2006年 8月 1日 (月)

けろ のほほん日記
リレー・フォー・ライフ」」

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やっと夏が来た。
 昨日、関東地方もようやく梅雨明け宣言。
 家の近くでもアブラゼミが鳴き始めた。でも、昔の夏のように間断なくずーーーーーっと聞こえるのではなく、少し鳴いてはとぎれてしまう。年々セミが数が少なくなっているのは、近所でも始まったマンション建設で、土が掘り返されて幼虫が土ごと掘り返されて捨てられてしまったり、地上に出たくてもセメントで固められてしまったりして、失われる生命が多いのではないかと思う。校庭もラバーが引かれたり、庭のある一軒家が取り壊されて庭もない狭小住宅が建ち並ぶようになり、土が見えているところが少なくなっているのが決定的なんだろうな。
 なんだか、地球が窒息しそうに思えてくる。そうさせている人間たちも、気づかずに窒息しかかっているのかも。。。
2006年7月31日(日)
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今年も花火に、思う。
 隅田川の花火大会でした。昨年、なまはげ父母をご招待して区民の観覧席で見たけれど、せせこましい席で、花火も第二会場のしか見られず、つまらない思いをしたので、今年はなんだか見る気も起きない。・・・と、思ったけれど、やっぱり始まったらドーン、ドーーン・・・という音に気もそぞろになり、外廊下に飛び出して鑑賞。隅田川の花火のメインは第一会場の花火コンテストなんだけど、遠くから見ていると何の花火なんだかさっぱりわからない。そこで、テレビ中継を見て次が何の花火か確認してから外に走り、また部屋に戻ってテレビ画面を見る、というせわしない花火鑑賞になってしまった。何やってるんだか。。。

 花火を見ると、どうしても『Little Birds』で見た、空爆の閃光を連想してしまう。
 中東では、イスラエルがレバノンを空爆。多数の市民が殺された。発端は、イスラエル軍による二人の兵士の拉致。ヒズボラが報復に、二人のイスラエル兵士を誘拐、その報復にイスラエルが空爆開始。河の向こうは、血で血を洗う事態になっている。
 イラクでは、開戦以来、米兵の死者が2500人を超え、イラク市民の死は優に3万を超える
 「鉄砲を一発も撃たず、敵を一人も殺さずによく帰ってきた」と、らいおん頭のおっさんはご満悦だけど、今も航空自衛隊は、イラク市民を殺す弾を藪兄弟のために運び続けている。
 この、のほほん国はもう、世界の殺し合いとは無関係ではない。のほほん国民の手は、地球の向こう側の人々の血で汚れていることを、肝に銘じる。

2006年7月30日(土)
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のほほんな日々。
 セミの声を聞いて夏を感じた火・水曜から一転、また梅雨空に逆戻り。梅雨明けは来週になるそうな。

 ここしばらく通っている仕事場で、だんだん事情が飲み込めてくると、どっひゃあー、とか、ほえぇ〜っ、とかいうことがあって毎日がとっても刺激的。しかし、人間って、どこ行ってもおもろいやね。

 昭和30年代生まれの数人と、ウルトラマンなどの話題で盛り上がる。私たちの世代って、いろんなことをリアルタイムで体験してきた、結構恵まれた世代だなーと思う。宇宙戦艦ヤマトもガンダムも、最初から見てるもんね。再々放送や映画なんかで追体験している若い連中、ザマーミロ、だ。

2006年7月29日(金)
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夏が来た。
 昨日、はじめてアブラゼミの声を聞いた。関東地方の梅雨明けはまだだけれど、やっと夏が来た、と実感。
 世田谷の方に住んでる人によると、東京でも西の方ではすでに蝉が鳴いていたそうな。うちの方でも、隅田川の土手なんかに行ったら鳴き声が聞こえたのかな?
 我が家の近所には、小さな児童遊園ぐらいしかないし、学校の庭も今はラバーが引いてあって、土がむき出しのところは少なくなっているうえに、個人宅がどんどん取り壊されてマンションが建ち始めているので、土の中にいた幼虫たちは、コンクリに遮られて地上に出られないか、土ごとどこかに捨てられて命を落としているのかもなぁ。。。

