
唐招提寺 (とうしょうだいじ) 〒ー630
奈良市五条町13-46。(交)近畿日本鉄道西ノ京駅・奈良交通バス唐招提寺前下車。律集総本山。本尊は盧舎那仏。開創は天平宝字3年(759)。開山は宗祖鑑真。
鑑真かんじん〓奈良時代の渡来僧、日本律宗の開祖、唐・嗣聖5 (688-763)諱鑑真通唐大和上諡過海大師生唐楊州江陽県(中国江蘇省)出春秋時代の斉の名士淳干?裔師弘景事唐の様子大明寺で率を講じ「受戒の大師」と称せられる高僧であった。742年遺唐船で入唐していた栄叡・普照らに伝律・伝戒師として日本絵の渡航を要請される。以後渡航は5回試みられたが、、妨害や難破で成功せず自身も失明した。6回目の渡航で日本に到着、翌年入京し東大寺前に戒壇を設け、聖武上皇、孝謙天皇以下多くの人々に受戒する。755年東大寺に戒壇院を造り唐禅院に住し戒律の普及に努めた。756年大僧都となる。故新田部親王の宅地に唐招提寺を創建して移り住んだ。多数の天台経典、王義之の真筆、薬物などを生来した。は中国揚州江陽県の人。揚州大明寺にあって戒律の明師として仰がれた。授戒儀の整わぬわが国の懇請に応えて伝戒を決意し、五度の挫折や失明にもめげず、天平勝宝5年(753)12月、随従の弟子24人とともに来朝を果たした。「授戒伝律は一に和上にまかす」との詔をうけて、翌年4月東大寺大仏殿前に戒壇を築き、聖武・孝謙・両帝はじめ440余人に戒を授け、わが国最初の正式受戒を行った。
のち大和上の称号を賜って戒壇院の綱務を辞任し、天平勝宝3年8月、平城右京五条二坊の故新田部親王の旧宅地を賜わり、唐招提寺を創建した。寺ははじめ唐律招提といい、平城宮朝集殿を移建した講堂、藤原仲麻呂や遺唐大使藤原清河の遺族施入の食堂・僧房・絹索堂などで経営されたが、和上は天平宝字7年5月6日、76歳で遷化した。本格的な伽藍造営は随従の弟子法載・義静・如宝らにゆだねられ、ことに金堂は如宝が「有縁の壇主を率いて」造立したといい、その年次は宝亀年間(770-779)とされる。如宝は来朝時23歳、わが国で出家した人であるが、法進の跡を継いで戒壇院戒和上に任ぜられた頃で、播磨国の封戸や備前国の水田を得て、経済的にも潤った時期に当たる。弘仁元年(810)には平城天皇の勅を奉じて五重塔が建立され、寺観はほぼ整った。如法の弟子法安は「戒律伝来記」「鑑真和上三異事」を上表して、戒律の本縁と和上の遺徳顕場に努めた。鎌倉時代の戒律復興は貞慶に始まり、建仁2年(1202)鑑真将来の3千粒の仏舎利を本尊として「釈迦念仏会」を始修した。また興福寺常喜院に戒律研究機関を設けた。その一員であった覚盛は、嘉禎2年(1236)西大寺叡尊らと大仏殿で自誓受戒を遂げ、寛元2年(1244)唐招提寺に住し講律受戒に努めた。建長元年(1249)57歳で示寂し、のちに大悲菩薩と諡され中興の祖と仰がれた。師席を継いだ証玄は40余年にわたり伽藍修復に尽くし、鑑真の忌日法要である舎利会を興した。また叡尊の弟子忍性は「東征伝絵巻」5巻を施入して和上の業業を広めた。南北朝以降、度重なる地震で伽藍も疲弊し、再び衰運をたどるが、徳川五台将軍綱吉とその母桂昌院の帰衣を得て本格的修理が行われた。これには当寺で剃髪した縁による護持院隆光の陰の尽力が大きい。戒壇堂ははじめすべての堂塔が修復され、往時の偉観をとりもどした。19世紀に至り五重塔や西室・開山堂・戒壇堂等が祝融に禍されたが、幸い金堂・講堂などへの延焼は免がれ、天平立院の遺風を今日に伝えている。