登山栄養学1

シャリバテと糖質の落とし穴


【登山栄養学1 糖質】

 栄養素の中で運動の直接エネルギー源となるのがいわゆる三大栄養素=糖質、脂質、たんぱく質で、体内の代謝を円滑にするのがビタミン、ミネラル類であることは、すでに御存知のことと思う。
 この三大栄養素の中で筋運動のエネルギー源になり易いのが糖質。そして糖質が無くなった時に脂質がエネルギー源として使われる。最後の最後、いわば遭難した時などに使われるのが蛋白質である。だから登山では糖質がもっとも効率が良いとされ、また疲労時には消化機能が減退するため、脂質や蛋白質よりも糖質を多く含む食品をとるようにと大方の本は勧めている。

 極端な例だが、この糖質不足ゆえに起こるのがシャリバテ(シャリ=飯が足りずにバテること)で、登山では最も多いケースである。早立ちのために朝食を抜いたり空腹で歩き続けたことが原因で低血糖症を起こす。その結果、へろへろになって動けなくなってしまうのだ。筆者も一度黒部で経験したことがある。

 欅平から剱岳に登り真砂沢から黒部ダムへでるコースだが、途中台風と豪雨のせいで2日間停滞した。そのため最終日の6日目には早朝に予備食非常食を食いつくして、真砂沢から黒部ダムまで行動食もなく出ることになってしまった。歩き始めて1時間もすると猛烈な空腹に悩まされる。ダムまでのルートに崩壊箇所が多かったため高巻きが多く、5時間以上かかってやっと黒部ダムの下にでた。
 何度も襲ってくる激しい空腹感に泣き出したくなるような状態だった。ここをのぼり切るとダムの食堂で飯が食えると、最後のジグザグをのぼり始めた時である。とにかく足が前に出ないのだ。あれ?あれ?と思う間もなくふらついてしまい、3歩進むとヨロヨロと2歩下がってしまう状態。自分の足が10cmづつぐらいしか前に出ないし、どうってことのない砂利路によろけてしまう。食料を食い尽くし、ザックは軽くなっているのにどーしてなんだ。まるで気分は風呂でのぼせたような感じである。相方も「水だけだと目がちらちらする。足に力が入らん」と言い、足が左右にもつれはじめている。貧血一歩手前の状態だ。10分程度の距離を登るのに30分以上かかったような気がする。
 なんとか上の展望台にたどり着き、缶ジュースをがぶ飲みして天麩羅蕎麦をかっこんだとたん二人ともケロリと直ってしまった。トンネル内に停車していたバスに向かって走りだせるほど元気が戻っている。先ほどの夢遊病状態がうそのようである。

 この事例の場合、明らかなガス欠状態である。4日以上の幕営行ともなると軽量化のため食料もインスタント中心となり、加えて停滞すればどんどん粗食になってしまうので、どうしても食事が不足気味になる。その状態でろくに食わずに行動したのだからシャリバテや低血糖症も当然の成りゆきだったのだ。ちなみに、初心者が1日め2日目あたりで動けなくなるというパターンは、シャリバテというより体力不足が原因。
 低血糖症の影響は筋運動だけではない。大脳のエネルギー源も血糖(グルコース)なのである。したがって糖が欠乏すると、大脳の働きも悪くなり、筋肉のコントロールができないばかりか、バランス失調、注意力散漫、判断力や視力の低下さえひき起してしまう。そのため糖質は運動には欠かせないといえる。実際、山行前に筋肉中にたくわえていた糖質(筋グリコーゲン)は3、4時間もするとなくなるといわれている。だから行動中にも糖質は必要なのだ。一時的な低血糖症は飴玉をなめれば回復するので、腹がへってイライラまたは思考が鈍くなるまえに行動食や甘いものをとることが大事である。

 それなら砂糖が一番効率いいじゃないかと思われるかも知れない。たしかに砂糖(ブドウ糖・果糖)はカロリー以外の栄養素は0で、食物というより薬に近い。とくに血糖値をあげるうえでは速効性がある。
 ところが一方でこんな話がある。ある男が遭難した。氷砂糖が一袋だけ残っていたので、のどの乾きや空腹を氷砂糖で癒していたが、五日目に発見された時は目もろくに見えない半死半生の状態だった。ビタミン欠乏症やその他の栄養失調だったという。つまり、砂糖は消化する時に多量のビタミンやミネラルを消耗するので、砂糖ばかり取っていると数日で体中のビタミンやミネラルを使い果たし、脂肪やたんぱく質を使わずに死んでしまうらしい。
 同様な話では「悪魔の飽食」で悪名高き七三一部隊の飢餓実験がある。マルタ(実験用捕虜)に水だけを与えた場合60〜70日生き延びる。しかし水を絶ちパンばかり与えた場合、五日めには例外なく脱水状態によるむくみがでて、一週間程度で口から血を吐いて死んだといわれている。まさに人はパンのみに生きるにあらず。
 点滴に代表されるように、ブドウ糖は摂取した糖がすぐさまエネルギーとなり、筋グリコーゲンの消耗を抑えるうえでは効果的。しかし、あまりにも燃え易いために取り過ぎると余分に筋グリコーゲンまで消耗させる。激しいスポーツでは行動の1時間前にとりすぎるとかえって低血糖症を呼ぶとまでいわれている。つまり焚き火に着火するのににガソリンをぶっかけて燃やすような状態に等しいとのこと。過ぎたるは及ばざるがごとし。かといって米やイモなどの炭水化物は消化・吸収に2時間はかかる。

 そもそも、この糖質を含む食品(糖類や炭水化物=穀物)で全カロリーを補おうとすると、量を多くとらねばならず、食料の軽量化に逆行する。先述した1日のエネルギー消費量3000kcalを白飯に換算するとなんと12〜13杯分になってしまう。登山に持ち込む量と利便性を考えるならば、結局は使い果たした基礎代謝分の糖質(普段食べている量)にプラスアルファする程度を補うのが目安か。不必要に取り過ぎないためにも効率良く糖質をえらんで摂取し、脂質その他をバランス良く献立に取り入れることが必要といえる。



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