 で、今日は朝から久しぶりの晴天。夏らしい強い日差しに、ここずーっと太陽の光をすっかり忘れていたのに気がつく。
 仕事もかなり煮詰まっているので、今日は一日リフレッシュすることにして、まずは日本民藝館で、水曜日だけ公開中の、柳宗悦・兼子夫妻が暮らした別邸を見に出かける。以前、NHKの『新日曜美術館』で紹介されたので、一時は混雑していたけれど、そろそろすいたんじゃないかとの目論見。でも、お昼過ぎについたら、ご年配の人たちでそこそこにぎわっていた。
 やっぱり古い日本建築はくつろげる。それに和室って、四方八方に襖や障子で自由に出入りができ、風も通るから夏は涼しくて、機能性バツグンじゃないか、と感心する。三方の壁を天井まで届く作り付けの本棚に囲まれた柳宗悦の書斎に感動。うーむ、いつかあんな書斎を自分のものにしたいものじゃ。(夢を忘れちゃ、いかんな)
 8月にまた『新日曜美術館』の柳邸紹介の巻を再放送するそうなので、それからはまた混むと思われます。見に行かれるなら、8月上旬の水曜がおすすめです。

柳宗悦と兼子の絆を表した石碑。

 まるで梅雨明けのような炎天下の中、いつもなら隣の公園内にある前田侯爵邸に立ち寄るのだけど、今日はもう一つ見たいものがあるので、脇目もふらず駒場東大前駅に戻る。
 いつもなら寄り道する渋谷も通り抜け(この前来たときは、ズボンをずり下ろしてお尻を本当に半分丸出し(←日本語が変?)にした外人のお姉さんがいてびっくり。(@◇@)T バックみたいなパンツはいてたもので・・・)、銀座線に乗り換えて上野に向かう。そうです、目当ては国立博物館で開催中の「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」なのでした。
 以前に六本木でお会いした「鳥獣花木図屏風」も見たかったけれど、二羽の雌雄の軍鶏がにらみ合う「紫陽花双鶏図 」にもうなる。
 若冲を見いだしたプライスさんという人は、真の趣味人で、そのコレクションのどれもこれもがすばらしく、なかでも最後のコーナーで、作品と観客との境にガラスを置かず、照明を変えていろんな表情を見せてくれる展示にはものすごく感動。
 金銀の屏風が、朝の曙光、白日の光、日も傾いた夕暮れ時、そして薄墨色の闇迫る蝋燭の明かりの下で、こんなにも表情を変えるものかとびっくり。全く違う作品のようなのだ。
 とくに薄暮の朱に染まる時、背景の金が赤々と燃え、ぼーっと霞んでいた山道が赤く照らし出され、その光がかげってくると、それまで無表情で知らんぷりをしていた牛たちが怪しくニヤリと笑いかけてくる。
 こんな展示、日がな一日、作品の前にぼーっと座って眺めていた人でないと思いつかないことだろうな。粋人とは、こういう人のことを言うのだ。
 見てよかった、と、心から思えて幸せになった展覧会でした。プライスさん、ありがとう。

2006年7月27日(水)
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のほほん国の、のほほん民族のかたち。
 大相撲名古屋場所、朝青龍の独走に、千秋楽で白鵬が土をつけるも、13勝の成績ではまだまだと、白鵬の綱取りは見送りに。都内某所でこの勝負を見ていたモンゴル人有志(?)一同、憤る。東西横綱が外国人になられちゃ困る、という魂胆が見え見え。こういうところが島国根性なんだよなあ。

