このところ、審判員〈制度〉を巡って競輪ファンの議論が喧しい。いうまでもなく発端は、2005年2月の「東王座決定戦」(於・取手競輪場)の初日11レースである。審判員に関する評価、制度に関するもの、はたまた選手の人間性に関するものなど評論は玉石混淆のようだが、ここではその話はおいておき、審判員についての思い出を語りたい。
 審判員に関する意見で的はずれなものがあるのは、競輪の審判制度の仕組みやその形成過程がほとんど知られていないことが原因ではないか。発言者の中にはおそらく「走路審判員」だけが審判員と認識していると思われるものもある。
 形成過程は拙論にゆずるとして、その仕組みは下図のようである。
(下図は1995年頃、日自振審判課から入手したものを参考に作成した)

 上記のように審判長、副審判員、決勝審判員はゴール前などの「本部」におり、通常、観客がその姿を目にすることはない。審判課に伺ったところ、走路審判員には無線機で本部から指示が出されており、「白旗」、「赤旗」は走路審判員が出す場合と、本部からの指示によって出される場合があるという。だが、判定基準の複雑化やVTRの多様によって本部からの指示が多くなっているという感想もあった。「疑わしきは罰せず」というよりは「疑わしい場合はとりあえず赤旗」にして時間稼ぎということのようだ。ただ、この話は今から十年前の話なので今はどうかわからないが、本質的には変わっていないと思う。走路審判員はVTRをみていないので、「赤旗」の場合は事実上、本部に判定を委ねたことになる。走路審判員は「審判」よりも観客に対する「表象」としての役割が強い。それは競輪のTV中継であらかじめ「走路審判員」の姿をカメラでとらえておきながら「赤旗がだされました」と倒錯した実況をしている。あらかじめTVカメラマンはどの走路審判員が赤旗を出すかわかっているからできる芸当である。走路審判員や補助員は競輪場では整然と、きびきびと行動しており、まるで感情を失った機械のように業務をこなしている。あの厳粛なイメージが競輪の審判のイメージで、まるで「血も涙もない」ような、毅然とした判定を下すような印象を受ける。
 
 かつて「輪界の黄門様」といわれる、競輪解説者の方のご好意で、日本選手権が開催されている南関東のある競輪場を裏側から観戦させてもらったことがある。
 日自振の方はご好意から来賓席を勧めてくださったが私はあえて、検車場、選手控え室、放送席、車券発売所・・・などから「観戦」させてもらった。さらにご迷惑と思いながら、「審判室」からの観戦を頼んだ。日自振担当者と自転車競技会の交渉の結果、希望が叶った。誠に感謝、感激だった。
 審判室はそれまでの空間よりさらに緊張感が漂い、審判長と副審判長に背筋を伸ばしながら見学許可の御礼と挨拶を申し上げた。ところがお互い目を合わせると「あっ」と驚いた。それはすでに両者と面識があったからだ。
 当時の私の職場裏のビルに、その自転車競技会事務所があったため、私はそこの情報コーナーに資料などを度々もらいに行っていた。定かではないが、なにかを職員に質問したところ応対した担当者がその両者であった。年齢は50〜60歳ぐらいで、体も大きく、日焼けした顔つきから、それまで応対していた若手の職員とはあきらかに違う、カオスを仕切るような威圧感、言葉の激しさを覚えている。会話の内容は覚えていないが、その印象と身振り手振りをしながらあつく競輪を語るその人に競輪の歴史を感じた。それは事務職の人ではなく、現業の人達そのものであった。スーツを着ているが、屋台のおじさんといった印象だった。

 その人達がその日の審判長と副審判長だった。だが審判員であっても口調や態度は同じ、レース中にかなり激しい言葉を発していたように覚えている。「あいつ、またやったな!」、「この前注意したばかりなのに」「だめだ、こりゃ失格だあ」。本当はもっと激しかったかもしれない。
 審判室の中は縦社会で、その日に訪ねた「走路審判員」「補助員」などの地下控え室とはかなり違った空気だった。地下控え室はレース後ば事務仕事をこなし、時間があれば漫画を読んだり、コーヒーを飲んだりと行った具合で、私にもコーヒーが振る舞われた。地下室の人々は観客にさらされることもあり、ストレスは相当であるようで、次のレースが近づくと徐々に緊張感が高まっていくのである。
 
 どうやら「赤旗」らしい。無線機で「赤旗行く」と走路審判員に伝達された。VTRの周りに審判が集まり、なんども繰り返される。結果はセーフ、おどろいたのはその後で、拙論にも書いたが、審判放送はいったん録音され、審判員が複数員で確認したあと、ようやく放送される。それは拙論の通り、草創期に「確定放送の誤り」が度々、騒擾事件の原因になっていたからである。
 VTRの確認中も審判長と副審判長の口上は続き、どうやら競輪学校時代から長い間の選手とのつきあいが伺えるような内容だった。昔からの選手の癖やスタイル、レース歴など、相当な情報がインプットされていいるようだった。ファンはそのレースごとに失格判定を考えるが、私の印象では、その当時の審判員はもっと長いスパンでレースを俯瞰しているようだった。これでは選手ごとやレースごとに判定に差が出るという不満もあるだろうが、私は少し安心した。それは競輪が機械的に「計算・打算」によって判定されているのではなく、ひとつ一つのレースが「生きもの」であるという印象を受けたからだ。公平、公正をもちろんだが、長い間の:競輪の安定を考えるなら、そのようなシステムが望ましいと思うからだ。
 だが、例の「事件」は、そのあまりよくない面が突出した印象を受ける。当該選手は審判に一時間以上抗議をしたというが、選手が判定に疑義を申し出ることは禁止されているわけではなく、、正当性があるというなら「ファンのため」などといわず「自分のため」に大いにやればよい。だが、現行ではその後のレースのことを考えれば選手は萎縮せざるを得ないのかもしれない
 また審判員は自分たちの正当性に自信があるならば、選手の抗議にひるまず、毅然としていればよい。それは審判員の責務である。同様のことは観客に対しての責務ともいえる。正当性がある判定なら、すべてとはいわないが、判定基準や要素を公開すれば、審判員の考え方を理解するファンも多いはずだ。判定への不信感の高まりはギャンブルの存立基盤を揺るがす大事である。そのことを関係者は自覚すべきだ。
 抗議に行った選手はおそらく「審判長」の顔を思い浮かべながら抗議に向かい、審判長も当該選手の様々な履歴を思い出しながら受けて立ったのではないか。その両者にある紐帯は外部のものに伺いされないものである。こういったことは、初対面でない場合どの競技でもあることだとおもう。しかしその判定が「公営ギャンブル」として公共性を持つものなら、その情報は共有されるべきだ。審判の質的向上をいうなら、まず審判員が公的な場で、それを説明できる能力を持つことだと思う。それはHPでもよい。
 この種の議論は単純に判定基準やルールを厳しくするほうへ傾きがちだが、それは競輪の醍醐味を奪う方へ進みかねない。まず、組織を開いていき、審判員の理解者を増やす方へ努力すること、それが審判員が「袋だたき」にあわないための自衛策にもなると私は思う。同時にギャンブルとしての競輪を成立せしめる策である。
2005.3

競輪審判員について