日本の蒸気機関車データ集


第2章 重量関係


2. 運動部分の質量


蒸機が乗り物 (Vehicle) として走行安定性を保ち、かつ乗心地を良くするには、走り装置のような運動部分はできるだけ軽量とし、かつ質量がなるべく釣り合わされていることが重要です。

2-1. 往復部 質量/釣合質量

Class We D L Mr M1 M2 M3 M4 Mt Mt/Mr Mu Mu/We
6760 45.57 1600 2159 259.23 - - 75.90 29.2 183.33 1/248
8620〜8643 46.76 1600 2286 256.28 19.16 19.78 19.41 - 58.35 22.8 197.92 1/236
9600〜9617 59.82 1245 3175 360.16 0 0 360.16 1/166
D511〜85,
91〜100
76.80 1400 3100 487.58 126.3 25.9 361.3 1/212

We: 機関車重量 [t]
D: 動輪径 [mm]
L: 主連棒長 [mm]
Mr: 往復部質量(片側) [kg]
M1: 第1動輪 往復部釣合質量(片側) クランク円換算 [kg]、クランク円直径はD51形660mm、他は610mm
M2: 第2動輪 往復部釣合質量(片側) クランク円換算 [kg]
M3: 第3動輪 往復部釣合質量(片側) クランク円換算 [kg]
M4: 第4動輪 往復部釣合質量(片側) クランク円換算 [kg]
Mt: 全動輪 往復部釣合質量(片側) クランク円換算 [kg]
Mt/Mr: 往復部釣合質量/往復部質量 釣り合わせ率 [%]
Mu: 往復部不釣合質量(片側) [kg]、= Mr - Mt
Mu/We: 往復部不釣合質量(片側)/機関車重量 比率

<解説>
蒸機の乗心地を左右するものとして、往復部(ピストン、ピストン棒、クロスヘッド、主連棒の重心より前方部分)の質量と、これを釣り合わせるため動輪のカウンター・ウェイトに含める往復部釣合質量(超過釣合質量)が有ります。なぜ超過釣合質量と呼ぶかというと、回転部(クランクピン、連結棒、リターンクランク、主連棒および偏心棒の重心より後方部分)の質量を100%釣り合わせた上にさらに上乗せするからです。超過釣合質量は上下方向の槌打力(ハンマー・ブロー)となり、上向きのときは軸重を減らし、下向きのときはレールの負担を増やします。
往復部質量は通常、その一部が釣り合わされるのみで、釣り合わされない分が往復部不釣合質量として残ります。これはそのまま蒸機の前後動を起こす力となります。

9600形では、速度35mph(56.3km/h, 動輪回転数240rpm = 4rps)におけるハンマー・ブローを、手本とするプロイセン邦有鉄道のプラクティスに倣ったか、施設側に遠慮したかで、機関車重量 (59.82t) のプラスマイナス15%、つまり8.97tと計画していました。これはクランク円換算の往復部釣合質量449kg(両側)に相当します。
 HB = W/g × r × ω2
 W = HB × g /r × ω2
 HB: ハンマー・ブロー [kg]
 W: クランク円換算の不釣合質量 [kg]
 g: 重力加速度 [9.8m/s2]
 r: クランク円半径 [m]
 ω: 動輪角速度 [= 2πN rad/s、Nは毎秒当り回転数rps]
 W = HB × g /r × ω2 = 8970×9.8/0.31×(2π×4)2 = 449
しかし、動輪径が小さいため十分なカウンター・ウェイトを付けられず、実際には回転部質量をほぼ釣り合わせたのみで、往復部質量 (360kg) は全く釣り合わせることができませんでした。つまり不釣合質量が360kg、釣り合わせ率は0%ということです。

8620形では、60mph(96.5km/h, 320rpm = 5.33rps)におけるハンマー・ブローを、同様に機関車重量 (46.76t) のプラスマイナス15%、つまり7.01tと計画していました。これはクランク円換算の往復部釣合質量198kg(両側)に相当します。
 W = HB × g /r × ω2 = 7010×9.8/0.31×(2π×5.33)2 = 198
これに対して実際値は58.35kg(片側)と、往復部質量(256.28kg)の22.8%にとどまっていました。つまり釣り合わせ率は22.8%となり、残りの77.2%に相当する197.92kgが不釣合質量となります。

C53形およびそれ以降の形式では、動輪回転数300rpm = 5rps(動輪径1750mmで99km/h、同1400mmで79km/h)におけるハンマー・ブローを、1/2動軸重つまり1動輪(片側)のプラスマイナス15%と計画していたようです。これはクランク円換算の往復部釣合質量としては次表のようになります。

Wa Wa/2 15% × Wa/2 Mtc Mt
3 4 5
14 7.0 1.05 31.6 94.8 126.3 157.9
15 7.5 1.13 33.8 101.5 135.3 -
16 8.0 1.20 36.1 108.3 144.4 -

Wa: 動軸重 [t]
Wa/2: 1/2動軸重、動輪重 [t]
15%×Wa/2: 1/2動軸重×15% [t]
Mtc: 1動輪当り 往復部釣合質量(片側) クランク円換算 [kg]、 クランク円直径660mmの場合を示す
Mt: 全動輪 往復部釣合質量(片側) クランク円換算 [kg]、3, 4, 5は動軸数

試みに、D51形(新製当初・平均動軸重14.00t)について、手許の図面集より、往復部質量をピストン組立、クロスヘッド組立、および主連棒組立の1/2の合計として算出してみました。

 ピストン組立: 200.27kg
 クロスヘッド組立: 151.41kg
 主連棒組立: 255.80kg
 同上 往復部 (1/2): 127.90kg
 往復部質量(片側)合計: 487.58kg