 某所にて某氏の醜態を見聞、悪いけど“オトコッテバッカダナア”と思ってしまう。ここをご覧の皆さまのことではありませんよ。

 河を渡っていった向こうは、空爆にさらされて廃墟に。
 河向こうからのレポート。→http://blog.so-net.ne.jp/watai/

 地球の反対側から、「のほほん日記をアップしました」とのメール。どっひゃ〜〜〜!\(@o@)/
 恥は世界を駆けめぐる。

 その昔、こののほほん国がバラ色の夢を持たせて地球の反対側に追い出した人々が行き着いた先は、塩を含んだひび割れた土地だった。以後ウン十年、国にだまされたと思い続けて裁判を起こした人たちに、東京地裁は損害賠償については「請求権は、法律的には除斥期間を経過したので消滅した」から「賠償請求を棄却する」と冷たい判断。高齢の原告団は、これ以上闘っても命のある間には結審しないとあきらめて控訴を断念。その心中いかばかりか。
 もう頭は9月以降のバカンスでいっぱいで「後はどうだっていいかんね」とウキウキ気分のらいおん頭のおっさんが、口ばかりの謝罪。涙を流す原告のおじいさんたちの姿に、誰も心が痛まないのだろうか。。。

 今年亡くなった萱野茂さんの追悼番組を見る。頑固にアイヌ語とアイヌ文化を守り通した一生だった。40代の頃、アイヌ語が消えていくのを黙ってみてられなくて、高価な録音機を買い、古老を訪ねてアイヌ語の録音をして回った。相手にお礼もしなくちゃならないし、テープ代は高いし、お金のために観光アイヌとしてイヨマンテをやる決心をしたそうな。
 二風谷ダム建設に反対して最後まで土地を売らなかったけれど、強制収容されて国を相手に裁判を起こした。法廷でアイヌ語で訴えたとき、「法廷では外国語は使ってはいけない」規則だったけれど、裁判長は制止しなかったそうな。そういう人もいたんだな。
 そして、政治家の「日本は単一民族」発言。アイヌとして選挙に立ったときも、社会党内ですったもんだあったそうだが、繰り上げ当選で国会に。国会でアイヌ語で発言。「言葉を失う悲しさは、なくしたものでないとわからない」という萱野さんの言葉を、のほほん民族は、軽々に忘れてはならない。

2006年7月24日(月)
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そしてのほほん国は行く。
 ・・・ぼーっとしていると、あっという間にまた一週間が過ぎてしまう。
 しかしこの間、いろんなことがあったのに、気がつくと日ばかりたって、ジダンの頭突き事件(示談に終わったようだけど)、自衛隊のイラク撤収、よくわからないけどきな臭い建設会社ヤミ献金脱税事件、いろんなニュースが矢継ぎ早に消費されていく。
 しかし、今回のワールドカップは、すっきりしない幕切れだったなあ。試合中の悪口合戦は精神戦のうち、なんつうコメントもあったけれど、プロなら黙って実力で戦ってほしい。

 大雨で、西日本や中部などでは土石流などの災害が起きている。ヨーロッパでは熱波に襲われていて、これらの地球上の異常気象はつながっているのだそうだけど、本当に地球規模で気象が変わりつつあるらしい。あと何十年かしたら、日本列島ではミカンが採れなくなるのだそうな。

 熱い8月に向けて、亡くなったご老人の発言を記したメモが発見(?)。
http://www.asahi.com/national/update/0720/TKY200607200188.html
http://www.asahi.com/national/update/0721/TKY200607200618.html
 また、この国のがジクジクし始める。自分のケツも自分で拭けないような国民性が、いつまでも傷口を抱えて治せずにいる。

 先週、落ち込んだことを書いたら大阪の中江師匠から、「たかじん」のDVDとともに励ましのお手紙をいただいた。ありがとうございます。m(_ _)m
 でも、月曜にはもう立ち直りましたので大丈夫です。相手からのメールをよく見返したら、そんなに怒っているふうでもなかったし。(でもやっぱり、怒らせたかな?)
 まぁどんな仕事でも、自分が納得できないと、ね。仕事は闘いです。
 先週の「たかじんのそこまで言って委員会」で、ゲストの森達也氏曰く、立ち上げ当初の「ニュースステーション」では、番組終了後の反省会で灰皿は飛ぶわ殴り合うわのバトルだったそうな。今はそんなバトルはどこにも見られない、と、ほかの出演者も証言。「こんなんでよかんべイズム」「なあなあ主義」が蔓延しているんだなあ。。。

