Hauptseite

メインページ

 

Profil

自己紹介

 

"Meine" Burgen und Schlosser

 

Gästebuch

ご訪問帳

 

Aufsatz

エッセー

 

 

 

 

Klassifikation

 

Mehr Burg

もっとブルク

 

 

 

 

 

 

Rund um Schloß

城の周囲

 

Architekturgeschichte

建築史

 

Königsschlößer

王の城

 

Im Schloß I.

城内その1

 

Im Schloß II.

城内その2

 

Im Schloß III.

城内その3

 

Schloß Hohenschwangau

 

Rund um Schloß

城の周囲

 

Im Schloß I.

城内その1

 

Im Schloß II.

城内その2

 

Hohes Schloß

 

Schloß Mirabell

 

Schloß Leopoldskron

 

Im Schloß I.

城内その1

 

Im Schloß II.

城内その2

 

Im Schloß III.

城内その3

 

Im Schloß IV.

城内その4

 

 

Im Residenz

宮殿内

 

 

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット

 

 

Burg Lahneck

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg

城内

 

 

Burg Eltz

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg I.

城内その1

 

Im Burg II.

城内その2

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット

 

Dresdener Zwinger

 

Museen

博物館

 

Schloß Lichtenstein

 

Schloß Geyerswörth

 

Veste Coburg

 

Museen

博物館

 

Hazlov Zámek

 

Hrad Karlštejn

 

Schloß Linderhof

 

Im Schloß

城内

 

 

 

Casa Poporului

 

Im Palast I.

館内その1

 

Im Palast II.

館内その2

 

Im Bau

 

Andere Räume

 

Castelul Peleş

 

Im Castelul I.

城内その1

 

Im Castelul II.

城内その2

 

Im Castelul III.

城内その3

 

 

Burg Nassau

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Palast

本館

 

Bergfried

主塔

 

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Nebengebäude

別館

 

Hauptgebäude

本館

 

Schloß Takada -

Drei Tierd Turm

 

Im Drei Tierd Turm

三重櫓内部

 

Schloß Hellbrunn

Neu

Im Schloß I.

城内その1

Neu

Im Schloß II.

城内その2

Neu

Japanische Erläuterung

日本語解説

Neu

 

Burgen und Schlösser

an der Romantischer Rhein

 

Burgen und Schlösser an der Mosel

 

 

 

Konige von Bayern

 

Erzbischöfe von Salzburg

 

Hochformat

 

 

 *

http://www.geocities.jp/kim39570741/crown01.gif

 

Burg Eltz

 

( ブルク エルツ )


エルツ城

 

~築城開始から850年以上、深い森の奥に聳える孤高の名城~ 

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_099-01-IMGP0425-1.JPG

 

※この城は5つのページに分けてあります。

 ↓現在のページ

 

 

 

 

 

 

Burg Eltz

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg I.

城内その1

 

Im Burg II.

城内その2

 

 

 

 

 

 

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット

 

 

 

 

 

 

 

- 目次 -

Kommentars / 解説

Assoziierte Personen / 関連人物

Mein Burgbesuch / 訪問記

Großangelegte Reparatur / 大規模修繕

Historie / 歴史

Daten  / データ


 

Kommentars / 解説


 

ドイツ、ラインラント・プファルツ州、ミュンスターマイフェルト(Münstermaifeld)、ヴィアーシェム(Wierschem)郊外の森の奥に建つ城。

 

築城時期はハッキリしませんが、12世紀頃の文献に『1157年、ルドルフ・フォン・エルツが、皇帝フリードリヒ一世(バルバロッサ:赤髭王)の証人として、皇帝の譲渡証書に署名している』旨の記述があり、このルドルフ・フォン・エルツという人物が、現在のエルツ城の南側の部分にある “プラット・エルツ(Platt-Eltz)” と呼ばれる建物に居住していたことが伝わっており、エルツ城はそれ以前に築城されたものと思われます。

 

