酔古ざつがく

沖縄のむかしみち (美栄橋から渡地まで)

大正10年発行の5万分の1の地形図
@ 「今の長虹堤」では祟元寺橋から美栄橋までを歩きましたが今回はこの続きで美栄橋から渡地までを歩いてみます。最もこの道筋のほとんどは失われており、古地図と同じ道を歩けないのでポイントで紹介したいと思います。@の地点は美栄橋で久茂地川の上空にはモノレールが通り昔とはかなり様変わりしています。本来の美栄橋があった場所は現在の橋より那覇港側で、旧道の突き当たりの所に当たります。
A 写真は松山の玉キ米屋駐車場で美栄橋からここまでは長虹堤の一部で一直線に延びていた。またここには「イビガマ」があったという。イビガマとははっきりしたことは分からないが小さな祠(ほこら)のようなものではないかと私は思っている。道はここで南に直角に曲がり国道58号線を縫うように走っている。
B この付近は久米村の孔子廟のあったところで商工会議所となり孔子像が建てられている。この部分の昔の道は戦後の河川改修で久茂地川の流れの下になり消えてしまっている。この先の泉崎交差点からは久米大門下天妃宮天使館親見世と続くのであるがここでも道筋は無くなっている。
C
D Cの左は北側親見世方向を撮ったもので、在番奉行所の仮屋や昆布座のあった道に相当するが道筋は少しずれている感じがする。地図Cの位置あたりに思案橋があったのかと想像している。右図は渡地あたりに相当する。明治初年のころは遊所があったとされるがその痕跡は全く無い。ここから対岸には渡し船があったという。
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