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 *

 

Burg Gutenfels

 

[ ブルク・グーテンフェルス ]


グーテンフェルス城

 

~ライン川を見下ろす堅固な古城~ 

 

 

 

ドイツ、ラインラント・プファルツ州、カウプの町、110メートル上方に突き出た岩の上に聳える城。

ベルクフリート(主塔、望楼)は、10.2×10.2mで高さは約35m。

「Guten [グーテン]」は『良い、良質な』、「Fels [フェルス]」は『岩、岩盤、岩塊』の意味。

 

1200年頃、当時この地を治めていたファルケンシュタイン家の命により、家臣たちによって築城が開始されました。

 

度重なる戦乱により、包囲・攻撃されましたが、本館とベルクフリートは残り、後の再建作業により落城を免れ、現在は古城ホテルとして営業しています。

 

直接登城する場合は、カウプの町(最寄駅はカウプ駅)から『城通り(Schloßweg)』を行くと城の入り口に到着します。(車でも登城可能です)

 

注意:

この城は古城ホテルとして営業していましたが、2006年末をもって閉館し、現在は個人所有の邸宅です。

従って城内は公開していません。

 

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Assoziierte Personen / 関連人物


 

http://www.geocities.jp/kim39570741/98_Burg_Nassau/Photo_01/Adolf_von_nassau.JPG

Adolf von Nassau

ナッサウ伯アドルフ 

 

1250年頃生~1298年7月2日歿

 

ナッサウ伯:1276~1298

ドイツ王:1291~1298

 

ナッサウ家出身のドイツ王(神聖ローマ皇帝)。

皇帝としての戴冠を受けていないため、正確にはドイツ王。

 

ハプスブルク家のルドルフ1世の死後、その子であるアルブレヒト1世と皇位を巡って争い、選帝侯の支持を背景にして勝利し、皇帝に即位した。

 

1291年、滞在していたグーテンフェルス城内の王の間で、ハドイツ王に選出された旨の報告を受ける。

 

皇帝権力の強化を目指して領土拡大を積極的に推進したが、皇帝権力の強化を嫌うドイツ諸侯からの反発を招き、1298年、ドイツ諸侯や選帝侯たちから皇帝廃位を宣告される。

その後、宿敵ハプスブルク家のアルブレヒト1世と戦って敗れ、戦死した。

 

Mein Burgbesuch / 訪問記


 

2005年3月31日登城

 

プファルツグラーフェンシュタイン城を見学後、カウプの町からグーテンフェルス城を目指します。先に見たプファルツグラーフェンシュタイン城とは対照的に、武骨でかなり重厚な城です。

 

過去に何度も攻撃を受けたものの全壊を免れ、後に再建の手が入ったというけど、周囲の稜堡なども、もう少し再建すれば、わざわざ「HOTEL」の看板を掲げなくても、廃城に見間違えられることはないような気が…。

この『HOTEL』という看板、ここを訪れる観光客からは、古城の外観の雰囲気を壊すということで、すこぶる評判が悪いんだとか…。

 

城内見学は、宿泊しないとできないので、外観を眺めようと登城する。

スケジュールの都合で、リューデスハイムに宿を取ったから、この城に宿泊は、ちょっとムリでね~…。それに、どういうワケか城は好きでも、古城ホテルに泊まるということには、あまり興味がないんですワ…。(^^ゞ

 

中世の城だけに、駅から離れているし、大きな荷物を抱えて山道を登るのは、けっこー大変だし…。宿泊費用もけっこー高いし…。(-_-;)

でも一度は古城ホテルで一晩過ごしてみるのもいいかも…。

 

城の入り口目指してどんどん上っていくと、入り口は、城の裏手にありました。

この建物は、川の方からは見えないので存在に気付かなかったけど、こうやって至近距離から眺めると、深そうな窓から、壁の厚さが伺えますねぇ~。

中世の城は、壁の厚さがだいたい3~4m、中には6mを超える壁厚を持つ城もあったというから、もうオドロキです…。

!!( ;゜Д゜)

 

     

   Ansicht vom Osten/東側からの眺望  Osteingang/東側の入口(不使用)

 

