵衛の後を継いで浦賀奉行所与力となり、1853(嘉永6)年にペリーが浦賀に来航した際には、浦賀奉行と称して黒船に乗り込んでペリーに応対し、その周到さをペリーに高く評価されたという(なお、同じくペリーに応対した浦賀奉行与力中島三郎助とは相婿の関係に当たる)。
 翌年、江戸城富士見宝蔵番へ転じ、その後、歩兵指図役頭取などを務める。維新後は新政府には出仕しなかった。
【特記】
【配役】Tweet
草薙幸二郎(42) 天皇の世紀(1971・ABC)
岩下 浩(40) 勝海舟(1974・NHK)
内海修宏(46) 龍馬伝(2010・NHK)

か よ
かよ

【生没】
【出身】
【実父】沢仁兵衛
【実母】
【別称】
【略伝】
 江戸城大奥の女中。
 江戸城大奥に出仕し、篤姫(天璋院)に御中臈として仕えた。
【特記】
【配役】Tweet
澁谷晶己(25) 篤姫(2008・NHK)

か る
かる

【生没】1684(貞享元)−1713(正徳3)
【出身】山城国
【実父】二文字屋(一文字屋)次郎左衛門
【実母】おかや
【略伝】
 大石内蔵助の愛妾。
 1701(元禄14)年、播磨赤穂を退去して京都山科に移り住んだ大石内蔵助が妻子を但馬豊岡のその実家に戻した後、進藤源四郎らの側女として同居する。翌年の内蔵助の江戸下向後に男子石之助を出産(この男子は後に寺井玄渓の手によって里子に出され、長じて大石良知を称した)。同年12月に内蔵助ら赤穂浪士による吉良上野介への仇討ちが成ると、出家して尼となった。
 なお、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」に登場するおかるは、その名を借りてまったく別の人物像に創作されている(その「おかる」については別項目で採録予定)。
【特記】
【配役】Tweet
片岡長正(32) 大石内蔵助実伝(1919・日活)
三保松子(34) 忠魂義烈 実録忠臣蔵(1928・映画)
山田五十鈴(22) 忠臣蔵(1939・映画)
北林早苗(24) お庭番(元禄十四年・元禄十五年)(1968・NTV)
志摩みずえ(23) 元禄太平記(1975・NHK)
三田寛子(16) 峠の群像(1982・NHK)
中山美穂(20) 忠臣蔵(1990・TBS)
宮沢りえ(21) 四十七人の刺客(1994・東宝)
菊池麻衣子(20) 忠臣蔵外伝 四谷怪談(1994・松竹)
安達祐実(18) 元禄繚乱(1999・NHK)
奥菜 恵(21) 携帯忠臣蔵(2000・東宝)

河北石見
かわきた・いわみ

【生没】?−1600(慶長5)
【別称】河北一成
【略伝】
 細川家の家臣。
 1600(慶長5)年7月、主君細川忠興徳川家康による上杉攻めの軍勢に加わって東下した際、大坂細川邸の留守居となって忠興の正室ガラシャの警護に当たるが、石田三成により人質として大坂城に入ることを要求されたガラシャが命を絶つと、これに殉じて自害して果てた。
【特記】
【配役】Tweet
生方 弘 聖女像(1960・TBS)
新井量大(70) 葵 徳川三代(2000・NHK)

川口雪篷
かわぐち・せっぽう

【生没】1818(文政2)−1890(明治23)
【出身】薩摩国
【実父】川口仲左衛門
【実母】
【別称】
【略伝】
 西郷吉之助家の食客。
 江戸に出て書や漢詩を学ぶが、後に罪を得て沖永良部島へ流される(流罪の理由には諸説がある)。島で同じく流人の吉之助と出会い、赦免されると鹿児島に戻って西郷家の食客となり、1877(明治10)年の隆盛の死後も西郷家にとどまった。
【特記】
【配役】Tweet
篠田節夫(44) 竜馬がゆく(1968・NHK)
藤岡琢也(57) 田原坂(1987・NTV)
竜 雷太(50) 翔ぶが如く(1990・NHK)
石橋蓮司(77) 西郷どん(2018・NHK)

