■校歌を通して知る関西学院・その建学の精神

「目に見えないもの 言葉にならないもの」より
今田 寛

2005/02/01:更新

更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」
(マルコによる福音書第4章30〜32節)

 今日のこの礼拝には新入生の方が多いと思います。新入生の皆さんとは入学式以来ということになります。入学してから一カ月半、連休も通り越しまして、おそらく新しい環境に慣れたころだと思います。それは、礼拝が始まる前のしばらくの間、大変お話が弾んでいたところにも表れていて、喜ばしいことだと思っております。今日は、「校歌を通して知る関西学院・その建学の精神」というタイトルで話させていただきます。礼拝にふさわしいお話になるかどうか、いささか自信はございませんが、話させていただきます。

 関西学院は今年創立112周年を迎えておりますけれども、その長い歴史の中でいろんな時代に作られ、歌われてきた校歌、カレッジ・ソングがたくさんあります。今日はそれらの中から4つを選び、関西学院グリークラブの協力を得て紹介し、それを通して関西学院の歴史を知り、関西学院の建学の精神について学ぶ機会にしたい、そのように考えております。

 このようなタイトルでお話しするのには2つの理由があります。第一の理由は関西学院が私学・関西学院であるということに関係しています。今日、わが国には4年制の大学が671あります。そのうち私学は497です。国公立大学というのは、国あるいは都道府県によって設置された、あるいは据え置かれた大学ですから、文通り設置時には無色の存在であります。それに対して私学というのは、それぞれ独白の建学の精神と思いをもって、いわば大地から生え出でた大学ですから、設立当初から志があり、主張があります。したがって、せっかく私学に入学したわけですから、そこで学ぶ者がその歴史と、それを支えてきた精神を知らないで卒業していくのであれば、つまり建物、設備、制度というものだけをただ利用して通り過ぎていく通過人、あるいはお客さんであるとすれば、私学としては寂しすぎます。そこで私は関西学院の主張、どういう思いでもって112年の歴史を刻んできたか、そういうことについてお話をして、皆さんにその精神の担い手になっていただきたい、そのような思いをもって今ここに立っております。それが第一の理由です。

 第二の理由は、自分と自分の足元を愛するということの大切さに関係しています。キリスト教の教えの中で何が大切かということですけれとも、よく「敬神愛人―神を敬い、人を愛する」ということが、言われます。この「敬神愛人」というのは、キリスト教の教えの中で中心となる教えであろうと思います。皆さんの中でクリスチャンでない人たちにとっても分かりやすいのは、「敬神」の教えよりも、人を愛する「隣人愛」の教えだと思います。キリスト教の中で、聖書の教えの中で、「あなたの隣り人を愛しなさい」という教えは、普遍的人間愛の教えであり、私は皆さんにこの精神を関西学院の在学中に身に体してほしいと願っています。そして、この教えが「マスタリー・フォア・サービス」といわれるスクール・モットーの根底にあるべき精神だと思います。神学的な意味はよくわかりませんが、私は聖書の中でこの隣人愛の教えが、「あなたの隣り人を自分のように愛しなさい」と表現されていることに大変意味があるように思います。「Love your neighbor as you love yourself―あなた自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」。私は、「あなた自身を愛するように」という部分に特別の意味があるように思うのです。と申しますのは、隣人愛の原点というのは、まず自分を愛すること、自分を尊敬できる価値あるものへと高めることであると思います。そして、この場合の「自分」というのは「自分の属する広義の自分」でありまして、自分の属するところの家族であったり、学校であったり、地域であったり、郷土であったり、国であったりしても良いと思います。この「拡大自己というものを愛する、そしてそれを敬う」という精神があってこそ、つまりその原点があってこそ、愛というものは周囲に広まり得るものだと私は考えます。その意味で、皆さんには在学中に、自分自身が尊敬できる「己」というものを確立してほしい。そしてまた、自分が属するところの、そして将来母校となる関西学院のことを知り、愛せるように、良い意味で誇りとし得るようになってほしい。拡大自己を愛し尊敬する経験が、すべての隣人愛の中心になるのではないかと私は思います。