上表から、4動輪の往復部釣合質量(片側)は126.3kgですから、往復部質量(片側)の25.9%を釣り合わせていることになります。
従って、往復部不釣合質量(片側)は、残りの74.1%、つまり361.3kgということになります。

ちなみに英国鉄では、標準設計の2シリンダ式蒸機について、下記のように設定していました。

Class Wheel
Arrangement
We D L Cross-
head
Mr Mt Mt/Mr Mu Mr/We
BR7 4-6-2 95.50 1880 3251 3-bar 383.7 153.5 40 230.2 1/414
BR6 4-6-2 89.92 1880 3251 3-bar 383.7 153.5 40 230.2 1/390
BR5 4-6-0 77.22 1880 3251 3-bar 374.7 187.4 50 187.4 1/422
BR4 4-6-0 68.99 1727 3251 3-bar 344.7 172.4 50 172.4 1/400
BR4 2-6-4T 88.04 1727 2515 2-bar 343.4 137.4 40 206.0 1/427
BR4 2-6-0 60.71 1600 2438 2-bar 334.3 167.2 50 167.2 1/363
BR3 2-6-0 58.42 1600 2438 2-bar 334.3 167.2 50 167.2 1/350
BR3 2-6-2T 75.23 1600 2438 2-bar 334.3 167.2 50 167.2 1/451
BR2 2-6-0 50.04 1524 2261 2-bar 255.8 127.9 50 127.9 1/391
BR2 2-6-2T 67.31 1524 2261 2-bar 255.8 127.9 50 127.9 1/526
BR9F 2-10-0 88.09 1524 3353 3-bar 392.4 156.9 40 235.5 1/374

表中より、D51形に比べて、ほぼ同一重量の英国鉄蒸機のほうが、往復部質量Mrおよび往復部不釣合質量Muが小さいことが判ります。

まず、往復部質量は、英国鉄蒸機は全てピストン尻棒(テールロッド)が無いのと、大・中型機ではクロスヘッドが3本棒式で小型軽量であることが効いています。

日本国鉄蒸機ではC52形・C53形(中央シリンダのみ)・C12形・C56形など一部がピストン尻棒を省略していましたが、原則的にはシリンダ内壁の磨耗を抑えるという理由で尻棒付きとされました。ピストン体も多くが中空箱形、または2枚の円板をタンデムとしたH形でした。

3本棒式クロスヘッドは上1本・下2本の滑り棒(スライドバー)がT字断面のクロスヘッドを包み込むようなかたちで、日本国鉄蒸機ではC52形・C53形の中央クロスヘッドのみがこの形式でした。3本棒式は考案者の米国ペンシルヴェニア鉄道の技師にちなみ、フォイトVogt式とも呼ばれます。英国ではLNERの技師長グレズリーが広く採用、SRの技師長モンセルや同ブリードも一部に採用しました。
米国の近代蒸機に多く採用されたのはフォイト式から発展したマルティプル・エッジ式で、実態は5本棒式とでも言うか、E字断面の滑り棒を対向させたかたちでした。なお、米国蒸機もピストン尻棒が無く、ピストン体も多くは傘形の1枚板として往復部質量の軽減を図っていました。

一般の日本国鉄蒸機のクロスヘッドは1本棒式、つまり上記とは逆にクロスヘッドがスライドバーを包み込むようなかたちで、ドイツ国鉄(起源はプロイセン邦有鉄道)のプラクティスに倣ったものでした。
ドイツ国鉄流儀のクロスヘッドは、質量が大きいほか、外観的にもドクロのようで、好ましいものではありません。日本国鉄でも早い時期に見直し、3本棒式またはC52形の左右クロスヘッドのような上2本棒式(レアードRaird式)を採用し、ピストン体も軽量化して往復部質量を低減するとともに、ピストン尻棒が無くともシリンダ内壁の磨耗を抑えるような設計配慮をすべきであったと考えられます。

また、英国鉄では釣り合わせ率を重量機で40%、中・軽量機では50%とし、機関車重量に対する往復部不釣合質量(片側)を1/350以下に抑えていたことが判ります。
これらに比べると、日本国鉄蒸機の1/160〜1/250という数値は、機関車重量に対する往復部不釣合質量の比率が大きく、英国鉄蒸機の約1.4〜2.0倍有ることを示しています。
従って、日本国鉄蒸機は英国鉄蒸機と比べると、同一動輪回転数で走ったとき、約1.4〜2.0倍の動揺が生ずることになります。

米国では釣り合わせ率を50%とするものが大多数です。英米流ではハンマー・ブローが大きくなりますが、往復部不釣合質量は小さくなり、前後動(2シリンダ式では左右で90度位相がずれるため機関車全体としては蛇行動が加わるなどやや複雑な挙動となる)が低減しますので、乗心地の面からは適当とされています。

最近当会が入手した、米国で軸配置4-6-2, 4-6-4, 4-8-2の3形式(同一機体)で釣り合わせ率を50%から段階的に減小させ、90〜99mph (145〜160km/h) で走行試験した報告書 "Counterbalance Test of Locomotives" (1944年発行)では、40%までは乗心地に著しい変化は無い反面、33%を境として乗心地の悪化が見られ、22%およびそれ以下では動揺が著しく増大し、乗務員の肉体疲労が激しく、また機関車各部の緩みが多くなるなどの不具合が報告されています。
これから見ると、サスペンションや主台枠剛性よりも、釣り合わせが蒸機の乗心地に支配的な影響を及ぼすようです。

日本国鉄蒸機の乗心地の悪さは、主として釣り合わせ率の小ささ、言いかえれば往復部不釣合質量の大きさによる、前後動に起因するものと考えられます。


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