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竹取物語5:難題「燕の子安貝」
(初出 H17.10.30-11.3)
(再UP H18.5.18)


石上麻呂(640[舒明帝12]〜717[霊亀3])

 大和朝廷成立時からの有力氏族、物部氏の当時の当主。
 物部氏はスサノオの三男、饒速日命を祖とし、天皇家より前に大和を支配していたが
神武東征の際に投降。以降は大伴氏と並ぶ軍事氏族として仕え、大和朝廷成立に重要な
役割を果たした。
 物部尾興の代に大連となり最盛期を迎えたが、仏教導入を巡る蘇我氏との争いで物部
守屋が戦死し敗退。権力の座は蘇我氏に移った。麻呂は尾興の四代孫にあたる。

 その後、麻呂の代に「石上」氏に改姓。
 麻呂は壬申の乱時には近江側に付くも敗退。自決した大友皇子に最後まで付き従い、
皇子の首を吉野方に持参した。
 その後、敗れた側でありながら天武帝より厚い信頼を受け、遣新羅大使等を勤める。
天武帝の殯(もがり)の際には誄(しのびごと)を行い(現代に当てはめると、大喪の
礼で葬儀委員長?をやったようなものと思ってください)、持統帝の即位の大礼では大
盾を立てる(同じく、臣下の筆頭扱いのようなものだと思ってください)等、歴代の天
皇に厚い信頼を受けていた。平城京遷都の際には藤原京で留守官を勤めた。
 最終的に左大臣まで出世し、78歳という長寿を誇った。死に際して従一位を追贈さ
れる。「続日本紀」には彼の死に百姓が痛惜した旨の記述があり、民衆にも人気があっ
た事がうかがえる。
 石上氏は孫の宅嗣以降衰退するが、子孫は代々、石上神宮(「七支刀」が安置されて
いる事で有名)の宮司を勤めた。
 高松塚古墳の被葬者の有力候補でもある。


 ……というわけで、名字は石上ですが、実は物部氏の当主なんです、この方。
 何となく蘇我氏に負けて滅亡したっぽいイメージがありますが、しっかり生き延びて
いたようです。今回の主役、麻呂が頑張った成果か、左大臣まで返り咲いています。

 そしてこの石上麻呂。阿部御主人@キトラ古墳に続き、高松塚古墳被葬者の有力候補
です。実は阿部御主人の死(大宝3[703]年)後、麻呂が後任で右大臣に就いてい
たりとこの二人は結構縁深い関係だったりします。
 余談ですが、最近のニュースでも報じられている通り、ここ最近、両古墳は壁画の劣
化が激しくなり問題となっています。個人的に、永夜事件と時期が重(以下、阿部御主
人の回と同じ内容なので略)。


 さて、この石上麻呂に輝夜姫が出した難題が「燕の子安貝」です。
 「子安貝」は文字通り、貝の一種です。貝なので当然ながら海等にいるのですが、今
回難題に出されたのは「燕の子安貝」ということで、「燕が生んだ」子安貝を持ってこ
なければなりません。
 子安貝そのものはタカラガイとも呼ばれ、主に暖かい地域の海で取れるものだそうで
す。とはいえ、殷王朝等で貨幣として使われていたり、次で述べる「安産のお守り」の
話が広く知られていたりと、当時でも(少なくとも貴族階級では)そんなに入手が難し
い品物ではなかったと思われます。まあ、燕が生むため一気にレアアイテムと化してい
ますが、子安貝ものものはそこまで珍しいものでは無かったのではないでしょうか。
 この子安貝、「子安」の名前通り、昔から安産のお守りとされていました。通貨とし
て使われるように美しい光沢を持つこと、形状が女性器に類似している事などから、出
産時に握りしめていると安産になると言われていたようです。

 結婚を拒み続けている輝夜姫が、何で安産のお守りが必要なのか……というのは大き
なツッコミどころですが、ここで僕は新説を唱えたいと思います。

 つまり……輝夜姫は、石上麻呂に気があった(少なくとも、求婚者五人の中では一番
ましだと思っていた)のではないでしょうか?

 そう考えさせる材料として、物語からは以下のことが読みとれます。
・五人の中で、難題が一番簡単っぽい
・安産のお守りを難題として出すことで、さりげなく気がある事をアピール?
・(難題の失敗後)彼にだけ和歌を書き送っている

 そして、石上麻呂本人に「いい人」だったと思わせる話が多いことがあります。
・没落しかかった物部氏を立て直した苦労人
・元々大友皇子派でありながら、天武系の歴代天皇に厚い信頼を受けていた
・民衆からも好かれていた
・万葉集に旅先から妻のことを気遣う歌が残っている
・子安貝を入手しようとする話が他の4人とは異なり、ほのぼのと?している

 う〜ん、何だか本当にそんなような気がしてきた……。
 とはいえ、実際は石上麻呂は子安貝を手に入れることが出来ず……しかも、五人中最
も悲惨な運命が待っています……。

