地球温暖化で独立を断念した『ジャングル大帝』の舞台

ルウェンズルル王国
 

白丸は雪を表し、お猿さんは「不可侵の領土」を象徴するそうな

 
1963年2月13日 ウガンダとトロ王国からの独立を宣言
1967年9月8日 ウガンダ政府がトロ王国を廃止
1982年8月15日 独立を撤回

ウガンダの地図 

赤がトロ王国、その左上と左下の緑枠で囲まれた部分がルウェンズルル
手塚治虫のむかしの代表作に『ジャングル大帝』というのがありました。あれ、ライオンが棲んでいるのはジャングルじゃなくて草原じゃないの?とも思いますが、作品の舞台になっていたのはナイル川の源流あたりで、そこにはムーン山という一年中雪に覆われた山があり、ジャングル大帝レオは探検隊の道案内を引き受けてムーン山へ登るが、猛吹雪に遭遇して探検隊は遭難。レオは最後に生き残ったヒゲオヤジに自分の肉と毛皮を与える・・・というのが原作の結末でした。

さて、そのムーン山は手塚治虫の創作かと思えば実在する。ウガンダとコンゴの国境地帯に聳える標高4〜5000m級のルウェンゾリ山地が別名「月の山」で、上部は万年雪と氷河に覆われている。ルウェンゾリとは「雨の山」という意味だが、そのルウェンゾリ山地でかつて独立を宣言したのがルウェンズルル王国だ。ルウェンズルルとは「雪の山」という意味。

ルウェンゾリ山地には、北部にバアンバ族(1万6000人)が、南部にはバコンジョ族(36万人)が暮らしている。彼らはコンゴ領にも跨って住み、氷河が溶けて流れる川を利用して主に農業中心の生活をしているが、平野に住む遊牧民のバトロ族が建てたトロ王国によって支配されていた。アフリカではよくあるパターンで、農耕民は遊牧民から作物の献上を要求され、さらにアラブ商人へ奴隷として売り飛ばされることもしばしばだった。

そこにやって来たのがイギリスだ。19世紀後半にイギリスがウガンダへ進出して来ると、混乱に乗じてバコンジョ族やバアンバ族はトロ王国に反逆し始めた。イギリスは当初、トロ王国の力を弱めるために、バコンジョ族やバアンバ族の独立を支援する素振りを見せたが、最も激しくイギリスに抵抗していたブニョロ王国がトロ王国を征服すると、イギリスはブニョロ王国を包囲するためにトロ王国を再興させる方針に転換。イギリスのバックアップで1894年に復活したトロ王国は、2年後にイギリスの保護国となり、トロ王国を強化するためにバコンジョ族やバアンバ族はイギリスからも弾圧され、1919年に起きたトロ王国への反乱ではバコンジョ族のリーダー3人が絞首刑になった。

 
左:トロ王国の裁判所(1906年)、右:トロ王国のルキディ3世(在位1928〜65)

さて戦後、ウガンダは1962年にイギリスから独立するが、イギリスの植民地下で保護国として存続してきた4つの王国(ブガンダ、ブニョロ、トロ、アンコーレ)は、ウガンダ独立後も存続し、ブガンダ王国は連邦構成国、トロなど3王国は準構成国となることが決まった。

これをチャンスと見たのがバコンジョ族とバアンバ族だった。イギリスの勝手な都合で独立を潰されたのだから、イギリスが撤退するなら自分たちもトロ王国から独立して、ウガンダの連邦構成国に加えて欲しいという声が高まった。こうして61年にトロ王国の議会で、イサヤ・ムキラネらバコンジョ族やバアンバ族の議員が分離独立を主張したが、認められずに議員を辞職。次いでイサヤ・ムキラネはイギリスの総督に独自の王国を認めるようかけあったが拒否された。

そこでイサヤ・ムキラネは、それまでの「トロ王国からの独立」という要求を「ウガンダからの独立」にエスカレートさせた。まずルウェンゾリ山地をウガンダから分離して、同じ民族が暮らすコンゴに編入されるべきだと主張したところ、コンゴ政府が「それなら国民会議に議席を用意しておく」と応えたため、バコンジョ族やバアンバ族の独立運動は勢いづいた(※)。ウガンダ独立1ヵ月後の62年11月に、イサヤ・ムキラネはルウェンズルルの王に即位したと宣言し、翌63年2月にはルウェンズルル王国の独立を発表。国連やアフリカ統一機構(現在のアフリカ連合)に独立を承認するよう求めた。

