これはいつかのための約束の話

     6

 砂の中に光るものがあったかと思えば、短剣《ダガー》が飛び込んでいく。光は小さく鳴き声のようなものを発して、萎んでいく。
 乾燥した土地に棲みつくラピだ。手のひらに収まる程度の小さな魔獣だが、群れをなす。奴らが居つけば人は住めなくなる。乾燥した土地に植物は根付かず、また奴らは大きな魔獣を呼び寄せるからだ。大きな群れになる前に散らさなくてはならない。光る額の石が暗闇にはわかりやすく、フランツィスカ=バーデは次々と石を狙って短剣を投げた。
 結構な高値がついていたのに依頼が終了していなかった。不思議に思ったが、遺跡は今まで訪れた場所と変わらなそうに思える。そうして受けてみれば理由が知れた。魔獣が住み着いているのだ。ラピだけであればいいがとフランツィスカは眉を寄せる。
「お嬢。はい」
 連れのブルーノ=アイヒマンが腰のポーチから花蜜瓶《ミツ》を差し出す。金の髪を散らして振り返るが、彼女はすぐに顔を戻した。
「いらないわ。まだ大丈夫よ」
「意地を張るもんじゃないよ。俺たち回復魔法苦手なんだから、回復は出来る時に。死んだら意味がないんだからね」
 花蜜瓶を押し付けられ、渋々と彼女は瓶を飲み下す。回復魔法が使えれば、と思ったことは幾度もあるがこればかりは本人の資質による。フランツィスカが得意とするのは炎の魔法、それに回復魔法はない。ブルーノは辛うじて地の魔法を使えるが、本人がそもそもあまり魔法を得意としていない。そんな状態であるから二人はいつも回復薬の花蜜瓶を手放すことが出来ない。
 本当は出費を抑えたいがそう言って簡単に死ぬことも許されない。よっていつもたくさんの花蜜瓶を抱える羽目になるのである。一度飲めば体力は全快に近いほどに回復する。賞金稼ぎの二人にとってはとても重要な薬だ。
「それより此処、ラピが多すぎる。大物が居るんじゃないの」
「居そうだな。居ないことを願うけど。今なら引き返すことも出来るが、どうするよ。お嬢に従うぜ」
「だったらこのまま進む方を選ぶわ。花蜜瓶一つでも使ったなら前へ進むわよ。何より報酬がいいもの」
 そう、報酬はよかった。普通の遺跡攻略の倍あった。だからこそ慎重にもなろうというものだが、高値の報酬にはそれを上回る魅力が詰まっていた。
「でも宝が埋まっているとは言うけれど、その宝が何かもよくわからないわ」
「うーん、『空の涙』としか書いてないな。宝石かねえ」
「まあ、高く売れるならいいのよ。先に行きましょう」
 フランツィスカはブルーノを置いて歩き出す。その背中に大股で追いつくと横に並ぶ。ブルーノはちらりと視線を流し、正面しか見ていないお嬢様ににやりと笑う。その強気なところが気に入っている。
 暫く歩くとラピの姿がまったくなくなった。これはおかしいなと思ったところに響くのは咆哮だ。二人で顔を見合わせるが、奇妙だった。
「誰かいるわね」
「そうみたいだな。あっちだ」
 魔獣のものと思われる咆哮はフランツィスカ達の方ではなく、別の方向へ向かっている。別の賞金稼ぎがこの遺跡にいるのだろう。
 先の道は広間に通じているようで、急ぎ向かう。フランツィスカは短剣を指に嵌め、ブルーノは大剣を留めている金具を外した。通路を通り抜けると、窓のない部屋に二人の人物が見えた。魔法で応じているようだが、魔獣の攻撃が案外早く、押されている。
「お嬢、右から頼みます」
「しくじらないでよ」
 ブルーノの指示に従い、部屋の右手に向かって走る。賞金稼ぎの姿が目の端に映り、思わず舌打ちをする。よく知った顔が其処にある。
 魔獣は青い毛を生やしており、ラピの十倍はある。やはり呼び寄せていたのだ。炎は効くだろうかと口の中で呪文《ツール》を唱える。短剣を投げると同時に炎が燈り、そのまま魔獣の肩に突き刺さる。耳を塞ぎたいほどの悲鳴に顔をしかめる。
「何をしているの、下がりなさい!」
 魔獣がフランツィスカに注意を向けた。賞金稼ぎは慌てて距離を取る。なびく黒髪が視線の先にちらちら映る。
「ブルーノ!」
「はいはーい」
 呼ばれて彼は上から落ちてくる。ロープを片手に巻き付け、反対の手には大剣を握っている。吼える魔獣の背中に真っ直ぐ向かって行く。彼がロープを放すと重力に従って大剣が振り下ろされた。
 血しぶきが飛び、暫く咆哮していた声はやがて消えていった。
「よくやったわ」
