1968年7月、梅雨も終わったというのに連日雨が降っていた。
全てが止まったように倦んでいた夏休み・・・
闘争委員会室で横になってたら,どこからともなくアジが聞こえてきた。
今日は闘争もないのに何なんだ・・・
声の元を探してさまようことしばし・・・・2階のベランダで田中君が一人でアジの練習をしていたのだ。
そこで持っていたオリンパスのカメラでパチリと一枚・・・
田中は照れて,はにかんでいた。
このときの彼には,財務部長として日大全共闘の巨額な金銭を管理し,取り仕切っている時の鋭さはなかった。

田中良彦:
日大経済学部児童文化研究会責任者。
67年藤原執行部処分放逐後の学生委員会・総合部会(研究会責任者会議)の中心的活動メンバー。
68年学生会選挙に立候補、当選。(秋田)学生会執行部入り、財務部長。
思想=ノンポリ・無党派。
やわらかな物腰だが、芯は頑固。
執行部成立当初の当局による学生会費凍結事件のおり、財務責任者として、橋本学生課長と渡り合い、まず最初に研究会配布予算の300万円を当局よりむしりとった。
学生会室にその現金を持ち込み、大金をみんなで数え、各研究会に配布した際の功績は、大である。
この行為は、執行部の初仕事となった。
もっともこの交渉は、有志活動家の多くの者と執行部が、合同でやったのであるが、財務部長として、その先頭に立ったのは、彼、田中であった。