河尻秀隆
かわじり・ひでたか

【生没】1527(大永7)−1582(天正10)
【実父】河尻親重?
【別称】河尻肥前守、河尻与一
【略伝】
 織田家の家臣。
 はじめ織田大和守信武に仕えるが、後に織田信秀に属し、信秀の没後はその後継信長に仕えて各地を転戦。1574(天正2)年より信長の嫡男信忠に付属させられ、1582(天正10)年2月からの甲斐・信濃侵攻でも信忠に従って出陣し、武田家の滅亡後は甲斐一国と信濃の一部を与えられる。
 しかし、同年6月、京都本能寺での信長の横死が甲斐に伝わると、武田家の遺臣などが各地で次々に蜂起。これが国人一揆化したため、その鎮定に当たるが、一揆勢により殺害された。
【特記】
【配役】Tweet
片岡五郎(42) おんな風林火山(1986・TBS)
森田順平(38) 信長(1992・NHK)
小川敏明(38) 利家とまつ 加賀百万石物語(2002・NHK)
稲田龍雄(44) 太閤記 サルと呼ばれた男(2003・CX)

川副久盛
かわぞえ・ひさもり

【生没】?−1569(永禄12)
【略伝】
 尼子家の家臣。
 尼子経久晴久義久の尼子家3代に仕えて各地を転戦し、尼子家の勢力拡大に貢献する。
 1566(永禄9)年、毛利勢の攻撃によって尼子家の本拠出雲月山富田城が落城した後も尼子家の遺臣を率いて主家再興のために奔走した。
【特記】
【配役】Tweet
上杉祥三(42) 毛利元就(1997・NHK)役名は河副久信

河津伊豆守
かわづ・いずのかみ

【生没】1821(文政4)−1873(明治6)
【出身】
【実父】河津三郎太郎
【実母】
【別称】河津祐邦
【略伝】
 江戸幕府の若年寄。
 幕府に出仕して箱館奉行支配調役などを務め、蝦夷地の開拓に尽力する。1863(文久3)年9月には外国奉行となり、横浜港の閉鎖交渉などのため、同年10月には池田筑後守らとともにフランスに渡るが、交渉に失敗し、帰国後、池田とともに免職された。
 その後、赦されて復帰し、関東郡代や長崎奉行などを務め、1868(明治元)年に外国事務総裁、若年寄に任じられ、瓦解する幕府を支えた。
【特記】
【配役】Tweet
川島宏知(50) 徳川慶喜(1998・NHK)

河辺高経
かわべ・たかつね

【生没】?−1189(文治5)
【別称】河辺太郎
【略伝】
 奥州藤原氏の家臣。
 藤原秀衡泰衡父子に仕え、1189(文治5)年7月の源頼朝による陸奥侵攻に際して、佐藤基治や同族(弟か)の伊賀良目高重らとともに頼朝勢と戦うが、討死した。
【特記】
【配役】Tweet
観世栄夫(39) 源義経(1966・NHK)
坂西良太(52) 義経(2005・NHK)

川南清兵衛
かわみなみ・せいべえ

【生没】
【出身】
【実父】
【実母】
【別称】
【略伝】
 薩摩藩士。
 薩摩藩(島津家)に仕え、1856(安政3)年、藩主島津斉彬の命により長崎海軍伝習所に入り、砲術などを学んだ。
【特記】
【配役】Tweet
岡崎二朗(31) 勝海舟(1974・NHK)

川原塚茂太郎
かわらづか・もたろう

【生没】1830(天保元)−1876(明治9)
【出身】
【実父】川原塚堅作
【実母】
【別称】
【略伝】
 1861(文久元)年、武市半平太の土佐勤王党に加盟し、尊王攘夷派として活動。1863(文久3)年に土佐藩隠居山内容堂による勤王党弾圧が始まり、武市が投獄されると、勤王党のまとめ役を担ったという。
 維新後は新政府に出仕していたが、1875(明治8)に辞職して高知へ戻る。その後、罪に問われて投獄され、翌1876(明治9)年10月に獄死した。
【特記】
【配役】Tweet
斉藤圭祐
原田裕章(38)
龍馬伝(2010・NHK)

河原林雄太
かわらばやし・ゆうた

【生没】1848(嘉永2)−1877(明治10)
【出身】豊前国
【実父】
【実母】
【別称】
【略伝】
 豊前小倉に生まれ、維新後は陸軍に入る。
 1877(明治10)年の西南戦争では、乃木希典率いる小倉歩兵第十四連隊に属して出陣し、連隊旗手を務めるが、同年2月、熊本植木で薩軍と交戦して討死した(その際、連隊を旗薩軍に奪取された)。
【特記】
【配役】Tweet
押本映治(25) 乃木大将伝(1925・松竹)
中野浩靖(17) 田原坂(1987・NTV)