 しかしここ連日、本屋に入ってもテレビつけても、あのスカ屁声の歌がかかっていて洗脳されそうになる。う〜たまらん。原作はそんな話じゃないのになあ。。。「なあなあ主義」の洗脳なのかな?
 対抗して私も生涯のバトルをまとめてみようかしらん。『ケロ戦記』。
 m(_ _)m

2006年7月21日(金)
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のほほん国沈没。
 せっかくの三連休、落ち込んでばかりもいられないので、ドッカーンという映画を見てスカッとしようと、なまはげと『日本沈没』を見に行く。(河の向こうに行ってしまった人たち、今でも河の向こうにいる人たちには申し訳ないと思いつつ・・・)
 結構混んでいるので、早めに並ぶことに。並びながら「日本が沈没したら、最後まで残るのはやっぱり富士山かねー」と話していると、前のオバハンが振り返って、「前の映画の時、見ました? そういえばあの時、最後はどうだったかしら」と、話の花が咲く。私は原作の冒頭、東京駅の地下通路が蒸し暑かったシーンしか覚えておらず、後は政治家が国民を見捨ててヘリで逃げたことぐらいで、なまはげは、映画は見たものの「ラストは確かシベリア鉄道だった・・・」と、うろ覚え。オバハンは岩手出身らしく、「最後に残るのは岩木山よ、あなた、日本が沈んだらウチにいらっしゃい」と、同行のお友達を誘っていた。どの人も、自分の故郷だけは沈まないと思ってるのかな?
 ハリウッド映画の『宇宙戦争』みたいな派手なCGが見られるかと、それだけを期待して行ったのだけど、CGは結局、予告でやってたのがすべてで、話も、後ろの席の小学生に「あんな狭い距離を爆破したってプレートに影響するはずないじゃん」と言われてしまうほど穴だらけ。小学生に言われなくたって、あんな真っ赤に熱して地上まで噴出したマグマが、見る間に冷えるかい、っつうの。情けなや。
 奇しくも、前のオバハンが「今の日本にぴったりの映画かも」って言ってた通りの映画でした。

日本沈没

 その後、口直しに(懲りずに)、上野樹里ファンのなまはげに引きずられて、渋谷に『笑う大天使』を見に行く。
 落ち込んだときは、こういうバカバカしいのが一番だな。なまはげ自身は、あのノリにはついて行けなかったようだけど。

2006年7月17日(月)
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河を、渡った。
 秋田の男の子を殺したという隣家の母親が、自分の娘も殺したと自供したらしい。
 自分の親に、橋の上から河に突き落とされた時、女の子はどんな気持ちだったろう。母親の男友達が家に来ているとき、遠慮して寒い日でもずっと外にいたという、その子の人生を考えたら、涙が出そうになる。

 ある人に原稿依頼をして、書いてきたものがどうもしっくりこなくて、書き直しを依頼。こちらの気持ちを丁寧に書いたつもりだったけれど、相手にしてみたら無礼な態度だったのかもしれず、書き直しの原稿とともに「原稿料もいらない、もうこの件で連絡してくれるな」というメール。(-_- ;)
 いったんひどく落ち込んだけれど、「ええい、もう誰にどう思われようが気にしないんでぃ!」と開き直る(まだ本当には直り切れていないですけど・・・)。
 しかし依頼相手も、本当に河を渡って向こう側に行ってしまったので、こっちモードには戻ってこれない気持ちはわかる。あっち側とこっち側の間に横たわる河は、暗くて深い。野坂昭如の歌じゃないけど。日本は、つくづく平和ぼけだから、なぁ・・・

