三宅城概要

新大阪駅より東海道線で京都方面へ約10分のところに千里丘駅があります。この駅付近は、昭和32年の町村合併までは三宅村と呼ばれており、現在では、三宅小学校、三宅派出所、三宅農協のみが昔の地名のなごりを残しています。この地に永徳2年(1382年)より永録5年(1562年)まで180年間 三宅城を根拠とした国人 三宅一族がいました。応仁の乱をはじめとする細川両家の戦い、一向一揆の出現とつづく戦国乱世の歴史の表舞台に出現した特異な存在であった三宅氏を、先祖代々から伝わる系図や、この系図をもとに図書館での調査、大阪成蹊女子短期大学の名誉教授や大阪府茨木市立文化財資料館の学芸員からの貴重な情報提供、地元のお寺の住職や古老からの聞き取り調査を史料を中心にまとめています。

 

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最終更新日: 01/29/05