標高1000m 雲の上の都市ー旧松尾鉱山ー

旧松尾鉱山跡地に廃墟になって残る、緑ヶ丘アパート群 2003/10/01
松尾鉱山の歴史は明治15年にさかのぼる。東洋一の規模を誇り、標高1000mの地に最盛期は15000人の都市が形成された。近代的集合住宅、学校、病院、映画館などが立ち並び、雲上の楽園と呼ばれた。
経済成長が進むにつれ、資源は石炭から石油に代わり、鉱石、硫黄は外国の安価なものが輸入され、松尾鉱山は衰退の一途をたどり、昭和44年、ついに閉山に追い込まれた。当時の面影は廃虚と化した建物郡に垣間見られる。県内初の鉄筋コンクリート4階建の緑ヶ丘アパート群、松尾鉱山中学校、松尾鉱山病院は現在「学習院松尾校舎」として生れ変っている。
場所は、岩手県松尾村、八幡平アスピーテライン旧料金所手前左側。
参考サイト「岩手の鉱山史


”明るい住みよい鉱山にいたしましょう”
かつてここに15000人の街が在ったなんて想像も付かない荒れ様だ。立ち入り禁止の立て札もありました。

当時は非常に珍しかった鉄筋コンクリート4階建。しかしご覧の通りのありさまで、とても気味悪いです。


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