 少し前置きが長くなりましたけれども、このような思いをもって、今日は関西学院の校歌を通して関西学院の歴史と建学の精神を知るという意味で4つの歌を紹介していきたいと思います。まず第一は「Old Kwansei」です。関西学院は、皆さん既にご存じのように1889(明治22)年に神戸の地に誕生いたしました。創立者はウォルター・ラッセル・ランバスというアメリカの宜教師でありまして、創立時には神学部の生徒7名、普通学部の生徒12名、合計19名が在籍する塾のような小さな学校として誕生いたしました。創立当初から、英語によるスピーチ、演説、英語劇などを中心にして、年1回公開の英語会というものが催されていましたが、その英語会の第5回の公開大会が近づいた頃、歌を加えようという話が起こりました。そして1899年、ちょうど関学の創立の10年後ですけれども、第二代院長の吉岡 美國 (よしおか よしくに)先生によって、翌年「関西学院グリークラブ」と命名されることになる男声合唱の団体が誕生いたしました。そしてこれが日木最古の男声合唱団となり、今ここにその流れをくむ「関西学院グリークラブ」の面々が座っているわけでございます。そして、その時に最初に歌われた曲が「Old Kwansei」であります。1900年(明治33年)のことです。まずこの「Old Kwansei」をグリークラブの演奏で聴いていただきたいと思います。
今日は一番と三番を歌っていただきます。お手元の歌詞をたどっていただければと思います。お願いします。


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「Old Kwansei」一番をグリークラブの演奏でお聴きいただけます。
(約2.1MBありますのでご注意!)


     OLD KWANSEI
   原曲 「Old Nassau」
   H.P.Peck 作詞、K.A.Langlotz作曲
   改編 岡島まさ、1899

Tune ev'ry heart and ev'ry voice,
        Throw ev'ry care away;
Let all with one accord rejoice,
        In praise of Old Kwansei,
In praise of Kwansei Gakuin;
        In praise of Old Kwansei;
Her sons will give, while they shall live,
        Banzai. Banzai. Kwansei !

Let music rule the fleeting hour,
        Let gladness fill the day;
And thrill each heart with all her power,
        In praise of Old Kwansei:
In praise of Kwansei Gakuin,
        In praise of Old Kwansei.
Her sons will give, while they shall live.
        Banzai. Banzai, Kwansei !

No flow'ry chaplet would we twine,
        To wither and decay:
The gems that sparkle in her crown,
        Shall never pass away,
Shall never pass away Kwansei,
        Shall never pass away,
Her sons will give, while they shall live,
        Banzai. Banzai. Kwansei !

一人一人の情(こころ)と声の>調(しら)べを合わせ
  心の煩いを打ち棄てよ。
すべての心を一(いつ)にして喜び
  懐かしき母校関学を讃えよ。
関西学院を讃え、
  懐かしき関学を讃え、
その子等(ら)は生きる限り
  関西学院万歳を叫ぶならん。

音楽をして流れ去る時を統(す)べしめ、
  喜びもて日を満たしめよ。
その力もて一人一人の情(こころ)を震(ふる)わし
  懐かしき関学を讃えよ。
関西学院を讃え、
  懐かしき関学を讃え、
その子ら等は生きる限り
  関西学院万歳を叫ぶならん。

我らの編(あ)む花の冠(かんむり)は、
  しぼむことなく朽ちることなく。
その冠にきらめく宝石は、
関西学院を讃え、
  懐かしき関学を讃え、
その子等(ら)は生きる限り
  関西学院万歳を叫ぶならん。

  永遠(とこしえ)にきゆることなし。
永遠(とこしえ)にきゆることなき関西学院よ、
  永遠(とこしえ)にきゆることなし。
その子等は生きる限り
  関西学院万歳を叫ぶならん。
(「わが懐かしの関西学院」 束山正芳 訳)

 どうもありがとうございました。お手元に色の少し違う挟み込みのものがあろうかと思います。これに校歌「Old Kwansei」が、左側にもとの詞の一番から三番までが、右側にその訳があります。この訳は、私がグリークラブの顧問に就任した1974年に、歌うからにはその歌詞の意味をよく知って歌ってほしいという思いから、もうお亡くなりになりましたが、当時英文学科の先生でいらした東山正芳先生にお願いして、わかりやすい歌詞に訳していただいたものです。今日はこれを一つ一つたどることはいたしませんが、「Tune ev'ry heart and ev'ry voice, Throw every care away ―― 一人一人のこころ情と声の調べを合わせ、心の煩いを打ち棄てよ」という歌詞で始まるわかりやすい歌かと思います。「Her sons will give, while they shall live, Banzai Kwansei」(「その子等は生きる限り、関西学院万歳を叫ぶならん」)とありますように、息子の母校賛歌、母親賛歌という形をとっております。