※もっとも当時はコンゴ動乱の真っ最中で、コンゴ政府は分解状態。
イサヤ・ムキラネ王(左)とチャールズ皇太子(中)
こうしてルウェンゾリ山地を舞台に、20年にわたる独立戦争が始まった。イサヤ・ムキラネは66年に死亡するが、その息子で14歳のチャールズ・ウエスレー・ムムベレが王位を継いだ。ウガンダでは66年から67年にかけて、トロ王国など4王国を廃止し、連邦制を止めて中央集権を強化したが、ルウェンズルル王国の抵抗は続いた。

71年にクーデターで実権を握ったアミン大統領が恐怖政治を敷くと、独立ゲリラへの弾圧は強まったが、その一方でルウェンゾリ山地に診療所を建てるなどして懐柔策も採った。そしてアミン政権崩壊後の82年、チャールズ王はウガンダ政府に投降して、ルウェンズルル王国は独立を撤回した。

ルウェンズルル王国が戦いを断念した背景には、地球温暖化の影響もあった。バコンジョ族やバアンバ族にとって貴重な水源である氷河は、20世紀後半になって急速に縮小し、氷河が溶けて流れる川の水量も減って農作物が作れず、飢餓が発生するようになったのだ(※)。

ルウェンゾリ山地の氷河面積は20世紀の間に84%も縮み、このままではあと20年足らずで消滅してしまうだろうと言われている。
ウガンダでは93年に、かつて廃止した4王国の王を再び公認した。もっともこれは4王国の復活ではなく、王に旧王国内での「伝統的もしくは文化的リーダー」としての特権を認めただけで、政治活動は禁止というもの。トロの王も復活したが、バコンジョ族やバアンバ族の主張が受け入れられて、ルウェンゾリ山地は旧トロ王国の範囲から外された。「トロからの独立」という本来の要求は実現したと言えそうだ。

バコンジョ族やバアンバ族はルウェンズルルの王にも特権を認めるよう求めているが、これによってチャールズ王の正統性が問題になり、王位争いが起きてしまった。

バコンジョ族にはトロ王国に支配される以前から部族のリーダーだった王の家系があるが、チャールズ王や先代のイサヤ・ムキラネ王の祖先は、この王家に仕えるためにコンゴからやって来た医師だった。とはいえ、ルウェンズルル王国の建国を宣言したのはイサヤ・ムキラネ王だし、部族を率いて独立戦争を戦ったのはチャールズ王なので、ルウェンズルルの王はチャールズ王で問題ないはずと思うのだが、ウガンダ政府が公認するのは王国の復活ではなく、あくまで伝統的もしくは文化的リーダーとしての王だ。

そこで「伝統的な王家でない者に、伝統的リーダーとしての王を名乗る資格はない」と王家の後継者が名乗りを挙げ、チャールズ王側は「ルウェンズルルの王はバアンバ族も含めた部族を超えた存在であって、バコンジョ族だけの王家には資格がない」と反論し、双方の論争が続いている。

一方でルウェンゾリ山地では、90年代後半から旧アミン政権の残党とイスラム勢力による民主同盟軍(ADF)によるゲリラ活動が活発になった。ADFはスーダンが支援しているといわれているが、山賊と化して住民を襲い略奪を繰り返している。ウガンダ政府軍による掃討戦でADFはコンゴ領へ逃げ込んだが、こんどはコンゴでの内戦拡大で難民が流入している。

動乱をよそに王位争いを続けているような王国はいずれ滅ぶのが世の常だが、ルウェンズルル王国はすでに滅んでしまっているので、気兼ねなく王位争いができるということですかね?

 
●関連リンク

アフリカ第三の高峰、ルウェンゾリ山麓で暮らす人々 JICAのレポート。現在のルウェンゾリ山地とバコンジョ族の様子です
ジャングル大帝 - 無料動画を配信中 - BIGLOBEストリーム> ただしムーン山へ行くのは『新ジャングル大帝』
RWENZORI ABRUZZI 100年前のムーン山探検隊の記録。氷河が大幅に縮小しています(英語)
 
 

参考資料:
リチャード・テーラー:著 松並敦子:訳 「雪の息子の怒り」 http://www.ni-japan.com/report/onlineRep/topic378.htm
船尾修 「アフリカ第三の高峰、ルウェンゾリ山麓で暮らす人々」 http://www.jica.go.jp/jicapark/crossroad/0609/01.html
海外安全ホームページ ウガンダ http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4_T.asp?id=093
JOSHUA RUBONGOYA The Bakonjo-Baamba of Uganda http://carbon.cudenver.edu/public/fwc/Issue3/uganda-1.html
tomstacey.com http://www.tomstacey.com/
RWENZORI ABRUZZI http://www.rwenzoriabruzzi.com/index.htm
Just who is the true king of the Rwenzururu? http://www.mail-archive.com/ugandanet@kym.net/msg17427.html
The Royal Ark http://www.4dw.net/royalark/contact.html
allAfrica.com http://allafrica.com/stories/200701140041.html
 
 

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