ルドルフ・フォン・エルツの4世代後、彼の曾孫にあたるエリアス、ヴィルヘルム、ディートリヒ(テオデリヒ)の三人の兄弟の時代(1268年以前)に最初の分家がおこなわれ、城と付属農園も分割されました。その後、家系はリューベナッハ家、ローデンドルフ家、ケンペニヒ家を興し、エルツ城はこの三家系の共同財産となり、時代と共にそれぞれ家族の増加により、城も増築されていきました。

 

増築の結果、全部で100もの居住部屋ができ、最盛期には家来や召使いを除くエルツ三家族で100人もの人が居住していました。

ちなみにエルツ家のそれぞれの家系では、ライン川周辺に領地や農地、住居を持っており、すべてのエルツ家の人たちがこのエルツ城に居住していたわけではないようです。

 

城の建つ敷地は、さほど広くないため、築城開始以来約500年にわたり建物は上へと建て増しされ、1661年に増改築されたケンペニヒ・ハウス(南西部分)の完成により工事は終了しました。

 

以降は補修以外の手を加えられることなく、また戦争などの混乱でも一度も侵略や攻撃を受けなかったため、往時の美しい姿を伝えています。

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_101-01.JPG

 

数あるドイツの城の中でも、戦禍を免れ、攻撃も受けず破壊もされずに350年以上も同じ姿を伝えている城は非常に珍しく貴重な存在です。

1961年から1995年まで流通していた西ドイツマルクの裏面にも描かれていました。

 

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_102-01.JPG

 

徒歩で訪問する場合は、コブレンツ中央駅(Koblenz Hbf)より、コッヘム(Cochem)やトリアー(Trier)方面の普通列車で約30分、9番目のモーゼルケルン駅(Moselkern Bahnhof)で下車し、駅を背に右手(南側)に進み、モーゼルケルンの町を抜け、鉄道のガード下をくぐり『Burg Eltz→』の案内板と、エルツバッハ(Elzbach)という小川に沿ってハイキングコースを一時間ほど歩くと城に辿り着けます。

  

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_103-01.JPG

駅から城までは約5キロと道のりは長いですが、ハイキングコースはほぼ一本道で、起伏も少なく、美しい森が続くため、さほど苦にならずに行けると思います。

 

注意:

 

この城は、徒歩で行く場合は約5キロものハイキングコースを一時間ほど歩いて行くことになります。途中にお店や民家が一切なく、所々にベンチとゴミバコがあるくらいなので、飲食物をしっかり持って行きましょう。ただし重い荷物は控えた方がよさそうです。

 

また雨が降った時、雨上がりの道には、ナメクジがをよく出ているので、踏まないように注意しましょう。

 

モーゼルケルン近郊の町からミュンスターマイフェルトの町を経由して城まで行くバスも出ていますが、土日祝日のみ運行のバスなので、事前に確認してください。

 

城までの往復に時間がかかり、城周辺の景色も美しいため、ついつい長時間滞在してしまいがちなので、時間を充分にとって訪問してください。

 

城内はドイツ語もしくは英語のガイドツアーで見学することになり、その際、城内の写真撮影は禁止されています。宝物館はフラッシュなしでの撮影は可能です。

また日本語のパンフレットがあるので、ぜひ借りましょう。

 

チケットは宝物館と城内ガイドツアーの共通券で一般者は9ユーロです。

宝物館と城内ガイドツアーのどちらを先に行ってもOKです。

 


 

Assoziierte Personen / 関連人物


 

http://www.geocities.jp/kim39570741/00/Hochformat/no_image.JPG

Rudolphus de Elze (Rudolf von Eltz)

ルドルフ・フォン・エルツ

 

生没年不詳 (?~1160年頃歿)

 

記録に残るエルツ家最古の人物。

12世紀に書かれた文献にその名が残っています。

文献から、1157年に現在エルツ城が建っている場所に館を建てて住んでいたということが分かっています。

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Jakob_von_Eltz.jpg

Jakob von Eltz-Rübenach

ヤコプ・フォン・エルツ=リューベナッハ

 

1510年生~1581年6月4日歿

トリアー大司教兼選帝侯:1567年5月15日~1581年6月4日

プルム修道院長:1576年~1581年6月4日

 