 しかし一番上を見ていただければわかりますように、実はこの「Old Kwansei」は自前の歌ではなくて、アメリカのアイビーリーグの名門校プリンストン大学のカレッジ・ソング「Old Nassau」の歌詞と旋律の一部を少し変えたものなのです。ですから、借り物です。しかし、西洋音楽というものがまだ日本に定着していない、百年以上も前にこういうことが起こったのはやむを得ないことだと思います。むしろこのような立派な校歌を「Old Nassau」を改編して作ったということを誇るべきだと思います。この歌詞はまた見ておいていただきたいと思います。

この「Old Kwansei」は、1899年(明治32年)から1932年(昭和7年)までは関西学院の唯一の校歌でした。したがって、昔の関西学院の卒業生が、折に触れこの「Old Kwansei」を思い出して、一番から三番まで歌う姿をよく見ました。私はサッカー部の部長もしていますが、同部のかつての名選手に後藤靭雄さんという方がおられました。この後藤さんは、白系ロシア人との間の混血児でしたから、非常に大きな方でしたが、その方が宴席などで気持ちがよくなると立ち上がって、畳の上で、一番から三番まで、本当に涙を流すように、懐かしげにこの歌を歌う姿が今でも目に焼きついております。母校の校歌というのは、若い時代に体に刻み込まれたものでして、私学においてそのような歌の果たす役割というものを大変感慨深く見、かつ聞いたものでした。

 明治の中期に誕生した関西学院は、大正を通し1929年(昭和4年)までは、今の王子公園のところですけれども、神戸の地におりました。そして、昭和4年にこの上ケ原の校地に引っ越してきます。したがって、最初の40年間を神戸の地で過ごして、それ以後ここに移ってきたことになります。移ってきた理由というのは、一つは神戸の原田の森と称せられた今の王予公園のあるところがだんだん市街地化してきて、学校の環境として良くなくなってきたということです。いま一つは、関西学院はちょうど大学昇格ということを目指していたのですが、将来のことを考えると校地が狭すぎるということでした。そういうことで、上ケ原に移ってきたわけです。大学の認可が下りたのは1932年(昭和7年)です。認可が下りたのは2学部、法文学部と商経学部でして、この2つの学部が現在の法学部、文学部、商学部、経済学部の4つの学部の母体になりました。大学昇格というのは関西学院にとっては悲願だったものですから、それを記念して、当時の学生会が中心になって――その学生会長は菅沼安人さんという、私もよく存じ上げていた方ですが――その方が中心になって、山田耕筰に作曲を依頼し、できたのが既に皆さんご存じの校歌「空の翼」です。山田耕筰は明治35年に普通学部に入学して、グリークラブのごく初期のメンバーでもありました。歌詞は山田耕筰の友人の北原白秋によるものです。では校歌「空の翼」一番、三番、お願いします。


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「空の翼」一番をグリークラブの演奏でお聴きいただけます。
(約2.1MBありますのでご注意!)


   空の翼
    北原白秋作詞、山田耕筰作曲

1.風に思う空の翼
 輝く自由 Mastery for Service
 清明ここに道あり我が丘
 関西 関西 関西 関西学院
 ポプラは羽ばたくいざ響け我等
 風 光 力 若きは力ぞ
 いざ いざ いざ 上ヶ原ふるえ
 いざ いざ いざ いざ 上ヶ原ふるえ

2.眉にかざす聖き甲
 萌えたつ緑 Mastery for Service
 躍々更に朗らよ我が自治
 関西 関西 関西 関西学院(以下繰り返し)

3.旗は勇む武庫の平野
 遥けし理想 Mastery for Service
 新月ここに冴えたり我が士気
 関西 関西 関西 関西学院(以下繰り返し)

