Noh Story

西王母 1番目物(太鼓あり)
季:春 所:唐土 帝王宮殿 時:周 穆王の代
 
西王母が桃の実を周の穆王に贈った伝説を脚色した話。
 
作者:金春禅竹 出典:『穆天子傳』『武帝内傳』『漢武故事』『列仙傳』など西王母(中国でも有名な伝説の登場人物)。特に日本の『唐物語』の伝説からか。
戻ル

Text

1/5 ・ 2/5 ・ 3/5 ・ 4/5 ・ 5/5  (←長いので勝手に分割)
 仕 舞 (「花も酔へるや盃の」 ヨリ 「行くへも知らずぞ。なりにける」マデ)
 
 囃 子 (「疑ひの。心なおきそ露の間に」「糸竹呂律の聲々に」 ヨリ 
                         「行くへも知らずぞ。なりにける」マデ)
 
登場人物  ワキヅレ…大臣  シテ…西王母  ワキ…帝王
 

ワキ(帝王) 「有難や三皇五帝の昔より。今此御代にいたるまで。 かゝる聖主のためしハなし ワキヅレ(大臣) 「其御威光ハ日の如く。その御心ハ海乃如く。ゆたかに廣き御恵み ワキ(帝王) 「天にかゝやき地に満ちて


(現代語訳)

ワキ(帝王) 「有り難いことよ、遙か昔の三皇五帝の時代から今のこの御代に至るまで、 これほど聖徳の高い天子の例はないぞ。 ワキヅレ(大臣) 「その御威光は日の如くに耀き、その御心は海の如く広く、深く…豊かな御恵みは ワキ(帝王) 「天に耀き地に満ちておる


「北辰の興ずる数々の。北辰の興ずる数々の万天に廻る。 星の如く。百官卿相雲客や。千戸万戸の旗をなびかし鉾を横たへ。 四方の門邊にむらがりて。市をなし金銀珠玉。光をまじへ。 光明赫奕として日夜の勝劣見えざりけり。 かゝるためしハ喜見城。其楽しみもいかならん其楽しみもいかならん。

(現代語訳)

「群臣万民が聖主に従う様は、すべての星が北極星に向かい従うが如し。 朝廷に仕える大臣以下すべての官吏は言うまでもなく、千戸万戸の大小の諸侯も旗をなびかし、鉾を横たえて、王威に従っております。 金銀珠玉で作られた宮殿は燦然たる光を放ち、夜もまばゆいばかり。昼夜の区別もつかない勢いでございます。 まさしく、かの喜見城―帝釈天王の宮城で天上の楽園―というのは、このようなものなので御座いましょう。 本当に美しい様子であることよ。

top△

シテ(西王母) 「桃李もの云ハず。下おのづから市をなし。 貴賎まじハり。隙もなし。 面白や四季折々の時を得て。草木国土おのづから。 皆これ真如の花の色香。妙なる法の三つの心。 うるほふ時や至りけん。三千年に咲く花心乃。 折知る春乃。かざしとかや いざや君に捧げん。いざ/\君にさゝげん すべらぎの其御心ハ普くて。其御心ハ普くて。 隙ゆく駒の法乃道。千里の外まで上もなき道に至りて明らけき。 霊山會場乃法の場。廣き教への真ある。 君々たれば誰とても。いさみある世乃。心かないさみある世の心かな。

(現代語訳)