トリアー大司教兼選帝侯、プルム修道院長。

エルツ=リューベナッハ家出身。

ハイデルベルク大学、ルーベン大学、フライブルク大学で法学と神学を学び、聖職者の道に進む。

1564~1566年までトリアー大学学長を務め、1567年4月7日にトリアー大司教兼選帝侯に選出された。(トリアー大司教ヤコプ3世)

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Philipp_Karl_von_Eltz.jpg

Philipp Karl von Eltz-Kempenich

フィリップ・カール・フォン・エルツ=ケンペニヒ

 

1665年10月26日生~1743年3月21日歿

マインツ大司教兼選帝侯:1732年6月9日~1743年3月21日

 

エルツ=ケンペニヒ家出身。

次男だったために家督を継ぐ必要がなく、聖職者の道に進む。

1732年6月9日にマインツ大司教座聖堂参事会によって全会一致で大司教兼選帝侯に選出され、アルプス以北では最も強力な大司教、ドイツの教会の主席代表、ローマ教皇に次ぐ高い地位になった。

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/hans-anton-zu-eltz.jpg Graf Hans Anton zu Eltz-Üttingen

ハンス・アントン・ツー・エルツ=ウッティンゲン

 

生没年不詳(17世紀)

 

エルツ家出身。

フランス王国軍の上級将校。

プファルツ継承戦争(1688~1697)の際、ルイ14世のフランス王国軍によって、ライン川沿い、モーゼル川沿いの城が次々に破壊されていく中、彼の尽力により、エルツ城は破壊する城のリストから外れ、攻撃破壊を免れる。

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Jakob_zu_Eltz.jpg

Jakob, Graf von Eltz

ヤコプ,グラーフ・フォン・エルツ(ヤコプ,エルツ伯爵)

 

1921年9月22日生~2006年2月10日歿

 

エルツ=ケンペニヒ家出身。

エルツ家第33代当主。

クロアチアにあるエルツ家所有の城(Schloß Eltz)で育つ。

マインツのヨハネス・グーテンベルク大学で法学を学び、エルツ城と財産管理を相続する。

ライン川沿いの町エルトヴィレに在住し、広大な葡萄畑を所有していた。1964年から1976年までラインガウ・ワイン生産者協会の会長を務めた。

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Karl_Graf_von_Eltz.jpg

Karl, Graf von Eltz

カール,グラーフ・フォン・エルツ(カール,エルツ伯爵)

 

1948年5月1日生~

 

エルツ=ケンペニヒ家出身。

エルツ家第34代当主、現在の家長、城主。

2006年、先代の城主の死去に伴いエルツ城を相続する。


↑上へ

 ↓現在のページ

 

 

 

 

 

Burg Eltz

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg I.

城内その1

 

Im Burg II.

城内その2

 

 

 

 

 

 

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット

 

 

 

 

 

 


 

 

Mein Burgbesuch / 訪問記


 

2005年4月4日

2014年4月27日

 


初訪問…2005年4月4日

 

高校生の頃に挑戦したジグソーパズルの一つに「ラインの城 / Castle of Eltz」と題されたものがありました。

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_166-01-P9169824.JPG

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_165-01-P9169825.JPG

 

その絵柄がこの城で、「ライン川沿いにこんな城ってあったっけ?なんか山奥にあるような感じだし・・・」と思っていたところ、後に買った城関係の本には「エルツ城~モーゼル川から少し奥に入った場所に建っている城~」と紹介されていました。

 

エルツ城はライン川沿いではなく、モーゼル川沿い、それもモーゼル川からかなり内陸に入ったところにあります…ジグソーパズルの絵柄の題名、けっこーいい加減なネーミングなんですねぇ~…。(ーー;)

 

さて、この時の旅行から、列車の時刻表を調べて旅程表を作り、それにそって計画的に旅行するようになりました。2005年はライン川~モーゼル川沿いの周遊する旅を計画し、エルツ城の開館時期に合わせて、旅行も3月下旬~4月の時期にしました。

 

2005年4月4日…この日はコッヘムの町のホテルにチェックイン後、昼間にコッヘム城を訪問し、午後にエルツ城を訪問しました。

 