元禄14年に儀澄が撰述した「招提千載伝記」には、枝院として137カ寺を数える。また延享3年の記録には御朱印高300国とあり、本末あわせて64カ寺をあげる。しかし明治5年の太政官達により真言宗の所轄とされ、同33年に律宗として再び独立したが、廃寺や転宗したものも多く、現在の末寺はわずか23か寺である。末寺のうち主な古寺名刹は、京都の壬生寺・法金剛院、尼崎の大覚寺、奈良の伝香寺(以上、各項参照)、生駒市有理町の竹林寺などである。竹林寺は行基の生馬山寺の古墳と伝える。文暦2年(1235)行基の舎利瓶が発見されて、墓所とともに伽藍が整備された。戒壇院円照や疑念・良遍など律匠が雲集した。ここに分骨を遺言した忍性の骨臓器も先年発見された。明治8年廃寺とされたが、今再び伽藍を整えつつある。
当寺が収蔵する古文書類は、「戒律伝来記」巻上(重文)、「唐招提寺文書」2巻(重文、天之巻は宝亀2年―承保2年の文書21巻、地之巻は用度文書)を始め約50通がある。また近世文書は約200通が整理されているが、なお未整理のものが数百通に及び、今後の調査が待たれる。文書以外の国宝・重要文化財は次の通である。建造物では、金堂(一重、寄棟造、奈良)、講堂(一汁、入母屋造り、奈良)、経蔵(興蔵、寄席胸造り、奈良)、宝蔵(興造り、寄席胸造り、奈良)包み廊(舎利伝、廊増、鎌倉)以上国宝、東失礼堂(一汁、入母屋造り、鎌倉)、三重移動(休興福寺一乗院立つどの伝植え、江戸)以上重文。総裁問(江戸)は県指定文化財。
彫刻では、盧遮那仏坐像(脱活乾漆、奈良、金堂)、千手観音立像(木心乾漆、奈良、金堂)、薬師如来立像(木心乾漆、奈良、金堂)、梵天・帝釈天立像2?(木造、奈良、金堂)、四天王立像四?(木造、奈良、金堂)、鑑真和上坐像(脱活乾漆、奈良、御影堂)以上国宝、弥勒如来坐像(木造、鎌倉、講堂)、寺国天・増長天立像2?(木造、奈良、講堂)、釈迦如来立像(厨子入、木造、鎌倉、礼堂)、地蔵菩薩立像(伝空海作、木造、平安、地蔵堂)、大悲菩薩坐像(木造、室町、本願殿)、大日如来坐像(木造、奈良、新宝蔵)、薬師如来立像(木造、奈良、新宝蔵)、獅子吼菩薩立像(木造、奈良、新宝蔵)、衆宝王菩薩立像(木造、奈良、新宝蔵)、大自在菩薩立像(木造、奈良、新宝蔵)、行基菩薩坐像(木造、鎌倉、新宝蔵)以上重文。このほか重文を含む奈良─江戸時代の彫刻20?(新宝蔵)。
工芸では、舎利容器一具、白瑠璃舎利壷(鑑真和上将来舎利納入、唐(ただしペルシャ製といわれる)、方円彩糸花網(唐)、金亀舎利塔(鎌倉)以上国宝、磚製阿弥陀如来像(奈良)、銅板押出三尊仏1面(奈良)、銅板押出仏5面(奈良)、唐招提寺勅額(孝謙天皇勅筆、木造、奈良)、牛皮華蔓残闕8枚分(奈良)、華盤(木造、黒漆彩色、奈良)、咒太鼓縁(木造、平安)、鉦太鼓縁一対(木造、平安)咒太鼓縁(木造、鎌倉)、鉦鼓縁一対(木造、鎌倉)、梵鐘(銅製、平安)、黒漆舎利厨子(木造、鎌倉)、日供舎利塔(木造、鎌倉)、舎利容器(金銅製、鎌倉)、香水壷(銅製、鎌倉)、法具類(金剛盤・五鈷鈴・独鈷杵・三鈷杵・五鈷杵、金銅製、鎌倉)、蓮弁飾法具(火舎・花瓶二口・六器六口・飯食器二口・澪水器・塗香器、金銅製、鎌倉)、三具足鋳銅製一具(燭台・香炉・花瓶、明)、法具類(火舎二口・六器二十四口・麗水器、塗香器、金銅製、鎌倉)、金剛版(金銅製、平安)、法会所用具類(奚婁・羯鼓・鼓胴・木製楯三枚・同柄香呂三口・同龍頭八頭・同馬頭一頭、鎌倉)以上重文。