 他の四人が出された難題が、どう見ても国内で手に入るとは思えない物ばかりの中、
彼が出された難題は、とりあえず燕を押さえておけばいいわけですし、比較的簡単に思
えます。何しろ、燕はどこにでもいるのですから。
 ただ、唯一の……そして最大の問題が、当たり前ですが燕は子安貝なんか産むわけが
ないという事です。
 個人的には、適当に子安貝を入手して「燕が産みました〜」と言って輝夜姫の所まで
持っていけば案外すんなりと騙せた様な気がするのですよ。が、そこは人格者?の石上
麻呂。馬鹿正直に燕の子安貝を入手する道を選びます。

 自邸に戻り、部下達に「燕が巣を作ったら報告せよ」と命じます。訝しむ部下達に事
情を説明すると、部下から
・燕を殺して腹を割いても中からは出てこない
・子を産むときに何故か子安貝を産むときがある
・ただし、人が見ると消滅するらしい
 ……という情報を貰います。貴族の部下レベルの人がそこまで詳しい情報を知ってい
る事ですし、実際に「燕の子安貝」はあったのかも知れません。やっぱり難題の中では
一番簡単だったような気がします。

 ともあれ、部下から「大炊寮」(食料を司る役所らしいです)に大量に巣があること
を聞きつけた石上麻呂は、部下を20名程引き連れて大炊寮に移動。足場を組んで巣を
見張り、燕が子安貝を産むのを待つ作戦に出ます。……が、巣の下に足場を組んで沢山
の人が見張っているため、燕が寄りつかなくなってしまいました。

 石上麻呂が困っていると、大炊寮の役人が出てきて助言をしてくれました。
 彼の助言は、沢山の人が見張っているから燕が寄りつかないので、誰か一人をカゴに
入れて待機させておき、燕が卵を産む素振りが見えたときに素早くカゴをつり上げて、
子安貝を回収する……というもの。
 更に彼は、燕が卵を産むときの仕草まで教えてくれる親切振り。石上麻呂は感謝して
その場で彼に自分が着ている服を脱いで与えました(現代の感覚で考えると変な感じが
しますが、この時代では最高級の感謝の表現でした)。
 
 こうして作戦を伝授された石上麻呂。夜になってもう一度現地に行ってみると、燕た
ちが戻ってきており、巣を作っています。いよいよ、子安貝入手か?
 ……が、カゴに載せた部下たちに燕の巣を調べさせますが、やっぱり子安貝を産んで
いる様子はありません。
 業を煮やした石上麻呂は、自らがカゴに入り、子安貝入手に挑戦します。

 自分が入ったカゴを持ち上げて貰い、間近から燕の巣を観察します。
 すると!目の前の巣で、燕が昼間に教えて貰った通りの「卵を産む仕草」をするでは
ありませんか。慌てて手を燕の方に伸ばすと、何かが手にぽとりと落ちる感触が。
「取ったぞ!早く下に降ろしてくれ!」
 興奮して叫んだ石上麻呂。部下達は慌てて降ろそうとしましたが、強く縄を引っ張り
すぎたせいか縄がぷつりと切れて、石上麻呂はカゴごと地面に墜落。しかも悪いことに
下にあった金属の鼎に激突し、腰を強打してしまいました。

 石上麻呂は白目をむいて気絶。部下が水を飲ませてようやく意識が回復します。
 彼は息も絶え絶えの状態ながら、ようやく入手した子安貝を見てみようとしましたが
開いた手のひらから出てきたのは……何と、燕の古糞でした。

 がっかりした石上麻呂。腰骨が折れるわ、苦労した挙句燕の糞しか手に入らない悲惨
な状態だわで、病気も併発してどんどん体調が悪化して行きます。
 さすがに気の毒に思った輝夜姫は、彼に和歌を書き送ります。石上麻呂は返歌を書き
ましたが、そこで力つきて亡くなりました。
 この事から、期待に反してうまくいかないことを「かひ(貝≒甲斐)なし」と呼ぶよ
うになりました(オチ)。


 ……というわけで、五人の求婚者の中で一人だけ死ぬという悲惨な結果でした。
(現実の石上麻呂は長生きしていますが)
 明らかに五人の中では一番簡単な課題でしたし、上手く立ち回れば彼だけは何とか出
来た様な気がするのですが、残念でなりません。
 僕は個人的に「輝夜姫は彼にある程度気があったのでは?」と思っているのですが、
それでなくても、比較的簡単な問題を与えた人に死なれてはたまったものではないです
ね。輝夜姫が後にニート化したのには、この事のショックが影響しているのではないで
しょうか(嘘臭い新説)。


 全然関係ないですが、難題をちょっと変えて「雀の子安貝」にして、みすちーを絡め
た話にしたら、結構いい感じの18禁同人誌が出来ると思うのですが、どなたか描かれ
ませんかね?(笑)


 さて、挑戦者の四人までが脱落した難題。
 次回……いよいよ、最後の一人(まあ、原作では二人目なのですが)。最大の大物が
登場します。
 日本史に燦然と輝く、摂関家藤原氏の偉大なる二代目!
 藤原不比等が難題「蓬莱の玉の枝」に挑みます。

 妹紅「父様、頑張って!」(う〜ん、丁寧な喋りはイメージに合わないなぁ…)
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