河原村伝兵衛
かわらむら・でんべえ

【略伝】
 山県昌景に仕え、その主君武田信玄より直々に碁石金を拝領したという。
【特記】
【配役】Tweet
有薗芳記(47) 風林火山(2007・NHK)山本勘助(内野聖陽)の朋輩で後にその家臣となるという設定

姜 弘重
かん・こうじゅう

【生没】1577(天正5)−1642(寛永19)
【出身】李氏朝鮮
【実父】姜承旨
【略伝】
 朝鮮通信使。
 1624(寛永元)年、徳川家光の将軍就任祝賀のため、朝鮮通信使副使として来日。この時の記録を『東槎録』に残し、後に日本の火砲術を伝えて朝鮮での実用化に成功した。
【特記】
【配役】Tweet
イ・ハイシュン 葵 徳川三代(2000・NHK)

観阿弥
かんあみ

【生没】1333(正慶2・元弘3)−1384(元中元・至徳元)
【出身】伊賀国
【実父】服部元成
【実母】楠木正成妹
【別称】服部清次
【略伝】
 観世流能楽の創始者。
 幼少時に猿楽師に預けられてこれに学び、当時まだ雑芸に過ぎなかった古猿楽に、白拍子から発生した曲舞を取り入れ、新しい能楽を創成する。1369(正平24・応安2)年ごろ京都醍醐寺でこれを演じて好評を得、1374(文中3・応安6)年には将軍足利義満の前で「翁」を演じて、以後の特別の保護を約束される。
 1384(元中元・至徳元)年5月、駿河浅間神社での公演中に発病し、同地で没した。
【特記】
【配役】Tweet
西岡秀記(20) 太平記(1991・NHK)

願阿弥
がんあみ

【生没】?−1486(文明18)
【出身】越中国
【略伝】
 寛正年間(1460〜1465)の大ききんや応仁の乱の際には難民救済に奔走。その後、荒廃した京都清水寺の復興などに尽力した。
【特記】
【配役】Tweet
汐見 洋(69) 鮫(1964・映画)
篠田三郎(46) 花の乱(1994・NHK)

神吉頼定
かんき・よりさだ

【生没】?−1578(天正6)
【出身】
【実父】神吉信烈?神吉頼氏?
【実母】
【別称】
【略伝】
 播磨神吉城主。
 1578(天正6)年、織田信長に属していた播磨三木城主別所長治が信長に叛旗を翻すと、これに応じて神吉城に籠城する。攻め立てる羽柴秀吉の軍勢によく抗戦したが、同年7月、神吉城を落とされ、討ち取られた(秀吉方に通じた叔父貞光による暗殺とも)。
【特記】
【配役】Tweet
岡 雅史(43) 軍師官兵衛(2014・NHK)

観行院
かんぎょういん

【生没】1826(文政9)−1865(慶応元)
【出身】山城国
【実父】橋本実久
【実母】中島氏女
【別称】橋本経子
【略伝】
 和宮の母。
 1839(天保10)年、仁孝天皇の後宮に上がり、皇子胤宮(早世)、和宮をもうけ、1846(弘化2)年に天皇が崩御すると、落飾して観行院を称する。
 1861(文久元)年に和宮が将軍徳川家茂との婚姻のために江戸に下る際、これに随行してともに江戸城大奥に入り、その婚礼後も引き続き江戸城大奥にとどまったが、1865(慶応元)年8月、江戸城に没した。
【特記】
【配役】Tweet
三宅邦子(41) 朱雀門(1957・大映)
津島恵子(37) 皇女和の宮(1963・NTV)
松風はる美(38) 天皇の世紀(1971・ABC)
森 光子(61) 和宮様御留(1981・CX)
三ツ矢歌子(47) 大奥(1983・KTV)
鳳八千代(52) 天璋院篤姫(1985・ANB)
司 葉子(57) 和宮様御留(1991・ANB)
山本陽子(56) 徳川慶喜(1998・NHK)
岡まゆみ(47) 大奥(2003・CX)
若村麻由美(41) 篤姫(2008・NHK)

