石油利権の交渉材料にソ連が作った傀儡政権

アゼルバイジャン自治共和国

首都:タブリーズ

1945年12月12日 アゼルバイジャン自治共和国が樹立
1946年12月12日 イラン軍に平定され崩壊

イラン全図 左上のアゼルバイジャンとの国境近くに、東アゼルバイジャン州とTabrizがあります
イラン領南アゼルバイジャンの地図 黄色が西アゼルバイジャン州(旧クルディスタン人民共和国)、ピンクとオレンジが旧アゼルバイジャン自治共和国
イランの民族分布図 左上の紫がアゼリ人の居住地域
南北アゼルバイジャンが統一されている幻の地図 1919年発行。他にも「クバン自治国」「ドン自治国」「過激派統治」などなど・・・

アゼルバイジャンといっても、旧ソ連から独立したアゼルバイジャン共和国とは別で、そちらのソ連時代の名称は「アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国」。ではアゼルバイジャン自治共和国はどこにあったのかといえば、イランの西北部に存在した国で、こちらは現在では東アゼルバイジャン州だ。

アゼルバイジャンは歴史的にはイランとつながりの深い地域で、そこに住むアゼリ人はシーア派イスラム教のトルコ系民族だが、19世紀初めに3回繰り返されたロシア・ペルシャ戦争の結果、アラス川を境に北部がロシア領となり、居住地を分割されたことで、統一や独立、自治を求める運動が続いていた。

1918年にはロシア革命に乗じて、北部ではアゼルバイジャン民主共和国が独立したが、赤軍に占領されて2年後にはソ連に編入されてしまった。一方で、イラン領として残った南部では、ペルシャ文化への同化政策が進められた。1925年にパーレビ朝を建てた国王レザー・シャーの下で、イランでは中央集権化や教育改革、産業の育成などの近代化が進められたが、その結果、学校教育でのアゼリ語の使用やアゼリ語の出版物は禁止され、投資はテヘランなどの中央部が優先されて、多くのアゼリ人がテヘランへ移り住むことになった。

さて、第二次世界大戦が始まると、レザー・シャーは表向きには中立宣言をしていたにも関わらず、実はドイツと同盟を結んでいたため、1941年8月にイギリスとソ連が南北から侵攻してイランを分割占領。国王は南アフリカに亡命し、国王による独裁体制が崩壊したことでさまざまな政治団体が誕生した。その中で勢力を伸ばしたのがイラン共産党(トゥーデ党)だが、東アゼルバイジャン州のイラン共産党組織が改組したアゼルバイジャン民主党が、ソ連軍進駐下の州都タブリーズで樹立したのがアゼルバイジャン自治共和国だった。

サイード・ジャファル・ピシェバリ大統領
アゼルバイジャン自治共和国は101人の議員からなる国民議会を開設し、サイード・ジャファル・ピシェリバが大統領に就任した。ピシェリバはイランのジャーナリストで、国王の独裁体制を批判して投獄されたり、国会議員への立候補資格を取り消された経歴の持ち主だった。

アゼルバイジャン民主党は、綱領でイランの独立と国土の保持やアゼルバイジャンの自由と自治を掲げており、国名も「自治共和国」としているように、表向きはイランからの独立を目指した国ではないとしていたが、指導層にはソ連領のアゼルバイジャン出身者が多く、やがてイラン共産党の指導を離れて、独自のアゼルバイジャン軍を作ったり、同じくソ連軍の後押しで独立を宣言した西アゼルバイジャン州のクルディスタン人民共和国との間で、軍事同盟や外交使節の交換、イラン政府への共通外交政策などの条約を結んだりした。

また農地改革などの社会主義化政策を進める一方で、アゼリ語を公用語に採用し、アゼリ語での学校教育を始めた。このためソ連領の北部から多くの教師や文化人、ジャーナリストがタブリーズへ渡り、アゼリ語による文語の復活に協力するなど、アゼルバイジャン自治共和国はアゼリ人の民族復権運動の中心地となった。


ソ連領から送り込まれたアゼリ人音楽家の指導で結成された、タブリーズの伝統楽器オーケストラ

ソ連とイギリスに分割占領されたイランは1943年に三国条約を結び、イランは連合国側に参加するかわりに英ソ両軍はドイツとその同盟軍の降伏後、半年以内にイランから撤退することを約束。これによってイギリス軍は45年末にイランから撤退したものの、ソ連軍は居座り続け、その占領下で発足したアゼルバイジャン自治共和国が、やがてアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国と合併してソ連領に編入されるのではとの懸念が広まった。このためイラン国王は国連に提訴し、46年1月の国連安保理ではアゼルバイジャン問題を巡って米ソが対立した。これが東西冷戦の始まりだった。

ところが、ソ連軍は46年5月にイランから撤退してしまう。ソ連は占領地域でアゼルバイジャン自治共和国とクルディスタン人民共和国を成立させる一方で、イラン政府と石油利権に関する交渉を進め、46年4月には両国で共同石油会社の設立に関する条約に調印。これで目的を達したとばかりにイランから引き揚げたのだった。こうして同年末にイラン軍はタブリーズに攻め込み、アゼルバイジャン自治共和国はあえなく崩壊した。