ありがとうございました。このようにして大学昇格を記念して、借り物でない自前の校歌が、しかも卒業生である山田耕筰の作曲によってできたということは大変大きな喜びであったわけです。この校歌「空の翼」については、日本語ですので解説はいらないと思いますが、一、二のことを申し上げたいと思います。一つは、今週の「チャペル週報」にも書いたことですけれども、理学部に8年間在職された小川枝郎先生がご退職の時に言われた言葉を、私は校歌「空の翼」とともに忘れられません。小川先生は次のような主旨のことを言われました。「自分はこれまで学んだ所も、教えた所もすべて国公立であったけれども、関学に来て、私学には校歌があることを知って――先生は学歌と言われたんですが――これはいいなと思い、一生懸命に覚えた。だから自分は今では校歌『空の翼』を一番から三番まで何も見ないで歌える。今、退職の時を迎えたけれども、自分はこのわずかな年月の間に関学のキャンパスと自由な校風が大好きになった。今、このようにして校歌を歌える関学人となって退職できるのを嬉しく思っている」。そういうことを――こういうことを言ったら失礼かも しれませんが――いささかいかついお顔の、こわそうな小川先生が、優しくお話しになったのが大変印象的でした。その小川先生はこの4月6日にお亡くなりになりました。校歌をそらで歌える方を一人失ったということですけれども、今日ここにいる皆さんがそれを引き継いでいただければと思っております。

 校歌を一番から三番まで歌うというのは一見難しいように思えるかもしれませんが、覚え方があると思うのです。一番よい覚え方は、中央芝生の真ん中に立って一番は空を見て歌うんです.「風に思う空の翼」、それで覚える。二番は山の方向、図書館、時計台の方向を見て、「眉にかざす清き甲、萌えたつ緑」と歌う。そして、三番はくるりと向きを変えて正門のほうを向く。武庫川の方向、平らに広がっている空間を見て、「旗は勇む武庫の平野」と歌う。そういうふうにして場所と一致させながら歌うと、大変覚えやすいと思います。もし関西学院の校歌で、「ザ・関西学院校歌」というものを一つ挙げるとするならば、やはりそれは「空の翼」だと思います。そして、関西学院には方々に多くの同窓会の支部があります。各地の支部に参りましても、必ずこの校歌「空の翼」が歌われます。何十年か後に、若い頃に覚えた校歌を同窓の人たちとともに歌うということをぜひしていただきたいと思います。これこそが私学に集う者の喜びなのです。

 「空の翼」の中で、私が好きなフレーズは、「風、光、力、若きは力ぞ」というところです。これは時間があれば後からお話しします。それからもう一つは「輝く自由」という言葉です。「輝く自由」に関しては、明日グルーベル先生が、この大学合同礼拝でお話ししてくださいます。だから、そちらでお聞きいただきたいのですが、ただ、新入生の方には、私が「自由」ということについて入学式の時に式辞で申し上げたことを思い出してほしいのです。どのような話をしたかということですが、「長い受験勉強から解放されて、皆さん方は非常に大きな自由を手にした。目の前には360度の自由が広がっている。しかし、自由と付き合うのは決して容易なことではない、付き合い方次第で、あなた方の人生は豊かにもなるし、貧しくもなる。だから、場合によっては自由は手強い大敵である」、このようなことを申し上げて、2つの危険について申しました。「自由からの逃走」と「自由への逃走」です。このいずれも大変こわいのです。