シテ(西王母) 「(女の姿で桃の枝を持って) 桃やすももは物を言わぬが、その花の美しさから人が樹下に集まり自然と市をなす。 今のこの都も同じことよの、人々が高い聖徳の君を慕い、貴賤を問わず人が集まり隙間もない有様だわ。 本当に風流なこと、四季折々に従い、木々がその花を咲かせて美しいことよ。 優れて美しい花々が咲いているが、特に今は妙法華のありがたい御教えの行き渡る時が来たと見える。 その証か、3000年に1度咲くという仙桃の花も、今のめでたい時節を知って咲き出てきた。 春の飾りとして天子に供えようの。 天子の御恵みはあまねく隙間もなく行き渡っている。 これは、仏法が遠く千里の外までも広まって、明らかな悟りの道に入ることが出来るようになったことと同じようなこと。 かの釈迦が妙法蓮華を説いた霊鷲山での教え、あの広大な教えのように、我が君は御仁徳の高い君。 それゆえ、誰もが喜び勇んで喜んで従うているのじゃ。

top△

シテ(西王母) 「いかに奏聞申すべき事の候 ワキ(帝王) 「奏聞とハ如何なる者ぞ シテ(西王母) 「是ハ三千年に花咲き實なる桃花なるが。 今此御代に花咲く事。偏に君の御威光なれば。 仰ぎて捧げ参らせ候 ワキ(帝王) 「そも三千年に花咲くとハ。いか様これハ聞き及びし。 其西王母が園の桃か シテ(西王母) 「なか/\にそれとも今ハ物云ハじ ワキ(帝王) 「さればこそそれぞことさら名におふ花の シテ(西王母) 「桃李物云ハず ワキ(帝王) 「春いくばくの年月を シテ(西王母) 「送り迎へて ワキ(帝王) 「此春ハ


(現代語訳)

シテ(西王母) 「(宮殿に近づいて)恐れながら奏上したいことがございます ワキ(帝王) 「奏上したいと申すのは何者だ シテ(西王母) 「こちらに持ってきましたこの花は、3000年に1度咲き実をつけるという桃花でごさいます。 今我が君が治められているこの御代で花が咲くということ、それは全く我が君の御威光によるものを存じます。 本当に有り難いことと思い、献上しに参ったのです。 ワキ(帝王) 「なんと…3000年に1度咲く花と…。なるほど、それは噂に聞く西王母―伝説の仙女―の園の桃なのか。 シテ(西王母) 「はい、いえ…今は何とも申せません… ワキ(帝王) 「うむ、『物言わぬ花』か。やはりそうか。それこそ、その名通りの有名な花。 シテ(西王母) 「『桃李不言春幾暮…―桃李は物を言わず、幾年かの春が過ぎ去った―』と詩にも詠まれておりますれば。 ワキ(帝王) 「永い年月を シテ(西王母) 「花も咲かずに過ごしてきましたが ワキ(帝王) 「今年の春は―――


「三千年になるてふ桃の今年より。 なるてふ桃の今年より。花咲く春にあふ事も。 唯此君乃よもの恵み。あつき國土の千々乃種もゝ花の色ぞ妙なる 偖ハ不思議や久方の。天津少女のまのあたり姿を見るぞふしぎなる シテ(西王母)疑ひの心なおきそ露の間に。やどるか袖の月乃影。 雲の上まで其恵み。普き色にうつりきぬ 「うつらふ物ハ世の中乃。人の心乃花ならぬ

(現代語訳)

「『三千年になるてふ桃の今年より、花咲く春に逢ひにけるかな(拾遺集/凡河内躬恒)』 と詠まれているように、3000年目の花が咲いたのも、全く我が君の厚い御恵みによるもの。 国土が千代に栄えるはじめとして、めでたい桃の花が咲いたのだ。 (西王母が帝王に桃の枝を捧げ、帝王は…) なんと、不思議な…天女の姿を目の当たりにしたか、実に不思議なこと。 シテ(西王母) 「お疑いになることは御座いませぬ。君の仁徳が月の照らす天上界にまで行き及びましたので、 その有り難さを称えに、天より降りてまいったのです。 「うつろうものは世の中の人の心と歌にもありますが、それは人間界。うつろいとは無縁の天上界から…


シテ(西王母) 「身ハ天上の 「楽みに。明ぬ暮れぬと送り迎ふ年ハふれど限もなき。 身の程も隔てなく。真ハ我こそ西王母の。 分身よまづ帰りて花の實をもあらハさんと。 天にぞあがりける天にぞ上り給ひける