モーゼルケルン駅に13:35頃に到着、静かな町と美しい森を抜けてエルツ城に到着したのは14:45頃で、1時間10時ほどかかりました。

 

森を通るコースで行くと、城の東側に出るんですねぇ~…。

 

↓東側から見たエルツ城

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_038-01-IMGP0394.JPG

 

チケットを購入し、ガイドツアーが始まるまで中庭を散策します。

この時はプラット・エルツとリューベナッハ・ハウスの間にある西側のテラスにも行くことができました。

↓エルツ城の中庭

 

↓西側のテラス部分

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_035-01-IMGP0401.JPG

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_036-01-IMGP0402.JPG

 

ガイドツアーは、リューベナッハ・ハウスの一階→二階、一旦中庭に出て、ローデンドルフ・ハウスの一階→二階の順でまわったような気がします。

日本語のガイドブックもなく、城のどの部分にいるのか分からない状態で、英語の説明を受けるまま、ほとんど内容が分からないまま、40分ほどのガイドツアーは終わりました。

その後は宝物館を見学して、エルツ城がよく見える場所から城の撮影をしました。

 

周囲には民家などが一軒もなく、丘陵地帯の中にポツンと建つ城…エルツ城は現世から隔絶された感がありますね~…。

 

城も周囲の景色も、長らくこのままだったんでしょうね。

17時頃にエルツ城を後にしました。

帰りの列車の時刻が迫っていたので、けっこう早足で森を抜け、約40分ほどで駅に到着しました。

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_037-01-IMGP0426.JPG


二回目の訪問…2014年4月27日

 

9年ぶりの訪問です。

エルツ城の最寄りの町であるモーゼルケルンに宿泊していました。

この日は朝から雨が降っていましたが、朝食後、私が城に向かって出発する頃に合わせて雨もやんでくれました。

 

ホテルを出てすぐのところに町の教会があり、内部を少し見学してから、いよいよエルツ城に向かって歩きます。

 

雨上がりの道には、ところどころに私のニガテなナメクジがいます。( ̄ω ̄;)

 

城までの道のりは長いですが、木々に囲まれたいわゆる林道は、とにかく「美しい!」の一言に尽きます。むこうからやってくる人は誰もおらず、鳥の鳴き声と道の脇に沿って流れるエルツ川のせせらぎにとても癒されます。

途中、写真を撮りながら、比較的ゆっくり歩いて行ったので、出発からエルツ城の城門までは1時間15分ほどかかりました。


 ★エルツ城までの道のり~中庭~外観~★


今回の訪問の最大の目的は、“ホームページを作成するため城内の部屋の位置を把握すること”で、エルツ城の見取り図を持参しました。

 

9年前の訪問時にはなかった日本語パンフレットもあり、内部の各部屋の名前や由来など、貴重な情報や資料を入手できました。

 

中庭の奥にあるテラス部分だけは工事中で立ち入りできませんでしたが、大修繕工事もほぼ終了し、リニューアルされた外観も、必要以上に余計な改修(まるで新築のようにきれいになりすぎになっていることもある)がされていないため、美しいエルツ城を鑑賞することができました。

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_161-01-P4273431.JPG

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_163-01-P4273408.JPG

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_162-01-P4273392.JPG

 

モーゼルケルンの町から城に向かう途中の森も、丘陵地帯の中に聳える城も、たいへん美しく、何度でも行きたくなります。

 

エルツ城は1157年以前の築城から代々の子孫が約500年の歳月をかけて増築し、1661年の工事終了をもって完成としました。

以後350年以上、周囲の景色もそのまま、城は威容を誇り、城主も850年以上にわたり一貫してエルツ家の子孫によって代々受け継がれています。

 

中世の城に興味をお持ちの方には、ぜひ一度、訪問していただきたいオススメの城です。


↑上へ

 ↓現在のページ

 

 

 

 

 

Burg Eltz

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg I.

城内その1

 

Im Burg II.