 「自由からの逃走」というのは、エーリッヒ・フロムという心理学者の著書のタイトルですが、アメリカでは文字どおり「Escape from freedom(自由から逃げる)」ですが、イギリスでは「Fear of freedom(自由に対する恐れ)」というタイトルになっていて、この2つのタイトルをつなげますと、「自由が恐いから自由から逃げる」という意味になります。例えば、受験勉強から解放されて突然目の前に自由がある。そして、「さあ、どちらを向いて歩きだそうか」といった時に、どちらを向いて歩いてよいかのか分からない。自分は人生の目標ということについて未だかつて考えたことが一度もない。したがって、どちらを向いて歩いてよいのかわからない、という戸惑いが多くの人にはあると思います。そのような頼りない自分、空虚な自分、目標をしっかり持っていない自分を見つめることは、決して快いことではありません。一種の恐怖ですらあるでしょう。それが自由に対する恐れというものだとエーリッヒ・フロムは言うわけです。その恐さから逃れるために、それを忘れさせてくれる集団に埋没することによって、そこからエネルギーと心の支えを得て、毎日を過ごす。このような過ごし方というのは、「自由がほしい、ほしい」と言いながら、実は自由を放棄している姿に他なりません。このような自由放棄の願望がドイツにナチズムの台頭を許したのだというのが、実はエーリッヒ・フロムの主張なのです。このことは全く同じように皆さんに当てはまることだと思います。自由から逃げる、何かから逃げるために何かをするというのは大変次元の低い話なのです。前方の何かを追い求めるために何かをするというのが質の高い生き方であるわけですけれども、自由からの逃走というのは、恐怖に追い立てられた自由の放棄であり、貧しい人生に至る一つの道であろうかと思います。

   もう一つは、「自由への逃走」です。自由気ままへの逃走。今日、よく引きこもり現象というようなことを言います。引きこもりというのは、周囲を遮断して、自分の好きな、自分が気楽にできる空間で自由気ままに過ごす。自らを閉じ込めて、煩わしいことを一切シャットアウトして、その空間の中で生きている。自由というものを自由気ままと捉え、拘束されることを嫌って己の中に引きこもるというのはまさに逃走です。このようなことをしていたら人間には成長がないと思います。私は「不自由なきところに進歩はない」と思います.不自由があるということは、解くべき課題が目の前にあるということです。解くべき課題を自らに課し、ストレスを感じながらそれを解こうとするときに進歩が生まれると思います。どうか将来の自由を確保するために「不自由への積極的な挑戦」ということをしていただきたい。自由の主人、マスターになってほしい。「マスタリー・フォア・サービス」のマスターになってほしい。自由の奴隷にはならないでほしい。「輝く自由」に満ちた人生を手にするために自己責任において「輝く自由」と上手に付き合ってほしいと思います。人学式の式辞で申し上げたことを今ここでもう一度思い出していただきたいと思います。

 1934年(昭和9年)に、認可を受けた大学2学部がスタートします。昭和9年と申しますのは私が生まれた年で、67年前になりますが、その頃になりますと、日本では軍事色が大変濃厚になってまいります。そのため、「マスタリー一フォア・サービス」という英語、つまり敵性語が含まれている校歌を歌うことが憚られるような情勢になりました。そこで、太平洋戦争の直前の1939年(昭和14年)、関西学院が創立50周年を迎えた時に、「英語の混じっていない校歌を」ということで作られたのが今から歌っていただく「緑濃きかぶと山」です。これも大変美しい歌です。それでは、「緑濃き甲山」をお願いします。第二校歌とも言われます。

    緑濃き甲(かぶと)山
     由木康作詞、山田耕筰作曲

1.緑濃き甲山
 気高くそびえ
 陽に映ゆる校舎
 さやかに立てり
 樹々、白亜、光
 一つに合える
 美しのまなびや
 関西学院

2.若き日の理念(おもい)
 清らに育て
 もり上る生命(いのち)
 雄々しく鍛え
 信、知識、力
 共にぞきづく
 輝けるまなびや
 関西学院

3.虧(か)くるをば知らぬ
 三日月のごと
 暗き世に絶えず
 光をおくる
 自治、奉仕、親和
 等しく励む
 栄えあるまなびや
 関西学院


 ありがとうございました。「樹々、白亜、光、一つに合える、美しのまなびや、関西学院」というのは、今日のような美しい日に大変よく合う歌詞だと思います。この歌詞は、由木康という、関西学院の英文学科の卒業生で、その後長い間束京で牧師をされ、非常に多くの讃美歌を作詞なさったわれわれの大先輩によるものす。今日、皆さんと一緒に歌った讃美歌も由木康の作詞です。この校歌の作曲もやはり山田耕筰でした。このようにして「緑濃き甲山」が戦争直前に作られました。既に中国大陸では戦争が始まっていて、1941年(昭和16年)には、日本は太平洋戦争に突入をいたしました。グリークラブのメンバーも4人に減少いたします。戦時中、爆撃の対象にならないように、関西学院の白亜の校舎は、黒く塗られて、迷彩色を施されて、大変醜い姿になりました。私は子供心にそれをよく覚えております。そして、1945年(昭和20年)、戦争が終わりました。続いて1949年(昭和24年)には、関西学院は戦後初の周年、60周年を迎えます。その時に誕生した歌が、今からお話しする「A Song for Kwansei」です。私はこれに一番時間をとりたかったのですが、時間がなくなってきました。まず、この「A Song for Kwansei」を聞いていただきたいと思います。一番と二番です。歌詞を見てください。大変味わい深い歌詞です。


