可愛いあの子はいつも皆に囲まれている。

 皆の可愛い花。

 可憐な花。

 

 誰に手折られることもなく、凛としたその花。

 誰もが恋い焦がれる花に自分でさえ惹かれてしまうのを、抑えることはできなかった。

 初めはただ遠くから見ていた。じっと見つめて、頬を染める様に愛しさを感じた。

 近くを偶然に過ぎることができたときには、はにかむ笑顔を見ることができた。ほのかに香る甘さが彼女のものだとも知った。

 稚い蕾が次第に花開いていくのだと、逸らせなくなった視線に気づかされた。

 蕾は花に。

 花は大輪に。

 咲き綻ぶ姿はいつしか女になっていた。

 無垢な花が知らぬ間に手折られていたことに怒りを覚えたが、可憐さに磨きがかかったことにには喜色を覚え、複雑な感情に襲われた。

 可愛くて、可憐で、更に妖艶さを兼ね備えた花に、もはや自分が侍ることは難しかった。それでも見ていられれば満足した。ふとした拍子に傍に居合わせ、笑みをひとついただけたなら天にも昇る気持ちだった。

 言葉を交わしたことは二度だけ。

 一度目はただの挨拶で、自分は彼女に見とれていて上の空だった。きちんと挨拶できた記憶はなかったが、特に問題が起こらなかったということは大丈夫だったのだろう。

 二度目は会場の熱気にあてられ、庭のベンチで休んでいたとき。ひとりでいる自分をもの珍しそうな目で見ながら、気にかけてくれた。彼女はひとりではなかったから、逢引の最中だったのかもしれない。嫉妬したくなる状況だったが、気にかけてくれたことで帳消しになった。

 けれど、ああ、駄目だったのだ。

 幸せな花の姿を見ているだけで幸せだと思っていた心は嘘つきで、事実を突き付けられたときにやっと本当の想いが出た。

 にじみ出る想いの清んだこと。純粋に焦がれていた。話したいと、近くに侍りたいと、心が訴えていた。

 髪の一房に。

 硝子の指に。

 白磁の腕に。

 潤んだ唇に――触れて、抱きしめて、あたためてやりたいと思った。

 他の者の睦言に返そうとする唇を奪えばいいのか。

 他の者の笑みに返そうとする垂れた目尻を隠せばいいのか。

 欲は溢れて止まらなくなった。

 檻に閉じ込めて大事に大事にしたいと願うのに、無理矢理に言うことを聞かせたくなった。

 誰の目にも触れさせず、自分の言うことだけに従わせる。

 なんて甘美。

 なんと甘美。

 花は美しいまま永遠に自分を見る。自分だけを見ている。笑顔で。

 

 紅は少しだけ枯れた赤。

 装いは一度は踏まれてしまったがいまだ神秘的な雪原に赤椿を落とし。

 床には目に鮮やかな毛氈を。

 

 なんと甘美。

 なんて甘美。

 

 紅は散った花の枯れた赤。

 装いは褪せても美しさを損なわない花の血潮。

 流れ出た赤い涙が毛氈の如く広がる。

 真っ赤に染まった首を抱き、わたくしは心からの笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 小説目次

 (C)Copyright Since 2006 Keiyou, All right reserved.