神崎与五郎
かんざき・よごろう

【生没】1666(寛文6)−1703(元禄16)
【出身】美作国
【実父】神崎光則
【実母】下山太郎兵衛女?
【別称】千崎弥五郎(芝居)
【略伝】
 赤穂四十七士の一。
 はじめ美作津山藩(森家)に仕えていたが、故あって浪人し、後に播磨赤穂藩(浅野家)に出仕し、徒目付などを務める。
 1701(元禄14)年、主君浅野内匠頭が江戸城内において吉良上野介に刃傷に及んだ際には赤穂にあり、当初から仇討ちの義盟に加わる。、後に吉良への早急な仇討ちを強硬に主張する江戸の急進派の慰撫を大石内蔵助に依頼され、江戸へ下向。その途上の駿河三島宿で馬喰の丑五郎との間に争論を生じ、詫び証文を残した逸話が知られているが、これは創作された話のようで、実際にその詫び証文を書いたのは大高源五であるともいう。なお、江戸では物売りに扮して吉良邸へ出入りし、吉良家の女中や奉公人に近づいて吉良方の様子を探るなどした。
 1702(元禄15)年12月の吉良邸への討入りに際しては表門隊に属し、討入り後は水野監物に預けられ、1703(元禄16)年2月、幕府の命により水野邸にて切腹した。
 文人として才があり、俳諧を通じて宝井其角とも親しく、大高と並び称されている。また、後に前原伊助とともに義盟の顛末を書いた「赤城盟伝」を残した。
【特記】
【配役】Tweet
2尾上松之助@(37) 神崎与五郎幼年時代(1912・横田)
2尾上松之助A(38) 神崎与五郎 増補(1913・日活)
2尾上松之助B(40) 神崎与五郎(1915・日活)
5沢村四郎五郎(44) 神崎堪忍袋(1921・松竹)
市川姉蔵(43) 神崎与五郎(1921・日活)
市川莚十郎(52) 神崎与五郎(1921・松竹)
有田松太郎(40) 神崎与五郎(1923・牧野)
片岡松燕@(30) 間重次郎(1925・映画)
片岡松燕A(31) 実録忠臣蔵(1926・映画)
堺泉之介 人間定九郎(1926・映画)
雲井龍之介@(24) 神崎与五郎(1927・東亜)
片岡松燕B(32) 増補改訂忠臣蔵(1927・映画)
実川延松(33) 忠臣蔵(1927・映画)
市川小莚次 忠魂義烈 実録忠臣蔵(1928・映画)
久米 譲(29) 不破数右衛門(1928・日活)
森 悦郎 馬喰の丑五郎(1929・映画)
林誠太郎(34) 足軽吉右衛門(1930・帝キネ)
楠英二郎(28) 元禄快挙 大忠臣蔵(1930・日活)
松本栄三郎(25) 赤穂浪士(1932・河合)
冬木京三(23) 忠臣蔵(1932・映画)
永井寛二郎(26) 堀田隼人(1933・映画)
楠 武夫 神崎東下り(1934・エトナ)
雲井龍之介A(31) 忠臣蔵(1934・映画)
都健太郎 血吹雪名槍伝(1935・映画)
近衛十四郎(20) 神崎与五郎東下り(忠臣蔵シリーズ第3話)(1936・大都)
原 健作@(31) 小平太何処へ行く(1936・松竹)
千代田勝太郎 岡野金右衛門(1937・映画)
市川松之助(30) 神崎与五郎(1937・全勝)
三宅雄二郎 元禄快挙余譚 土屋主税 雪解の巻(1937・映画)
市川百々之助(32) 赤垣源蔵(1938・日活)
大乗寺八郎(29) 神崎東下り(1938・大都)
原 健作A(33) 忠臣蔵(1938・日活)
沢田 清(33) 神崎東下り(1939・日活)
岡野彦一 神崎出世の刃傷(1939・大都)
月田一郎(30) 忠臣蔵(1939・映画)
市川男女之助(29) 神崎東下り(1941・新興)
尾上栄五郎(49) 赤穂義士(1954・大映)
園田健二(27) 忠臣蔵(1954・映画)
北沢 彪(44) 元禄美少年記(1955・映画)
楠本健二(27) 赤穂浪士(1956・東映)
14守田勘弥(49) 忠臣蔵の人々(1956・KR)
片岡栄二郎(38) 悲恋おかる勘平(1956・映画)
伏見扇太郎(20) ほまれの美丈夫(1956・映画)
原 京市 赤穂義士(1957・映画)
永田光男(43) 大忠臣蔵(1957・松竹)
尾上鯉之助(24) 誉れの陣太鼓(1957・映画)
舟木洋一@(26) 忠臣蔵(1958・大映)
4尾上菊次郎(54) 忠臣蔵 暁の陣太鼓(1958・松竹)
4坂東鶴之助(30) 赤穂浪士(1959・NET)
若杉恵之助(33) 血槍無双(1959・映画)
那須伸太朗(40) 忠臣蔵(1959・東映)
舟木洋一A(27) 薄桜記(1959・大映)
南原宏治(33) 侍(三人の義士)(1960・CX)
疋田圀男 赤穂浪士(1961・東映)
天野新二(28) 義士江戸日記(1961・NTV)
山本 廉(32) 忠臣蔵(1962・東宝)
三橋達也(40) 赤穂から来た浪人(1963・NTV)
鈴木瑞穂(37) 赤穂浪士(1964・NHK)
南都雄二(58) 忍法忠臣蔵(1965・映画)
近藤洋介(34) 剣(おかる勘平)(1967・NTV)
住吉正博(26) お庭番(元禄十四年・元禄十五年)(1968・NTV)
中山 仁(27) あゝ忠臣蔵(1969・KTV)
中丸忠雄(38) 大忠臣蔵(1971・NET)
川辺久造(43) 元禄太平記(1975・NHK)
高月 忠(35) 赤穂城断絶(1978・東映)
林彰太郎(45) 赤穂浪士(1979・ANB)
小林稔侍(40) 忍びの忠臣蔵(1981・CX)
小野ヤスシ(42) 峠の群像(1982・NHK)
黒部 進(44) くノ一忠臣蔵(1983・CX)
近藤正臣(44) 好色一代男(1986・TBS)
本田博太郎(36) 必殺忠臣蔵(1987・ABC)
三上直也(54) 忠臣蔵 いのちの刻(1988・TBS)
名高達郎(38) 女と男の忠臣蔵3(1989・ANB)
柴田p彦(46) 大忠臣蔵(1989・TX)
中丸新将(41) 忠臣蔵(1990・TBS)
三ツ木清隆(38) 忠臣蔵(1991・CX)
寺泉 憲(45) 腕におぼえあり(1992・NHK)
塩屋 俊(38) 四十七人の刺客(1994・東宝)
伊藤敏八(47) 大忠臣蔵(1994・TBS)
石田登星(36) 忠臣蔵(1996・CX)
3渋谷天外(43) 編笠十兵衛(1997・TX)
石橋 保(34) 赤穂浪士(1999・TX)
三浦浩一(46) 元禄繚乱(1999・NHK)
日野陽仁(45) 忠臣蔵 1/47(2001・CX)
梨本謙次郎(42) 忠臣蔵 決断の時(2003・TX)
清田正浩(39) 最後の忠臣蔵(2004・NHK)
村井克行(35) 忠臣蔵(2004・EX)
中村有志(50) 花よりもなほ(2006・松竹)
岡本光太郎(34) 忠臣蔵 瑤泉院の陰謀(2007・TX)
野々村仁(40) 忠臣蔵 その男、大石内蔵助(2010・EX)
宮下裕治(37) 忠臣蔵 その義 その愛(2012・TX)
茂山逸平(37) ちかえもん(2016・NHK)