2006年7月16日(日)
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♪ブルース2。
 兄ぃが入院した。「この新しいブルースを楽しむような気持で治療に専念できれば」と、ホームページにコメントが。
 元気で帰ってくるのを待ってるからねー!
 夢を忘れちゃ、いかんな。
2006年7月14日(金)
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♪ブルース。
2006年7月13日(木)
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『夢の痂(かさぶた)』。
 サッカーW杯、3位決定戦と決勝戦を見ようと連日がんばって起きていたら(結局は寝てしまったんですけど)、月曜火曜と連日寝坊。我ながらだっせー。。。。(^_^;A
 結局、どっちが勝ったのか知らずに出かけ、出先でインターネットを見たら、ジダンの頭突きの写真にびっくり。
 一体、何を言われてそんなに怒ったんだろう? それでもMVPは獲得したそうなので、まぁある意味、人生の花道を飾ったのかな?

 しつこく「うなずく人々」ですが、中江師匠様の周囲には、そんな人は生息していないらしい。こっちではテレビをつけると、うなずく人だらけなんだけどなあ。街頭インタビューとかドキュメンタリーのシーンで素人さんに多く、ある程度以上の年代の人には見られないので、50代以下に多く見られるパターンのような気がするけど。。。。
 どうして大阪人は、うなずかへんのやろか? 自分一人で頷くより、突っ込みが相方にいてボケかますパターンとか、自分よりも相手に納得させるような話し方してるのかな?
 他県では、話しながら、自分で「ウンウン」頷いている人、周りにいないですか?
 私は最初、相手が頷くのに自分もつられて頷いていたら、クビは痛くなるわ、目は相手の上下に動く顔をおっかけて動体視力が追いつかなくなり(速いい人はマッハの速度で何度もクビ振りますねん)、とってもとっても疲れたので、自分はつられて頷かないように気をつけているんですが・・・(ウンウンウン)

 忙しくなってくると、コンビニでの買い物くらいしか人生の楽しみがなくなってしまう。
 現在も、コンビニでの「おまけ買い」に執念を燃やしている今日この頃。でもサントリーの「アルプスの天然水」についていた高山の生き物シリーズ以後、これといったヒットがない。何かのコーヒー・紅茶のペットボトルについていた「くまのパディントン」シリーズも、数個集めただけで情熱(?)が失せる。まだW杯前は、生茶パンダとか、W杯関連もあって楽しかったんだけどなあ。。。

 こんな生活ではいかんと反省、今日は仕事が早く終わったので、ダメもとで、初台にある新国立劇場で上映中の井上ひさしの芝居『夢の痂(かさぶた)』を見に行く。チケットは全部売り切れだったので、あわよくば当日券が出ないかと目論んだのだけれど、運良くキャンセルが出て(芝居のチケットのキャンセルって?)、割と前の方の席を買うことができた。
 お芝居は、ずーーーーーっと昔に学生の頃、友人の出ている前衛芝居(真っ暗な舞台でずーっと女の人が鞠ついている)とか、友人に誘われた前衛芝居(半裸の男女や豚やウサギが舞台狭しと駆け回り、生のサンマ食ったりして汗と生臭い匂いで吐きそうになって途中で出てきた)とか、マシなところでは野田秀樹全盛の頃の夢の遊民社とか、しか見たことがなかったけれど、これはあちこちで舞台評を目にして、チョット見たいと思っていた。
 角野卓造、犬塚弘、高橋克美、三田和代、熊谷真美ほか、豪華キャストで、敗戦後、軍の幹部だったため戦争責任を感じて自殺を図ったが果たせず東北の片田舎で屏風を扱う古美術商を営んでいる男と、日本が戦争に負けたのは何故か、日本語文法で読み解こうとする女性教師とその周辺の人々の物語。
 せっかくとてもいい席だったのに、先週からの疲れが出て、芝居が始まってしばらくしたら猛烈な睡魔に襲われてしまった。しかし席はちょうど、舞台の上の俳優さんたちが正面に向かって台詞を叫ぶ時の目線上にあり、ここで寝たら目立つのでは、と思うがなかなか眠気を払えず、しばし意識不明に。角野卓造さん三田和代さん、もし寝てる客が目に入ったらゴメンナサイ。。。m(_ _)m
 重いテーマなのにコミカルな演出でミュージカル仕立て、もっと元気な時に見れば良かったなあ、と思うがまたの機会は恵まないかもしれず、どんなコンディションでも日々、舞台にイノチをすり減らしている俳優さんたちってすごい職業だなあと感心する。
 後半、天皇行幸の「検分(リハーサル)」で、天皇になりきった男に対し、「一言、『すまなかった』と謝ってほしい」と迫る女教師、その迫力にはシャッキリ目が覚めました。
 「日本語には主語がない、だから誰も自分のことと思わず、責任を取らない」「主語さえあれば、意味はなくてもそれらしく立派に聞こえてしまう愛国心は(←主語)、日本人の持つべき義務である」とか、「愛国心」の意味がわからなくても、それなりにエラソーに聞こえるでしょう?)」という日本語のサガを、そんな日本語にのっかって何も考えずに来たわれわれニッポン人を、魂の怒りで告発した井上ひさし渾身の作。
 「あの時、あの人が、××××と一言、言いさえすれば・・・」とつくづく思わせられた芝居だったのでした。
 ――ホントにあの時、あの人がきちんと責任を取っていれば、今の世の中は、どう変わっていただろう??? この国は、いまだに痂がはがれずに、かゆいままくっつけてきたんだなあ。