絵画では、紙本著色東征絵伝5巻(鎌倉)、絹本著色大威徳明王像(鎌倉)、同法華曼荼羅図(鎌倉)、同十六羅漢像16面(鎌倉)、紙本墨書南瞻部洲大日本国正統図(室町)、以上重文。
書蹟では、根本説一切有部戒経(天平12年5月1日経)1巻(奈良)、老母六英経(天平12年5月1日経)一経(奈良)、大比盧舎那仏神変加持経1巻(奈良)、論伽師地論(巻38)1巻(奈良)、四分律刪繁浦闕行事鈔(巻下之3)1巻(奈良)四分戒本・・梵綱経・宝篋印陀羅尼経・唯識三十頌・大乗百法明門論・般若心経五帖(覚盛筆、鎌倉)、法華経(開結共)10帖(覚盛筆、鎌倉)、唐招提寺一切経4794帖(宋版4456帖・和版88帖・写本250帖、鎌倉)、令私記断簡3紙(平安)以上重文。
なお、境内全域が「唐招提寺旧境内」として国史跡に指定されている。当寺は戒律専修道場として創建されたが、開山鑑真遷化の後は、和上の行暦と伝戒の精神を通して戒律を修得しょうとの色彩が濃い。それは当宗の三大法要にも表れている。「中興忌・梵網会」は5月19日、中興大悲菩薩の忌日法要。大乗戒経である梵網経を講讃する。鑑真の遺徳を偲び、教えをうけた法華寺尼衆がうちわを献じたという故事から、法要後に厄除のうちわをまくので俗に「うちわまき会式」として知られる。「開山忌・舎利会」は6月5日・6日、鑑真の忌日陰暦5月6日を太陽暦6月6日として御諱法要を行う。御宿忌(5日)は四分戒本を読誦のあと、講堂で和上随従の諸師有縁者の過去帖を読み上げる。舎利会(6日)は講堂に二基の興をすえ鑑真将来の仏舎利と梵経(梵網経・最勝王経)を奉安し両経を講讃する。鑑真和上坐像が開扉され、東山魁夷画伯が11年の歳月をかけて描いた厨子扉絵・障壁画面も公開される。「釈迦念仏会」は10月21日―23日、解脱正人が始修以来不断継承の法要。釈尊の遺身舎利を本尊とし、法華経講讃・舎利講式・和讃と「南無釈迦牟尼仏」の観想念仏からなる。かっては有縁諸寺が輸番で七日七夜不断に行われた。このほか特色ある法会として正月三が日の修正会がある。秘密護摩と舎利悔過よりなる。護摩作法は奈良時代の賢璟が当寺修正会のためつくったと伝える。3日初夜の「餅賛嘆の儀」は食物史の史料として注目される。
寺暦を伝える史料に、「続日牟記」の記事、「戒律伝来記」ほか11編(「大日本仏教全書」)、「唐招提寺史料」1(奈良国立文化財研究所)、「唐大和上東征伝」(竹内理三「奈良遺文」)、「東征伝絵巻」(「日本絵巻大成」16、中央公論社)、「律宗文献目録」(百華苑)がある。
参考文献、安藤更生「鑑真大和上伝之研究」(平凡社)、蔵中進「唐大和上東征伝の研究」(桜楓社)、「東征伝」(大乗仏典、中央公論社)「奈良六大寺大観」12・13「唐招提寺」Ⅰ・Ⅱ(岩波書店)、大田博太朗「南都七大寺の歴史と年表」(岩波書店)、「唐招提寺古経選」(中央公論美術出版)、徳田明本「律宗概論」(百華苑)、星山晋也「唐招提寺」(日本の古美術八、保育社)。当寺史料の利用は、古文書経巻については研究者に限る。要紹介。収蔵施設「新宝蔵」は春(3月21日―5月19日)と秋(9月15日―11月3日)に開扉し、彫刻のほか絵巻・工芸・経巻等を順次展示している。午前9時―午後5時、有料。
[円藤證圓] 以上日本名刹大辞典より