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「A Song for Kwansei」一番をグリークラブの演奏でお聴きいただけます。
(約2.1MBありますのでご注意!)


      A SONG FOR KWANSEI
        Edmund Blunden 作詞、山田耕筰作曲

That we may both receive and give,
May live to learn, and learn to live,
    Kwansei, we throng, -
To you we throng, not first nor last,
Rejoicing in your fruitful past,
Through seasons clear or overcast
    Still true and strong.

For us the present time is grace,
With thankful hearts we take our place,
    Kwansei, our own;
And, each and all, will count these hours,
Beneath your trees, beneath your towers,
One long succession or kind hours,
    The sweetest known.

In every art, in every skill,
We promise you we bend our will,
    Kwansei, to you;
And after-comers shall acclaim
In faith and thought, in song and game,
Your love, your hope, your strength, your fame,
    Still strong and true.

我等うけ入れ、また与えんため
学ばんが為に生き、生きんが為に学ぶため
 関西学院よ、われらは集(つど)う。
汝のもとに我等は集う、先もなく後もなく
汝の実り多き過ぎし日をよろこび、
晴れたる、曇りたる四季を通じ、
 常に誠実にそして強く。

我等にとりて現在は恵み
感謝情(こころ)もて己が持場を守る、
 関西学院よ、我らのもの。
一人一人、我等はこの時をかぞえん、
汝の木の下(もと)に、塔の下(もと)に、
一つなる心温まる時の長き連(つら)なりを
  比ぶるものなきかんば芳(かんば)しきものを。

いづれの芸術(たくみ)、いづれの技術(わざ)にも、
誓(ちか)いて我らは意志を汝に傾く。
 おう母校関学=よ。
あとより来(きた)るものは歓呼して迎えん、
信仰にも思想にも、歌声にも競技にも、
汝(な)が愛を、望みを、力を、名声を
常に力強く誠もて。

(「関西学院に捧ぐる歌」 東山正芳 訳)

 ありがとうございました。この歌詞も東山先生に訳していただいたものです。実はこの「A Song for Kwansei」の訳としては、この曲を作るのに大変貢献された有名な英文学者の、壽岳文章先生の訳があるんですけれども、ちょっと詞の格調が高すぎてわかりにくいので、東山先生にわかりやすい訳をつけていただきました。それがこれです。先程言いましたが、この曲は60周年を記念して作られました。壽岳文章先生がお知り合いの、当時英国から文化顧問として日本に来ていました非常に著名な詩人、エドマンド・ブランデン氏に作詞を依頼し、当時の神崎驥一(かんざき きいち)院長が山田耕筰に作曲を依頼しました。エドマンド・ブランデン氏は関学に一週間ほど滞在し、そのときの印象と、事前に壽岳先生から同氏に送られていた関西学院に関する資料をもとにして作詞をされました。ですから、関西学院の情景と精神がフルにここに歌い込まれていると思います。 この歌詞を皆さんと一緒にたどってみたいと思います。

創立60周年の時、私は中学部の3年生だったのですが、That で始まる英語は何だというので、大変悩んだことがあります。これは大変難しい英語だなと。 後でわかったのは、皆さん、「in order to――何々するために」、それと同じ「in order that ――that以下のことをするために」という表現がありますね。その in order that を That 前につけると非常にわかりやすいことに後になって気づきました。まず全体の構成を言いますと、一番から三番まで関西学院の過去・現在・未来を歌っています。それから、「Old Kwansei」が三人称で、「Her Sons will give Banzai」というように母校のことを歌っていたのに対して、「A Song for Kwansei」は関西学院を二人称で「you」と歌っているところが大きな特徴であろうかと思います。時間の許す範囲でこれをたどっていきたいと思います。