2006年7月11日(火)
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今日もウンウン。
 まだ梅雨が明けずにぐずついた天気の日々だけど、台風は来るわ大雨だわで、まるで西日本はもう梅雨明け盛夏のような荒天。こちらは蒸し暑くなったけれど、まだそれほど暑くはない。
 先日、東日本橋で降りたら、夜なのに蝉が鳴いていた(あれって、蝉だよな?)。でも、まだ昼間は蝉の声は聞いていません。

 先週書いた「うなずく人々」について、大阪の中江師匠様から、「どんな人かイメージできない」というお手紙をいただきました。やっぱり、関西にはいちいち自分でうなずくお人は、いてはらへんのやろか?
 私も自分がそうでないので、うまく説明ができないのだけれど、たとえば北朝鮮のミサイル発射についてコメントを求められた“うなずく人”のケース。

 怖いですねー(ウンウン)、ホント、どうしたらいい、っていうか?(ウン)・・・いつ私たちの所に?(ウン)落ちてくるか?(ウンウンウン)・・・ホント(ウン)、どうしたらいいか、わかんない?(ウン)ですよねー?(ウンウンウンウン・・・)

 (^~^;A ・・・こんなんで少しはわかってもらえますやろか?
 (ウン)がうなずくところ、なんですけどー(ウンウンウンウン)

 うーむ、これは関東特有の現象なんだろか? 文化人類学的に、興味深い現象なのかも???

 昨日は、若冲展を見ようと思って両国の江戸東京博物館に行ったら、会場を勘違いしていていたことに気づいた。若冲展は、上野の東京国立博物館でした。
 仕方なしに浅草に出て、犬印鞄に寄ってトートバック(中)を買う。浅草はほおずき市でにぎわっていた。地元民だけど、ほおずき市とか羽子板市とか酉の市って、すごい人ごみなので行ったことがない。世間の人たちは元気だなあ。

 夕べというか今朝は、W杯ドイツとポルトガルの3位決定戦を見ようとがんばって起きていたけれど、やっぱり前半も終わらないうちに寝てしまった。でもやっぱり、カーンはいいやね。あの迫力。フィーゴ様が出る所までは見られなかったけれど、カーンの吼えている顔を見ただけで、W杯を見たっていう満足感。
 さあ今日は、いよいよ決勝。フランスのジダンが地団駄を踏むか、イタリアのアズーリが青くなるか。ワクワク。それより、がんばって起きて見るか、早寝して早起きするか、それが問題だ・・・。

2006年7月9日(日)
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テポドン?
 昨日、中田が引退を表明した。記者会見でなく、ホームページで、自分の言葉で公表するところが、彼らしい・・・ということを書こうと思ったら、今日は朝からノドンだテポドンだと大騒ぎ。昨夜はイタリアvsドイツ戦を見ないで寝てしまい、今朝はすっかり寝坊したのであわててテレビも見ずに出かけ、昼過ぎまでそんな大騒ぎになっていることを全然知らなかった。ほよよ〜〜〜んとしている間に、空からハゼドンもといテポドンが降ってきて、私の人生もおじゃんになっていたのかも?