 労いの言葉を掛け、フランツィスカは魔獣の毛を剥いでいく。これも売ればいくらかにはなる。
「お嬢、削ぐなら首の付け根からの方がいい。やりやすい。デカ物だし、今回俺がやりましょう」
「じゃあ、お願いするわ」
 手際よくブルーノが魔獣の毛皮を剥ぎ取る。それを見て、近寄ってきた賞金稼ぎが足を止めた。
 溜息を吐きながら、フランツィスカは振り返る。
「久しぶりね、ユーリア」
 少し青ざめた顔で居るのは、毛皮を剥ぐ真似が恐ろしいと思っているからだろう。
「え、ええ。助かりましたわ。お礼を差し上げます」
「貴女ね、死ぬところだったのよ。従者はどうしたの。また撒いてきたの」
 ユーリア=クラッセンはフランツィスカとは違って箱入りのお嬢様だったはずだ。没落したバーデ家と違って、クラッセン商会は今も真っ当に安定した商いを続けている。
「カミルのことなら撒いたのじゃないわ。置いてきたの」
「尚のこと悪いわ」
 ユーリアとは同郷であり、かつては親交もあった。けれどフランツィスカのように賞金稼ぎになる必要は彼女にない。
「死ぬ覚悟もないのなら、いい加減やめてしまいなさい」
 今まで何度も放った言葉をフランツィスカは浴びせる。その度にユーリアは苦い表情をするけれどけして辞めるとは言わない。其処に何がしかの決意は伺えるが、実態を知らない為辞意を進めることしか出来ない。
「ちょっと、ちょっと、お嬢さん方其処で喧嘩するの、やめてくれる」
 血で染まった短刀《ナイフ》を拭いながら、ブルーノが眉をひそめる。
「カミル君もやっと追いついたみたいだしさ。死ぬところだったってことは黙っていてあげるからユーリア殿もおさめて。お嬢も安心したんだからいいでしょう?」
「安心って何よ」
「だって、心配したでしょう。ひやひやした顔で俺を見てましたもん。大事な友達なんだから助けられてよかったです」
「友達じゃないわよ!」
 顔を真っ赤にして言っていればそれが本心ではないことは明白だ。けれど、素直ではない。
「わ、わたくしだって……!」
「ユーリア様!」
 背後から軽い足音が響き、全員の視線が背後に集中する。其処には小柄な少年がいた。
「よう、少年」
「カミル君、この子を一人にするの、やめて頂戴よ」
 ブルーノは手をひらひらさせ、フランツィスカは腕を組んで少年――カミル=デュカーに向き直る。
「フランツィスカ様、ブルーノさん、お久しぶりです」
「な、なぜ、わたくしの居場所がわかったのです……」
 完全に撒いたのにとユーリアはカミルから一歩退いた。
「ユーリア様の足取りなら探り出すことなど容易です。私は貴女の従者ですよ」
 にっこりとほほ笑む少年に、主でもない二人は心の中で恐ろしいと思った。歳の割に小柄な少年は、本当にユーリアの居場所など造作もなく探し当ててしまう。それは今までの経験もあるが、何より彼の情報収集と探査能力が優れているということだ。
「ユーリア様、この遺跡は私たちには荷が勝ち過ぎです。勝手に選んで行ってしまったこと、止めなければと慌てて参りました。が――」
 カミルがフランツィスカを見やる。そして頭を下げた。
「もし宜しければ今回はそちらと手を組ませていただけませんか」
「カミル!」
 慌てたユーリアが制止しようとするが、カミルは主に首を振る。
「此処まで来てしまったならば先へ進んだ方がいいでしょう。それにお二方と共に出来るのならば鬼に金棒、ああ……いえ、フランツィスカ様は鬼も逃げ出す美しさですよ。どうでしょうか、私たちは魔法が武器です。役に立てると思いますよ」
 ブルーノは悪くないと思った。この遺跡の攻略は手こずるかもしれないと思っていた。その矢先に協力の申し出である。そっと連れの方を窺えば、彼女もそう思っていたようだ。
「いいわ。今回は手を組みましょう。ただし、宝は最初に見つけた方が七割よ」
「それはもちろん構いません。従います。ユーリア様、そういうことですので私たちは補佐に回りましょう」
 視線を彷徨わせた末、ユーリアは息を吐いた。その口許が緩んでいるのに気づき、カミルは満足そうにする。
「仕方ないですわね。わたくしの腕前を披露して差し上げます」
 ほのかに染まった頬に三人は忍び笑いを漏らした。

 

     6

  


小説目次

(C)Copyright Since 2006 Keiyou. All right reserved.