(現代語訳)

シテ(西王母) 「天上界からわたくしは来た者。 「明け暮れ、どんなに月日を送り迎えても、どんなに年月が経っても、 寿命が尽きることも、老幼の差別もない天上界。 実は自分こそ、そこから来た西王母の化身なのだ。 ひとまず、帰って真の天女の姿を現そう、とそう言って西王母は天上に上っていかれたのだった。

top△

ワキ(帝王)ワキヅレ(大臣)糸竹呂律の聲々に。 ワキヅレ(大臣) 「糸竹呂律の声声に ワキ(帝王)ワキヅレ(大臣) 「調めをなして音楽の。声澄み渡る天津風。 雲の通ひ路。心せよ雲の通ひ路心せよ


(現代語訳)

ワキ(帝王)ワキヅレ(大臣) 「管弦の楽器それぞれの高低を合わせ、 ワキヅレ(大臣) 「美しい調べにととのえて奏する音が ワキ(帝王)ワキヅレ(大臣) 「音楽となって空に澄み渡って聞こえる。 空吹く風よ、天女の天降る雲路に気をつけておくれ。 雲路に気をつけ天女の姿を隠さないでおくれ。 (と西王母の天降るのを待っている)


「面白や。面白や。かゝる天仙理王乃。 来臨なれば数々に。孔雀鳳凰迦陵頻伽。 飛び廻り声々に。立ち舞ふや袖の羽風天津空の衣ならん 天乃衣なるらん シテ(西王母) 「色色の捧げ物 「色色乃捧げ物の中に妙に見えたるハ西王母の其姿。 光庭宇をかゝやかし。紅錦の御衣を着し シテ(西王母) 「剱を腰にさげ 「剱を腰にさげ。晨纓の冠を着。 玉觴に盛れる桃を侍女が手より取りかハし

(現代語訳)

「(西王母が侍女に桃実を盛った盆を持たせて登場し) 本当に風雅なことである。天上仙界を統治する西王母が来臨されたので、 孔雀、鳳凰、迦陵頻伽‐極楽に住むという声の美しい鳥‐など数々のめでたい鳥が美しい声で鳴きながら飛びまわっている。 その立ち舞う様子は、鳥の翼がそのまま天の羽衣に見える程の美しさである。 シテ(西王母) 「(帝王に向かい) では色々の物を捧げます 「そう言って、色々な捧げ物をする中で、特に優れて立派に見えたのは西王母自身の姿であった。 光は広い宮殿の庭に耀き渡り、身には紅錦の御衣をまとわれている。 シテ(西王母) 「剣を腰に下げ、 「鷹の羽で飾った冠が頭上に載っている、本当に美しい姿である。 そして、その美しい西王母は玉盤に持った桃を侍女の手から受け取ったのであった。

top△

シテ(西王母) 「君に捧ぐる桃実の 「花のさかづき。取りあへず 花も醉へるや盃の。花も酔へるや盃乃。 手まづさへぎる曲水の宴かやみかハの水に。 戯れ戯るゝたをやめの。袖も裳裾もたなびきたなびく。 雲の花鳥春風に和しつゝ雲路にうつれば 王母も伴ひよぢ上る。 王母も伴ひ上るや天路の。行くへも知らずぞ。なりにける。


(現代語訳)

シテ(西王母) 「天子に桃を捧げましょう(帝王に渡して) 「酒宴の中、西王母は花を浮かべた盃を取るやすぐに醉いもまわり…(西王母は舞を舞う) こうして花も酔うばかりの酒宴は、まさしく曲水の宴。 宮殿の庭を流れる川に美しい女性が袖も裳裾をも翻して戯れ、舞っている。 やがて、あの孔雀、鳳凰などの鳥たちが春風に送られて空へと上っていくと西王母も共に天上に上っていってしまった。 天上へと上がり、西王母の姿は何処とも知れず見えなくなってしまったのだった。