 しかし、テポドンとかノドンとかっていう名前のせいで、すわ有事という大事態(?)なのに、どこかのどかというか、イマイチ緊迫感がない。なんだか小説の『となり町戦争』みたいだなあ。
 あの国の国境を四方八方で開いて、国民の皆さんにフリーパスで亡命していいですよウエルカム、とやってあげたら、きっと出てきたい人たちはたくさんいるんじゃないかなあ? そういう方法もあるんじゃないのかな?

 ここのところ、仕事でちょっとドタバタあたふたしまくっている。でも、大阪の中江師匠様のおっしゃるとおり、「仕事は大変なほど面白い」ので、毎日「どっひゃ〜〜〜」という事態なんだけど、もう笑ってしまうくらいの面白さ。
 この程度のドタバタは、数々の修羅場をくぐってきたカエル大明神様には屁でもないのだ。
 しかし世の中、口先ばかりの見かけ倒しって案外多いんだなあ。

 雑誌『サライ』の付録のCD「懐かしの童謡・唱歌」を聞いていると、「村の鍛冶屋」のフルコーラスに感動してしまう。

 暫時(しばし)もやまずに 槌うつ響。
 飛び散る火の花 はしる湯玉。
 鞴(ふいご)の風さえ 息をもつがず、
 仕事に精出す 村の鍛冶屋。

 あるじは名高き いっこく老爺(おやじ)、
 早起早寝の病知らず。
 鉄より硬しと ほこれる腕に
(/長年鍛えた自慢の腕で)
 勝りて堅きは 彼がこころ (/打ち出す鋤鍬 心こもる)

 刀はうたねど 大鎌小鎌
 馬鍬に作鍬 鋤よ鉈よ。
 平和のうち物 休まず打ちて、
 日毎に戦う 懶惰の敵と。

 かせぐにおいつく 貧乏なくて、
 名物鍛冶屋は、 日々に繁盛。
 あたりに類なき 仕事のほまれ、
 槌打つ響にまして高し。

 (作詞、作曲者不詳。
初出『尋常小学唱歌』第四学年用 大正元年)
(/・・・・)は別バージョン

 こういうプロフェッショナルって、もうこの国にはいないのだろか?
 中田は、唯一「プロ」といえる選手だったと思う。W杯を前にして「チームの雰囲気がフレンドリーすぎる」と一歩身を引いたというが、そんな中田を「和を乱す」とか「リーダーの資質に欠ける」なんつう評は、的はずれもいいところだと思う。「プロ」である以上は、自分の仕事は何かを知り、円滑に仕事を進めることが第一なのに、仕事の場を「仲良しクラブ」と勘違いしているアホな輩のいかに多いことか。
 “職場のいじめ”なんて、プロの仕事場ではありえないと思うんだけど。そんなことする暇があるんなら、仕事しろ、っつーの。

2006年7月5日(水)
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ジーコの時代は終わった。
 うわーーー、ブラジルがフランスに負けてしまった(って、結局寝てしまったんですけど)。
 イングランドもポルトガルに負けて、ベッカム様、涙の退場。しかし、PK戦って、ともかく心臓に悪い。昔、プロレス見て心臓発作で亡くなったおじいさんがいたけれど、PKで心臓発作起こした人、世界にいないんだろか? それに、今までの90分、延長の30分は何だったんやーーー!
 でも、いぶし銀のジダンと渋いフィーゴが勝ち残ってくれて、私としてはうれしい。ロナウジーニョも好きだけど、アンタはまだこの先、何年も闘える。
 ニッポンが負けて、ジーコはブラジルに帰っていき、新監督は苦労人のオシム氏に決まったらしい。ジーコは野球で言ったらきっと、長嶋監督みたいで、自分が簡単にできていたことが、なんで日本選手ができないのか、理解できなかったんじゃないだろか。しかし、日本敗退の原因は、監督よりも選手のメンタリティだから、オシムらくは、中田レベルの意識の高い選手が出てきていないってことなんだけど。。。

