新古今和歌集散歩
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新古今和歌集

巻名と歌番号

雑 歌 下
千七百四十一番〜千七百五十番
千七百三十一番〜千七百四十番
千七百二十一番〜千七百三十番
千七百十一番〜千七百二十番
千七百一番〜千七百十番
千六百九十一番〜千七百番
雑 歌 中
千六百八十一番〜千六百九十番
千六百七十一番〜千六百八十番
千六百六十一番〜千六百七十番
千六百五十一番〜千六百六十番
千六百四十一番〜千六百五十番
千六百三十一番〜千六百四十番
千六百二十一番〜千六百三十番
千六百十一番〜千六百二十番
千六百一番〜千六百十番
千五百九十一番〜千六百番
千五百八十六番〜千五百九十番
雑 歌 上
千五百八十一番〜千五百八十五番
千五百七十一番〜千五百八十番
千五百六十一番〜千五百七十番
千五百五十一番〜千五百六十番
千五百四十一番〜千五百五十番
千五百三十一番〜千五百四十番
千五百二十一番〜千五百三十番
千五百十一番〜千五百二十番
千五百一番〜千五百十番
千四百九十一番〜千五百番
千四百八十一番〜千四百九十番
千四百七十一番〜千四百八十番
千四百六十一番〜千四百七十番
千四百五十一番〜千四百六十番
千四百四十五番〜千四百五十番
恋 歌 五
千四百四十一番〜千四百四十五番
千四百三十一番〜千四百四十番
千四百二十一番〜千四百三十番
千四百十一番〜千四百二十番
千四百一番〜千四百十番
千三百九十一番〜千四百番
千三百八十一番〜千三百九十番
千三百七十一番〜千三百八十番
千三百六十一番〜千三百七十番
千三百五十一番〜千三百六十番
千三百四十一番〜千三百五十番
千三百三十六番〜千三百四十番
恋 歌 四
恋 歌 三
恋歌二
恋歌一
き旅歌
離別歌
哀傷歌
賀 歌
冬 歌
秋 歌 下
秋 歌 上
夏 歌
春 歌 下
春 歌 上


日々の記録























新古今和歌集の小道を散歩 
         
 新古今和歌集の鑑賞と批評を固定観念にとらわれずに独断と偏見で書いた鑑賞文です。明日の活力ににつながればと念じています。
  新古今和歌集を最初の歌から最後の歌まですべて読もうと思い立ち、毎日の散歩と同じような気分で読んでいます。
 ただ読むだけでは、読んだ証拠が残りませんので歌に関することをノートに50字から100字程度にまとめています。
  今回、使用したテキストは、ワイド版の岩波文庫本です。
校訂は、佐々木信綱氏です。ワイド版ですので、中高年には大変ありがたい本です。
 さらに、うるさい注釈もありませんのでのびのびとした捉われのない心で味わうことができます。
 定価は、消費税込みで1200円でした。とてもよい本だと思います。(残念なことにすでに絶版のようです。)


新古今和歌集テキスト 
   
 


お気に入りの歌 
   
      
千七百五十番   寂蓮法師

  背きても猶憂きものは世なりけり

      身を離れたる心ならねば

 三句切れで、上の句では、世を捨てるために出家しても捨てきれないのがこの世だという。その理由となるのが下の句である。心がどんなに仏門の世界へと向おうとも我が身はこの世から離れることができないというのである。精神と肉体の乖離ができない嘆きだ。だからこそ、人間の文化が生まれるのであろうか。

(2012.5.10)


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今日の散歩(2012.5.10)

千七百五十番   寂蓮法師

  背きても猶憂きものは世なりけり

      身を離れたる心ならねば

 三句切れで、上の句では、世を捨てるために出家しても捨てきれないのがこの世だという。その理由となるのが下の句である。心がどんなに仏門の世界へと向おうとも我が身はこの世から離れることができないというのである。精神と肉体の乖離ができない嘆きだ。だからこそ、人間の文化が生まれるのであろうか。

千七百四十九番  西行法師

  うけがたき人の姿にうかび出でて

      こりずや誰もまた沈むべき

 人間として生を受けながらも罪を犯すという悪業を詠じたもので、西行自身の苦しみが表現されている。歌・風雅の世界に遊ぶ自分への厳しい目を認識しているのである。この厳しさこそが西行の歌の根底にあるのだろうか。

千七百四十八番  西行法師

  年月をいかでわが身に送りけむ
     昨日の人も今日はなき世に

 世の無常をさまざまに体験した作者は、悲しみに嘆くだけではなく、我が身を振り返ってゆくことになる。自分の生涯とは何であったか。人生の根本的な問になる。その問にきっぱりと答えることができる人が何人いようか。西行の歌の魅力は、人間の根本を揺り動かすことにあるようだ。