
![]()
A brief history of the TrackPoint technology
最近,IBMから売り出されたSpace Saver Keyboard II が人気を博しています。10キーのない小型鍵盤ですが,キーの間隔やdeleteキーなどの位置はフルキーボードと同じです。トラックポイントIVがついています。スクロールボタンもあって,普段使う程度ならマウスの必要がありません。もともと日本では10キーを除いた小型鍵盤の需要が強かったのですが,それに加えてマウスを遊ばせるスペースも要らないということで,キータッチに目をつぶれば,史上最強の省スペース鍵盤と言えます。人気が出るのも当然です。
IBM総合フェア98の資料によれば,トラックポイントの発明者は,テッド・セルカー氏です。2001年現在MIT教授のようですが,かつてはIBMアルマデン研究所の人間工学を研究する部門のボスだったようです。トラックポイントは1992年10月発表のThinkPad700Cに搭載されることで有名になりました。
Fig. 1 "Analogue input device located in the primary area of a keyboard", E. J. Selker et al., US Patent, US5521596, filed in 1990, issued in 1996.
これにからんで聞いた話なのですが,セルカー氏は自分たちで発明したトラックポイントを採用してもらうべく,ThinkPadを開発するIBM大和事業所に売り込みにきたそうです。しかし最初にトラックポイントの試作品を触った担当者(もちろん日本人)は,こんなもの使い物になるかと酷評したらしいです。というのも,アメリカ人用に調整していたのか,カーソルを動かすにはやたら固く,指が痛くなってしまったからだそうです。当時はトラックボールという装置がすでにあり,当初それで行く案も有力だった模様ですが,セルカー氏のグループが改良を重ね,何とか製品に搭載されることになったと聞いています。
より詳しいTrackPointの開発史については,晴撮雨鍵という粋なページにコラムがありますのでぜひそちらをご一読ください(Vol.475,476,477)。こちらがトップページです。
Fig.2 "Pointing device for retrofitting onto the keyboard of an existing computer system", J. D. Rutledge et al., US Patent, US5579033, filed in 1992, issued in 1996.
計算機に人間工学的な成果を取り入れていった過程――スティーブ・ジョブズの言葉を借りれば,計算機に「母性*」を付加していった過程――に関係して,指示具(pointing devices)は大変興味深いものです。詳しい話はまた別の機会に書きますが,ここではセルカー氏の特許からいくつか図面を紹介することで歴史のほんの一部を語らせることにしましょう。
* 枝川公一,『シリコン・ヴァレー物語』,中公新書,p.134
トラックポイントの基本特許は,セルカー氏自身が筆頭著者になり1990年に出されています。米国特許番号5521596です。Fig.1に代表図を示しました。現在のTrackPointと違いずいぶん背が高くなっています。記述も必ずしも具体的ではないようです。クリックボタンがつくのが1992年提出の特許です。おそらくはThinkPad700Cの開発のために細部を詰める必要があったのでしょう。すでにずいぶん現代的です。その後さまざま改良が行われます。例としてFig.3を挙げておきましょう。図から察するにおそらく接点部分についての改良でしょうね。
Fig.3 "Force sensitive transducer for use in a computer keyboard", M. F. Cali et al., US Patent, US5489900, filed in 1994, issued in 1996.
トラックポイントはノートPC用のキーボードばかりではなく,デスクトップ用のキーボードにも搭載されています。このうち,1990年代の半ばまでは,表面がすべすべしたゴム製のキャップがつけられていました。92G7461,1379590,5576-C01などがその例です。おそらくTrackPoint IIまでは全部このゴムキャップだったのではないでしょうか。このキャップは使い込むと脂がしみこんで滑りやすいという欠点がありました。この点は後に改良がなされ,表面に滑り止め加工がなされるようになりました。下に写真を示します。たとえば2001年現在発売中のSpace Saver Keyboard IIに付属しているキャップがそうです。ThinkPadももちろんそうなっています。
(左)旧式のゴム製キャップ,(右)現在使われているキャップ
何気なく触っているこのキャップですが,よく考えてみれば,長い間指で触り続けても摩擦感を保ち続けるこの表面加工は実に巧妙だと思います。そう思って調べると,これも特許が出願されていました。図を下に示します。対応する日本国特許は特開平8-115160のようです。これによれば,短いファイバを静電塗装してシラン接着剤で被覆したものだとあります。こんな小さなキャップですが,なかなかの技術が使われているのですね。これらの特許はテッド(エドウィン・ジョセフ)・セルカー氏と,IBM大和事業所の技術者である関一典氏,鈴木道生氏,米持健信氏,の共同発明になっています。IBMと聞くと何でもアメリカ産のように思えてしまいますが,日本人の寄与が実は大きいことを知ると,多少うれしくなってしまいますね。
Fig.4 "Grip Cap for Computer Control Stick", US Patent, US5798754, filed in 1994, issued in 1998.