 仕事がたまって、この週末も珍しくお仕事。新しいプリンタでスキャンしたら、あまりの速さに感動。
 今まで使っていたのはフラッドベッドじゃなく、プリンタ兼用で原稿を差し込んで読み込む形式だったので、ジーコジーコと読み込みにそりゃーえらい時間がかかっていた。精度を上げるために高解像度でスキャンしようものなら、A4の原稿をセットしてから、全自動洗濯機が一通り洗濯を終えるくらいはかかっていたのでした。(←大げさですが)
 てなわけで、我が家のプリンタもジーコの時代は終わりを告げ、サクサクとスキャンできる快適さに喜んでいると、「収入よりも高い設備投資してるんだから、それくらい当たり前だろ」と、なまはげの冷たい一言。くっそー・・・・・(`ヘ´) 凸

2006年7月2日(日)
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うなずく人々。
 すっかり週末日記になってしまいました。m(_ _)m・・・
 いろいろと考えることはあるけれど、どうもまとまりがないまんまだし、書きかけても無責任なコメンテーターみたいで、何だかいやんなってしまう。
 大阪の中江師匠に送っていただいている『たかじんのそこまで言って委員会』の録画を見たら、秋田の事件のことを「ファンタジー」として元刑事さん(?)が解説していた。へえぇ〜〜〜、そういうことだったんかいな?
 しかし、子供の命をあまりに軽く扱う大人の傲慢さに、愕然。いま、イノチの尊厳をかけて闘っている人たちがたくさんいるっていうのに・・・あー腹が立つ腹が立つ。
 その後の死刑論議で、「殺せ、殺せの大合唱」の中、タジマヨーコだけが「ちょっと待って」と言って非難囂々。「私はね、“人権”ていう言葉を信じているの」というタジマヨーコ、Webでその理由を語っていた。たしかに、関係ない高みの見物の立場だったら何とでも言えるだろうけど、自分がいざ裁判員になって、殺人事件の被告を死刑にできるかどうか?――その時になったら、きっと誰しも躊躇するだろうと思う。
 それに、アメリカのTVドラマ『ER』なんか見ていると、虐待されている子供やDVを受けている女性なんかが来ると、医師がすぐ社会保護局やカウンセラーを呼ぶけれど、こういう社会システムも整備されていない日本では、やっぱり「どうしてこの人は重大事件を犯したのか」をきちんと検証して、たとえば家庭内暴力の連鎖などを断ち切るシステムを作る、とかいった努力が必要なんじゃないだろか。
 日本の社会が未成熟なのは、「ヤッチマイナ!」の世界から一歩も出ていないせいなんじゃないだろか。

 最近、やたらとうなずく人によく会う。自分が話しながら、自分の話にいちいちうなずくんで、こっちも最初はそれに合わせてウンウンと頷いて聞いていたけど、だんだんクビが疲れてきたので、そういう人の話にはいちいち頷かないことにした。
 ご本人は、自分の言っていることを相手に納得させる方便に頷いているのか、自分で自分の言ってることに満足で頷いているのか、どっちかよくわからん。どっちもかもしれないけど。でも、こっちが頷かないことにしたら、相手はいちいちワンフレーズごとに頷かないことには話が進まないので、まどろっこしいったらありゃしない。これって、いらちな関西人には見られない現象なんだろうか?
 テレビで見ていても、インタビューされている人々の多くは、自分の言うことに頷いている。
 どうしてこういう人たちは、自分の話に頷くのか? 誰かきちんと解説してくれている人がいないかなー。。。

2006年7月1日(土)
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