城はライン川に面して、南向きに建っています。城の裏手をまわり、葡萄畑のある斜面に出ると、城の東側に出ます。

斜面を少し下りて東側の建物に近づくと、廃墟となった建物があり、入口前には、大部分が朽ちた跳ね橋が架かり、アーチの奥にあった扉は、封印されていて、開きませんでした。(こっちは使っていないのね…)

 

Ansicht aus dem Hügel/丘からの眺望  Ansicht aus dem Kaub/カウプ側からの眺望 

 

  

Gesmtansicht/全景(絵ハガキより)

(クリックで拡大します)

 

  

 Königssaal/王の間

 

現在は食堂となっているKönigssaal(ケーニヒスザール/王の間)では、1291年、滞在していたナッサウ家の貴族アドルフ・フォン・ナッサウは、ハプスブルク家のルドルフ1世の後任として神聖ローマ帝国皇帝兼ドイツ王に選出された旨の報告を受けました。

 

 

    Zimmer/室内             Stube Wachenheim/守衛室

 

(城内写真4点は資料から抜粋)

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Historie / 歴史


 

1200年頃

 当時この地を治めていたファルケンシュタイン家の命により、家臣たちによって築城

 が開始された。

 

1252年

 帝国内での権力拡張を求めていた国王ヴィルヘルム・フォン・ホラント(Wilhelm von

 Holland)は、城を包囲攻撃したが、失敗に終わる。

 

1261年頃

 城は「Castrom cube (カストルム・クーベ)」と呼ばれていた。

 

1277年

 ヴィッテルスバッハ家のプファルツ伯ルートヴィヒ2世がカウプとヘーエンブルク、関

 税徴収権を取得。以後1802年までその領下に留まる。

 

1287年

 ナッサウ家の貴族アドルフ・フォン・ナッサウ(Adolf von Nassau)の所有となる。

 

1291年

 アドルフ・フォン・ナッサウ(Adolf von Nassau)は、滞在していた城内の王の間で、

 ハプスブルク家のルドルフ1世の後任として神聖ローマ帝国皇帝兼ドイツ王に選出

 された旨の報告を受ける。

 

1324年

 バイエルンのルートヴィヒ4世(Ludwig IV der Bayern)によって、カウプに都市権が

 与えられる。

 

1328年

 ルートヴィヒ4世、神聖ローマ帝国皇帝に推戴される。

 

1504年

 ヘッセン方伯ヴィルヘルム2世は、城とカウプの町を包囲攻撃するが、成果のないま

 ま撤退を余儀なくされた。→プファルツ選帝侯フィリップが当時の領主・城主だった。

 

1508年

 この頃から城は「Gutenfels(グーテンフェルス)」と呼ばれるようになる。

 選帝侯フィリップの息子ルートヴィヒ5世は城を修復し、新たな防備施設を建造する。

 

1618~1648年

 三十年戦争の間、さまざまな敵に交互に占領されたが、破壊されずに残る。

 

1793年

 城は包囲攻防なく、フランスの革命軍隊の手に落ちるが、ほとんど廃城に近く、破壊

 されずに残る。

 

1803年

 ナッサウ公国領となる。

 

1807年

 ナッサウ公国の大公は、廃城に近くなっていた城を売りに出した。

 

1833年

 フリードリヒ・ハーベル(Friedrich Habel)が城を買い取り、再建を開始する。

 

1888年

 建築家グスタフ・ヴァルター(Gustav Walter)の所有となる。

 

1889~1892年

 グスタフ・ヴァルターによって城は完全に再建される。

 

現在

 古城ホテルとして営業していたが、2006年末をもってホテル営業を終了。

 

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Daten / データ


 

 

Burg Gutenfels

 

ブルク グーテンフェルス

グーテンフェルス城

所在地

ドイツ連邦共和国 ラインラント・プファルツ州 カウプ

紹介サイト

http://www.jpmoser.com/burg-gutenfels.html 

現在の用途

個人所有の城

交通

カウプ駅から徒歩15分~20分

宿泊施設

なし

レストラン/カフェ

なし

城内見学

不可

写真撮影

不可

備考

 ★現在は非公開です。

 

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