城内その2

 

 

 

 

 

 

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット

 

 

 

 

 

 


 

 Großangelegte Reparatur / 大規模修繕


 

2009年から2013年にかけて、当主のカール・エルツ伯爵の依頼により、エルツ城は大規模修繕工事がおこなわれました。  

費用は、エルツ家の拠出分と州政府の補助(200万ユーロ)の総額4400万ユーロ(約61億5000万円)。

 

スレート屋根を吹き替え、暖房や配管、火災報知システムなどをリニューアルし、木骨造りの建物や城内の内装が修復されました。

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_033-01.JPG

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_034-01.JPG


↓ケンペニヒ・ハウスの木骨外壁

 

↓屋根の内部

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_032-01.JPG

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_031-01.JPG


↓エルツ城の東側、2005年4月4日撮影(左画像)と2014年4月27日撮影(右画像)。

ケンペニヒ・ハウス上部(左側の建物)の壁が金属板張りから木骨造りに変わっています。

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_038-01-IMGP0394.JPG

 

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_030-01-P4273151.JPG


↑上へ

 ↓現在のページ

 

 

 

 

 

Burg Eltz

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg I.

城内その1

 

Im Burg II.

城内その2

 

 

 

 

 

 

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット

 

 

 

 

 

 


 

Historie / 歴史


 

1157年

『1157年、ルドルフ・フォン・エルツが、皇帝フリードリヒ一世(バルバロッサ:赤髭王)の証人として、皇帝の譲渡証書に署名している』旨の記述が12世紀頃の文献に書かれる。この頃にルドルフ・フォン・エルツという人物が現在のエルツ城南側にある城館に住んでいたとされる。

 

1268年以前

エルツ家の三兄弟、エリアス、ヴィルヘルム、ディートリヒ(テオドリヒ)により分家が行われ、城と付属農園も分割される。

エルツ城は共同相続砦となる。

 

1331~1336年

エルツの確執』が勃発。トリアー大司教兼選帝侯の領土拡大政策に反旗を翻したことから、城の前方の高台にトゥルッツエルツ城が築かれ、エルツ城は兵糧攻めに遭う。後にエルツ家が和平を求めて降伏する。エルツ城はトリアー大司教兼選帝侯の所有となるがエルツ家が城代に任命され、城の維持管理を継続することになる。

 

1472年

15世紀から増改築が盛んにおこなわれ、1472年に西側にあるリューベナッハ・ハウスが完成する。

 

1490~1540年

ローデンドルフ・ハウスが建設される。(後期ゴシック様式)

 

1604~1661年

ケンペニヒ・ハウスが建設される。(後期ゴシック様式)

1661年に完成した時のエルツ=ケンペニヒ家の当主は、ハンス・ヤコプ・フォン・エルツ=ケンペニヒとその妻アンナ・エリーザベト・メッツェンハウゼン。

 

1624年6月15日

トリアー大司教兼選帝侯によってエルツ家は世襲的元帥職を与えられる。戦時における最高指揮権と平時における騎士階級の指導を委ねられた。

 

1688~1697年

プファルツ継承戦争(1688~1697)の際、ルイ14世のフランス王国軍によって、ライン川沿い、モーゼル川沿いの城が次々に破壊されていく中、エルツ家出身のハンス・アントン・エルツ・ウッティンゲン伯爵がフランス軍の上級将校だったことにより、彼の尽力によって、エルツ城は破壊する城のリストから外れ、攻撃破壊を免れる。

 

1733年

神聖ローマ帝国皇帝カール6世は、宗教改革の混乱時とトルコ軍の来襲時の勲功を讃え、エルツ・ケンペニヒ家に伯爵の称号を授与した。さらに皇帝の代理として平民を貴族に任命する権限と、司法書士を選出する権限、私生児を合法と認め、平民の家紋に盾と甲の飾りを付ける権利、公式の書記と裁判官を任命し、奴隷(農奴)を解放する権利などを与えた。

 

1736年

エルツ一族は価格17万5000グルデンで現在のユーゴスラビアのベオグラード近傍のブコバールの土地を購入し、後にエルツ・ケンペニヒ家の主要な居住地となる。1943年にユーゴスラビア社会主義連邦共和国樹立により、1944年、エルツ家のブコバールの土地は没収される。