 まず一番、「(in order)That we may both receive and give, May live to learn and learn to live,Kwansei, we throng,- To you we throng, not first nor last,」というところですけれども、throng というのは、集う、集まってくる、群がってくるということで、「throng to Kwansei Gakuin ――関西学院に集まってくる、その目的が、(in order)That 以下のところに書かれていることだ」と考えていいのではないでしょうか。この歌詞を見ていただきますと、「われわれは、受け入れる(receive)ため、また give するため、また学ぶために生きるため、生きるために学ぶために、関西学院、われわれはあなたのもとに集う。最初でもなく、最後でもなく」。今日、知育偏重の世の中で、偏差値を基準にした一次元で人間を評価するような風潮が存在しています。非常に嘆かわしいことだと思います。それに対し、この歌詞には、人間を多面的に見る姿勢があろうかと思います。大学ですから、われわれは周囲からいろいろなものを受け入れ教わる。確かに大学は receive する場であるでしょうが、同時にわれわれは神様からさまざまなものを授かっている。そして、それを他者に give し得る立場にもある。したがって、「われわれは受け入れるため、また 与えるため」にここに居るのです。その意味では一次元の序列に並ばないわけですから、「first でもなければ last でもない。そういう存在でもってあなたの豊かなる過去を喜び、関西学院のもとに集っているのだ」。また、学びの目的に、人生という大きなスケールが組み込まれています。「May live to learn, and learn to live, ――学ぶために生きんがため、生きんがために学ぶために、関西学院にわれわれは集う」。このような大きなスケールで関西学院での学びというものをとらえた校歌なのです。そういう意味で、私はこの味わい深い歌詞の校歌が大変好きです。多くを教えられます。

 二番は現在のことについて歌っています。「我等にとりて、現在は恵み―― For us the present time is grace,/感謝の情もて、己が持ち場を守る/関西学院よ、我らのもの/一人一人、我等はこの時を――And, each and all,will couunt these hours, ――この時を数えるであろう、時を過こすであろう/どこでかというと、Beneath your trees, beneath your towers,」なのです。ブランデンさんが関学のキャンパスを歩き、緑豊かな木々のもとを歩き、そして時計台 clock towerを仰ぎ見た姿がここに反映されていると思います。そして、その時というのは、「One long succession of kind hours」―― 一つなる心温まる時の長き連なりを/The sweetest known, ――比ぶるものなき芳しきものを」。

 そして三番は、大学というところが、さまざまな価値がバランスよく併存している場で、receive し、同時に give する場でもあるということが強く歌われていると思います。「In every art, in every skill ――artもあればskillもある/We promise you we bend our will, ―― われわれの 意志を傾ける、あなたに―― to you とありますね。関西学院、あなたにわれわれの 意志を傾けることを誓う。すべての 芸術 、 すべての 技術 において」 。 そして、「あとより来る者は歓呼して迎えん―― And after-comers shall acclaim」、さらに「In faith and thought, in song and game,」とあります。「関西学院という学びの場には、信仰もあれば思想もある。歌声もあれば競技もある。そういう場で、われわれは甘美なる時を感謝をもって過ごすのである」という歌なのです。

 まだまだお話ししたいことがあります。「A Song for Kwansei」には、関西学院における学びはかくありたいと願う気持ちが、キャンパスの風景を背景に美しく表現されています。関西学院の建学の精神、関西学院に学ぶということがどういうことであるのか、他の大学で学ぶのとどういうところが違うのかということを非常によく表現している歌だと思います。最後にもう一度「A Song for Kwansei」を歌っていただいて終わりにしたいと思います。よく歌詞を味わっていただければと思います。

(再度 A Song for Kwansei の合唱)

 どうもありがとうございました。この「A Song for Kwansei」は、歌詞は大変美しいんですけれども、今お聞きいただいたように、メロディが余りにも難しいので、われわれ素人が簡単に口ずさめるようなものではありません。それが残念でなりません。しかし私は、関西学院の建学の精神をあらわす校歌としては、これが一番ふさわしいものだと思っています。また後でこの歌詞の意味を再度じっくりと味わっていただきたいと思います。

春季宗教運動・大学合同礼拝(2001・5・15)

関西学院中学部第一回生同窓会