イラン軍の侵攻で、2万人以上のアゼリ人が犠牲になったと言われているが、ピシェリバ大統領はじめアゼルバイジャン民主党のリーダーたちはソ連領へ逃げた。ピシェリバ大統領は翌年ソ連領のアゼルバイジャンで死亡したが、ソ連によって殺害されたという説もある。だとすれば、東トルキスタン共和国の指導者たちと同じ運命を辿ったことになる。

結局のところ、自治共和国はソ連の石油利権確保のダシに使われたような存在だったが、イランはその後親欧米の姿勢を強めて、47年には国会でソ連との共同石油会社の設立を全会一致で否決。ソ連も手玉に取られたような結末になった。

今度はアメリカが狙う?南アゼルバイジャンの分離独立

さて、時代は飛んで1990年代。ソ連が崩壊したことで北部がアゼルバイジャン共和国として独立を果たすと、「南部もイランから独立して統一を」という大アゼルバイジャン主義が現れた。アゼルバイジャンは独立直後、、ナヒチェバンやナゴルノカラバフの領有を巡ってアルメニアと2年半に及ぶ「宣戦布告なき全面戦争」に突入したが、この時イランは同じイスラム教シーア派のアゼルバイジャンを支援せず、キリスト教徒のアルメニアを援助した。石油資源が豊富なアゼルバイジャンが強大になれば、イラン国内のアゼリ人に大アゼルバイジャン主義が波及しかねないことをイランは恐れたのだ。

こうしてイランとアゼルバイジャンは犬猿の仲なのだが、最近再び大アゼルバイジャン主義が唱えられている。対アルメニア戦争が停戦した後の1995年頃に南アゼルバイジャン国家覚醒運動(SANAM)という組織が生まれたが、2003年に活発化して地下放送を流したり、「18ヵ月以内にイランから分離独立してアゼルバイジャン連邦を設立させる」という声明を発表した。リーダーのチェレガンリ博士はタブリーズ大学の元教授で、東アゼルバイジャン州の議員だったが、イラン政府を批判したことで3年間投獄された経歴を持つ。

かつて大アゼルバイジャン主義を後押ししたのはソ連だったが、現在ではアメリカが背後にいる。イランは1979年のイラン革命によってパーレビ朝の親米政権は倒され、アメリカ大使館が占拠される事件も起きた。イスラム原理主義はアメリカの最大の敵のように言われているが、その先駆けとなったのがイランなわけで、アメリカ曰く「ならず者国家」の筆頭のような存在だ。その一方で、アメリカは石油利権を確保すべくアゼルバイジャンに多額の経済援助をし、米軍基地の設置も合意させた。湾岸戦争後、アメリカはイラク北部に「飛行禁止区域」を設けてクルド人自治区を切り離し、フセイン政権を弱体化させたように、イラン北部のアゼリ人地区を切り離すことでイランの弱体化を狙っているようだ。チェレガンリ博士は現在アメリカに亡命している。

もっとも、大アゼルバイジャン主義に対してイラン国内に住む大部分のアゼリ人たちの反応はいまひとつだ。脱イスラムの近代化路線を進めたパーレビ朝時代には、ペルシャ民族中心のナショナリズムが強調されたが、イスラム体制の下ではペルシャ人もアゼリ人も同じシーア派イスラム教徒として「平等」になった。現在イランの最高指導者であるハメネイ師は東アゼルバイジャン州の出身だし、テヘランに根を下ろしたアゼリ人たちは商売上手だと言われている。近年ではアゼリ語による新聞や放送も解禁された。イランの人口のうちアゼリ人は25%を占めているが、政治や経済で占める地位はそれより高いのかもしれない。
 

●関連リンク

Ajerbaijan Papermoney Picture Catalog; IRAN, Iranian Azerbaijan Autonomous Government アゼルバイジャン自治共和国の紙幣
Southern Azerbaijan National Awakening Movement 南アゼルバイジャン国家覚醒運動(SANAM)のサイト(英語)
Voice of Southern Azerbaijan (c.2003) SANAMが2003年に流していた地下放送(アゼリ語?)
South Azerbaijan comt 南アゼルバイジャン分離独立派のブログ(英語)
 

参考資料:
宮田律 「アゼルバイジャン民族主義の諸側面 アゼルバイジャン自治共和国の成立と崩壊を通じて」 上野明・鈴木啓介編『ボーダーレス時代の国際関係』 (北樹出版 1991)
田中宇の国際ニュース解説 http://tanakanews.com/g0421iran.htm
INDEPENDENT SOUTH AZERBAIJAN 1945 -1946   http://www.durna.se/pisheveri.htm
South Azerbaijan.com  http://www.southazerbaijan.com/
The Iranian http://www.iranian.com/
Azerbaijan International Magazine http://www.azer.com/index.html
PRAUDA  http://engforum.pravda.ru/showthread.php3?postid=1837019
 
 

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