神田橋直助
かんだばしなおすけ

【生没】1839(天保10)−1862(文久2)
【略伝】
 薩摩藩士。
 江戸に出て、清河八郎と懇意となり、尊王攘夷思想に傾斜。1860(万延元)年には、清河を中心に結成された虎尾の会の幹部となり、この年ヒュースケンを暗殺する。
 翌年4月、薩摩藩内の尊王攘夷派と示し合わせて上洛したが、これらが粛清された寺田屋事件に関係して藩の嫌疑を受け、国元への送還のために押しかけた藩の役人に対して抵抗した上割腹し、藩邸への護送中に絶命した。
【特記】
【配役】Tweet
小林健一(32) 新選組!(2004・NHK)

がんまく
がんまく

【略伝】
 豊臣秀吉の幼なじみ。『太閤記』に登場する創作人物。
【特記】
【配役】Tweet
団 徳麿(38) 出世太閤記(1938・日活)
清川荘司(50) 新書太閤記 急襲桶狭間(1953・映画)
松山照夫(33) 太閤記(1965・NHK)
小池幸次(42) 国盗り物語(1973・NHK)
火野正平(46) 豊臣秀吉天下を獲る!(1995・TX)
赤井英和(37) 秀吉(1996・NHK)石川五右衛門とあわせた設定

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