鳴く春






 

 

ケキョ  ウケ  ウケキョ

三ヶ月ぶりに郷里へ帰省した。バスから降りて、小学校の横に続くなだらかな桜並木の坂道を歩いていく。咲き乱れる桜に暫し見惚れる。

 ケ  ウケ  キョ

奇妙な声がすると思えば、どうやら鶯が鳴く練習をしているようだ。

見回してみても姿は見つけられない。未だ練習中の鶯の声を聴くと、春の気分が増してくる。朝晩の風はまだ冷たいし、外に出る格好に迷う季節だが嫌いじゃない。
 

ケケキョ  ウ  キョ

 ただし、鶯があの綺麗な鳴き声を披露してくれるにはまだかかりそうだ。季節上、春が来ても僕自身にはまだ春の予兆すらないのが空しいが、毎年あの声が鳴く度に僕の春も来るんじゃないかと期待してしまう。

実際には今年は就職活動と卒業に向けての単位取得で春を期待している場合じゃないのだが、それでも考えてしまうのは彼女いない暦=年齢分だけの人間の性だろう。勘弁してもらいたい。

はらはらと舞う桜に見届けられながら、坂道を上りきり荷物を抱えなおす。信号待ちの間に眺める家々の配列は数年前まで毎日眺めていた光景だった。それが大学に入って、時々しか郷里に帰らなくなるだけで懐かしくなる。ここに戻ってくるだけで安心できる自分がいるのを感じる。

「あれー、健司? 帰ってたのか」

背中から自転車のブレーキとおよそ一年ぶりに聞く声がした。中学の友人、長沢克己だった。先年の同窓会で会ったきりだ。

「おう」

荷物を抱えていない方の手を軽く上げる。克己は自転車から降りて、僕の横に並んだ。信号が変わり、僕たちは歩き始めた。

「丁度いいときに帰ってきたな。明日皆と集まって花見をするつもりなんだ。健司も来いよ。坂下とか星野とか相島とか一平とか翔太とか色々来るぜ」

「懐かしいなー。一平とか元気?」

「変わらないよ、元気有り余ってる。来るか」

「いいね。行くよ」

「明日の一時から二丁目の公園でやってるから。じゃ、明日な」

克己はにっこり笑うと、颯爽と自転車に乗って走り去って行った。中学のメンバーとなんて本当に久しぶりだ。僕はホクホクとした気分で家に帰り着いた。

 

 

 

寝て起きたら雨が降っていた。

小雨だから花見が出来ないほどではないが、がっくりしたのは確かだ。携帯を確認しても克己から連絡はない。ということは花見の件は有効なんだろうか。僕は諦め半分期待半分、公園へ向かった。

傘を差すほどでもないが、濡れるのが嫌だと思い傘立てに差してある緑の傘を手に取った。しとしと、という音が春の雨には似合う。

「粟森?」

「おお、相島? 久しぶり」

歩いていると相島に肩を叩かれた。

「少しは女らしくなったか」

「なんだよ。あたしは昔から可愛かったっつーの」

変わらない口調につい笑いが零れる。

「あはは」

「笑うな。それより今日の花見はあるのか? ホシーからメールが届かなくってわかんないんだ。誰かから聞いてないか」

相島が鞄から携帯を取り出してメールチェックをする。僕も確認したがまだ何も言ってこない。

「とりあえず行ってみるか」

「……ああ」

暫く無言で小雨の中を歩く。相島と二人で歩くのは実は初めてだ。中学の時、彼女は僕の憧れだった。僕は園芸部で、彼女はテニス部。僕は運動がさっぱり駄目で、体育の授業や放課後に気持ちよさそうに体を動かす彼女は眩しかった。その僕が彼女と親しかったのは、翔太が男子テニス部に入っていたからだった。翔太、一平、それに克己と僕がお馴染みのメンバーで、そこに相島たち三人がまじったのだ。思い出すだけで楽しい日々だった。

「粟森」

公園の入り口に着いた頃に沈黙が漸く終わった。

「春雨っていいよな」

「は?」

唐突な言葉につい聞き返す。

「何かの本で読んだんだ。春の雨って書いてハルサメ――じゃなくてシュンウって読み方をしてた。いいなあって思って、何だか粟森を思い出したよ」

「僕?」

相島が微笑みながら頷く。

「粟森が言ってたじゃないか。春って出会いもあるけど、別れの季節だって。やさしいけど淋しい季節だと思うって。それを思い出したんだ。シュンウって読み方がそれを思わせた」

はっと思い出す。思い出して僕は恥ずかしくなった。それを言ったのは確かに僕だった。けれど言ったのは卒業の折、他愛ない連想ゲームをしていてだった。何も特別な想いがあったわけじゃなくて、高校から皆がバラバラになるのが淋しいと思って言っただけだったんだ。何年も覚えてもらうようなものではない。

「それにあたしも春は別れが多いと思っていた。淋しいなあって。でも、本当はそれ以上に出会いもたくさんあるんだよな」

相島が僕に微笑する。その笑顔は中学の時より女らしくて、僕の心臓がかつての想いを思い出しそうになる。

「だってさ、またこうやって粟森に会えた。再会も出会いに入るよね。あたし、粟森のこと好きだったんだよ」

僕は相島の顔をまじまじと見た。そんな素振り全くなかった。

「気付いてなかったでしょ」

空を見て相島が傘を折り畳む。僕はまだ彼女をじっと見ていた。

「あのね、そんなに見られたら恥ずかしいんだけど。それでなくても二人って状況が落ち着かなくて困ってるんだから」

横目で僕を見ながら逸らされた顔は、少し赤い。雨の中歩いたせいだけが理由ではないのだとわかって僕も慌てて彼女から目を逸らした。いつの間にか、雨は止んでいた。

「なあ、……粟森は彼女いるのか」

ぶっきら棒に、躊躇いがちに問われた質問に僕もまたぶっきら棒に返す。

「いないよ。あ、相島こそ彼氏は……」

隣からくすりと笑ったような感じがした。

「いたら、聞いてない」

「それもそうだ」

頬を緩ませ、僕はちらりと隣に寄り添う相島を見た。かつて同じくらいだった目線はもう随分と離れてしまっている。見下ろす形で彼女を見れば、見上げる形で僕を見る相島がいた。

「雨、止んだね」

「花見はすると思うか」

「……克己からメールがきてる。時間遅らせてやるって」

「あ〜、あたしもホシーからきてる。遅いよ、ホシー」

 雲間から差し込んできた陽光の下、僕らは穏やかに笑った。傘を持った手とは反対の手で相島の手をそっと握る。はにかむような笑顔が返ってきた。

 「な、健司って呼んでもいい?」

 「じゃあ、僕も朝子って呼ぶ」

 握った手から流れてくる彼女の体温があたたかい。鳥の羽音に顔を上げると、雨の雫をしたらせる桜の枝に鶯がどこからともなくやってくるのを見つけた。

 

 

 

 

 ホーホケキョ

 

 春告げ鳥が、鳴いた。

 

 


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