 

1786年

 

エルツ=ローデンドルフ家が断絶し、エルツ=ケンペニヒ家が相続する。

 

1794~1815年

フランス革命後、ナポレオンのフランスによってライン川左岸とライン地方の大部分がフランスに占領される。当時の城主フーゴ・フィリップ・エルツ=ケンペニヒ伯爵は国外に亡命したとみなされ、彼の所領と財産、エルツ城は没収され、コブレンツにあるフランス司令部の管理下になる。

しかしフーゴ・フィリップ伯爵は実際には亡命しておらず、マインツに留まっていたことが証明され、所領と財産、エルツ城は1797年に返還される。

1815年、リューベナッハ家の家名と土地や財産を買い取り、エルツ=ケンペニヒ家が単独で相続管理することになる。

 

1845~1888年

19世紀、ロマン主義が台頭し、中世ヨーロッパに対する関心が高まると、当主カール・エルツ伯爵は優れた手腕を発揮し、大規模なエルツ城修復作業に取り掛かる。修復費用は18万4000マルクで、現在の価値で約1500万ユーロ(約21億円)に相当。

作家に一族の伝記『エルツ一族の諸侯の歴史』の執筆を依頼し、まだ修復工事の段階でもドイツ皇帝ヴィルヘルム二世や、文豪ヴィクトル・ユーゴーを招待した。

 

1920年9月20日

エルツ城のケンペニヒ・ハウスの南側の建物で火災が発生し、一部が焼け落ちたが、ほどなくして修復される。

 

1976~1982年

エルツ城の修復工事がおこなわれ、リューベナッハ・ハウスの地下に宝物館が造られる。

 

2009年~2012年

大規模修復工事がおこなわれる。スレート屋根を吹き替え、暖房や配管、火災報知システムなどをリニューアルし、木骨造りの建物や城内の内装を修復する。

費用は4400万ユーロ(約61億5000万円)。

 


↑上へ

 ↓現在のページ

 

 

 

 

 

Burg Eltz

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg I.

城内その1

 

Im Burg II.

城内その2

 

 

 

 

 

 

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット

 

 

 

 

 

 


 

Daten / データ


 

Burg Eltz

ブルク・エルツ

エルツ城

http://www.geocities.jp/kim39570741/21_Burg_Eltz/photo_1/Eltz_164-02.JPG

大きな地図で見る

所在地

ドイツ ラインラント=プファルツ州

  ミュンスターマイフェルト、ヴィアーシェム

住所: 56294 Wierschem, Deutschland

電話: +49 (0)2672 95050-0

公式サイト

http://burg-eltz.de/

現在の用途

博物館

交通

モーゼルケルン駅から約5km、徒歩で一時間ほど。

 

土日祝日にはモーゼル川沿いの町を経由してエルツ城の麓のバス停まで行くバス『Burgenbuslinie330』が運行されますが、バス停から城までは、少し歩きます。

宿泊施設

なし

レストラン / カフェ

あり 金細工職人の家の二階と厩舎・馬車置場の二カ所

 

金細工職人の家の一階にチケット販売所と土産物店があります。

城内見学

可 (ガイドツアーで約40分ほど)

写真撮影

城内ガイドツアーは撮影不可

 宝物館はフラッシュなしで撮影可能

 

開館時間 / 料金

 

 

3月30日~11月2日 9:30~17:30

 

9ユーロ (宝物館とのコンビチケット)

 

備考

★鉄道と徒歩で行く場合、最低でも往復10kmは歩くので、靴は歩きやすいものを履き、水やソフトドリンクなどを持参してください。

 

★往復に時間がかかり、ガイドツアーを始め、城の外観の撮影など、滞在時間が長くなりそうなので、充分な時間をとってください。

 

★日本語パンフレットあり、城で貸りることができます。


↑上へ

 ↓現在のページ

 

 

 

 

 

Burg Eltz

 

Rund um Burg

城の周囲

 

Im Burg I.

城内その1

 

Im Burg II.

城内その2

 

 

 

 

 

 

 

Japanisches Pamphlet

日本語パンフレット